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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/死闘編

Part30 死闘・錯綜戦列/ウノとクラウンの場合――

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■とあるビルの頂きにて。ウノとクラウンの場合――
 
 今、クラウンの前には一人の少女が立ちはだかっていた。突如として姿を表し、予想外の事実を立て続けに口にして彼を戸惑わせた少女。彼女は自らの名を名乗った。
 
――使役するウノ――

 それは闇社会に深く根を下ろすクラウンですら聞いたことのない名だったのである。

「ウノ様――と申しましたか」
「はい」
「聞いたことのないお名前ですね。私、これでも世界中を飛び回っています。裏でも表でも何かしら関わり合いがあるのなら記憶に残るはずです。それがましてやディンキー老に関わるお話でしたらなおのこと」
「ご懸念、ごもっともです」

 クラウンの言葉に一つ一つ頷きながらウノは静かに笑みを浮かべながらクラウンと向き合っていた。
 
「私達、今の字名を背負って活動を始めたのはつい最近のことです。私達の生みの親たるディンキー・アンカーソンの意思を次いで戦いの世界へと足を踏み入れたのは昨年の秋頃のことです」
「ディンキー老が日本においでになられた頃ですね」
「はい」

 そしてウノはそれ以上の問いかけを断ち切るように唐突に要求をクラウンへと突きつける。
 
「さて――結論から申し上げます」

 ウノの視線は微笑んではおらずひたすら冷静にじっとクラウンの方を見つめている。ウノはクラウンにたったひとつの要求を突きつけた。
 
「あなたたちがベルトコーネと称している個体を我々で回収させていただきます」

 その明確にしてシンプルな要求はクラウンが到底飲めるものでは無かった。それまで笑い顔だったクラウンの仮面が速やかに口の裂けた怒り顔へと変じる。そして抑揚の絶えた野太い声でクラウンは告げた。
 
「正気ですか?」

 クラウンの両手が腰の後ろに回されていた。その次に何らかのアクションを起こそうとしているのは明らかだ。だがそれを前にしてもウノと名乗った純白のブーケの少女はたじろぎも恐れもしない。あらゆる事情に恐怖を感じないかのように毅然としてクラウンと向かい合っている。
 
「はい、正気です。嘘偽りもありません。確実に暴走を停止させしかる後に回収します。あれは我々にとって絶対必要な個体なのです」

 ウノがそう言い切れば、クラウンの右手が一閃され、その手にはあの死神の鎌が握られている。右手を振るう動きのままに鎌の切っ先はウノの首筋へと向けらていた。
 
「戯言を口にするのも大概になさい。私が子供に対して甘いと思ったら見込み違いです」
「では交渉は決裂ということでよろしいですね?」
「くどい」

 ウノはこうなるのは当然とばかりにため息一つもらさずに右手を下から前方へと掲げるとクラウンの鎌をそっとその指先で押し戻そうとする。その鎌は触れ得るものを瞬時にして分解し破壊してしまう。ウノの指先が砕け散るはずだった。だがウノの指先は砕けも切り裂けもせず何の問題もなかったかのように力強く敵意の刃を押し戻したのだ。
 そして、彼女は一切恐れもせずに力強く宣言したのだ。
 それは凛々しかった。誇らしかった。そして、全ての結末を可能性を初めから覚悟して正面から受け入れることを理解していた者の姿であった。凛とした力強い声が鳴り響く。
 
「ならばアナタは私達の敵です」

 誇るでもなく荒らげるでもなく、冷静に明確にウノは宣言する。はじめからただの一度も信念は揺らいでは居なかったのだ。

「アレが世界中であまりに多くの悲劇をもたらし世界中の敵意を一身に集めている事も知っています。ですがたとえそうだったとしても、あの個体が持つ真の力を失うわけにはいかないのです。アレはまだ、正しいあるべき姿にはなっていないのですから」

 凛々しく響く声を前にして、クラウンは沈黙していた。ウノという少女にただならぬ物を感じていた。自らの刃をいともたやすく拒絶した彼女に対して、口にできない驚きを感じてもした。クラウンは問いかける。
 
「あなた、何を言ってるのですか? アレは所詮は暴走することしかしらない狂える拳魔! 制御する事も抑止することもできはしない! それを――!」

 そこまで語った所でクラウンの言葉は失われた。ビルの屋上柵の向こう側、地上から浮かび上がるかのようにウノの背後の空間に姿を現した物がある。その攻撃的な黒いシルエットに警戒し、驚かずには居られなかったからである。
 
「ド、ドローン? アメリカ軍の軍用戦闘仕様? まさかアナタ、あの国の――」
「いいえ、それは違います」

 ウノは静かに後ろへと下がりながら言葉を続ける。ウノの背後には米軍が施設警備と強襲作戦用に開発された2mほどの飛行機械が空中で静止していた。機関銃を4基装備した本格戦闘用の大型空戦ドローンが飛んでいたのである。
 それはまるでウノを自らの主人であると認めたかのように、付き従っているようにも見える。所詮は遠隔操作されるだけのドローンのはずだが、あたかも自らの自由意志をもって行動を決断しているかのような力強さがそこはかとなく感じられるのだ。
 とまどいを隠しきれないクラウンに対して、ウノは明確に告げた。 
 
「この子は、私がこの国へと入ってくる時に、在日米軍の基地にちょっと立ち寄って拝借したものです。今ではすっかり私の忠実な僕です」

 その言葉に反応するかのように、ドローンは柵の向こうから柵のこちら側へと入り込んできた。そしてウノが腰掛けるのにちょうどいい位置に移動する。そしてそのままウノが腰を落ち着けてくれるのを待っているかのようだった。
 
「覚えておきなさい。道化師よ」

 白いブーケの下でウノの二つの青い瞳が鋭く輝いていた。
 
「わたしの名はウノ。使役するウノ――、私が触れた機械はあらゆる物が私の下僕となります。そしてもう一つ――、私は人間ではありません」
「なに?」

 クラウンのその言葉を無視するかのように、優雅に静々とウノはドローンの上に腰を下ろす。それを待っていたかのように、まるで王女を乗せた名馬のように宙へと浮かび上がり始める。ウノはクラウンへと力強く告げたのだ。
 
「私たちは〝プロセス〟――、人間が次なる進化へと至るための〝道程〟と成る者。道化師よ、いずれまたお会いするでしょう。それでは――」

 ウノがそう言葉を残し、彼女を乗せたドローンは高く舞い上がり、ベルトコーネを巡って醜い争いが起ころうとしているあの荒れ地へと飛んで行く。その光景をクラウンは驚きと混乱がために沈黙したまま呆然と見送るしかできなかった。
 だが彼とて闇社会にて一組織を率いる首魁である。ただ使役されるだけの弱者ではないのだ。
 
「使役するウノ――、プロセス――、また厄介な者が現れたものです。こうしては居られない!」

 速やかにその仮面をいつもの笑い顔へと戻すときびすを返して反転して歩き出すと、何処かへと問い掛けている。
 
「シェン・レイ! 聞こえますか? 緊急事態です! シェン・レイ!」

 今宵、同盟を結んだはずの神の雷へと問い掛けていた。かかる突然の自体に彼も対処せざるをえないのだ。そして闇夜に掻き消えるように姿を消すと何処かへと去っていったのである。
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