上 下
291 / 462
第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/グラウザー編 

Part13 神の雷/街角のヒーローへ

しおりを挟む
「熱レーザーガンの銃創だな。貫通銃創か?」
「えぇ軍用の警備警戒任務用ドローンです。有明の高層ビルの屋上からここへと直行しようと、特殊装備で滑空していたのですが、立体映像で姿を隠していた多数の軍用ドローンから直撃を食らったために50mほどの高さから地面に真っ逆さまです」
「よく死ななかったな。何か秘訣でもあるのか?」
「えぇ、悪運だけは強いものでして」
 
 冗談交じりに笑い飛ばしつつシェンは言葉を続けた。
 
「実は急所は外れてましたし、落ちた先が海でしてね。通りかかった船に引き上げてもらいました。応急処置もしましたから問題なしです」
「そうか――、でもレーザーの貫通銃創って下手な鉛弾より痛えんだよな。一気に穴があくうえに中から焼かれるからな」
「えぇ、かなり堪えました。突然だったんで回避しきれず何箇所か穴を開けられて、そのまま真っ逆さまですよ」

 軍用ドローン――、その言葉にピーターソンが不安げな表情を浮かべた。
 
「しかし一体誰が――まさか?」
「えぇ、ドクターが考えてらっしゃる通りです」
「〝道の向こう〟の鏡野郎――か? あの紳士面した」

 鏡野郎――それが意味するところは一つだ。シェンはその人物の名を語らずに意味ありげに頷いて肯定の意思を示した。
 
「ヤツはどうやら私をどうしてもここへと辿り着かせたくなかったらしい。追手を躱すのにもひと手間かかりました。なかなか此処に辿り着けなくて心配だったんですが、あなたが先に来てくれたおかげでラフマニや子どもたちが助かりました、改めて礼を言わせてください。この御恩はいつか必ずお返しいたします」
「そう固くならんでくれ。これは俺が好きでやったことだ。年寄りの道楽ってやつだ。とは言ってもアンタは義理堅いって噂だからな」

 シェンの言葉にピーターソンは苦笑しつつ答える。シェンは冷静な面持ちの中に静かな笑みをたたえながらこう答えたのだ。
 
「我々チャイニーズには〝礼節と恩義〟は大切な物です。恩義を欠くのは人として最も恥ずべき事だと心得ています。いつか必ず――」
「あぁ、楽しみに待っているよ」

 そう語り合うとシェンとピーターソンは互いに右手を差し出し握手を交わしたのだ。そして彼らの視線は〝化け物〟――ベルトコーネの方へと向く。
 
「それより今はアイツだな」
「えぇ。今こそ完全に息の根を止めなければ」
「それならドクター・シェン――、子供らを助けたのは俺たちよりもアイツらだ」

 あいつら――、ピーターソンの言葉と視線が指示す先にはセンチュリーとグラウザーの姿があった。自らの身体を呈して戦闘の矢面に彼らは立っていた。その姿にピーターソンが不安げな声を漏らす。
 
「やばいな――腕が」

 その言葉はセンチュリーの右腕のトラブルを示していた。戦場で数え切れぬほどのサイボーグ兵士を見てきたドクター・ピーターソンだ。片腕のもたらすデメリットはいやというほど知っている。
 
「あれではバランスが取れん。接近戦に持ち込まれたらアウトだ」
 
 そして、シェン・レイはピーターソンのこぼした言葉に神妙な面持ちで軽く頷く。
 
「ドクター・ピーターソン――、ここはお任せしてよろしいですか?」
「あぁ、任せてくれ。あの子達は我々が安全な場所に避難させよう。たしか他にも孤児たちが居たな? それも任せてくれんかね?」
「はい、お願いいたします。謝礼はお支払しますので」

 真面目な面持ちでそう語るシェンにピーターソンは苦笑いで告げる。
 
「そんなのいらんよ。この程度のことでギャラを貰ったら街の連中に何を言われるかわかったものではない。それより早く行ってやってくれ。あいつらはこの街に訪れたヒーローだからな」

 ピーターソンの言葉にシェンは頷くと足早にかけていく。向かう先はグラウザーたちの下だ。
 漆黒のコートをたなびかせながら駆けていく後ろ姿は街の明かりを受けて微かな反射光を帯びていた。それはスクリーンの中のムービーヒーローのシルエットにも似ていた。ピーターソンはそれをつぶさに眺めながらそっとつぶやいた。
 
「シェン、そう言うアンタだってこの街のガキたちのヒーローだってこと知ってるのかい?」

 それが誰かに聞こえたかは定かではない。
 
「よし、彼らを連れて移動するぞ。ハイヘイズの他の子供達の事も見てやろう」
 
 ピーターソンも踵を返すとラフマニたちのところへと戻っていく。戦いはまだ続いていたのである。
しおりを挟む

処理中です...