265 / 462
第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/洋上スラム編
Part9 覚悟/誇りある者たち
しおりを挟む
運命の歯車は回り続ける。
それは遠い過去からもたらされたものであり、運命の当事者すらも忘れ去っていたはずの物だった。
「来たぞ――、全員準備はいいな?」
何処かで男たちの声がする。ウルドゥー訛りのある中東系の言葉のイントネーションだ。
「たとえ命を落としても勇敢に戦った者をアッラーは祝福してくださる! たとえ一人一人の剣がやつに届かなくとも全力で戦えば一矢報いることができるはずだ! 絶対に仇を取る! そして〝彼女〟を子供らの所へと帰すぞ!」
そして灯りの落ちた鉄筋コンクリート造りの倉庫ビルの中を男たちが走り回る。その数10名足らず。一人がフォークリフトにまたがり、数人が上層階へと駆け上がっていく。二人ほどが倉庫ビルを出て外側に止めてあったクレーン付きトラックへと向かう。
その倉庫ビルの1階フロア、ディーゼルエンジンの野太い排気音が突如鳴り響いた。怒れる戦士の瞳のごとく2つのライトが煌々と照らされる。そして、そのフォークリフトに乗るアラブ系の男は声高に叫んだのだ。
「行くぞ!」
男はアクセルを全開に踏みしめる。フォークリフトのフォークを上昇させ高さ1mくらいにする。そして、眼前にそびえるコンクリート壁に鋼鉄製のフォークを突き刺したのだ。
フォークリフトは壁を突き破り、その裏側の街路へと飛び出していく。そして絶妙なタイミングでフォークリフトの持つ2本の鋼鉄製の剣を、狂える拳の悪魔へと突き立てたのだ。
男はベルトコーネに体当たりを敢行しながら天高く聖句を唱えたのだ。
「アッラーフ・アクバル!」
それは聖戦の戦士だけが唱えることを許される聖句だ。自らの命を賭して誇りを守るために戦うものだけが許される。戦士として気高き心を持つ彼らは、この極東の地で彼らなりの〝聖戦〟に望んだのである。
男は勢いを殺さぬままベルトコーネを押し飛ばしていく。その先にあるのは別な建物のコンクリート壁である。男はベルトコーネを壁へと叩きつけ押さえ込んだまま頭上へと叫んだ。
「やれ!!!」
4階建ての倉庫ビルの3階から数人の男たちが姿を現す。男たちもまた雄叫びを上げながら、その手に炎を手にしていた。手製の火炎瓶だ。次々に点火するとそれを眼下のベルトコーネへと目掛けて次々に投げ落としていく。それは積年の思いを託すかのように絶え間なくベルトコーネの頭上に降り注ぐのだ。
「あの拳の悪魔に今こそ裁きを与えるのだ!!」
突然の事態にうろたえてベルトコーネは一瞬動きを止めてしまう。そして、自らに体当りしてきたフォークリフトのフォークの片方が自らの脇腹に突き刺さっていることに漸く気付いた。
身動きの取れぬベルトコーネに火炎瓶が降り注ぐ。割れた火炎瓶から溢れた黒い液体はベルトコーネの身体にまとわりつき次々に火柱を上げていく。それは火刑に処された罪人のごとくである。
「ぐっ? グォォォオオオ!!!」
ベルトコーネが苦悶の雄叫びを上げている。予想外の攻撃に防御が間に合わなかったためだ。だがそれ以上に〝男〟の執念が勝ったためでもあった。
「どうだ! 貴様は不意打ちの攻撃には防御が疎い弱点がある! 意識を集中させねば得意の頑丈さも発揮できまい! この日のために貴様の戦闘データを集め続け分析に分析を重ねた! それに火炎瓶はガソリンとナフサにテルミット反応剤を加えた特別製だ! アンドロイドの貴様と言えど骨まで焼き尽くされるぞ! 世界中の命を奪い続けたその報いを! 今こそ受けるがいい!!」
そして、フォークリフトの座席の傍らに立てかけておいた散弾銃を手にしてフォークリフトから離れると、火柱と化したベルトコーネに向けて狙いを定める。散弾銃に込められた弾は威力の高いスラッグ弾。それをベルトコーネの頭部に向けて固め撃ちする。
「こんなものでは終わらんぞ」
その言葉に呼応するがごとく、一台のクレーン付きトラックが轟音を上げて走ってくる。ローラたちが居るのとは反対側の方だ。そして、クレーンはすでに展開されており、そのクレーンの先には建築用の巨大なH鋼材が十数本束ねられている。そして、クレーン付きトラックは狙い定めたようにベルトコーネへと肉薄する。素早くクレーンが操作されベルトコーネの頭上にH鋼材の束は釣り上げられている。
「喰らえ!!」
フォークリフトに乗っていた男が散弾銃をクレーンの先端のワイヤーへと向ける。そしてH鋼材を束ねていたワイヤーケーブルを狙い撃ちワイヤーを巧みに切断する。ワイヤーが緩めば鋼材はバランスを失う。それは真下に位置するベルトコーネ目掛けて次々に落下していくのである。
――ゴォオン!! ゴゴン!! ゴゴゴゴ、ゴゴン!!――
鋼材は地響きをたて、轟音を響かせながら次々に落下していく。当然、その真下に位置するのはベルトコーネだ。それは武器すら持たぬはずの男たちが知恵を絞り力を集め来るこの日のために耐えに耐えて積み上げてきた怒りの一撃であった。
「鋼の悪魔よ! これが我らの怒りだ! イスラムの戦士の誇りの一撃だ! 世界中にこだまする貴様に向けられた怒りの声を今こそ思い知れ!!」
ついにベルトコーネは多数の鋼材の下敷きとなり火柱に包まれたまま微動だにしなくなった。全ての動きが停止したのは誰の目にも明らかであった。
彼らが起こしたことの成り行きを呆然として眺めていたのはローラである。突如として現れた救いの手に感謝しつつも戸惑わずには居られなかった。ローラもかつてはベルトコーネの仲間である。ディンキー・アンカーソン配下のマリオネットとしてテロに手を染めていた過去がある。ローラの眼前に現れた彼らは紛れもなくかつてのテロ活動への報復を求めてベルトコーネに攻撃を加えたのだ。その彼らに対して強い不安を感じるのはやむを得ない帰結である。
フォークリフトを駆っていた男がローラの下へと静かに歩み寄ってくる。その表情はどこか穏やかであり、積年の思いを成就させたがゆえの満足感に満ちていた。そこにローラへの敵意は微塵も現れていなかった。男は静かに語り出す。
「君がローラママだね?」
男の風貌は明らかにアラブ系だった。普段から工場労働をしているのだろう、グレーの作業着に布製の作業帽と言う出で立ちであごひげを豊かに蓄えている。その日焼けした風貌の中に垣間見えるのは長い戦いの痕跡。そこに刻まれた傷跡には過去に彼が戦場で実戦経験がある事を暗に物語っていた。
戸惑いを隠さないローラに男は穏やかに問いかける。
「怖がらなくていい。俺達は君に対しては一切の敵意は持っていない。俺達が戦う相手はベルトコーネただ一人だ」
「え?」
ローラが戸惑いの声を上げる。男の仲間たちが徐々に集まってきている。年の頃は30から50くらい、中には60を越したような老体の者もいる。彼らは誰ひとりとしてローラに対して武器を向けるような真似はしていない。その理由を明かすように男はローラに告げた。
「君があのディンキー・アンカーソンの元配下だと言うことは割と早いうちに分かっていた。はじめはすぐにでもかたきを討つべきだと声高に唱える者も少なくなかった。なにしろディンキー・アンカーソンの攻撃対象はイギリス人に限られてはいたが、そのイギリス人に加担する者にも敵意の矛先が向くこともあった。その巻き添えを食って怪我をした者、命を失った者、戦場に二度と立てなくなった者、犠牲となったものは数多く居た」
その言葉にローラはうつむきながらも謝罪の言葉を言わずには居られなかった。
「はい。あの時の事はよく覚えています。あの時の私のした事は罪そのものです。非難されても、攻撃されてもむしろ当然だと思っています」
消え入るような声でつぶやくローラに、男たちは告げる。
「ローラ。話は最後まで聞いてほしい」
その言葉にローラは顔を上げる。先程まで怒りの声を上げていたとは思えないほどに穏やかであった。
「そもそも、ディンキーと言う男は、基本的に英国人以外への攻撃は英国に加担する事への警告と言う色合いが濃かった。決して深追いはせずメッセージが伝われば速やかに姿を消す。そう言う男だった。そして君は、過去のいかなる戦場でも英国人以外へは警告と言う立ち位置から逸脱することはただの一度もなかった。それに過去の君はディンキー・アンカーソンの操り人形として逆らうことは許されなかったはずだ。その君が過去を断ち切り、恵まれない子どもたちのために寝食を惜しんで献身的に親代わりになろうとしている――、
その事実に、俺達もはじめは戸惑った。テロとして再起を果たすための隠れ蓑なんじゃないかと言う声もあった。だが俺達は君を観察している間にあることに気付いたんだ」
「えっ? あること――?」
ローラが問い返せば、憐れむような慈しむような視線でそっとローラの肩を叩きながら男は告げる。
「君はここに来てからほとんどエネルギーを補充していない。そうだろう?」
男の語る言葉にローラは沈黙せざるを得なかった。
「オレの昔の経験から言って、君に限らず戦場に立つアンドロイドというのは可能な限り無補給で長期間戦場に立てるように作られている。だがそれだって限度がある。最低限のインターバルのみで専門家のメンテナンスもなしに1ヶ月以上も働き続けられるようなアンドロイドなんてお目にかかったことは一度もない。君はすでに限界に来ているはずだ。それを誰にも告げず、あのシェン・レイにすら打ち明けずにいると言うのに君がテロ・アンドロイドとして再起を試みているとは到底考えられなかった。だから我々は確信したんだ――」
一呼吸置き、ローラの方から手を離しつつ男は告げる。
「君は命を捨てて子どもたちに尽くそうとしていると。そしてそれが君にとっての過去への償いなのだとね」
男の言葉にローラの目が思わず見開かれる。そしてその目から涙がかすかに溢れようとしている。
「過去を悔いて弱き者のために尽くそうとしているものを、慈悲深きアッラーなら必ずやお許しになるはずだ。俺達はそう確信した、そして君を狙ってあの鋼の拳の悪魔がやってくるはず――俺達はそう読んでいた。この一ヶ月、ヤツに積年の恨みがある我々は協力しあい、この日のために策を練り続けてきた。全てはヤツにかつての暴走のその責めを負わせて全てを断罪するためだ。君もアイツの〝暴走〟の事は知っているだろう?」
知っている忘れられるわけがない。ローラははっきりと頷いてみせる。
「俺たちのいた中東でも、やつの暴走のために幾つかの町や村で数多くの命が奪われてきた。それは英国人はもとよりアラブ人だろうが、アジア人だろうが、ロシア人だろうが、一切お構いなしだ。数多くの命を奪い血祭りにあげたあげく、全身に巻きつけられているあの〝ベルト〟でディンキーにより拘束される。その繰り返しだ。俺達はヤツに故郷を滅ぼされ、家族を奪われ、友を奪われ、イスラムの戦士としての誇りすらも奪われて、このアジアのハズレの島国で虚しさと悔しさを抱えながら生きてきた。それが今漸くに報われる時が来たんだ。君を憎む理由など俺達は持ち合わせちゃいない。むしろ俺たちは君に感謝している。戦士としての誇りと名誉を取り戻すこのチャンスを与えてくれた君にね」
それは驚きだった。戸惑いでもあった。想像を超えためぐり合わせが、救いとなってローラにもたらされたのだ。なおも男は告げた。
「ここは俺達に任せてくれ。奴が二度と再起できないようにとどめを刺す。君はあの子たちの所に戻ってやってくれ。君は戦場に立つより、子供を抱いている姿のほうが相応しい」
ローラも体力的にはすでに限界に達していた。それにやはり、今なお命の危険の真っ直中にあるカチュアのことが気がかりだった。しかし、そうだったとしても目の前の彼らは生身の人間であり強力な武装を持っていわけではない。もしベルトコーネが再び動き出すようなことがあれば最悪の事態となりかねない。
迷う、戸惑う、逡巡する。だがしかし、今は彼らの好意にすがるしか無い。心のなかに謝罪の気持ちを抱えながらローラは彼らに頭を下げた。
「はい。そうさせていただきます」
そう答えて身を翻すとカチュアの方へと走り出していく。その後姿を眺めつつ、男たちは再びベルトコーネへと向き合う。今こそ決着をつける時だ。彼らはそう確信しているのだ。たとえそれが敵わない相手だとしてもだ。なぜなら彼らも誇りある戦士なのだから。
それは遠い過去からもたらされたものであり、運命の当事者すらも忘れ去っていたはずの物だった。
「来たぞ――、全員準備はいいな?」
何処かで男たちの声がする。ウルドゥー訛りのある中東系の言葉のイントネーションだ。
「たとえ命を落としても勇敢に戦った者をアッラーは祝福してくださる! たとえ一人一人の剣がやつに届かなくとも全力で戦えば一矢報いることができるはずだ! 絶対に仇を取る! そして〝彼女〟を子供らの所へと帰すぞ!」
そして灯りの落ちた鉄筋コンクリート造りの倉庫ビルの中を男たちが走り回る。その数10名足らず。一人がフォークリフトにまたがり、数人が上層階へと駆け上がっていく。二人ほどが倉庫ビルを出て外側に止めてあったクレーン付きトラックへと向かう。
その倉庫ビルの1階フロア、ディーゼルエンジンの野太い排気音が突如鳴り響いた。怒れる戦士の瞳のごとく2つのライトが煌々と照らされる。そして、そのフォークリフトに乗るアラブ系の男は声高に叫んだのだ。
「行くぞ!」
男はアクセルを全開に踏みしめる。フォークリフトのフォークを上昇させ高さ1mくらいにする。そして、眼前にそびえるコンクリート壁に鋼鉄製のフォークを突き刺したのだ。
フォークリフトは壁を突き破り、その裏側の街路へと飛び出していく。そして絶妙なタイミングでフォークリフトの持つ2本の鋼鉄製の剣を、狂える拳の悪魔へと突き立てたのだ。
男はベルトコーネに体当たりを敢行しながら天高く聖句を唱えたのだ。
「アッラーフ・アクバル!」
それは聖戦の戦士だけが唱えることを許される聖句だ。自らの命を賭して誇りを守るために戦うものだけが許される。戦士として気高き心を持つ彼らは、この極東の地で彼らなりの〝聖戦〟に望んだのである。
男は勢いを殺さぬままベルトコーネを押し飛ばしていく。その先にあるのは別な建物のコンクリート壁である。男はベルトコーネを壁へと叩きつけ押さえ込んだまま頭上へと叫んだ。
「やれ!!!」
4階建ての倉庫ビルの3階から数人の男たちが姿を現す。男たちもまた雄叫びを上げながら、その手に炎を手にしていた。手製の火炎瓶だ。次々に点火するとそれを眼下のベルトコーネへと目掛けて次々に投げ落としていく。それは積年の思いを託すかのように絶え間なくベルトコーネの頭上に降り注ぐのだ。
「あの拳の悪魔に今こそ裁きを与えるのだ!!」
突然の事態にうろたえてベルトコーネは一瞬動きを止めてしまう。そして、自らに体当りしてきたフォークリフトのフォークの片方が自らの脇腹に突き刺さっていることに漸く気付いた。
身動きの取れぬベルトコーネに火炎瓶が降り注ぐ。割れた火炎瓶から溢れた黒い液体はベルトコーネの身体にまとわりつき次々に火柱を上げていく。それは火刑に処された罪人のごとくである。
「ぐっ? グォォォオオオ!!!」
ベルトコーネが苦悶の雄叫びを上げている。予想外の攻撃に防御が間に合わなかったためだ。だがそれ以上に〝男〟の執念が勝ったためでもあった。
「どうだ! 貴様は不意打ちの攻撃には防御が疎い弱点がある! 意識を集中させねば得意の頑丈さも発揮できまい! この日のために貴様の戦闘データを集め続け分析に分析を重ねた! それに火炎瓶はガソリンとナフサにテルミット反応剤を加えた特別製だ! アンドロイドの貴様と言えど骨まで焼き尽くされるぞ! 世界中の命を奪い続けたその報いを! 今こそ受けるがいい!!」
そして、フォークリフトの座席の傍らに立てかけておいた散弾銃を手にしてフォークリフトから離れると、火柱と化したベルトコーネに向けて狙いを定める。散弾銃に込められた弾は威力の高いスラッグ弾。それをベルトコーネの頭部に向けて固め撃ちする。
「こんなものでは終わらんぞ」
その言葉に呼応するがごとく、一台のクレーン付きトラックが轟音を上げて走ってくる。ローラたちが居るのとは反対側の方だ。そして、クレーンはすでに展開されており、そのクレーンの先には建築用の巨大なH鋼材が十数本束ねられている。そして、クレーン付きトラックは狙い定めたようにベルトコーネへと肉薄する。素早くクレーンが操作されベルトコーネの頭上にH鋼材の束は釣り上げられている。
「喰らえ!!」
フォークリフトに乗っていた男が散弾銃をクレーンの先端のワイヤーへと向ける。そしてH鋼材を束ねていたワイヤーケーブルを狙い撃ちワイヤーを巧みに切断する。ワイヤーが緩めば鋼材はバランスを失う。それは真下に位置するベルトコーネ目掛けて次々に落下していくのである。
――ゴォオン!! ゴゴン!! ゴゴゴゴ、ゴゴン!!――
鋼材は地響きをたて、轟音を響かせながら次々に落下していく。当然、その真下に位置するのはベルトコーネだ。それは武器すら持たぬはずの男たちが知恵を絞り力を集め来るこの日のために耐えに耐えて積み上げてきた怒りの一撃であった。
「鋼の悪魔よ! これが我らの怒りだ! イスラムの戦士の誇りの一撃だ! 世界中にこだまする貴様に向けられた怒りの声を今こそ思い知れ!!」
ついにベルトコーネは多数の鋼材の下敷きとなり火柱に包まれたまま微動だにしなくなった。全ての動きが停止したのは誰の目にも明らかであった。
彼らが起こしたことの成り行きを呆然として眺めていたのはローラである。突如として現れた救いの手に感謝しつつも戸惑わずには居られなかった。ローラもかつてはベルトコーネの仲間である。ディンキー・アンカーソン配下のマリオネットとしてテロに手を染めていた過去がある。ローラの眼前に現れた彼らは紛れもなくかつてのテロ活動への報復を求めてベルトコーネに攻撃を加えたのだ。その彼らに対して強い不安を感じるのはやむを得ない帰結である。
フォークリフトを駆っていた男がローラの下へと静かに歩み寄ってくる。その表情はどこか穏やかであり、積年の思いを成就させたがゆえの満足感に満ちていた。そこにローラへの敵意は微塵も現れていなかった。男は静かに語り出す。
「君がローラママだね?」
男の風貌は明らかにアラブ系だった。普段から工場労働をしているのだろう、グレーの作業着に布製の作業帽と言う出で立ちであごひげを豊かに蓄えている。その日焼けした風貌の中に垣間見えるのは長い戦いの痕跡。そこに刻まれた傷跡には過去に彼が戦場で実戦経験がある事を暗に物語っていた。
戸惑いを隠さないローラに男は穏やかに問いかける。
「怖がらなくていい。俺達は君に対しては一切の敵意は持っていない。俺達が戦う相手はベルトコーネただ一人だ」
「え?」
ローラが戸惑いの声を上げる。男の仲間たちが徐々に集まってきている。年の頃は30から50くらい、中には60を越したような老体の者もいる。彼らは誰ひとりとしてローラに対して武器を向けるような真似はしていない。その理由を明かすように男はローラに告げた。
「君があのディンキー・アンカーソンの元配下だと言うことは割と早いうちに分かっていた。はじめはすぐにでもかたきを討つべきだと声高に唱える者も少なくなかった。なにしろディンキー・アンカーソンの攻撃対象はイギリス人に限られてはいたが、そのイギリス人に加担する者にも敵意の矛先が向くこともあった。その巻き添えを食って怪我をした者、命を失った者、戦場に二度と立てなくなった者、犠牲となったものは数多く居た」
その言葉にローラはうつむきながらも謝罪の言葉を言わずには居られなかった。
「はい。あの時の事はよく覚えています。あの時の私のした事は罪そのものです。非難されても、攻撃されてもむしろ当然だと思っています」
消え入るような声でつぶやくローラに、男たちは告げる。
「ローラ。話は最後まで聞いてほしい」
その言葉にローラは顔を上げる。先程まで怒りの声を上げていたとは思えないほどに穏やかであった。
「そもそも、ディンキーと言う男は、基本的に英国人以外への攻撃は英国に加担する事への警告と言う色合いが濃かった。決して深追いはせずメッセージが伝われば速やかに姿を消す。そう言う男だった。そして君は、過去のいかなる戦場でも英国人以外へは警告と言う立ち位置から逸脱することはただの一度もなかった。それに過去の君はディンキー・アンカーソンの操り人形として逆らうことは許されなかったはずだ。その君が過去を断ち切り、恵まれない子どもたちのために寝食を惜しんで献身的に親代わりになろうとしている――、
その事実に、俺達もはじめは戸惑った。テロとして再起を果たすための隠れ蓑なんじゃないかと言う声もあった。だが俺達は君を観察している間にあることに気付いたんだ」
「えっ? あること――?」
ローラが問い返せば、憐れむような慈しむような視線でそっとローラの肩を叩きながら男は告げる。
「君はここに来てからほとんどエネルギーを補充していない。そうだろう?」
男の語る言葉にローラは沈黙せざるを得なかった。
「オレの昔の経験から言って、君に限らず戦場に立つアンドロイドというのは可能な限り無補給で長期間戦場に立てるように作られている。だがそれだって限度がある。最低限のインターバルのみで専門家のメンテナンスもなしに1ヶ月以上も働き続けられるようなアンドロイドなんてお目にかかったことは一度もない。君はすでに限界に来ているはずだ。それを誰にも告げず、あのシェン・レイにすら打ち明けずにいると言うのに君がテロ・アンドロイドとして再起を試みているとは到底考えられなかった。だから我々は確信したんだ――」
一呼吸置き、ローラの方から手を離しつつ男は告げる。
「君は命を捨てて子どもたちに尽くそうとしていると。そしてそれが君にとっての過去への償いなのだとね」
男の言葉にローラの目が思わず見開かれる。そしてその目から涙がかすかに溢れようとしている。
「過去を悔いて弱き者のために尽くそうとしているものを、慈悲深きアッラーなら必ずやお許しになるはずだ。俺達はそう確信した、そして君を狙ってあの鋼の拳の悪魔がやってくるはず――俺達はそう読んでいた。この一ヶ月、ヤツに積年の恨みがある我々は協力しあい、この日のために策を練り続けてきた。全てはヤツにかつての暴走のその責めを負わせて全てを断罪するためだ。君もアイツの〝暴走〟の事は知っているだろう?」
知っている忘れられるわけがない。ローラははっきりと頷いてみせる。
「俺たちのいた中東でも、やつの暴走のために幾つかの町や村で数多くの命が奪われてきた。それは英国人はもとよりアラブ人だろうが、アジア人だろうが、ロシア人だろうが、一切お構いなしだ。数多くの命を奪い血祭りにあげたあげく、全身に巻きつけられているあの〝ベルト〟でディンキーにより拘束される。その繰り返しだ。俺達はヤツに故郷を滅ぼされ、家族を奪われ、友を奪われ、イスラムの戦士としての誇りすらも奪われて、このアジアのハズレの島国で虚しさと悔しさを抱えながら生きてきた。それが今漸くに報われる時が来たんだ。君を憎む理由など俺達は持ち合わせちゃいない。むしろ俺たちは君に感謝している。戦士としての誇りと名誉を取り戻すこのチャンスを与えてくれた君にね」
それは驚きだった。戸惑いでもあった。想像を超えためぐり合わせが、救いとなってローラにもたらされたのだ。なおも男は告げた。
「ここは俺達に任せてくれ。奴が二度と再起できないようにとどめを刺す。君はあの子たちの所に戻ってやってくれ。君は戦場に立つより、子供を抱いている姿のほうが相応しい」
ローラも体力的にはすでに限界に達していた。それにやはり、今なお命の危険の真っ直中にあるカチュアのことが気がかりだった。しかし、そうだったとしても目の前の彼らは生身の人間であり強力な武装を持っていわけではない。もしベルトコーネが再び動き出すようなことがあれば最悪の事態となりかねない。
迷う、戸惑う、逡巡する。だがしかし、今は彼らの好意にすがるしか無い。心のなかに謝罪の気持ちを抱えながらローラは彼らに頭を下げた。
「はい。そうさせていただきます」
そう答えて身を翻すとカチュアの方へと走り出していく。その後姿を眺めつつ、男たちは再びベルトコーネへと向き合う。今こそ決着をつける時だ。彼らはそう確信しているのだ。たとえそれが敵わない相手だとしてもだ。なぜなら彼らも誇りある戦士なのだから。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
追放料理人とJKの異世界グルメ無双珍道中〜ネットスーパーは最強です〜
音無響一
ファンタジー
わーい、異世界来ちゃった!
スキルスキル〜何かな何かな〜
ネットスーパー……?
これチートでしょ!?
当たりだよね!?
なになに……
注文できるのは、食材と調味料だけ?
完成品は?
カップ麺は?
え、私料理できないんだけど。
──詰みじゃん。
と思ったら、追放された料理人に拾われました。
素材しか買えない転移JK
追放された料理人
完成品ゼロ
便利アイテムなし
あるのは、調味料。
焼くだけなのに泣く。
塩で革命。
ソースで敗北。
そしてなぜかペンギンもいる。
今日も異世界で、
調味料無双しちゃいます!
我らダンジョン攻略部〜もしも現実世界にダンジョンができて、先行者利益を得られたら〜
一日千秋
ファンタジー
昨今、話題の現実にダンジョンができる系の作品です。
高校生達のダンジョン攻略と日常の学校生活、ビジネス活動を書いていきます。
舞台は2025年、
高校2年生の主人公の千夏将人(チナツマサト)は
異世界漫画研究部の部長をしています。
同じ部活の友人たちとある日突然できたダンジョンに
できてすぐ侵入します。
オタクは知っている、ダンジョンには先行者利益があることを。
そして、得たスキルでこつこつダンジョンを攻略していき、日本で影響力をつけていった先に待ち受ける困難とは!?
ダンジョンの設定はステータス、レベル、スキルあり、ダンジョン内のモンスターの死体はしっかり消えます。
一話につき1000〜2500文字くらいの読みやすい量になっているので初心者には読みやすい仕様になっております。
キャラクターはところどころ新キャラが出てきますがメインストーリーは主に3人なので複雑になりすぎないように心がけています。
「いいね」頂けるととても嬉しいです!
「お気に入り」登録も最高に嬉しいです!
よろしくお願いします!
※契約書、経済システムの書式、掲示板テンプレはAI生成を活用して制作しております。修正、加筆は行っております。ご了承下さい。
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる