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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/集結編
Part26 息子よ――/ミハイルの言葉
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グラウザーは思わず駆け出していた。周囲にステルス化された静かなる男の隊員が居たとしても、一向に意に介さない。それはただウラジスノフの身を案ずるがためである。
十数メートルほどの距離を駆け抜けウラジスノフへとたどり着く。ヘルメットはその場で地面に投げ捨てる。そして、狙撃され口から鮮血を漏らしているウラジスノフの体を急いで抱き起こした。老いて痩せ衰えたウラジスノフの体はある程度はサイボーグ化されて居るとは言えど想像以上に軽かった。
その軽さとやせ衰えた体つきにグラウザーは驚きを隠せない。これほどまでに痛めつけられた体でこの老軍人はこの極東の最果ての大地へとたどり着いたのである。それもたった一つの思いのために――
――なぜ?――
いや、疑問は不毛だ。彼が戦い抜いてきたのは事実なのだ。それは報復と言う簡素な言葉では足りないくらいに熱い思いが込められていた。父が子を思い、子が父を慕う――、それはグラウザーが警察として 闘う日々の中で幾度も見てきた光景だった。
そして警察として日々を送る中で抱いた核心があった。
――これを守るために僕はこの世に生を受けた――
そう――〝守る〟――ただソレだけのためにこの世に存在するのだ。ならば自分がなすべきことはたった一つだ。
そしてもう一つ。
グラウザーがなぜその言葉を口にしたのか彼自身もわからない。奸計をはかりウラジスノフを謀った訳ではない。姑息に相手の関心を引こうとした訳でもない。ただ無心のうちにグラウザーはその言葉を発したのだ。
今、グラウザーはウラジスノフに語りかけた。
「папа」
――それはロシア語でこう言う意味を持つ。――〝父さん〟と。
その言葉で問いかけられてウラジスノフはハッとした表情を浮かべる。
「ミ、ミハイル――?」
声を震わせながら見上げれば、彼を抱いたグラウザーがじっと見下ろしている。言葉では答えなかったがその眼はウラジスノフに同意の意志を示していた。
「俺は――、俺はお前の 仇討たねばならない。あいつを――あの鋼の悪魔を――、お前を無人の荒野で命を奪ったあいつを――、俺は――、俺は――」
そして右手になお握りしめているカンプピストルを手にベルトコーネへとその銃口を向けようとしていた。だがグラウザーはそれをそっと静止する。自らの右手を伸ばしてウラジスノフの右手を止めた。
「違うよ。父さん」
その声は無謀な父親を諌めるようで、それでいて死してもなおただ1人の父親の命を案ずる優しさに満ちていた。
それはプログラムではない。
単なるAIの気まぐれでも誤作動でもない。
もしかすると――
非科学的な解釈だったとしても――
本当に、あの無人の荒野で一命を落としたミハイルがこの極東の大都会の片隅の地に、時と空間を超えて舞い降りてきたのかもしれなかった。
ウラジスノフは否定しなかった。自分を父と呼ぶ、見知らぬアンドロイドを。その言葉を怒りと苛立ちとともに拒絶することもできたはずだ。だがどうしてもそれはできなかったのだ。なぜなら――
「なぜ否定する? ミハイル?」
――息子たるミハイルの事を思わぬ事は一日たりとも無かったのだから。
グラウザー――否、ミハイルは父を諭した。
「僕は望んじゃいないよ。そんな事は。父さんが僕の死を悼んでくれるのはとてもありがたいよ。僕を死の苦しみから開放してくれる唯一の方法だから。でもね父さん――」
ミハイルは父の手から古ぼけた信号拳銃をそっと取り上げると、その手を強く、そして思いを込めて握りしめた。
「――怒りと恨みに苦しみながら堕ちていく父さんを見て嬉しいとは僕は思わないよ」
それは確信だった。グラウザーも様々な事件を目の当たりにしてきた。時には悲惨な殺人事件や死亡事故に遭遇し、残された遺族が悲しみと悔恨と恩讐に埋もれながら苦しみ続けるさまを何度も目の当たりにしてきた。そして恨むことではその苦しみからは開放されないという事も――
「父さん――。僕はね、父さんに生きていて欲しいんだ。過去だけを向いて怒りに自分を沈めるんじゃなく、未来を信じていつか来る希望を待って一歩一歩歩き続ける――、父さんにはそんな生き方をしてほしい」
「ミハイル――」
ウラジスノフは〝息子〟の語る言葉にじっとその耳を傾けていた。彼自身、心の何処かで感じていたのかもしれない。過去を恨んでも我が子はもう帰っては来ないという事実を。
そして〝ミハイル〟は父にこう告げたのである。
「だから父さん。もう戦わなくていい。その役目は今の僕が背負うべきなんだ。人々を守り、街を守り、人々の心にやすらぎをもたらす。ただそれだけのために僕はもう一度〝生〟を受けたんだ。だから父さん――」
そして、ウラジスノフから取り上げたカンプピストルを〝ミハイル〟はあらためて握りしめていた。
「〝あいつ〟とは僕が闘う。この不毛な戦いの結末は僕自身が終えるべきなんだ」
〝ミハイル〟がもたらす言葉をウラジスノフはじっと聞き入っていた。そして彼の心の中の最後の迷いをこらえきれずに口にしていた。
「できるか! そんなことできるか! 死地へと旅立ったお前を、再び戦場に立たせる訳にはいかない! あの鋼の悪魔だぞ! 命を賭さずして勝てるはずがないんだ! 死ぬべきは、命をかけるべきは! 老い先短い父たるこの俺なんだミハイル! お前が二度死ぬ必要は無いんだ!」
その鮮烈なる思いを吐き出しながら再び立ち上がろうとする。だが、そんなウラジスノフは〝ミハイル〟はそっと抱きしめたのだ。
「だからこそだよ。父さん――、生きる時間が残り少ないのなら、なおさら父さんには安らかに生きてほしいんだ。そして僕は――」
ウラジスノフを父として抱きしめる。ミハイルを演じているグラウザーにもいつしか涙が溢れていた。
「僕は父さんに生きてもらうためにこの命を得たんだ!」
そしてグラウザーは見つめていた。沈黙して動かなくなったベルトコーネを。以前なら多少の同情もできた。意志の疎通を心みたいとも思っただろう。だが、今は違う。今、この場に存在するのは尊敬に値するライバルでも、敬意を払うべき強者でもない。
世界中をさまよい、幾千幾多もの犠牲者を生み出し続け、それでもなお止まることのない最悪の悪夢そのものなのだ。そして、それを止められるのはまさに人間ではないアンドロイドたる自分なのだと、グラウザーは確信したのである。
ウラジスノフの配下が歩み寄り、ウラジスノフを受け取ろうとする。配下の彼にウラジスノフを託し、そっと離れる。そして瀕死の〝父〟に向けてこう訊ねたのだ。
「教えてくれ父さん。アイツを完全に沈黙させる方法を」
その言葉と同時にウラジスノフに投げかけられたのは何よりも強い意志を秘めた〝正義の守り手〟として闘う決意を固めた者の視線であった。それを静止できるほどの意志はもはやウラジスノフには残されていなかったのである。
今、ウラジスノフが寂しげに〝息子〟の決意を耳にしていた。そこには歴戦の軍人は居ない。ただ長い年月の末にすり減った1人の孤独な老人が佇んでいるだけである。
強い諦念をにじませながらウラジスノフは観念して言葉を返したのである。
「背骨だ――、背骨の第3頚椎から第6胸椎までを一気に破壊しろ。やつは人工脊椎の椎体ユニットを拡張することで第2制御中枢を構成している。ただ、そのうちの一部だけを破壊しても他の椎体ユニットが再生を図る。一瞬にして一気に11の椎体ユニットを破壊するんだ! そのためにはヤツの背後の後頭部を垂直方向から真下に向けて徹甲弾を放て! ただしチャンスは一度だけだ。仕損じれば自己改良機能が働き、防御能力が強化されるだろう。そうなればもはや奴を完全破壊する手段はうしなわれる! やるなら急げ。もう時間がない」
そしてウラジスノフは震える手を眼前に掲げる。軍人としての敬礼であった。そしてグラウザーも敬礼を返しながらこう告げたのだ。
「ありがとう。父さん」
その言葉を耳にしてそっと頷き返していた。そして、戦場へと立つ〝息子〟へと言葉を送ったのである。
「負けるなよ」
それは奇しくも、軍人になると父に決意を語ったミハイルにウラジスノフが送った言葉であった。敬礼の手をおろして〝グラウザー〟は告げる。
「行ってきます」
その言葉だけを残してグラウザーは地面に打ち捨てていたヘルメットを拾い上げ片手で装着する。そして空間へと展翅されている鋼の悪魔――ベルトコーネへと近寄りカンプピストルの銃口を、ウラジスノフの指定通りに構えたのだ。
これで終わる――だれもがそう思ったときである。
――プツッ――
ほんの僅かな軽い音をたてながら単分子ワイヤーは切れた。
――プッ、プッ、プツッ――
またたく間にベルトコーネを拘束していた単分子ワイヤーが断ち切られる。そしてその動かなかったはずの巨体は地面へと崩れ落ちる。
「なにっ?」
ウラジスノフがその光景に驚きの声を漏らす。そしてそのトラブルが起きた理由を即座に悟ると、体内に備えていた秘匿通信回線を用いて静かなる男たちへと一斉に告げたのだ。
〔全員に告げる! 緊急事態だ! 何者かが介入している! 俺達と同じステルス部隊だ! 俺からの命令を伝える! アイツを――グラウザーを守れ! アイツの任務を遂行させるんだ! そのための盾となれ! あそこに居るのはハポンスキのポリスロボットじゃない!〕
そしてひときわ強く、感情を込めてウラジスノフは告げたのだ。
〔あそこに居るのは俺達の息子だ! 倅だ! 誇り高き男だ! アイツの志を折らせるな! 俺達の息子の使命を完遂させろ! それがおれたち〝静かなる男〟の最後の戦いだ!〕
そして、全員から一斉に声が帰ってくる。
〔да!!〕
強い叫びを伴ってウラジスノフの意志に従う覚悟が帰ってきていた。
そして、ウラジスノフは切れそうになる意識を必死に保ちながらグラウザーの背中に向けて声をかけたのである。
「負けるなよ――、グラウザー」
十数メートルほどの距離を駆け抜けウラジスノフへとたどり着く。ヘルメットはその場で地面に投げ捨てる。そして、狙撃され口から鮮血を漏らしているウラジスノフの体を急いで抱き起こした。老いて痩せ衰えたウラジスノフの体はある程度はサイボーグ化されて居るとは言えど想像以上に軽かった。
その軽さとやせ衰えた体つきにグラウザーは驚きを隠せない。これほどまでに痛めつけられた体でこの老軍人はこの極東の最果ての大地へとたどり着いたのである。それもたった一つの思いのために――
――なぜ?――
いや、疑問は不毛だ。彼が戦い抜いてきたのは事実なのだ。それは報復と言う簡素な言葉では足りないくらいに熱い思いが込められていた。父が子を思い、子が父を慕う――、それはグラウザーが警察として 闘う日々の中で幾度も見てきた光景だった。
そして警察として日々を送る中で抱いた核心があった。
――これを守るために僕はこの世に生を受けた――
そう――〝守る〟――ただソレだけのためにこの世に存在するのだ。ならば自分がなすべきことはたった一つだ。
そしてもう一つ。
グラウザーがなぜその言葉を口にしたのか彼自身もわからない。奸計をはかりウラジスノフを謀った訳ではない。姑息に相手の関心を引こうとした訳でもない。ただ無心のうちにグラウザーはその言葉を発したのだ。
今、グラウザーはウラジスノフに語りかけた。
「папа」
――それはロシア語でこう言う意味を持つ。――〝父さん〟と。
その言葉で問いかけられてウラジスノフはハッとした表情を浮かべる。
「ミ、ミハイル――?」
声を震わせながら見上げれば、彼を抱いたグラウザーがじっと見下ろしている。言葉では答えなかったがその眼はウラジスノフに同意の意志を示していた。
「俺は――、俺はお前の 仇討たねばならない。あいつを――あの鋼の悪魔を――、お前を無人の荒野で命を奪ったあいつを――、俺は――、俺は――」
そして右手になお握りしめているカンプピストルを手にベルトコーネへとその銃口を向けようとしていた。だがグラウザーはそれをそっと静止する。自らの右手を伸ばしてウラジスノフの右手を止めた。
「違うよ。父さん」
その声は無謀な父親を諌めるようで、それでいて死してもなおただ1人の父親の命を案ずる優しさに満ちていた。
それはプログラムではない。
単なるAIの気まぐれでも誤作動でもない。
もしかすると――
非科学的な解釈だったとしても――
本当に、あの無人の荒野で一命を落としたミハイルがこの極東の大都会の片隅の地に、時と空間を超えて舞い降りてきたのかもしれなかった。
ウラジスノフは否定しなかった。自分を父と呼ぶ、見知らぬアンドロイドを。その言葉を怒りと苛立ちとともに拒絶することもできたはずだ。だがどうしてもそれはできなかったのだ。なぜなら――
「なぜ否定する? ミハイル?」
――息子たるミハイルの事を思わぬ事は一日たりとも無かったのだから。
グラウザー――否、ミハイルは父を諭した。
「僕は望んじゃいないよ。そんな事は。父さんが僕の死を悼んでくれるのはとてもありがたいよ。僕を死の苦しみから開放してくれる唯一の方法だから。でもね父さん――」
ミハイルは父の手から古ぼけた信号拳銃をそっと取り上げると、その手を強く、そして思いを込めて握りしめた。
「――怒りと恨みに苦しみながら堕ちていく父さんを見て嬉しいとは僕は思わないよ」
それは確信だった。グラウザーも様々な事件を目の当たりにしてきた。時には悲惨な殺人事件や死亡事故に遭遇し、残された遺族が悲しみと悔恨と恩讐に埋もれながら苦しみ続けるさまを何度も目の当たりにしてきた。そして恨むことではその苦しみからは開放されないという事も――
「父さん――。僕はね、父さんに生きていて欲しいんだ。過去だけを向いて怒りに自分を沈めるんじゃなく、未来を信じていつか来る希望を待って一歩一歩歩き続ける――、父さんにはそんな生き方をしてほしい」
「ミハイル――」
ウラジスノフは〝息子〟の語る言葉にじっとその耳を傾けていた。彼自身、心の何処かで感じていたのかもしれない。過去を恨んでも我が子はもう帰っては来ないという事実を。
そして〝ミハイル〟は父にこう告げたのである。
「だから父さん。もう戦わなくていい。その役目は今の僕が背負うべきなんだ。人々を守り、街を守り、人々の心にやすらぎをもたらす。ただそれだけのために僕はもう一度〝生〟を受けたんだ。だから父さん――」
そして、ウラジスノフから取り上げたカンプピストルを〝ミハイル〟はあらためて握りしめていた。
「〝あいつ〟とは僕が闘う。この不毛な戦いの結末は僕自身が終えるべきなんだ」
〝ミハイル〟がもたらす言葉をウラジスノフはじっと聞き入っていた。そして彼の心の中の最後の迷いをこらえきれずに口にしていた。
「できるか! そんなことできるか! 死地へと旅立ったお前を、再び戦場に立たせる訳にはいかない! あの鋼の悪魔だぞ! 命を賭さずして勝てるはずがないんだ! 死ぬべきは、命をかけるべきは! 老い先短い父たるこの俺なんだミハイル! お前が二度死ぬ必要は無いんだ!」
その鮮烈なる思いを吐き出しながら再び立ち上がろうとする。だが、そんなウラジスノフは〝ミハイル〟はそっと抱きしめたのだ。
「だからこそだよ。父さん――、生きる時間が残り少ないのなら、なおさら父さんには安らかに生きてほしいんだ。そして僕は――」
ウラジスノフを父として抱きしめる。ミハイルを演じているグラウザーにもいつしか涙が溢れていた。
「僕は父さんに生きてもらうためにこの命を得たんだ!」
そしてグラウザーは見つめていた。沈黙して動かなくなったベルトコーネを。以前なら多少の同情もできた。意志の疎通を心みたいとも思っただろう。だが、今は違う。今、この場に存在するのは尊敬に値するライバルでも、敬意を払うべき強者でもない。
世界中をさまよい、幾千幾多もの犠牲者を生み出し続け、それでもなお止まることのない最悪の悪夢そのものなのだ。そして、それを止められるのはまさに人間ではないアンドロイドたる自分なのだと、グラウザーは確信したのである。
ウラジスノフの配下が歩み寄り、ウラジスノフを受け取ろうとする。配下の彼にウラジスノフを託し、そっと離れる。そして瀕死の〝父〟に向けてこう訊ねたのだ。
「教えてくれ父さん。アイツを完全に沈黙させる方法を」
その言葉と同時にウラジスノフに投げかけられたのは何よりも強い意志を秘めた〝正義の守り手〟として闘う決意を固めた者の視線であった。それを静止できるほどの意志はもはやウラジスノフには残されていなかったのである。
今、ウラジスノフが寂しげに〝息子〟の決意を耳にしていた。そこには歴戦の軍人は居ない。ただ長い年月の末にすり減った1人の孤独な老人が佇んでいるだけである。
強い諦念をにじませながらウラジスノフは観念して言葉を返したのである。
「背骨だ――、背骨の第3頚椎から第6胸椎までを一気に破壊しろ。やつは人工脊椎の椎体ユニットを拡張することで第2制御中枢を構成している。ただ、そのうちの一部だけを破壊しても他の椎体ユニットが再生を図る。一瞬にして一気に11の椎体ユニットを破壊するんだ! そのためにはヤツの背後の後頭部を垂直方向から真下に向けて徹甲弾を放て! ただしチャンスは一度だけだ。仕損じれば自己改良機能が働き、防御能力が強化されるだろう。そうなればもはや奴を完全破壊する手段はうしなわれる! やるなら急げ。もう時間がない」
そしてウラジスノフは震える手を眼前に掲げる。軍人としての敬礼であった。そしてグラウザーも敬礼を返しながらこう告げたのだ。
「ありがとう。父さん」
その言葉を耳にしてそっと頷き返していた。そして、戦場へと立つ〝息子〟へと言葉を送ったのである。
「負けるなよ」
それは奇しくも、軍人になると父に決意を語ったミハイルにウラジスノフが送った言葉であった。敬礼の手をおろして〝グラウザー〟は告げる。
「行ってきます」
その言葉だけを残してグラウザーは地面に打ち捨てていたヘルメットを拾い上げ片手で装着する。そして空間へと展翅されている鋼の悪魔――ベルトコーネへと近寄りカンプピストルの銃口を、ウラジスノフの指定通りに構えたのだ。
これで終わる――だれもがそう思ったときである。
――プツッ――
ほんの僅かな軽い音をたてながら単分子ワイヤーは切れた。
――プッ、プッ、プツッ――
またたく間にベルトコーネを拘束していた単分子ワイヤーが断ち切られる。そしてその動かなかったはずの巨体は地面へと崩れ落ちる。
「なにっ?」
ウラジスノフがその光景に驚きの声を漏らす。そしてそのトラブルが起きた理由を即座に悟ると、体内に備えていた秘匿通信回線を用いて静かなる男たちへと一斉に告げたのだ。
〔全員に告げる! 緊急事態だ! 何者かが介入している! 俺達と同じステルス部隊だ! 俺からの命令を伝える! アイツを――グラウザーを守れ! アイツの任務を遂行させるんだ! そのための盾となれ! あそこに居るのはハポンスキのポリスロボットじゃない!〕
そしてひときわ強く、感情を込めてウラジスノフは告げたのだ。
〔あそこに居るのは俺達の息子だ! 倅だ! 誇り高き男だ! アイツの志を折らせるな! 俺達の息子の使命を完遂させろ! それがおれたち〝静かなる男〟の最後の戦いだ!〕
そして、全員から一斉に声が帰ってくる。
〔да!!〕
強い叫びを伴ってウラジスノフの意志に従う覚悟が帰ってきていた。
そして、ウラジスノフは切れそうになる意識を必死に保ちながらグラウザーの背中に向けて声をかけたのである。
「負けるなよ――、グラウザー」
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