何?普通って

蒼井 蛍

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何?普通って

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 引っ越しをした。これからは変わるつもりだ。いや、変わらなければならない。そうしなければまた、あの頃のいじめられっ子に戻ってしまう。
 イオは額に綺麗で真っ白な包帯を巻きつけた。
 お守り、と言われてヤラムにこの包帯を渡された時はこんなの着けんの? と思ったが、案外似合う気がする。ちょっと厨二くさい気もするがそれくらいがちょうど良いだろう。だって中学生になるんだから。
 ヤラムはイオの親代わりの女性だ。いつもご飯を作ったり、洗濯をしたり、お風呂を洗ったり、仕事に行ったり。忙しそうだけど、文句も言わずに僕の身の回りの世話をしてくれる。
 ヤラムの仕事は研究だ。日々様々なことを研究している。主に研究しているのは、惑星の研究らしい。他の惑星に生き物がいるとか、いないとかそういうことを調査したり研究したりしているのだそうだ。でも、イオにはおとぎ話にしか思えないことだ。この星以外の星に未確認生命体なんて存在しないだろう。だけど、ヤラムは必死に研究している。だから、おとぎ話だとヤラムには言えないのだ。
 イオは今日初めて中学校に行く。小学校と中学校ではほとんど生徒は変わらない。だから、引っ越したのだ。またいじめられることがないように。
 中学校ってどんなところだろう。楽しい場所だといいな。友達できるかな?
 楽しみな気持ちと不安な気持ちが混ざり合っていたけど、お守りがあれば大丈夫な気がした。
 ベリベリではなくなった靴に足を突っ込む。ベロが中に入ってうまく履けなくてジッタバッタしていると、ヤラムに笑われた。
「い、行ってきます!」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん!」
 手を振って玄関を出る。眩しい朝日に目が眩む。
 背後で玄関の鍵が閉まる音がする。その音によしっ、と気合いをいれる。
「いくぞぉー、おー!」


「ねえねえ、イオくんはなんでおでこに包帯巻いてるの?」
 さっき自己紹介したばかりのアヤリに聞かれた。
「ああ、これ? 怪我しちゃって、その傷が綺麗に治らなくてさ。かっこ悪いし隠してる」
 ヤラムが考えた言い訳をそのまま伝える。
「目は大丈夫だったの?」
「うん、問題ないよ」
「不便じゃない? 見えなくて」
「別に、大丈夫だよ」
「そっか」
 そう言って、アヤリは自分の席に戻っていった。
 危なかったぁ。いきなりバレるかと思った。好奇心が旺盛な子は要注意だ。
 学校では色々な場所やルールの説明をされた。明日は授業の説明らしい。
 とりあえずはやっていけそう。
 そう思ったのは間違いだった。事件は昼休みに起きた。
「やい!」
 真後ろから声がして、驚いて肩を震わせた時だった。
 硬く縛っていた包帯がするりと額から滑り落ちた。
 え。なんで?
 慌てて額を手のひらで覆う。
「見せろ!」
 名前も知らない男子が僕の手のひらを退けようと強い力で腕を掴んできた。
 顔を覗き込まれる。
 なんだ、なんだ? と人が集まってくる。
 ど、どうしよう。
 昼休みには先生は職員室に戻ってしまう。だから助けてくれる人はいなかった。
 腕を掴む力に負けないように、必死で額を抑える。
「やめなよ! 嫌がってるよ」
 アヤリが人混みを割って入ってきた。
 その時だった。
 別の腕にぐいっ、と腕を引っ張られた。重心がブレたイオの体はぐらりと傾いてそのまま倒れた。
 痛い。背中を思いきり打った。
 体を起こそうと両手を床についた時だった。
 イオを囲んでいた人たちがみんな目を見開いた。三つの目全てが驚きに見開かれていた。
「な、なんだよこれ」
 腕を掴んでいた男子が震える声でつぶやいた。
 アヤリが悲鳴をあげた。
 なんだよ。悲鳴をあげるようなことか? ただ、目が一つ少ないだけで。あー、初日からやらかしちゃった。
 イオは黙って立ち上がると、額に包帯を巻き直して、カバンを掴んだ。そのまま教室を出る。
 もう、だめだ。もう無理だ。やり直せるならやり直したい。
 溢れそうになる涙をぐっ、と堪えて家まで歩いた。


 家には誰もいなかった。ヤラムは仕事だ。
 真っ暗な部屋に灯りを灯す気にもなれず、洗面所で手を洗った。鏡に映り込んだ自分の額にはみんなにあるような目が無い。
 イオは制服のままベッドに倒れ込んだ。
「うぁ~!」
 叫ぶように泣いた。恥ずかしいくらいに泣いた。
 なんで、こんな体で生まれてきちゃったんだ。なんで僕には目が足りない。だから両親に捨てられたんだ。どうして、どうして僕がこんな目に。
 もう、どうしようもない。そんなことはわかっていた。でも、こんな体では、上手く生きられなかった。
 人とは違う。そのことがどうしようもなくイオを苦しめるのだった。
 こんな人生もう嫌だ。
 ベッドから起き上がると、フラフラとした足取りでキッチンに向かった。
 あるべき場所にきちんと収まっていた包丁を手に取る。
 手に取った包丁を自分の腹に向けた時だった。
 玄関の鍵が開く音がした。
 なんで? ヤラムが帰ってくるには早すぎる。
 でも姿を現したのはヤラムだった。
「な、何をしているの?!」
 慌てたヤラムがイオの手から包丁を奪い取った。
 イオは支えを失った人形のようにその場にへたりこんだ。
 さっき散散泣いたのに、また涙が溢れてきた。
 ヤラムにしがみついて、イオは泣き続けた。


 一通り気持ちが落ち着いた頃、ヤラムに今日あったことを話した。ヤラムは最後まで聞くとイオを抱きしめて言った。
「辛かったね」
 ヤラムはイオが勝手に学校から帰ってしまったことを担任から聞き、慌てて帰ってきたのだそうだ。
 しばらくすると、ヤラムは口を開いた。
「あなたの生まれについて聞きたい?」
「え? 僕は捨てられていたんでしょ?」
「ええ。でもこの星に捨てられていたわけじゃないの」
 この星に? どう言う意味だ?
「教えて」
 ヤラムは語り始めた。
 別の星に捨てられていたイオは政府によって連れられてきた、研究対象だったこと。時々、研究所で体を調べられていたのは、異星人であるイオの体を研究するためだったこと。そして、その世話を任されたのがヤラムだったこと。
「でもね、私は心からあなたを愛しているの。初めは仕事だったけど今は本当の息子のように思っているわ。それでね、あなたを守りたいから言うのだけど……」
 ヤラムの次の言葉は僕にとって衝撃だった。
「元の星に帰らない?」
 元の星にはイオと同じ二つ目の人がたくさんいて、イオはそこなら普通でいられるのだそうだ。
「行ってみたい」
 その言葉に、ヤラムは寂しそうに笑った。
「わかった。じゃあお願いしてみるね」


 事件が起きてから二週間後、宇宙船の準備ができ、イオが元の星に帰る日がきた。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
 高速で移動する宇宙船に乗って、件の星にある山に着陸した。
 街に行ってみると、たくさんの二つ目の人たちが歩いていた。
 ヤラムはこの星では逆に目立ってしまうからと、目深に帽子を被っていた。
 人目を気にせず歩ける街はキラキラと輝いて眩しくて、とても楽しかった。
 でも、街中を歩く二つ目人たちの言葉は分からなかった。
「どう、ここで生活してみるのは?」
 ヤラムが不安の混ざった声で聞いた。
「うん、悪くない」
「そう」
 ヤラムは街にいる間、この星のことを教えてくれた。
 僕らの星はこの星の真似をして作られているとか、だから生活はしやすいはずだとか、国という集落がたくさんあって、今いる国は日本というところだということとか、イオはこの日本で生まれた赤子だったこととか。
 一通り街を満喫して、イオたちは宇宙船のある山に戻った。
「じゃあ、私は帰るわね、ここで暮らす間は、このミシヤさんが面倒を見てくれるから」
 そう言って、ヤラムはミシヤを紹介すると宇宙船に乗り込もうとする。
「え? 帰るの?」
「ええ、私は政府に任せられた研究の仕事があるからここにはいられないの」
 ごめんなさいね。そう言って、ヤラムは涙を流した。
「じゃあ、僕も帰る」
「何を言い出すの? ここはあなたにとって生きやすい場所なのよ。それに今までとほとんど変わらない生活が送れるようにミシヤさんが面倒を見てくれるし」
「だって、この星には、ヤラムがいないんだもん」
「私がいなくても、あなたはやっていけるわ。ここの言葉は私より、ミシヤさんの方が詳しいし」
「そうじゃなくて、僕はヤラムがいいの。ヤラムじゃなきゃダメなの」
「え?」
 ヤラムは驚いたように目をパチパチとした。
「だから、僕と一緒に帰ろう? お母さん」
 イオの言葉にヤラムは息を呑むと、泣き始めた。
「私をお母さんって呼んでくれるの? 私はこの星からあなたを連れ去った一人なのに」
「うん、だって僕のお母さんだもん」


 イオは学校に行くことをやめた。研究所の人に家庭教師をしてもらうことにしたのだ。研究所の人はイオが二つ目の異星人であることを知っているから何も問題はない。
 イオはこの世界で上手く生きられない。だから、上手く生きる方法を模索してみることにしたのだ。時間がかかるかもしれないが、それでもよかった。
 ヤラムと一緒にいられるのなら。
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