【完結】ぼくは悪役令嬢の弟 〜大好きな姉さんのために復讐するつもりが、いつの間にか姉さんのファンクラブができてるんだけどどういうこと?〜

水都 ミナト

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最終話 アレンとルイーゼ

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 アレンはにこやかな笑顔と共に立ち上がると、ロベルトの前にいくつかの書類を置いた。

 すっかりへたり込んだロベルトは、力無くそのうちの一枚を手に取り眺めた。
 それは、隣国の学校への編入届であった。

「こ、これは…」
「ええ、僕が留学していた国の学校ですよ。出国のための手続きに、編入届、ヒューリヒ王立学園への届も用意済みです。ここにある書類全てにサインをすれば、晴れて出国できるというわけです」

 ーーーなるほど、この国から出ていけということか。
 アレンの意図を悟り、ロベルトはぎゅっと眉を顰めた。脇に立つアレンを見上げると、

 さっさと僕と姉さんの前から失せろーーー目がそう言っていた。ぞくりと肌が粟立つ。

「僕が留学していた国は本当にいい国でしたよ。歴史や政治経済はもちろん、特にマナーや礼儀作法についてはみっちりと指導をしてくれます。どうですか?そこで一からやり直してみるというのも悪くないかと思いますよ?」

 アレンの提案は屈辱的なものであったが、その提案に従うのもいいかもしれない、と考える程には、ロベルトの心は憔悴していた。
 新しい環境で、人間関係も新たにやり直すのもありではないか。

「………俺は変われるだろうか」

 ぼんやりと呟いた言葉であったが、アレンの耳には届いていたようで、

「あなた次第ですが、心を入れ替えて努力を続ければ、きっと」

今度は嫌味のない爽やかな笑顔で頷いた。

 ロベルトも力無く笑うと、アレンが用意した書類をまとめて手に抱えた。そして、チラリと心配そうにロベルトとアレンを見比べていたルイーゼに視線を移した。
 ロベルトには、まだやらねばならないことが残っていた。

 ロベルトは深く息を吸い、意を決してルイーゼに向き合った。ルイーゼは少し怯んだ様子を見せたが、唇を引き結び、覚悟を決めたようにロベルトを見据えた。

 先に口を開いたのはルイーゼであった。

「婚約の申し入れを頂いたにも関わらず、婚約者としての責務を果たせず、申し訳ございませんでした。私は自らの置かれる立場が、殿下の評判をも落としてしまうと思い、殿下と距離をとってしまっておりました。ですが、本当に必要だったのは、歩み寄りだったのだと今になって気付きました。もっと、たくさん殿下と向き合い、お話しをすべきでした」

 アメジスト色に輝く瞳が、真っ直ぐにロベルトを見据える。
 あれほど人と関わることが苦手だったルイーゼが、随分と変わったものだ。

「…ふっ、婚約者としての責務、か」
「え?」

 小さく溢れた言葉は、ルイーゼには届かなかったようで、怪訝そうに首を傾げている。ロベルトはなんでもないと首を振り、ルイーゼを見つめ返した。

「いや、ルイーゼ。君は悪くない、自分を責めないでくれ。俺は君の婚約者として相応しくなかった。俺はたくさんの誤った選択をしてきた。今になって詫びても遅いが、君を傷つけるようなことをして本当にすまなかった…信じられないかもしれないが、最後にこれだけ言わせてほしい。ルイーゼ、俺は君のその気高く何者にも屈しない意志の強さに憧れていた。どうか、幸せになってくれ」
「ロベルト殿下…」

 ロベルトは付き物が落ちたように、爽やかな笑顔を見せると、静かに立ち上がり、国王と王妃に深く頭を下げて謁見の間から出ていった。


 様子を見守っていたレオナルド王も、寂しそうにロベルトの後ろ姿を見送っていたが、咳払いを一つすると、ルイーゼに声を掛けた。

「さて、実はルイーゼ嬢、君を呼び立てたのにはもう一つ理由があるのだよ。君に会いたいと言う者がいてな。入ってこい」

 ロベルトが出て行った扉から、今度は銀髪頭の青年が入ってきた。
 思いもよらない人物の登場に、ルイーゼは驚きを隠せない。青年は堂々と広場を突っ切り、ルイーゼの前で立ち止まると、嬉しそうに目を細めた。

「あ、あなたは…」
「やあ、また会ったね」

 あの日、鳥小屋で出会った青年であった。
 彼は、レオナルド王と同じく透き通るような銀髪でーーー
 ルイーゼはようやく彼が何者なのかを悟り、目を見開いた。

「紹介しよう、息子のアーサーだ。ロベルトの兄にあたる」

 ーーー国王の頭髪を見て、なぜ気付かなかったのだろう。
 我が国の第一王子は長く国を空けていた。外見の特徴や、あの日話した内容から容易に推測できたではないか。
 どこかで会った気がするはずだ。アーサーがまだ出国する前のパーティや、茶会で幾度か話をしたことがあった。幼い頃の話なので、記憶が曖昧になっていたのは仕方がないのだが、ルイーゼは彼の正体に気付かなかった自分を心の中で咎めた。

「やあ、アーサー。君も帰って来ていたんだね」

 絶句するルイーゼを差し置き、レオナルド王のみならず、第一王子に対しても気さくに接するアレンに、ルイーゼは目眩を覚えた。

「ちょ、ちょっとアレン。あなたさっきから失礼よ…?」
「ああ、気にするな。私たちはアレンが幼い頃から個人的に交友を深めていたのだよ」

 不敬にあたるとルイーゼが諌める言葉を制したのは、レオナルド王その人であった。

「姉さん、今まで黙っててごめんね?子供の頃に参加した王家主催のパーティで、アーサーと仲良くなってさ。何度か一緒に遊んでるうちにレオ君とも友達になったんだよ。実は僕の留学を斡旋してくれたのもレオ君とアーサーなんだ」
「そ、そうだったの…」

 申し訳なさそうに眉根を下げるアレン。ルイーゼは今更ながら自分の弟は一体何者なんだと頭を抱えたくなった。幼い頃から聡明な子であるとは思っていたのだが、王家と繋がりがあるとは夢にも思わなかった。
 頭の処理が追いつかないルイーゼに、アレンたちは更に追い打ちをかける。

「僕が王都の店をいくつかプロデュースする時にも、援助してくれてね。あと、実はレオ君の政治の相談に乗ったりもしてるんだよ」
「私はアレンを次期宰相にと推しているんだがね、なかなか首を縦に振ってくれんのだよ」
「もう、またその話?僕は姉さんを守るのが仕事っていつも言ってるでしょ?」

 二の句が継げないルイーゼに同意するように、隣に控えるクロードが首を激しく上下させている。長年、彼らの様子を見守ってきたクロードの心労は想像を絶するであろう。ルイーゼは心からクロードに同情した。

 レオナルド王とアレンの様子に苦笑しつつも、アーサーがルイーゼに向き直る。

「僕が最後に滞在していた国にアレンが留学して来たんだよ。向こうではよく一緒に過ごしていたんだ。君の話もたくさん聞いていたよ」

 思い出し笑いをしているのか、アーサーはおかしそうに肩を震わせている。
 アレンのことだ、事実を誇張して美談のようにありもしないことを語ったのだろう。ルイーゼがじっとりとアレンを睨みつけると、なぜかアレンは嬉しそうにほんのりと頬を赤く染めた。

「あの日、鳥小屋で君と出会ったのは偶然だったけど、一眼見て、この子がルイーゼなんだって分かったよ。ずっと君に会いたいと思っていたんだ」

 アーサーは、自然な動作でルイーゼの手を取ると、熱を帯びた瞳でルイーゼを見つめる。その目に射抜かれたように、ルイーゼは目を逸らすことができなかった。「ちょっと!?何勝手に姉さんの手を握ってるのさ!」とアレンが目を怒らせているが、アーサーは聞こえないフリをしているようだ。

「前置きが長くなったけど、ここからが本題。僕はあの日、君の笑顔に一目惚れしてしまったみたいなんだ。まだ出会って間もないけど、君のことをもっと知りたいと思っている。君の新しい婚約者に立候補したいんだけど、どうだろう?」
「はぁぁ!?ちょっと何を言ってるの!?そんな話聞いてないけど!!!」

 アーサーの言葉にルイーゼ以上に驚いているのはアレンだった。アーサーに掴みかかりそうな勢いであるが、クロードに羽交い締めにされて足をジタバタさせている。
 ルイーゼはというと、驚きの余り声が出ずに口をぱくぱくさせていた。その顔は湯気が出そうなほど真っ赤だ。

「あ、あの…その…」
「待って、今返事をしなくてもいい。責任感の強い君のことだ、ロベルトの時みたいに家族のことを考えて了承するだろう。そうじゃなくて、僕はちゃんと君自身に、一人の男として選んで欲しいんだ」

 ルイーゼは、しどろもどろ言葉を紡ごうとしたが、アーサーに優しく制された。真剣な顔で真っ直ぐとルイーゼを見つめるアーサー。その深い緑翠色の瞳から彼の真剣さが伝わって来て、ルイーゼの胸を熱くした。

「あの日…お名前を聞かなかったことをずっと後悔していました。その…本当に私でよろしいのでしょうか」
「ああ、君がいい」
「あああああああっ!?むぐっ!んーんー!!」

 アーサーは慈しむように瞳を和ませ、ルイーゼの頭を優しく撫でた。その手が心地よく、ルイーゼは目を細めた。その様子にアレンが発狂しているが、クロードに口元を押さえられてしまったようだ。

「…まずは、お互いを知るところからでも、よろしいでしょうか?」

 ルイーゼは、おずおずと潤んだ瞳でアーサーを見上げ、精一杯の返事をした。
 アーサーはパァッと顔を輝かせ、ガバッとルイーゼを抱きしめた。

「でっ、殿下…!」
「す、すまない。余りにも嬉しくてつい…これからよろしくね、ルイーゼ」
「は、はい…アーサー殿下」

 熱くなり過ぎた頬を両手で押さえながら、ルイーゼは目の前で微笑むアーサーをじっと見た。

「ん?」

 すると、アーサーは小首を傾げて嬉しそうに目を細めた。それだけで、ルイーゼの心臓が早鐘を打った。果たしてこれから先、ルイーゼの心臓は持つのだろうか。

「うぉおぉおおお…せっかく羽虫を駆除したというのに、どうして…うっうっ」

 甘い雰囲気を醸し出す二人の隣で、アレンが膝から崩れ落ちていた。床には涙で小さな水溜まりができている。アーサーとルイーゼは顔を見合わせて苦笑した。

「アレン、これからは僕も一緒にルイーゼを守るよ。僕が姉さんの相手じゃ不服かい?」

 アーサーがアレンの横に膝をついて問いかけると、アレンはキッとアーサーを睨みつけた。

「悔しいけどアーサーのことは信頼しているし、君になら安心して姉さんを任せられると思うよ。でも…でも…うおお姉さんが誰かのものになるところなんて見たくないっ…!」

 ルイーゼもアーサーの隣に膝をつき、泣き崩れるアレンの頭を優しく撫でた。

「アレン…いつも私のことを考えてくれてありがとう。でも、大丈夫よ?もう私には大切な友達もできたし、アレンもいる。それにこれからはアーサー殿下だって…」

 ルイーゼが少し恥ずかしそうにアーサーを見上げると、アーサーは返事をする代わりににこりと微笑んだ。
 ルイーゼに宥められ、少しずつアレンも落ち着きを取り戻した。クロードが差し出したハンカチで涙に濡れた顔を拭き、スンスン鼻を鳴らしている。

「話はまとまったようだな。ルイーゼ、君は焦らずゆっくりとアーサーに向き合ってやってくれ。そしていつか、良い返事がもらえることを楽しみにしている」
「…はい」
「さて、これでお開きにしよう。アーサー、彼らを外門まで見送りに行ってくれるか?」
「もちろんです、父上」

 アレンが落ち着くのを見計らい、レオナルド王がその場を締めた。
 そうして、ルイーゼとアレン、そしてクロードはアーサーに連れられて謁見の間を後にした。



◇◇◇

「姉さんを泣かせたら許さないからな!!!」
「ああ、肝に銘じておくよ。君を敵に回すと恐ろしそうだ」

 城の廊下を歩きながら、アレンがアーサーに食ってかかっていた。アレンの扱いには慣れているようで、アーサーはうまくいなしている。

「そういえば、最近ではルイーゼのファンクラブまで設立されたそうじゃないか。僕も末席に加えてもらおうかな」
「えっ!?」

 ふと思い出したように、アーサーがそんなことを言った。すると、アレンが不敵に笑った。

「…ふふふ、末席になら加えてあげてもいいでしょう。僕は今、名誉ある会員番号1番の座をマリアさんと競い合っている最中です。中々決着が付かなくて僕としては不服ですが…まあ、彼女の姉さんへの愛も認めてはいます。それでも姉さんを一番愛しているのは僕です!会員番号1番の座は絶対に渡しませんので、姉さんは安心してください!!!」
「えっ…と、何の心配?」
「ぶはっ、本当アレン、君は面白いね。まあ実際に会って話してみると、ルイーゼは君が言う通りとても素敵な女性に違いなかったけどね」
「あ、アーサー殿下…」
「ちょっと!僕の前でいい雰囲気になるのはやめてください!!」

 クロードは後ろから、楽しそうに会話を弾ませる三人の姿をじっと見つめていた。


 ーーー数年後、王位を継いだアーサーは、その政治手腕から賢王と讃えられ、その妃となったルイーゼも、国母として国民に広く愛された。

 ヴァンブルク家は公爵の爵位を賜り、アレンの代で大いに栄えた。

 フェルナンド王国の安泰の影には、非常に優秀な若き宰相の支えがあったという。
 彼が、王妃に傾倒し過ぎて様々な事件を起こしかけたこともまた、王国では有名な話であった。
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