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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/集結編

Part25 鏡像/惨事と自虐と

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「ママノーラ、本当に行かれるのですか?」

 ママノーラの従者の若者の一人が尋ねる。その問いにママノーラはきっぱりと答えた。
 
「くだらない事聞くんじゃないよ。身内の人間が一生に一度の大勝負に命を張ろうってんだ。それを見届けなくてどうすんだい。あんたらもロシアの男だったら覚悟決めな」

 黒塗りの防弾仕様のベンツを走らせながらママノーラは啖呵をきる。その言葉を二人の従者たちは受け入れた。

「да(ダー)」
「仰せに従います。ママノーラ」

 その二人の従者、イワンとウラジミールはもともとは犯罪被害の孤児であった。だが二人の両親を知っていたママノーラは、組織の幹部候補として引き取ると我が子のように手塩を欠けて育ててきた。ウラジスノフも二人に自らの持てる力を注ぎ込んできた。二人はママノーラとウラジスノフを実の親のように慕いながら育ってきた経緯がある。
 そのママノーラがウラジスノフの覚悟を見届ける。たとえ危険極まるベルトコーネが存在していたとしても、それを押してでも駆けつけることに意味があるのだ。
 運転席にはイワン、ウラジミールが助手席だ。イワンが覚悟を決めたように、傍らのウラジミールに声をかける。

「行くよ」

 その声にウラジミールもはっきりと頷いた。
 そして、その黒塗りのベンツは運命の地へと向けて走り出したのである。


 @     @     @


 ウラジスノフはビルの屋上から現状を見下ろしていた。ベルトコーネとグラウザーたちを分断する予定だったのが目算に狂いが生じていた。部下から通信音声が届く。

〔もうしわけありません。メイヨール。排除目標が破壊対象に接近してしまいました〕

 だがウラジスノフは部下を責めなかった。

〔かまわん、それだけ敵が職務に忠実な〝立派な男〟だったという事だ。仲間の命を優先するよりも、職務を全うする道を選ぶ――、見事じゃないか。気に入った。我々も敬意を表して全力でもてなそう。包囲網を固めろ。退路を塞いで行動不能に追い込む。その上で降伏勧告だ〕
〔да(ダー)〕

 命令を受け、グラウザーたちを包囲する輪が狭まり始める。そして銃口は負傷したセンチュリーのみならずグラウザーにも向けられ始めた。高出力の電磁ノイズを放つ特殊弾丸。その猛射が二人に対してあびせられたのである。
 単なる鉛の弾丸ではない特殊弾丸。極めて高い電磁波ノイズを放ち、かすっただけでも内部の電子装置にトラブルを引き起こさせる。其の身にプロテクターを装備していない現在のセンチュリーには十分に〝効く〟攻撃であった。その兄をかばうようにしてグラウザーはセンチュリーの体を崩壊したコンクリートブロックの影へと移動させて物陰に隠す。兄であるセンチュリーはグウラザーへとアドバイスする。

「どうやら軍隊崩れのステルス戦闘部隊のようだな。やたらと能力が高え」
「そのようですね。通常光学センサーでは足跡すら見つかりません。やっかいです」
「だがな、グラウザー」
「はい」
「最後まで諦めるな。敵の攻撃にも波がある。一瞬の隙きを突いて囲みの一番弱いところを壊すんだ!」
「わかりました。センチュリー兄さんは、ここで待っていてください!」
「あぁ、なんとかここでこらえてみる。だがお前は?」

 グラウザーはヘルメットの電子アイ越しに周囲を確認しながら答える。

「僕は――、敵の攻撃をひきつけつつ突破口を開こうと思います。今となってはベルトコーネの身柄の確保は支援でも無い限り僕ら二人では極めて困難ですから、脱出を最優先するしかありません」
「OK。それで行こう。俺も視力が回復次第、援護を開始する」

 今、センチュリーの体内では視覚系統の障害を復帰させるためのシークエンスが最優先で実行されていた。だが実行状況は芳しくはなかった。
 
【特攻装警身体機能統括管理システム     】
【            緊急プログラム作動】
【>視覚系統複合光学センサーアレイ     】
【  〝マルチプルファンクションアイ〟   】
【   主要サーキット高速リカバリーチェック】
【                     】
【 ≫エラー情報              】
【  ・通常光学カメラ受光アレイ焼損    】
【  ・残5種カメラによる機能代行実行   】
【                ⇒障害発生】
【  ・マイクロカメラユニット切替え機構  】
【     制御信号系統、情報伝達不具合発生】
【  ・同バイパス系統切り替えプロセス開始 】
【                     】
【〔切り替えプロセス実行完了まで推定65秒〕】

 センチュリーの眼は単一の高機能カメラではなく、6種の機能特化した小型カメラを束ねたもので、必要に応じて切り替えて使う仕様となっている。そのため各種小型カメラを切り替える機構プロセスが必要となるのだが、それに障害が生じているのだ。制御信号情報の予備伝達経路を内部形成しながら、まだ正常な残る5種のカメラで機能代行出来るようになるまで約1分、それまではなんとしても持ちこたえなければならない。
 センチュリーは己の両目の不出来さを内心、疎まずにはいられない。ディアリオ以降の機体なら切替え機構自体が存在せず単一の光学カメラで多様なセンサー機能を実行可能な状態にまで機能改良がされて特に耐久性が飛躍的に向上している。
 だが、切り替え機構のあるセンチュリーではこうはいかない。切り替えのタイムラグが有り、なおかつ構造が複雑な分、障害発生の可能性がどうしても高くなるのだ。彼は、おのれの体の設計思想がいかに古臭いかを噛み締めずにはいられなかった。
 センチュリーは気配と音で、グラウザーが彼の元から離れて、包囲網を形成している謎の攻撃者の元へと向かっている事を感じていた。そして一人静かに口にする。
 
「すまねぇ、ポンコツな兄貴で――」

 その言葉を口にした時、センチュリーの記憶に蘇るのは兄たるアトラスのことだ。アトラスが普段からおのれのハンディキャップを埋めるために積み重ねてきた数多の努力。そしてそこに至るさいに味わい続けてきた屈辱の数々。それらを物ともせず乗り越え続けてきた兄アトラスの偉大さを噛み締めずには居られなかったのである。
 
「兄貴――」

 そうつぶやきながらセンチュリーは行動を開始する。手にしていたデルタエリートを口に咥えて弾倉を抜き取りチャンバー内の残弾も排除する。そして腰の後ろのヒップバッグに忍ばせていた〝とっておきの弾〟を詰めた弾倉を取り出した。それをデルタエリートに詰めて、スライドを引く。
 そして周囲の気配を探るとベルトコーネの機体へと近づいていく。 
 
「目が見えなくてもできる事はある」

 センチュリーは決めたのだ。ベルトコーネの機体を死守すると。それこそが今夜の彼らの最終勝利条件だったからだ。すごすごと逃げ帰ることだけはおのれのプライドにかけ絶対に認められなかった。
 だがセンチュリーはまだ背後へとひたひたと迫りくる破局的危機に気づいては居なかったのである。
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