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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/死闘編
Part38 死闘・拳と剣、新たに/ビアンカの好奇心
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東京アバディーン市街区の南東方向に広がる未開発エリア――開発半ばにして放棄された放棄廃棄区画には不法投棄された廃車や廃材が転がり、そこと隣接するように急作りの倉庫街が立ち並んでいる。
そしてそこからさらに北西へと向かえば、居住者の姿が多くなり、やがて中華系住人の多い街区へとたどり着くのである。
その中華系住人街区と倉庫街の中間エリア――
身元不確かな居住者が多く使途不明、所有者も曖昧な雑居ビルが密集しているエリアが有る。そこから倉庫街エリアへと移り変わる辺りはもっとも定住居住者が少ない街区であった。
そのような場所を揺らめくように気ままに歩く人影が一つ――
「全然、お目当て見つかんないなあ」
眉間にしわを寄せて不満げに声を漏らしながら歩みを進めるのは、一人の若い女だった。
黒味の強い褐色の肌にラテン系の特徴の残る風貌の中背の女で、髪はシルバーブロンドをショートのドレッドにして編み上げていた。
よくくびれた腰から下は青地に紫のペイズリー柄の極薄のレギンス。それにピンク色のホールターネックのカットソーを身に着け、丈の長いルーズな仕立てのチョッキの様な濃紺色の〝ジレ〟を身につけていた。足元は茶系のエスパドリーユと呼ばれるフラットシューズ。
躍動的に走る姿から足音が聞こえてきても不思議はなかったが、彼女の動くさまからは足音も衣擦れの音すらも聞こえては来なかった。ただ口元に笑みを浮かべると自虐的に呟きはじめた。
「やっぱり無理だったかな、殺し合いのドンパチが始まってる中で逆ナンパって」
そして彼女は、じっと意識を集中させると聞こえてくる音に思索を巡らせはじめた。
「銃撃、格闘、破壊――、爆薬でも使ったような振動もある」
ひとしきりつぶやくとその視線をある方向へと向ける。
「本格的に始まってるみたいね」
彼女が視線を向けたのは東京アバディーンの南東方向、グラウザーやセンチュリーたちが激戦を繰り広げているエリアであった。そしてそこにはそれ以外にもある人物たちが居る。
「諦めてエルバたちに合流するか――」
エルバの名を口にした彼女の名はビアンカ――、エルバたちにその気ままさを揶揄されていた人物だ。大きく息を吸い込むとため息をつく。
「あのピエロ、アタシ苦手なんだよなぁ。アタシの能力と相性悪いんだもん」
ぶつくさ言いながら歩みの速度を早める。そして向かう先は東京アバディーン南東の倉庫街、そして放棄廃棄区画である。行動開始前のブリーフィングで指定されたエリアだった。
ビアンカは周囲の気配に神経を払いながら歩みをすすめる。通信でエルバたちに連絡を取る気配はない。
「ここはあの〝神の雷〟の活動エリアだもんな。無線通信はさすがにやばいよね」
ここは闇社会の様々な勢力が日々しのぎを削る街であり、その中でも安全が担保されない剣呑なエリアであった。だれがひそんでいるかわからない場所では、無線通信もネットも確実性を優先するのがセオリーだ。
「プリシラが力を使えばすぐに分かるし、あいつら自体が何より目立つし――」
立ち並ぶ倉庫ビルの壁越しにその向こう側の気配を探る。場所は倉庫街の外れから、激戦区にほど近い場所に来ている。そして耳をそっとそばだてれば、今まさに壁の向こうで誰かが闘いを始めようとしている。
ビアンカは自らの聴覚の受信倍率を50%ほど増加させた。
――柳生さんよ。大田原の師匠に詫びる言葉は有るかい?――
それは若い男のハリのある声だった。力強く、そして低く響くよく通る声。それはビアンカの耳には何よりも興味をひかれる声だった。
――愚問――
それに対して返ってきたのは人間味のない冷徹にして酷薄そのもの。こちらには興味は持てそうになかった。
――そうかい――
ビアンカが興味を引かれた男がさらに言葉を吐き出す。
――俺達は法を守り市民を守る。そのために技を磨いてきた。堕ちた太刀筋しか持たねえアンタは死んで詫びるべきだ――
それは怒りであり義憤である。そして正義である。その声には魂があった。人としての心があった。何よりも邪を憎み許さない毅然とした力強さがあった。この声の正体を確かめずに通り過ぎれるほどに、消極的でもなければ生真面目でもない。
ビアンカの中の好奇心と浮気の虫が囁き始めていた。
「これはちょっと確かめたいな」
そう呟き、ペロリと舌を出す。そして自らの右手の人差指を確かめるとその指先に発生させたのは極めて小型の〝眼〟であった。そして、その人差し指を、耳をそばだてた壁へと突き立てるとそのまま、そっと壁の中へと沈み込ませていく。それはまるで指先を壁に同化させているかのようである。
ビアンカは、両の眼をつむると、指先に形成した第3の眼を使って遠隔視を試みる。その指先は魔法のようにコンクリート壁を通り抜けていく。そしてその指先がコンクリート壁を通り抜けた時、指先の第3の眼がビアンカに壁の向こうの光景を見せたのである。
そこに居たものは二人の男だった。
一人は剣士――、黒ずくめの全身装甲スーツを纏い、ヘルメットで目元以外はくまなく覆っている。その目元もハーフミラーのスクリーンで覆われていて、人としての温もりすらもなくした冷酷な双眸が酷薄な視線でじっと獲物を狙い定めていた。
「こいつは――論外ね」
そう言葉を吐くとビアンカは指先を動かした。その視線をずらすともう一人の男の姿を追う。そしてはたして――彼女はついに見つけたのだ。
「ワォ!」
半ばはしゃぎ気味に声を漏らせばその第3の視線の先に見つけたのが年代物のジーンズにダメージ柄の本革レザーのブルゾンを着込んだ若い男が居た。髪は淡いブラウンで無造作なショートヘア。まるで飢えた狼のような鋭い目つきが精悍だった。右腕は喪失しており、左腕だけを正拳に構えていた。彼女から見てカラテかカンフーのようにも見えなくもない。
その男は圧倒的に不利に見えたが、その不利を意に介している様子は微塵もない。今なお戦う意志を居られていないのだ。
「居たぁ!」
ビアンカは喜びを隠さずには居られなかった。彼女のお眼鏡に叶う狙い通りの男がそこに居たからである。
「やっぱいいわぁ! 戦う男って! あ、でも――」
ビアンカはそのブルゾン姿の男を冷静に観察する。
「ちょっと壊れかけねぇ。それに彼がベアナックルで、相手がブレードじゃ、どう見ても勝ち目ないよねぇ」
せっかく見つけたイイ男は片腕のない壊れかけ。しかもワンサイドゲームで負けるのが確定しそうな状況だった。でもだからこそビアンカには好都合だった。
「でも、これで彼を勝たせることが出来たらお近づきにはなれるよねぇ」
そうつぶやくと指先の第3の眼の視線を広範囲に走らせる。そして壁の向こうの状況をつぶさに観察した。二人の位置、進行方向、障害物、干渉してくる可能性のある存在――、それらを全て考慮に入れて思案を巡らせる。
どうすればコッソリと手を貸せるのか――
どうすればあの壊れかけの彼のプライドを傷つけずに恩を着せることが出来るのか――
「ああいう彼って下手に積極的に手を貸せばへそ曲げるんだよねぇ。大切なのは――」
ビアンカに壁から指先を引き抜く。そこには穴も残さずに壁は傷一つ付いていなかった。
「ここぞと言う時にちょっとだけ後押ししてあげること!」
プランは決まった。ならば肉食女子たる者、あとは行動有るのみだった。
「それじゃ行くわよ」
口元に笑みを浮かべながらビアンカは意識を集中させる。そして自らの体内のシステムを作動させた。
【 空間格子振動システム制御ユニット 】
【 統括制御プログラム〔C・CAT〕 】
【 完全同期4ディメンションモジュレータ 】
【 >作動開始 】
【 ≫アイドリングから 】
【 メインドライブモードへ移行 】
【 振動率100%到達:4.6秒後 】
ビアンカの身体に仕組まれた〝機能〟が稼働を開始する。ほんの僅かな沈黙の後に彼女の身体は地面下へと沈下を開始した。
【 振動率100%超過 】
【 〝体分子振動〟スタート 】
まるで地面その物を水とするが如くに彼女の身体は瞬く間に潜り込んでしまう。地面には痕跡すら傷一つすら残っていない。そこに彼女が居たと証拠は何も残っていなかった。
まさにビアンカは何処かへと潜り込んだのである。
そしてそこからさらに北西へと向かえば、居住者の姿が多くなり、やがて中華系住人の多い街区へとたどり着くのである。
その中華系住人街区と倉庫街の中間エリア――
身元不確かな居住者が多く使途不明、所有者も曖昧な雑居ビルが密集しているエリアが有る。そこから倉庫街エリアへと移り変わる辺りはもっとも定住居住者が少ない街区であった。
そのような場所を揺らめくように気ままに歩く人影が一つ――
「全然、お目当て見つかんないなあ」
眉間にしわを寄せて不満げに声を漏らしながら歩みを進めるのは、一人の若い女だった。
黒味の強い褐色の肌にラテン系の特徴の残る風貌の中背の女で、髪はシルバーブロンドをショートのドレッドにして編み上げていた。
よくくびれた腰から下は青地に紫のペイズリー柄の極薄のレギンス。それにピンク色のホールターネックのカットソーを身に着け、丈の長いルーズな仕立てのチョッキの様な濃紺色の〝ジレ〟を身につけていた。足元は茶系のエスパドリーユと呼ばれるフラットシューズ。
躍動的に走る姿から足音が聞こえてきても不思議はなかったが、彼女の動くさまからは足音も衣擦れの音すらも聞こえては来なかった。ただ口元に笑みを浮かべると自虐的に呟きはじめた。
「やっぱり無理だったかな、殺し合いのドンパチが始まってる中で逆ナンパって」
そして彼女は、じっと意識を集中させると聞こえてくる音に思索を巡らせはじめた。
「銃撃、格闘、破壊――、爆薬でも使ったような振動もある」
ひとしきりつぶやくとその視線をある方向へと向ける。
「本格的に始まってるみたいね」
彼女が視線を向けたのは東京アバディーンの南東方向、グラウザーやセンチュリーたちが激戦を繰り広げているエリアであった。そしてそこにはそれ以外にもある人物たちが居る。
「諦めてエルバたちに合流するか――」
エルバの名を口にした彼女の名はビアンカ――、エルバたちにその気ままさを揶揄されていた人物だ。大きく息を吸い込むとため息をつく。
「あのピエロ、アタシ苦手なんだよなぁ。アタシの能力と相性悪いんだもん」
ぶつくさ言いながら歩みの速度を早める。そして向かう先は東京アバディーン南東の倉庫街、そして放棄廃棄区画である。行動開始前のブリーフィングで指定されたエリアだった。
ビアンカは周囲の気配に神経を払いながら歩みをすすめる。通信でエルバたちに連絡を取る気配はない。
「ここはあの〝神の雷〟の活動エリアだもんな。無線通信はさすがにやばいよね」
ここは闇社会の様々な勢力が日々しのぎを削る街であり、その中でも安全が担保されない剣呑なエリアであった。だれがひそんでいるかわからない場所では、無線通信もネットも確実性を優先するのがセオリーだ。
「プリシラが力を使えばすぐに分かるし、あいつら自体が何より目立つし――」
立ち並ぶ倉庫ビルの壁越しにその向こう側の気配を探る。場所は倉庫街の外れから、激戦区にほど近い場所に来ている。そして耳をそっとそばだてれば、今まさに壁の向こうで誰かが闘いを始めようとしている。
ビアンカは自らの聴覚の受信倍率を50%ほど増加させた。
――柳生さんよ。大田原の師匠に詫びる言葉は有るかい?――
それは若い男のハリのある声だった。力強く、そして低く響くよく通る声。それはビアンカの耳には何よりも興味をひかれる声だった。
――愚問――
それに対して返ってきたのは人間味のない冷徹にして酷薄そのもの。こちらには興味は持てそうになかった。
――そうかい――
ビアンカが興味を引かれた男がさらに言葉を吐き出す。
――俺達は法を守り市民を守る。そのために技を磨いてきた。堕ちた太刀筋しか持たねえアンタは死んで詫びるべきだ――
それは怒りであり義憤である。そして正義である。その声には魂があった。人としての心があった。何よりも邪を憎み許さない毅然とした力強さがあった。この声の正体を確かめずに通り過ぎれるほどに、消極的でもなければ生真面目でもない。
ビアンカの中の好奇心と浮気の虫が囁き始めていた。
「これはちょっと確かめたいな」
そう呟き、ペロリと舌を出す。そして自らの右手の人差指を確かめるとその指先に発生させたのは極めて小型の〝眼〟であった。そして、その人差し指を、耳をそばだてた壁へと突き立てるとそのまま、そっと壁の中へと沈み込ませていく。それはまるで指先を壁に同化させているかのようである。
ビアンカは、両の眼をつむると、指先に形成した第3の眼を使って遠隔視を試みる。その指先は魔法のようにコンクリート壁を通り抜けていく。そしてその指先がコンクリート壁を通り抜けた時、指先の第3の眼がビアンカに壁の向こうの光景を見せたのである。
そこに居たものは二人の男だった。
一人は剣士――、黒ずくめの全身装甲スーツを纏い、ヘルメットで目元以外はくまなく覆っている。その目元もハーフミラーのスクリーンで覆われていて、人としての温もりすらもなくした冷酷な双眸が酷薄な視線でじっと獲物を狙い定めていた。
「こいつは――論外ね」
そう言葉を吐くとビアンカは指先を動かした。その視線をずらすともう一人の男の姿を追う。そしてはたして――彼女はついに見つけたのだ。
「ワォ!」
半ばはしゃぎ気味に声を漏らせばその第3の視線の先に見つけたのが年代物のジーンズにダメージ柄の本革レザーのブルゾンを着込んだ若い男が居た。髪は淡いブラウンで無造作なショートヘア。まるで飢えた狼のような鋭い目つきが精悍だった。右腕は喪失しており、左腕だけを正拳に構えていた。彼女から見てカラテかカンフーのようにも見えなくもない。
その男は圧倒的に不利に見えたが、その不利を意に介している様子は微塵もない。今なお戦う意志を居られていないのだ。
「居たぁ!」
ビアンカは喜びを隠さずには居られなかった。彼女のお眼鏡に叶う狙い通りの男がそこに居たからである。
「やっぱいいわぁ! 戦う男って! あ、でも――」
ビアンカはそのブルゾン姿の男を冷静に観察する。
「ちょっと壊れかけねぇ。それに彼がベアナックルで、相手がブレードじゃ、どう見ても勝ち目ないよねぇ」
せっかく見つけたイイ男は片腕のない壊れかけ。しかもワンサイドゲームで負けるのが確定しそうな状況だった。でもだからこそビアンカには好都合だった。
「でも、これで彼を勝たせることが出来たらお近づきにはなれるよねぇ」
そうつぶやくと指先の第3の眼の視線を広範囲に走らせる。そして壁の向こうの状況をつぶさに観察した。二人の位置、進行方向、障害物、干渉してくる可能性のある存在――、それらを全て考慮に入れて思案を巡らせる。
どうすればコッソリと手を貸せるのか――
どうすればあの壊れかけの彼のプライドを傷つけずに恩を着せることが出来るのか――
「ああいう彼って下手に積極的に手を貸せばへそ曲げるんだよねぇ。大切なのは――」
ビアンカに壁から指先を引き抜く。そこには穴も残さずに壁は傷一つ付いていなかった。
「ここぞと言う時にちょっとだけ後押ししてあげること!」
プランは決まった。ならば肉食女子たる者、あとは行動有るのみだった。
「それじゃ行くわよ」
口元に笑みを浮かべながらビアンカは意識を集中させる。そして自らの体内のシステムを作動させた。
【 空間格子振動システム制御ユニット 】
【 統括制御プログラム〔C・CAT〕 】
【 完全同期4ディメンションモジュレータ 】
【 >作動開始 】
【 ≫アイドリングから 】
【 メインドライブモードへ移行 】
【 振動率100%到達:4.6秒後 】
ビアンカの身体に仕組まれた〝機能〟が稼働を開始する。ほんの僅かな沈黙の後に彼女の身体は地面下へと沈下を開始した。
【 振動率100%超過 】
【 〝体分子振動〟スタート 】
まるで地面その物を水とするが如くに彼女の身体は瞬く間に潜り込んでしまう。地面には痕跡すら傷一つすら残っていない。そこに彼女が居たと証拠は何も残っていなかった。
まさにビアンカは何処かへと潜り込んだのである。
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