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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/集結編

Part26 息子よ――/悲願の弾丸

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 その光景にグラウザーは問い掛けずにはいられなかった。
 
「まさか、みなさんも?」

 そこに並んだ20以上の銃口の所有者たち。それがウラジスノフと同じ身の上である事は容易に読み取れた。そして〝彼らがこの地に居る理由〟も。
 
「私が〝静かなる男〟を組織するにあたってスカウトした初期メンバーはいずれもが、ベルトコーネの破局的暴走によって、身内や仲間を失った者たちばかりだ。私と同じように強い復讐の意思を持ち、そしていつかかたきを討つ事を誓った者たちだ。そんな俺達にとってロシアンマフィアの組織は格好の活動の場だった。宿敵の動向を詳細に追い、奴にまつわる機密情報を入手するチャンスも得られる。自らを強化し戦力を上げるのも、来るべき時に備えての行為だ。マフィアの命令に服するのは、復讐の機会を得ることへの代償であり対価でもある。時は来た。機会は得られた。これ以上に最高のチャンスはない! 奴を完全破壊するための切り札もある! 俺たちはこの時のために月日を重ねてきたのだ! 分かるか?! その思いが! 悲願が! いいか? 一度しか言わんぞ!」

 そしてウラジスノフは強い視線でグラウザーをにらみながら叫んだのだ。
 
「神に与えられた最初にして最後のこの機会を邪魔だてするな! 奴を破壊するのは俺達だ! 他の誰にも渡すわけにはいかんのだ!」

 それはウラジスノフの切なる思いだった。
 そして、それはそこに集まった21人の老いた男たちが心の奥底で共有する思いだったのだ。
 一人一人が手にしていたサブマシンガンを構え直す。そして、ウラジスノフがその腰に下げていたもう一つの〝銃〟を取り出し構える。
 
――シュツルム・カンプピストル――

 第2次世界大戦時にドイツ軍が用いていた信号拳銃で、後に弾薬を強化して対戦車用の榴弾や成形炸薬弾を打ち出せる単発式の拳銃である。骨董品とも言えるそれを右手に握りしめ単分子ワイヤーで空中に展翅されたベルトコーネへとウラジスノフは視線を向けた。

「話は終わりだ。もう時間が無い。神の雷の奴が余計な真似をしたせいでヤツの破局的暴走が何時始まるとも限らん。始まってしまえばもう誰にも止められん! 質量と重力を自在にあやつる自己修復と自己進化の化物が、エネルギーが枯渇するまでこの埋立地とこの大都市を破壊し尽くすだろう! それにここはシベリアのタイガの無人の森林地帯ではない。数多くの命が行き交う大都市だ! 惨劇はもうここで終わらせねばならんのだ!」

 カンプピストルを中折させてその中へと一発の弾丸を装填する。小型の焼夷鉄甲弾頭だ。対戦車戦闘で実際に使用され実績もあげているその銃を握りしめウラジスノフはベルトコーネへと歩み出し始める。

「これで一発で終わらせる。ある弱点を突けばそれで終わりだ。息子たちの無念を晴らすためにも――、これ以上邪魔をするな!」

 そしてウラジスノフの意思を理解した部下たちがグラウザーへも銃口を向けてきた。攻撃のためではない。これ以上の介入と行動の遅延を静止するためである。

「ちょっと待ってください! ウラジスノフさん!」

 グラウザーが制止の声を上げる。だがそれを許す静かなる男たちではない。ステルス装備を行使した状態で銃口だけがグラウザーの頭部へ押し付けられると、老いた男の声が響いてきた。

「Он просит. Просьба не беспокоить майор」

 そのロシア語をグラウザーは同時翻訳して理解する。
 
――お願いです。少佐を邪魔だてしないでください――

 その声はかすかに震えていた。グラウザーは彼と同じロシア語で問い返す。
 
「Вы также были потеряны?」

――あなたも〝亡くし〟ましたか?――

 静かなる問いかけに姿を隠したままの老いた兵士は答える。
 
「Я также один из сына был убит. Точно так же, как майор.」

――私も息子を一人、殺されました。少佐と同じように――

 それが現実だった。悪意を持って暴力を行使するものが居れば、それを人命を持って抗い、命と平穏を守ろうとする者たちが居る。そして力及ばず、銃火の下に朽ち果てる者たちも居るのだ。グラウザーの脳裏に蘇ったのは、あの有明での1000mビルでの悲惨な戦いの光景だった。あの戦いで特攻装警たちは生還できたが、武装警官部隊の中には決して少なくない犠牲者が出ていた。手足を失った者、致命的な怪我を負いリタイヤせざるを得なかった者、そして殉職者――
 その光景とウラジスノフたちが重なった時、グラウザーはそれ以上の抵抗の意思を見せることは到底できようもなかった。

「――――」

 必死に思考を巡らせるが、そこにおいて語れる言葉は無かった。ただ沈黙をもって見守るしかできなかったのだ。
 一方、ベルトコーネの側ではセンチュリーがベルトコーネの身柄を確保しようと待機していた。
 
【特攻装警身体機能統括管理システム     】
【>予備制御信号ライン確保         】
【>視覚系統複合光学センサーアレイ     】
【  〝マルチプルファンクションアイ〟   】
【 ≫熱サーモグラフィーモード作動     】

 通常光学視覚は失われたが、残る5種の視覚はまだ使用可能だ。そして熱サーモへと切り替えると、かすかな痕跡レベルながら接近してくる人影がある事に気付いた。
 
「誰だ?!」

 センチュリーが大声で尋ねるが返事は帰ってこない。代わりに返ってくるのは3つの銃口だった。後頭部と心臓の背面、そして頸部。いずれも重要な弱点だ。
 
「――動くな」

 微かだが、低くくてよく通る声が聞こえてくる。その警告の声を耳にしてさすがのセンチュリーもこれ以上の抵抗はできない。まさに万事休すだ。抵抗の意思が無いことを示すためにその手にしていたデルタエリートを地面に置く。そして銃口が突きつけられたままで声が聞こえた。
 
「協力、感謝する」

 そしてセンチュリーが悟る。グラウザーが包囲者の排除と包囲網の突破に失敗したことに。敵が何を意図しているのかは今のセンチュリーではわからない。ただ、忸怩たる思いを抱えて歯噛みするだけである。
 
 ウラジスノフは見つめていた。意思を喪失したままで停止しているベルトコーネを。そしてここに至るまでに積み重ねてきた月日をその胸に思い起こす。
 
「やっと――、やっとたどり着いたぞ。鋼の悪魔」

 そして右手に握りしめたカンプピストルの銃口を慎重にベルトコーネのある場所へと狙い定めていく。丁度、回し蹴りのために足を持ち上げ体を傾斜させた状態で固定されているために、攻撃対象となるポイントが絶好の位置に来ていた。それすらも今のウラジスノフに与えられた唯一にして最大の好機だったのだ。
 その時、不意にウラジスノフの体内通信システムに入感がある。その通信の主をウラジスノフは知っていた。
 
〔ヴォロージャ〕
〔ママノーラ?〕

 おのれの上司にしてゼムリ・ブラトヤの首魁。彼が忠誠を誓った人物だ。突然の通信にウラジスノフも戸惑った。だがママノーラは告げる。
 
〔そのままおやり。見届けてやるよ。他の組織の連中とのやり取りはアタシが引き受ける。つまらないメンツや仁義なんてくそくらえだ。なにしろ、これがアンタがマフィアに入った一番の理由だからね。それを見届けるのがボスたるアタシの役目だ〕

 その声には、独断を決めたウラジスノフを責めるニュアンスは一言もなかった。どこまでも優しく、人としての情に満ち溢れていたのだ。ママノーラは自らの腹心の部下に力強く告げたのだ。
 
〔なに呆けてるんだい! しっかりおやり! それこそがアンタがそこに居る理由だろう?〕

 そして今、ウラジスノフは確信した。自分が忠誠を誓った人物が間違いでなかったと言う事に。
 さらにママノーラが〝静かなる男〟たちに告げた。
 
〔いいかい、ヴォロージャの〝仕事〟をきっちりと支えておやり!〕

 無線回線越しにママノーラの声が響く。それに応じるように一斉に声が帰る。
 
даダー!〕

 20の銃口が周りを固める中で、ウラジスノフはベルトコーネに肉薄する。両手でカンプピストルを握りしめ、銃口をベルトコーネの頭部の後ろ側に位置させる。そこから頚椎と脊髄の方へと銃口を傾斜させていく。装填した弾丸がベルトコーネのある部位を狙っていたのだ。
 ウラジスノフはカンプピストルの引き金に指をかけながらそっとつぶやいたのである。
 
「これですべてが終わる」

 そしてウラジスノフは引き金にかけた人差し指に力を――
 
――キュィン!――

 その時響き渡ったのは電磁波放電を伴った風切音。対サイボーグ用のセラミックス製フレシェット弾頭、上空からの急角度の無音狙撃。火薬による発射ではなく、高圧レールガンによる高速弾体狙撃だ。
 それが思わぬ方向からウラジスノフを狙撃した。上空から強く斜めに傾斜した角度での狙撃、左の肩口から入り、背面へと抜ける射線である。
 
――ブッ――

 そして左肺を撃ち抜かれてウラジスノフは口から血を漏らしながらその場に崩れ落ちていったのである。
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