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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/潜入編

Part5 七審・セブンカウンシル/道化師の光景

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 ノーラの声にペガソが一旦足を止める。だが振り返ることはない。ノーラはそのまま問いかけ続ける。
 
「アンタが怒り狂っている理由はよく分かるよ。メキシコ血の惨劇。今から5年前、アイツが政府軍や振興麻薬勢力と結託して引き起こした大量殺戮粛清事件。闇社会の連中だけじゃなく、一般市民やスラム住民まで巻き添えになった――、いやはじめからソレを狙って大規模な大量殺人を引き起こした史上最悪のアンドロイドテロ、その首謀者が活動を開始して間もないアイツだった。政府軍による麻薬勢力や反社会組織の大規模粛清と言う大義名分を得たアイツは、自らの能力をデモンストレーションするかのように喜々として殺し続けた。あまりの悲惨さに事件が終結したあとにはメキシコの主要都市からは、一時、人が完全に居なくなったとまで言われている。アンタはその時の数少ない生き残り。家族も兄弟も仲間もライバルも根こそぎ奪い去られた。アンタがサイボーグ技術に固執するのは。一人一人が強かったら、反撃して逃げ切るチャンスを自ら作り出せたら、あの時の惨劇で想い人を失うこともなかった。そんなあんたの怒りと恨みの根源は分からないでもないよ」
「――――」

 ママノーラに問いかけられてもペガソは答えない。そのペガソにファイブも諭し始めた。
 
「ですが――ミスターペガソ。今はまだその時ではありません。今動くべきではないのです」

 ペガソが振り向きざまに苛立ちを隠さず言葉をぶつける。
 
「なぜだ!? ファイブ! 目の前にアイツが! あの死神アルルカンが居るんだぞ!」
「手を出せない事情があるのですよ」

 興奮には冷静を――、ペガソの怒りの熱量など物ともせずにファイブはクールに淡々と続けた。無線回線を通じて色々と力を及ぼせるのか、ファイブはモニターに新たな映像を送り込んでいた。
 
「奴は新たに協力関係を結ぶ協定を結んだことが判明しています」
「協定? 誰と?!!」
「コイツです」

 ファイブがモニターに映し出した映像。正面からではないが、その全身像を映された数少ない証拠映像だった。そこに佇んでいた者――、全身を覆う黒いコートにプラチナブロンドのオールバックヘア、目元を180度覆う大型の電子ゴーグル。そして、コートの合わせ目から垣間見える両手にはグローブがハメられている。メタリックでメカニカルな意匠のそれだった。今宵、この円卓に集まっている者なら、彼の名を知らないはずがなかった。
 
「シェン・レイ?!」
「おいおい! キラーピエロとサイバーゴッドが手を結んだってぇのかよ!?」

 ペガソがその人物の名を驚きつつ叫べば、モンスターが事の顛末に気づいて、それを口にして叫んでいた。驚きは焦りを孕んでいた。
 
「じょーだんじゃねぇぞ! この二人が手を結んだら軍隊が束になったって叶いやしねぇぞ! なぜだ?! なぜこの二人が繋がった!」

 天龍が、モンスターの発する言葉に頷きながら私見を述べた。
 
「かたや、闇社会随一の犯罪請負人をうそぶく正体不明のアンドロイドピエロ、かたや、東アジア最強の電脳ハッカー――、あまりに双方とも異質故にこれまで確たる接点はなかったはず。ですが、シェン・レイにはこの島に活動拠点を置かざるをえない理由が在る。それがあの四海幇の礼儀知らずが襲った子どもたちです。奴は子供には甘い。ヤツ自身の出自に関連があると言われているがその辺りは不明な点が多い。ともあれ――」

 天龍は一呼吸おいて、さらに続けた。

「ハイヘイズのガキどもが俺たち七審に対等に不可侵協定を申し込む事ができるのは子どもたちのバックに神の雷シェン・レイが控えているためです。やつを怒らせればたとえ闇社会の地下銀行であっても口座の金額を一夜にしてゼロにされかねない。そうなれば我々としても身動きが取れなくなる。そこにクラウンが来日し、何らかの事情で利害の一致が在り、シェン・レイとクラウンとの間で不可侵協定が成立を見た――。おおかたそんなところでしょう。いかがです? ファイブ?」
「ご明察です。ミスター天龍。そして、今宵の議題で取り扱う議題のもう一つがここにあります」

 さらにモニターに現れたのは――
 
「あら、可愛らしい」

 ママノーラが言葉を漏らす。あの聖夜の夜に寒さに震えながら湾岸の街を徘徊していた時のローラの姿が映し出されている。フードを脱いで雪の中で頭上を仰いでいる姿だ。そこにはあの襲撃事件の際のテロアンドロイドとしての恐ろしさは微塵も映し出されていなかった。ただ、寒さに震えるか弱い美少女が佇んでいるだけである。
 その画像を見て顔をこわばらせたのは天龍と氷室だ。

「生きて居やがった――」
「その様ですね。有明事件で警察に回収、もしくは破壊されたとばかり思っていましたが」
「警察内部から得たリーク情報が間違ってたみたいだな」
「そのようで」
 
 天竜たちの会話に聞き耳を立てながらモンスターが問う。
 
「ファイブ、こいつは?」
「稀代のアンドロイドテロリスト、マリオネット・ディンキーこと、ディンキー・アンカーソンの忘れ形見、女性型アンドロイドで『光撃のローラ』です。昨年のクリスマスの夜にハイヘイズの少年に導かれて、この東京アバディーンの街へと侵入してきています」
「〝ここ〟にか?」
「えぇ、あれだけの殺戮事件を引き起こした実行犯とは思えないほどに今やすっかりハイヘイズの孤児たちと馴染んで居ますよ。他にもこんな映像があります」

 次にファイブが写したのは、湾岸の岸壁で数人の年端もいかない5歳位の子どもたち数人を遊ばせているローラの姿だった。どこから手に入れたのかクリーム色の長袖のワンピースを身に着け、エプロンを着けている姿は若い母親であるかのようだ。それまでの血なまぐさい過去をどこかに置き去りにしてきて見違えるようである。子どもたちも母親のイメージを投影しているのか何の抵抗もなくなついているのが分かる。
 
「ハイヘイズの孤児たちには乳幼児も多い。ローラは現在、そう言った子どもたちの世話をしながら、ハイヘイズの『護衛役』をこなしているようです」
「護衛役――、世界最強クラスのテロリスト・アンドロイドがか?」

 モンスターが訝しがれば、ママノーラが笑いながら指摘する。

「面白いじゃないか。史上最強の子守だよ。コイツの素性を知ってるなら迂闊には手を出せない。それにこの馴染んだ姿を見て、あの殺戮事件を繰り返していた殺人マリオネットだとは普通は誰も思わないよ。なぁ、ファイブ、このお嬢ちゃんが孤児のガキどものところに腰を落ち着けた事の理由にからんでるだろ? クラウンとシェン・レイが繋がったことが」
 
 その問いにファイブは頷いた。
 
「えぇ、そのとおりです。ママノーラ。ハイヘイズの少年がローラをこの街に連れてきたときに、例の四海幇が襲撃事件を起こす。おそらくローラを監視するため居合わせていたクラウンが先回り四海幇の連中を粛清し子どもたちを保護、さらに孤児たちの後見人となっていたシェン・レイが駆けつけ、一触即発となりかけていたところを協定が成立。その後、ローラをシェン・レイが招き入れる形で、自らの縄張りの中に保護、それをクラウンが遠くから見守っている。クラウンとローラにどんな繋がりがあったのかは、現在調査中ですが、大方そんなところです」
「そういうことかい。これまた厄介なのが絡まりあったもんだねぇ」

 ママノーラは細葉巻をくゆらせながらため息をつく。当然、これからどうなるのか疑問が出ないはずがなかった。議論と対話を求めて、ペガソは苛立ちを押さえ込むと、元の席へと戻り腰を下ろすとファイブに向けて問いかける。
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