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第二部 パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される
57. 氷雪の階層
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「ったく、酷い目にあったぜ」
「すみません…」
頭から水を浴びたホムラとエレインは、それぞれ湯浴みを済ませ、アグニが淹れてくれたココアで温まっていた。
「俺は炎の鬼神だからなァ、頭から水浴びんのは苦手なんだよ」
ホムラがブツブツと不満を述べているが、エレインは頭が上がらない思いだ。ちなみに湯浴みは衛生上必要なことなので、渋々毎日済ませている。
(最近ホムラさんに迷惑かけてばっかだな…)
添い寝のことといい、先程のことといい、もっと自分がしっかりしていれば不要な迷惑だったとエレインは猛省していた。
流石にしょぼんと項垂れて小さくなるエレインに気づいたホムラが、少し言いすぎたかと頬を掻いた。
「あー…まあ、過ぎたことをとやかく言うのは良くないな。そうだ、明日72階層へ行くってのはどうだ?」
ホムラなりに頭を捻らせて話題を提供すると、エレインはゆっくりと俯いていた顔をあげた。
エレインの顔を見て、ホムラはギョッとした。
エレインは鼻を赤くして、目には溢れんばかりに涙を溜めていたからだ。その唇は真一文字に引き締められている。
ホムラは意地悪をし過ぎたかと内心焦り始める。
「あー、その、なんだ…えー」
「ホムラ様どうしたんですか?」
身振り手振りで、しょぼくれるエレインの気を引こうと奮闘するホムラを、訝しげにアグニが見て言った。
エレインはスンッと鼻を啜ると、震える声を発した。
「いぎまず…72階層」
「おあ?あ、ああ、じゃあ明日行くか」
ホムラはエレインが返事をしたことにホッと胸を撫で下ろした。
(ったく、コイツに泣かれると弱ぇな…)
ホムラが困ったように頭を掻きながら、そんなことを考えていると、エレインもエレインでとある決意をしていた。
(情けないよぉ…明日は頑張ってホムラさんの助けを借りずに攻略しないと…)
そんな決意も虚しく、エレインは更なる迷惑をホムラにかけてしまうのだが…この時はまだ、72階層で何が起きるのかは知らずにいた。
◇◇◇
翌日の夜。
エレイン達は約束通り、72階層に向かうべく、最後に《転移門》に設定した71階層と72階層を繋ぐ階段に転移した。
「さて、と。72階層はどんなだったか…」
「な、なんか…寒くないですか?」
階段を登りながらホムラが思案するが、後に続くエレインはぶるりと身を震わせた。アグニも腕をさすりながらホムラを見上げた。
「確かに寒いですね。冷気が上層から漏れているのでしょうか?」
「ま、行ってみりゃ分かるだろ。行くぞ」
3人は身を寄せ合いながら階段を登り切った。
登り切った先の72階層、そこは一面雪景色であった。
「さっ、寒いぃぃーー!!」
エレインは身体を丸めてガチガチと歯を鳴らした。ホムラやアグニも身を丸めているが、|
徐《おもむろ》に手に炎を灯した。何をしているのかとエレインが首を傾げていると、2人はそのまま熱を身にまとい、簡易的な防寒膜を作り上げたではないか。
「な、なにそれ…!」
「簡単ですよ。火球の熱だけを身の回りに留めるんです。服を燃やさないように気をつけてください」
エレインはサラッと2人が熱を纏ったことに目を見開いたが、アグニにコツを教えてもらいどうにかこうにか防寒膜を作り上げることに成功した。
「だいぶ魔法のコントロールが効くようになってきたな」
「えへへ、ホムラさんのお陰です」
ホムラもどことなく嬉しそうに笑みを浮かべ、そのことがエレインの胸を温かくした。
3人は防寒膜を維持しつつ、探索を開始した。
「これだけ辺りが真っ白だったら、どこに魔獣が潜んでいるか分かったもんじゃねぇ。気を引き締めろ」
「は、はいっ」
エレインは杖を構えて左右の警戒を怠らない。パラパラと粉雪が舞っており、雪原は何者にも踏み入れられていない純白そのものである。
その雪に新しい足跡を刻みながら、歩みを進める。
「ん?何だか…」
その時、ピクリとアグニが耳を立てた。アグニが何かを感じた方向を指差すと、突然雪の中から3頭の雪原オオカミが飛び出してきた。
「《水の壁》!」
エレインは咄嗟に覚えたての防御魔法を発動した。昨日の反省を活かし、瞬く間に水のドームが形成された。
「馬鹿っ!こんな極寒地帯で水魔法なんか使ったら…」
「え…?」
だが、ホムラは焦ったように声を荒げた。エレインが振り返るよりも早く、パキパキパキ…と瞬く間に水のドームが凍りついていく。
「あーー!!」
おそらく氷点下はある気温の中で水魔法を使うのは悪手であった。すっかり氷の壁に囲まれたエレインが慌てふためいているうちに、雪原オオカミが飛びかかってきた。
「きゃーー!!」
「キャウン!」
だが、オオカミ達はカチカチに凍りついた氷壁に勢いよく激突し、3匹とも失神してしまった。
「あー…結果オーライってやつだな」
ホムラは呆れたように息を吐き、熱した手のひらを自分達を取り囲む氷壁にかざして氷を溶かした。
「す、すみません…」
エレインは気まずそうに杖を抱えるが、アグニはキョトンとした顔で尋ねる。
「何で謝るんです?助かったんだから、ボク達が感謝する場面では?」
「え?」
「そうだな、お前のおかげで助かったぜ。その調子で行くぞ」
ホムラもエレインに微笑みかけてくれ、エレインはパァッと顔を綻ばせた。
ホムラは宣言通り、前線に立つことはせずにバックアップに努めてくれている。アグニも手出しせずに着いてきてくれて心強い。今日は荷物持ちを買って出てくれていて、小さな身体でリュックを背負う姿が愛らしい。
エレイン達は引き続き72階層の探索を進めた。
◇◇◇
しばらく探索していると、枯れ木の林に差し掛かった。中に踏み込むと、どこからか川のせせらぎが聞こえてきた。
「え?こんなに寒いのに…凍らない川なんてあるんですかね?」
流石にエレインも警戒心をあらわにした。
「川は常に流れがあるからな。凍りにくいのは確かだが…まあ警戒するに越したことはねぇな」
ザクザクと雪を踏みしめ、枝の間を縫って進むと、間もなく視界が開けた。
「わ…本当に川だ…」
そこには、5メートルほどの川幅であるが、間違いなく水が流れる川があった。遠目で見たところ、川底が見えるためそれほど水位はないようだ。流れは穏やかであるが、水面がどこも凍っておらず僅かな違和感を覚える。
「気をつけろよ。無闇に川に近づくな」
「はい…」
水中から魔物が襲ってくる可能性もゼロでない。エレインは川から距離を取るために、離れようとした。だが、何故か足が川の方へ向かって行く。
(なんだろう…何だか、引き寄せられる…呼ばれてるような…)
エレインは虚な目で、導かれるようにフラフラと川岸へと近付いていく。僅かに歌声のようなものが聞こえる気がした。
エレインは川岸に手をつくと、身を乗り出すようにして水面を覗き込んだ。
「おチビ?…っておい!川には近づくなッ!」
エレインの異変に気づいたホムラが叫んだ時には、水中から手が伸びてきて、あっという間にエレインの姿は川の中に消えてしまった。
「すみません…」
頭から水を浴びたホムラとエレインは、それぞれ湯浴みを済ませ、アグニが淹れてくれたココアで温まっていた。
「俺は炎の鬼神だからなァ、頭から水浴びんのは苦手なんだよ」
ホムラがブツブツと不満を述べているが、エレインは頭が上がらない思いだ。ちなみに湯浴みは衛生上必要なことなので、渋々毎日済ませている。
(最近ホムラさんに迷惑かけてばっかだな…)
添い寝のことといい、先程のことといい、もっと自分がしっかりしていれば不要な迷惑だったとエレインは猛省していた。
流石にしょぼんと項垂れて小さくなるエレインに気づいたホムラが、少し言いすぎたかと頬を掻いた。
「あー…まあ、過ぎたことをとやかく言うのは良くないな。そうだ、明日72階層へ行くってのはどうだ?」
ホムラなりに頭を捻らせて話題を提供すると、エレインはゆっくりと俯いていた顔をあげた。
エレインの顔を見て、ホムラはギョッとした。
エレインは鼻を赤くして、目には溢れんばかりに涙を溜めていたからだ。その唇は真一文字に引き締められている。
ホムラは意地悪をし過ぎたかと内心焦り始める。
「あー、その、なんだ…えー」
「ホムラ様どうしたんですか?」
身振り手振りで、しょぼくれるエレインの気を引こうと奮闘するホムラを、訝しげにアグニが見て言った。
エレインはスンッと鼻を啜ると、震える声を発した。
「いぎまず…72階層」
「おあ?あ、ああ、じゃあ明日行くか」
ホムラはエレインが返事をしたことにホッと胸を撫で下ろした。
(ったく、コイツに泣かれると弱ぇな…)
ホムラが困ったように頭を掻きながら、そんなことを考えていると、エレインもエレインでとある決意をしていた。
(情けないよぉ…明日は頑張ってホムラさんの助けを借りずに攻略しないと…)
そんな決意も虚しく、エレインは更なる迷惑をホムラにかけてしまうのだが…この時はまだ、72階層で何が起きるのかは知らずにいた。
◇◇◇
翌日の夜。
エレイン達は約束通り、72階層に向かうべく、最後に《転移門》に設定した71階層と72階層を繋ぐ階段に転移した。
「さて、と。72階層はどんなだったか…」
「な、なんか…寒くないですか?」
階段を登りながらホムラが思案するが、後に続くエレインはぶるりと身を震わせた。アグニも腕をさすりながらホムラを見上げた。
「確かに寒いですね。冷気が上層から漏れているのでしょうか?」
「ま、行ってみりゃ分かるだろ。行くぞ」
3人は身を寄せ合いながら階段を登り切った。
登り切った先の72階層、そこは一面雪景色であった。
「さっ、寒いぃぃーー!!」
エレインは身体を丸めてガチガチと歯を鳴らした。ホムラやアグニも身を丸めているが、|
徐《おもむろ》に手に炎を灯した。何をしているのかとエレインが首を傾げていると、2人はそのまま熱を身にまとい、簡易的な防寒膜を作り上げたではないか。
「な、なにそれ…!」
「簡単ですよ。火球の熱だけを身の回りに留めるんです。服を燃やさないように気をつけてください」
エレインはサラッと2人が熱を纏ったことに目を見開いたが、アグニにコツを教えてもらいどうにかこうにか防寒膜を作り上げることに成功した。
「だいぶ魔法のコントロールが効くようになってきたな」
「えへへ、ホムラさんのお陰です」
ホムラもどことなく嬉しそうに笑みを浮かべ、そのことがエレインの胸を温かくした。
3人は防寒膜を維持しつつ、探索を開始した。
「これだけ辺りが真っ白だったら、どこに魔獣が潜んでいるか分かったもんじゃねぇ。気を引き締めろ」
「は、はいっ」
エレインは杖を構えて左右の警戒を怠らない。パラパラと粉雪が舞っており、雪原は何者にも踏み入れられていない純白そのものである。
その雪に新しい足跡を刻みながら、歩みを進める。
「ん?何だか…」
その時、ピクリとアグニが耳を立てた。アグニが何かを感じた方向を指差すと、突然雪の中から3頭の雪原オオカミが飛び出してきた。
「《水の壁》!」
エレインは咄嗟に覚えたての防御魔法を発動した。昨日の反省を活かし、瞬く間に水のドームが形成された。
「馬鹿っ!こんな極寒地帯で水魔法なんか使ったら…」
「え…?」
だが、ホムラは焦ったように声を荒げた。エレインが振り返るよりも早く、パキパキパキ…と瞬く間に水のドームが凍りついていく。
「あーー!!」
おそらく氷点下はある気温の中で水魔法を使うのは悪手であった。すっかり氷の壁に囲まれたエレインが慌てふためいているうちに、雪原オオカミが飛びかかってきた。
「きゃーー!!」
「キャウン!」
だが、オオカミ達はカチカチに凍りついた氷壁に勢いよく激突し、3匹とも失神してしまった。
「あー…結果オーライってやつだな」
ホムラは呆れたように息を吐き、熱した手のひらを自分達を取り囲む氷壁にかざして氷を溶かした。
「す、すみません…」
エレインは気まずそうに杖を抱えるが、アグニはキョトンとした顔で尋ねる。
「何で謝るんです?助かったんだから、ボク達が感謝する場面では?」
「え?」
「そうだな、お前のおかげで助かったぜ。その調子で行くぞ」
ホムラもエレインに微笑みかけてくれ、エレインはパァッと顔を綻ばせた。
ホムラは宣言通り、前線に立つことはせずにバックアップに努めてくれている。アグニも手出しせずに着いてきてくれて心強い。今日は荷物持ちを買って出てくれていて、小さな身体でリュックを背負う姿が愛らしい。
エレイン達は引き続き72階層の探索を進めた。
◇◇◇
しばらく探索していると、枯れ木の林に差し掛かった。中に踏み込むと、どこからか川のせせらぎが聞こえてきた。
「え?こんなに寒いのに…凍らない川なんてあるんですかね?」
流石にエレインも警戒心をあらわにした。
「川は常に流れがあるからな。凍りにくいのは確かだが…まあ警戒するに越したことはねぇな」
ザクザクと雪を踏みしめ、枝の間を縫って進むと、間もなく視界が開けた。
「わ…本当に川だ…」
そこには、5メートルほどの川幅であるが、間違いなく水が流れる川があった。遠目で見たところ、川底が見えるためそれほど水位はないようだ。流れは穏やかであるが、水面がどこも凍っておらず僅かな違和感を覚える。
「気をつけろよ。無闇に川に近づくな」
「はい…」
水中から魔物が襲ってくる可能性もゼロでない。エレインは川から距離を取るために、離れようとした。だが、何故か足が川の方へ向かって行く。
(なんだろう…何だか、引き寄せられる…呼ばれてるような…)
エレインは虚な目で、導かれるようにフラフラと川岸へと近付いていく。僅かに歌声のようなものが聞こえる気がした。
エレインは川岸に手をつくと、身を乗り出すようにして水面を覗き込んだ。
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