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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/集結編

Part19 第1方面涙路署捜査課/懸念と警告

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 今井の言葉に皆が頷いた。重要情報の共有である。そして飛島が愚痴混じりに呟く。

「しかし――、こいつぁまいったな」

 飛島が頭を掻きむしる。
 
「この事が本庁の刑事部の連中に知られたら、相当嫉妬されるんじゃないですか?」
 
 飛島の言うことにも一理ある。本庁をすっ飛ばして一所轄にこれだけの重要書類がもたらされたとすれば、この事を面白く思わない者が現れたとしても不思議ではなかった。思わぬ嫌がらせを受ける可能性だって考えられるだろう。だが、その疑念に答えたのは新谷だった。

「それならご心配なくと、大戸島課長が言っておられました。同じ特攻装警を所有する者同士のラインで、警備一課の近衛課長にも同じ物を渡しておられるそうです。近衛課長は過去に機捜や暴対に居られたことがあるそうですから仲介役もそつなくこなせるでしょう」

 新谷の言葉に飛島たちが頷いている。

「それに、公安部が刑事部に直接接触するのは今までの長い因縁があるから容易では無いが、警備部や特攻装警開発元の私などがクッションとして間に入れば、情報の流れもスムーズになります。むしろこのやり方が定着するほうが望ましいとまで言っておられましたが、それについては私も同感です」

 そして飛島が納得した風に言葉を続けた。
 
「なるほど〝どちらでもない〟第3者を経由すれば、気まずい思いも減らせると言うことですか。考えましたね」
「でしょ? はじめ君ってそう言う所は昔から頭の回る人だったのよ。そう言う意味でも彼はいい意味で公安向きなのよ」

 そして今井が資料にざっと目を通し終える頃に新谷が告げた。
 
「それで公安が調べ上げた東京アバディーンの関する情報なんですが、特に今回のグラウザーと朝くんの救出に関して必要なところを大戸島君から聞いた話を元にかいつまみましょう」

 新谷が何時になく冷静な口調で説明を始める。普段、仲介役的な管理職に徹しているとは言え彼もれっきとした技術者である。情報と技術について説明するのは専門である。おちついた語り口が始まると居合わせた捜査課の捜査員たちは冷静に聞き入り始めた。
 
「市街地の地理的情報ですが、大別して2つに分かれるそうです。街区の真ん中を東西にメインストリートがカーブしながら伸びています。そしてストリートの南側を扇状に広がっているのが違法居住外国人があふれるスラム街です。そしてストリートの北側が高層ビルや高級マンションなどが立ち並ぶビジネス街区。スラムに住む人間が、ビジネス街区に巣食う違法組織の構成員に搾取される。これがあの街の基本的なスタイルだと言われています」

 新谷は大戸島がもたらした資料の中から東京アバディーンの空撮写真を取り出して皆に回し始める。
 
「その写真を見てください。高さの低い雑居ビルやバラックが並ぶ辺りが扇状周辺街区と呼ばれるスラムです。それに対して高さのある高層ビルがひしめくのが中央ビジネス街区。その中でも最も高さがある高層ビルが『ゴールデンセントラル200』これがあの街の中心部だそうです」

 その写真を目にして増沢が言葉を漏らす。
 
「わかりやすいですね。財力と権力を持つ者がより高い所へと位置してあの街を掌握しているということですか」
「仰る通りです。事実、あの中央防波堤特別市街区の土地の大半を所有しているのはゴールデンセントラル200のオーナーである白翁グループだと言います。さらに埋立地の南東の方向には開けた埋立地が未開発のまま残ってるそうです。今回、グラウザーたちの戦闘が目撃されたのは、扇状のスラム街区と未開発地域の境目の辺りらしいです。武装警官部隊では、ここへのアプローチを何とかして行おうとしています」
「グラウザーたちの救出のためね」
「はい。そのために2小隊を派遣しています」
「私達の所では4小隊が派遣されると聞きましたが?」
「あぁ、その件ですか。それは情報機動隊経由での出動です。表向きはアトラスとエリオットの救出、本当のところはディアリオを最深部に直接投入するそうです。情報機動隊としてではなく公安部としてね」
「公安部として?」
「さよう」

 想像以上に深刻な話を新谷はあっさりと言葉にした。怪訝そうに問い直す今井たちの言葉を新谷は肯定する。
 
「どうやら公安部では、あの埋立地の問題は末端の組織犯罪の取締では太刀打ち不可能と読んでいる様です。組織犯罪対策部や捜査部の論理で末端から攻めていては追い込みきれない。内部から違法組織が増殖と拡張を繰り返してやがては埋立地の外へと手を伸ばしてくる。そうなれば東京の治安回復はより困難になる。今回の特攻装警がらみのトラブルは公安の連中にしてみればむしろチャンスなんです。救出にかこつけて捜査と制圧の手を一気に伸ばすためのね」

 淡々と低い声で語る新谷の言葉は何時になく捜査課の人間たちの心に危機感を抱かせていた。今井たちがその危機感を具体的に口にしていた。
 
「とすると、残り2小隊って云うのは――」
「あれか! 情報戦特化小隊!」

 飛島が吐き出した言葉は恐れと嫌悪を帯びていた。けっしてその存在に対して好意も賞賛も寄せられては居なかった。

「そのとおりです。今井さん。飛島さん。ディアリオと情報機動隊よりも前に組織された情報犯罪対策と対機械戦闘の専門部隊です。そもそも情報機動隊が公安隷下に組織されたのは、この武装警官部隊に設けられた情報戦特化小隊の成功例が有ったからなんです。今回はディアリオとともにこの特化小隊が中央ビジネス街区へと突入するそうです」
「なんてこった――」

 重く苦しそうに呟く飛島に宝田が問いかけた。
 
「飛島さん。その情報戦特化小隊ってなんなんです? 盤古であることには変わりないんでしょう?」

 仔細事情を知らない宝田が口にした疑問は当然のものだった。だがその疑問を飛島は真っ向から否定した。

「宝田。あれは盤古の中に有りながら盤古ではない連中だ。情報戦と対機械戦闘に特化するために人間を辞めた連中だ。昨年の有明1000mビルのサミット警備でも問題を起こしかねないと言う理由で現場から外された程なんだ」
「なにしろ――」

 言葉を繋いだのは新谷だった。
 
「――通常の戦闘任務での負傷で障害を抱えてしまった盤古隊員を、サイボーグ技術の応用で現場復帰させることを建前に戦闘サイボーグ部隊をテストしようとして産み出された連中ですからな。警察としての倫理が連中にはどこか欠けている。犯罪者と犯罪技術への憎悪を内包している。それをあのならず者の楽園へと投入しようと言うんです。どれだけの被害者が出るか私にも想像つきません」

 新谷の言葉に重い空気が広がる。沈黙の中、口を開いたのは今井だった。
 
「はじめ君――そう言う事だったのね」

 不安と諦念が垣間見える憂い気な表情のまま今井は語る。
 
「この資料は警告なのよ。これほどの危険な街だから刑事警察の論理は諦めろと言う――、そう言う方針で公安が動いているから、くれぐれも気をつけろという警告メッセージ、対立関係に陥れば同じ警察が私たちにも牙をむく。だからこそ自分たちの身を守る事に徹しろという大戸島君のギリギリのメッセージなのよ」
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