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第三話
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「それにしても来すぎじゃないですか?」
「グレイシア!今日も綺麗だね!好きだよ!」
「はあ……」
恐ろしいことにヴィクトルは毎日決まった時間にカフェにやって来た。雨の日も風の日も、雷轟く悪天候でもやってくる。モーニングが終わって一息つく憩いのひと時が、今やヴィクトルタイムと化している。
今日も今日とて、あの日座った席でヴィクトルは珈琲とサンドイッチを楽しんでいる。マスターのたまごサンドは絶品で、ヴィクトルも気に入ったのか初めて食べて以来よく注文を入れている。
ヴィクトルは生年月日や家族構成から、生い立ちまで毎日色んな話をしてくる。そして時より来世でのジョシュアとアレクシアの話をする。その時の慈しみに満ちた目には好感が持てた。前世に遡ってまでその魂を宿す人を探すなんて、常人にはできないと思う。あまりにアレクシアが愛されていて、少し羨ましい気持ちが芽吹いた。
初来店から早一ヶ月。最近ではグレイシアも問われたことには答えるようになっていた。それこそ生年月日や好きな花、好きな食べ物に苦手なもの。うんうん頷きながら必死にメモするヴィクトルに引きながらも、聞かれたことには答えた。それほどヴィクトルの気持ちは真っ直ぐだから、こちらも真摯に答えなくてはと思わされるのだ。
ヴィクトルの話を聞いていると、グレイシアにはアレクシアの気持ちが手に取るように分かった。
何とも不思議な気持ちになるが、やはり魂が同じだからだろうか。ヴィクトルに負けないぐらい、アレクシアもヴィクトルを愛していたのだろうと確信が持てた。
二人のことを考えると、何故か胸が締め付けられる。その理由は分からない。得体の知らない感情に、グレイシアは翻弄されていった。
◇◇◇
ある日、ヴィクトルが退店し、ようやく無人となった店内をぐるりと見回すグレイシア。天井からはいくつもの小鉢が吊られており、観葉植物が目に優しい。この子達の世話はグレイシアの仕事である。脚立を使って小さなジョウロで水をやる。話しかければキラリと葉が光を反射して返事をしてくれるように思える。
さて、今日も観葉植物たちに癒されるか、とグレイシアがジョウロを手にした時、カランと入り口のベルが鳴った。
慣れた様子で店内に入って来たのは、常連さんの一人だった。
「あら、モビウスさんいらっしゃいませ。このお時間のご来店は珍しいですね」
モビウスはこの国で五つしかない貴族家の一人。高貴な人なのだが、この老舗のカフェを気に入っているようでいつもはモーニングの時間帯にやって来る。
肩に着くほどの眩いブロンドの髪にエメラルドの瞳という目を引く容姿をしている。確か歳は三十で未婚。魔法の腕もピカイチで王国内にもファンの多い殿方だ。
だが、グレイシアは完璧すぎて何を考えてるか掴みどころがないモビウスに少しの苦手意識を抱いていた。
「やあ、グレイシア。いやね、少し気になることを聞いたものでね…」
モビウスは入って来た扉に鋭い視線を流し、すぐに笑顔を携えてカウンターに向かった。彼は決まってカウンターの一番壁際に座る。
「いつもの」
モビウスが直接マスターに声をかけると、マスターは頷いて珈琲を挽き始めた。
「ところでグレイシア、これを君に贈りたいのだが受け取ってくれるかい?」
「はあ、これは?」
モビウスが徐に取り出したのは小指の先ほどの小さな丸いガラス玉が二つ連なったもの。一つは薄紫色、もう一つは翠緑色。ペンダントにしてもブレスレットにしてもチェーンが短すぎるため、グレイシアは怪訝な顔をしてモビウスを見つめた。
「お守りだよ。これは魔石といってね、俺の魔力が込められている。何かあったらグレイシアを守ってくれる。だから肌身離さず付けるんだ。鞄にでも付けてくれると嬉しい」
「そんな貴重なもの受け取れません」
「ははっ、さして高いものでも無いから気にしないでくれ。ほら」
モビウスはほのかに頬を染めつつ、グレイシアの手を取ってお守りを無理矢理握らせた。触れられた箇所からぶわりと肌が泡立ったが、幸い制服は長袖なのでモビウスに悟られることはなかろう。
「……ありがとうございます」
半ば押し付けられる形で渋々受け取ると、モビウスは満足げに微笑み、ちょうどマスターが差し出した珈琲を味わい始めた。そして珈琲を飲むとそそくさと店を去っていった。「必ずいつもつけているように」と念入りにグレイシアに言い残して。
ようやく静まり返った店内に、カチャカチャとマスターが食器を洗う音だけが響いた。グレイシアはため息を吐きつつ、押し付けられたお守りを取り出した。
流石のグレイシアも、自分に向けられる好意には気付いていた。モビウスはカウンターの隅からいつも忙しなく働くグレイシアに絡みつくような視線を向けてきていた。相手は貴族なので無碍な扱いはできない。勘違いや期待をさせないためにも贈り物は受け取りたくなかったのだが…
グレイシアはお守りを掲げて光に透かしてみた。この色、グレイシアの瞳の色とモビウスの瞳の色だ。再びぞわりと身の毛立つ。恋人でも無いのになんというものを贈るのだろう。
お守りだから肌身離さず付けろと言われたが――何だか家に持ち帰るのは嫌な気がした。理由はない。ただの感覚的なものだ。とりあえずいつモビウスが来店するか分からないので、仕事中はエプロンの紐にでも付けておくことにした。
ーーーーー
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!
「グレイシア!今日も綺麗だね!好きだよ!」
「はあ……」
恐ろしいことにヴィクトルは毎日決まった時間にカフェにやって来た。雨の日も風の日も、雷轟く悪天候でもやってくる。モーニングが終わって一息つく憩いのひと時が、今やヴィクトルタイムと化している。
今日も今日とて、あの日座った席でヴィクトルは珈琲とサンドイッチを楽しんでいる。マスターのたまごサンドは絶品で、ヴィクトルも気に入ったのか初めて食べて以来よく注文を入れている。
ヴィクトルは生年月日や家族構成から、生い立ちまで毎日色んな話をしてくる。そして時より来世でのジョシュアとアレクシアの話をする。その時の慈しみに満ちた目には好感が持てた。前世に遡ってまでその魂を宿す人を探すなんて、常人にはできないと思う。あまりにアレクシアが愛されていて、少し羨ましい気持ちが芽吹いた。
初来店から早一ヶ月。最近ではグレイシアも問われたことには答えるようになっていた。それこそ生年月日や好きな花、好きな食べ物に苦手なもの。うんうん頷きながら必死にメモするヴィクトルに引きながらも、聞かれたことには答えた。それほどヴィクトルの気持ちは真っ直ぐだから、こちらも真摯に答えなくてはと思わされるのだ。
ヴィクトルの話を聞いていると、グレイシアにはアレクシアの気持ちが手に取るように分かった。
何とも不思議な気持ちになるが、やはり魂が同じだからだろうか。ヴィクトルに負けないぐらい、アレクシアもヴィクトルを愛していたのだろうと確信が持てた。
二人のことを考えると、何故か胸が締め付けられる。その理由は分からない。得体の知らない感情に、グレイシアは翻弄されていった。
◇◇◇
ある日、ヴィクトルが退店し、ようやく無人となった店内をぐるりと見回すグレイシア。天井からはいくつもの小鉢が吊られており、観葉植物が目に優しい。この子達の世話はグレイシアの仕事である。脚立を使って小さなジョウロで水をやる。話しかければキラリと葉が光を反射して返事をしてくれるように思える。
さて、今日も観葉植物たちに癒されるか、とグレイシアがジョウロを手にした時、カランと入り口のベルが鳴った。
慣れた様子で店内に入って来たのは、常連さんの一人だった。
「あら、モビウスさんいらっしゃいませ。このお時間のご来店は珍しいですね」
モビウスはこの国で五つしかない貴族家の一人。高貴な人なのだが、この老舗のカフェを気に入っているようでいつもはモーニングの時間帯にやって来る。
肩に着くほどの眩いブロンドの髪にエメラルドの瞳という目を引く容姿をしている。確か歳は三十で未婚。魔法の腕もピカイチで王国内にもファンの多い殿方だ。
だが、グレイシアは完璧すぎて何を考えてるか掴みどころがないモビウスに少しの苦手意識を抱いていた。
「やあ、グレイシア。いやね、少し気になることを聞いたものでね…」
モビウスは入って来た扉に鋭い視線を流し、すぐに笑顔を携えてカウンターに向かった。彼は決まってカウンターの一番壁際に座る。
「いつもの」
モビウスが直接マスターに声をかけると、マスターは頷いて珈琲を挽き始めた。
「ところでグレイシア、これを君に贈りたいのだが受け取ってくれるかい?」
「はあ、これは?」
モビウスが徐に取り出したのは小指の先ほどの小さな丸いガラス玉が二つ連なったもの。一つは薄紫色、もう一つは翠緑色。ペンダントにしてもブレスレットにしてもチェーンが短すぎるため、グレイシアは怪訝な顔をしてモビウスを見つめた。
「お守りだよ。これは魔石といってね、俺の魔力が込められている。何かあったらグレイシアを守ってくれる。だから肌身離さず付けるんだ。鞄にでも付けてくれると嬉しい」
「そんな貴重なもの受け取れません」
「ははっ、さして高いものでも無いから気にしないでくれ。ほら」
モビウスはほのかに頬を染めつつ、グレイシアの手を取ってお守りを無理矢理握らせた。触れられた箇所からぶわりと肌が泡立ったが、幸い制服は長袖なのでモビウスに悟られることはなかろう。
「……ありがとうございます」
半ば押し付けられる形で渋々受け取ると、モビウスは満足げに微笑み、ちょうどマスターが差し出した珈琲を味わい始めた。そして珈琲を飲むとそそくさと店を去っていった。「必ずいつもつけているように」と念入りにグレイシアに言い残して。
ようやく静まり返った店内に、カチャカチャとマスターが食器を洗う音だけが響いた。グレイシアはため息を吐きつつ、押し付けられたお守りを取り出した。
流石のグレイシアも、自分に向けられる好意には気付いていた。モビウスはカウンターの隅からいつも忙しなく働くグレイシアに絡みつくような視線を向けてきていた。相手は貴族なので無碍な扱いはできない。勘違いや期待をさせないためにも贈り物は受け取りたくなかったのだが…
グレイシアはお守りを掲げて光に透かしてみた。この色、グレイシアの瞳の色とモビウスの瞳の色だ。再びぞわりと身の毛立つ。恋人でも無いのになんというものを贈るのだろう。
お守りだから肌身離さず付けろと言われたが――何だか家に持ち帰るのは嫌な気がした。理由はない。ただの感覚的なものだ。とりあえずいつモビウスが来店するか分からないので、仕事中はエプロンの紐にでも付けておくことにした。
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あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!
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