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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/集結編

Part23 静かなる男・前編/不安のカウントダウン

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【 IDNAME:BELTCOUNE    】
【 インターナルフレーム独立機動システム  】
【 総括管理意識体『ブラックボックス』   】
【 >起動プロセススタート         】

 それは悪魔の目覚め。
 
【 インターナルフレームメインスパイン内部 】
【      分散型ナノマシンプロセッサー 】
【 >起動準備完了             】
【 インターナルフレーム総体構造      】
【        高速チェックプロセス開始 】
【 >破損箇所8箇所確認          】
【 >修復プロセススタート         】
【  ≫破損箇所微細分解          】
【  ≫構造体再構成開始          】
【       〔再構成完了まで470秒〕 】

 それは確実に目覚めようとしていた。国家機密のベールに包まれていた最悪最凶の悪魔は今、東京の埋立地の片隅にて再び目覚めようとしていたのだ。
 
【 インターナルフレーム外部        】
【     諸内部器官破損状況高速チェック 】
【 外部組織:重度破損 ⇒ 行動可能    】
【 内部人工筋肉系:中度破損 ⇒ 行動可能 】
【 内蔵部動力系:軽度破損一部再起動可能  】
【              ⇒ 行動可能 】
【 慣性質量制御系             】
【  1:ハードウェア破損なし       】
【  2:制御プログラム全消失       】
【 >インターナルフレーム内部ナノマシン  】
【  プロセッサーによる慣性質量制御系   】
【  疑似再構成開始            】
【       〔再構成完了まで735秒〕 】
【                     】
【 逃走行動開始可能まで【72秒】     】

 72秒
 470秒
 735秒
 ――それは悪魔が完全に目覚めるまでの道標であった。
 残されている時間はあと僅かである。


 @     @     @
 
 
 そして、時同じくしてここはゴールデンセントラル200の円卓の間――
 そこに残っていた幹部たちはファイブが映し出す様々な情報に注意をはらっていた。
 
 空間にホログラム映像による仮想ディスプレイとして映し出されていたのは、ベルトコーネにまつわるグラウザーたちのやり取りだった。そしてそれと並行してネット上で略取した日本と英国とのあいだで交わされた極秘データの〝鍵〟を開ける作業が続けられていた。
 ファイブが〝鍵〟を開けるまでの間、天龍やママノーラたちは街の様相を街灯監視カメラやステルスドローンなどの映像を駆使して得られた映像で眺めている。特にママノーラは、部下であるウラジスノフが直属部隊を展開していることも有り、仮想ディスプレイに映し出された映像を憮然とした表情で眺めていた。そんなママノーラに天龍が声をかける。
 
「ママノーラ」
「なんだい? サムライの同士」
「ベルトコーネをどうする段取りだったんだ?」

 一見穏やかに語りかけているが、その言葉の裏には天龍がベルトコーネに対して持っているヤクザとしてのメンツの問題をどう解決するかがにじみ出ていた。ママノーラは内心苛立ちながらも言葉を選びつつ答えた。
 
「本当は奴がまだある程度動ける段階で、ヤツを逃走させるように仕向けて、この街のメインストリートの向こう側からこっち側へと、ヴォロージャたちに追い込ませる手筈だったんだよ。そしてモンスターがこっち側で一気に畳み掛けて生け捕りにする。なにしろアイツは対アンドロイド戦闘のエキスパートだ。確実に生け捕ってくれるはずだった。でもソレがあの男のせいで段取りが微妙に狂っちまったみたいだね」

 あの男――それが何を意味するのか天竜にもよく分かっていた。
 
「あぁ、神の雷かい」

 天龍のつぶやきにママノーラは頷いてみせる。
 
「どうやらベルトコーネを致命的な状態までシェン・レイの奴が追い込んじまったみたいだ。日本のアンドロイドポリスにベルトコーネのガラを抑えられたのはちぃっと痛かったねえ」

 そこまで告げて、手にしていた細葉巻の灰をガラス製の大きめの灰皿へと落としていく。さり気なく視線を天龍の方へと向けて様子をうかがえば、彼のいらだちがより強くなっているのがわかった。
 
「言い訳するわけじゃないが――天龍のダンナ。ここはウチのヴォロージャを信頼しちゃくれないか?」
「どう言う意味だ?」
「あれも軍隊上がりで戦闘行動についちゃ凄腕だ。特に気配を隠してのステルス戦闘展開についちゃ現役時代にゃスペツナズでも奴が指導教官をつとめるくらいだったって話だ。こうなったら手負いのアンドロイドポリスを全員くびってでもベルトコーネの身柄を押さえるだろうよ」
「だが――」

 天龍が言葉を区切る。
 
「――あんたの女房役からは報告はまだ無いんだろ?」
「あぁ、それかい。あいつはステルス戦闘が得意だ。順調に事が進んでいるか、まだ打つ手が有るうちは余計な報告は一切上げてこない。こっちの意図を理解した上できっちりと成果を出してくる。アイツはそういう男さ」
「それを信じろってのか?」
「不服かい?」

 それはママノーラの挑発だった。天龍がここで不服だと吐露すれば、ママノーラの威厳を無いがせにする事になる。天竜がベルトコーネの身柄拘束をママノーラたちに任せている以上、ある程度の結果が出るまでは待つのが筋だ。内心、舌打ちしながらも天龍はママノーラの言葉に首を縦に振った。
 
「しゃぁねえ。アンタの貫禄に全部あずけるよ」
「ありがとよ。サムライの」
「その代わり、納得できる結果は出してもらうぞ」
「当然だろ? アタシもベルトコーネの遺骸は欲しいからね。たとえバラの残骸でもアレを欲しいと言ってる奴はいくらでも居るからね。ヴォロージャも手に入りませんでした、ダメでしたではすまないって事はわかってるはずさ。まぁ、もう少し待ってておくれよ」
「あぁ」

 ママノーラの言葉に天龍は頷きながらグラスを傾ける。その時、ママノーラが不意につぶやいた。その視線はファイブが映し出した特攻装警たちの監視映像カットに向けられていた。
 
「時に、天龍のダンナ」
「なんだ?」
「このブラウンの髪のちょっとガキっぽい奴は誰だい?」

 ママノーラの指差す先には、東京の雑踏の中を歩いて行く姿のグラウザーが写っていた。
 
「あぁ、そりゃあ日本のアンドロイドポリスの6体目、公称7号機で〝グラウザー〟ってやつだ。たぶんあそこに来ている」

 天龍が指差したのは、東京アバディーンにてベルトコーネが暴れていたエリアだった。つまり今、ウラジスノフたちと対峙している状況に有るのだ。

「そうかい――」

 ママノーラは不安げにつぶやきながらベルトコーネの身柄を巡って行われている戦闘の様子に注意を払っていた。今、監視映像下ではグラウザーの素顔は映っていない。2次アーマーが装着されている姿が見えるだけである。当然、素顔を出しているセンチュリーは顔立ちも髪の毛も別物であった。
 グラウザーの容姿、それがママノーラには微妙に引っかかっていた。スッキリしない思いが彼女の中に巡っている。そしてその思いがファイブへと向けられる。
 
「ときに銀の同士、〝鍵〟は開けられそうかい?」

 ママノーラの問いにファイブはしっかりと頷いていた。
 
「えぇ、ママノーラのあと20秒ほどで解錠できます。もう少々お待ちを」

 極秘データの〝鍵〟が開けられるまであと少し。そしてそれはさらなる波乱を呼び込む緒であったのである。
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