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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/死闘編

Part38 死闘・拳と剣、新たに/正拳と邪剣

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 センチュリーと柳生――、ふたりは向かい合い、その間には何の障害物もない。
 柳生は納刀し、いつでも抜刀可能な状況にある。自ら動くことはなく飛び込んでくるセンチュリーを迎え撃つ覚悟だろう。
 ならば――
 
「〝疾さ〟が肝の勝負だ」

――センチュリーはそこにこそ勝負の要があると悟った。

 事前に力を込めておくのは三箇所――
 それは左腕の前腕内の電磁シリンダー――必滅の武器であるイプシロンロッドの作動ユニットだ、その蓄電コンデンサーに急速に事前電力をチャージしていく。
 さらに事前駆動させるのは両かかとの部分のダッシュホイール。センチュリー専用ブーツは両踵の部分がすでに開放されている。高速ホイールによるダッシュはいつでも可能だ。センチュリーは左腕を右肩の方へと斜め上に振り上げるとそのモーションをきっかけとして一気に飛び出した。
 左足を踏み出し、敵へ向けての200m程度の道程を疾走するのだ。
 単に走るのみならず、両かかとのホイールの力を付加して、常人を遥かに超える速度で加速するのだ。その際、柳生に肉薄するまでの歩数、わずかに5歩――
 1歩目で左足を踏みしめ、2歩目で右足を踏みしめる、
 さらに3歩目で再び左足――、柳生は納刀したままで柄に手をかけたまま微動だにしない。
 左を踏みしめ、左拳を後方へと一気にひき、左の腰脇で打ち出すための構えを取る。
 そして4歩目、右足で再び震脚しつつ、両かかとのダッシュホイールを、さらにトルクを付加して速度を上乗せする。センチュリーにとって格闘時の可能な限りの最高速度であった。
 前方視界が速度で歪む中、眼前の僅かな領域だけが、センチュリーの破損しかけの視界の中で、柳生のそのシルエットを辛うじて捕らえていた。モノクロで物の陰影しか捕らえられていないが、それでもどこに拳を撃ち込めばいいのか十分に把握している。
 
――行くぞ!――

 そして5歩目、センチュリーは柳生が抜刀を始める前に肉薄して正拳を打ち込むつもりであった。だが――
 
「速えぇ!」

――前方右側下方から抜き放たれたのは柳生が所有する超高機能電磁ブレード『荒神』である。
 センチュリーの頭部を切断するのに最適のタイミングでそれは抜刀を開始したのだ。
 その電磁ブレードの放つ火花を視界の片隅にかすかに捕らえつつ、センチュリーはその意味を悟らざるを得なかった。
 
――糞ォッ!――

 歯切り知りしつつもセンチュリーはなおも左拳を振るう、敵の抜刀軌道をかいくぐろうとしつつ腰を深く落とし、さしずめ示現流の二の太刀要らずの極意のごとくに全身全霊をかけて、残された左の拳を一心に奮ったのである。
 そして――
 
【――武術の神は今こそ勝者に微笑みかける――】

 超音の風斬り音の残渣を響かせつつ電磁ブレードが放つ斬撃軌道のそのさらに下を、センチュリーの左拳はくぐり抜けたのだ。何が起こったかその全てを理解する余裕などあろうはずもない。
 無心に――、ひたすらに馬鹿になり――、センチュリーの拳は弾丸のようにうち放たれたのだ。
 
「正拳! イプシロンロッドォォォォッ!!」

 気合一閃の怒号とともに、センチュリーの左拳はその秘められた圧倒的な破壊力を開放したのである。
 
――ドンッ!――

 電磁シリンダーが放つ数十トンの破壊力――、それはまず柳生が振るった電磁ブレードの刃峰をかすめた。猛烈な電磁火花を伴いながらブレードは根本近くで真っ二つに砕け散った。そして、正拳はそのまま前進し続け柳生の胸元を正確に捉えていた。心臓の位置からやや下、相手の重心を把握するにはまさに絶妙な位置であった。
 

――ズドォォォォオン!――

 さらに大砲でも撃ち放たれたかのような残響を響かせてセンチュリーのその左拳は、闇に堕ちし剣の持ち主を一撃の元に吹き飛ばしたのである。
 柳生は打ち据えられた拳の威力そのままに後方へと一気に吹き飛ばされた。そして数十m程を弧を描いて飛んだかと思うと一回転して地面へと突っ伏しったのである。
 センチュリーは拳を撃ち終え、両の脚でしっかりと立つ。そしてあの恐るべき魔剣が断ち折られたのを視認すると気合一閃、渾身の力を込めて柳生へ向けて言い放ったのだ。
 
「いつまで駄々捏ねてるつもりだ! 糞ガキぃぃ!! そんなに他人に傷つけられたのが悔しいのか?! そんなに負けたのが腹立たしいのか?! それで特別なおもちゃもらって、憂さ晴らしの悪さのし放題か!? 大田原のオヤジはなぁ! そんなくっだらねぇ事をさせるためにお前に剣を教えたわけじゃねえんだよ! オヤジはなぁ! 泣いてたんだよ! お前の闇落ちを! あのオヤジがだぞ?! 解ってんのかその意味よぉ?」

 あらん限りの罵声を浴びせながら、センチュリーは柳生を見つめていた。必死になりなおも立ち上がろうとしているその姿を見つめつつ最後の罵倒を叩きつけたのだ。
 
「そんな事も分かんねぇつうんなら! 武士らしく腹かっさばいてお前が死んじめぇ!! そんときゃ介錯くらいはしてやるよ!」

 そしてその言葉を耳にして、立ち上がった柳生は、じっとセンチュリーを睨み返していた。だがその目を見てセンチュリーは一言つぶやいていた。
 
「駄目だこりゃ――、完全にイッちまってら」

 正気ではない血走った視線。生きている限り止まらない救いなき人斬りの目つきであった。そこに人間的な情は一切残されていなかったのだ。
 情報戦特化小隊での任務がそれほどまでに過酷なのか、それほどまでに世界を恨みきっていたのか、あるいは特化小隊の隊長である字田の洗脳とも言える教育の賜物なのかはわからない。だが、もはや一縷の救いすらも不可能であることはこれではっきりとわかったのである。
 
「まぁ、刀へし折っただけでもよしとす――」

 そうつぶやいたときだ。柳生の右手が背中の側に回る。そして次に動いた時にはその右手には長さ40センチほどの刀が握られている。さらにその刀を一閃して振りませば刀身は振り出されたかのように勢い良く伸びて、剣術戦闘用としては申し分ないくらいの刀長に変化する。先の電磁ブレードには遠く及ばない無動力の刀であったが、敵を攻撃するには十分過ぎる威力を有していたのだ。
 それは柳生がなおも戦闘を続行するつもりである事を示していたのである。
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