42 / 46
第四章 過去との決別、そして新しい未来へ
8
しおりを挟む「う……ここは?」
目が覚めたシルファが薄っすらと目を開けると、どうやら談話室と思しき部屋にいるようだった。壁際の棚には新旧様々な魔導具が年代別に陳列されている。
窓の外は明るく、まだ昼間であることが窺える。気を失っていたのはせいぜい数時間といったところだろうか。
ここがどこかは分からないが、とにかく逃げなくては。
そう思って身体を動かそうとして、両手足を縛られていることに気がついた。
シルファが寝かされていたのは上質なソファの上。手足の自由が効かず、うまく身体を起こすことができなくて焦りの色が浮かぶ。
(フローラとあの人はどこなの?)
先ほどからこの部屋にはシルファしかいない。
フローラも、フレデリカも、ここにはいないのだ。
「やあ、ようやく目が覚めたかい」
「な……まさか、あなたが?」
ギィッと扉を開けて中に入ってきたのは、ニコニコと温和な笑みを浮かべた男――デイモンだった。その後ろに続いてフローラとフレデリカも部屋に入ってくる。
「ねえ、約束通り即金でちょうだいよ」
「ああ、もちろんですとも」
フレデリカは待ちくたびれたと言わんばかりにガリガリと爪を噛んでいる。
子爵家の財政が傾き始めた頃からの彼女の癖は、未だに治っていないらしい。
デイモンが胸ポケットから取り出した小切手をひったくり、血走った目でそこに書かれた金額の桁数を数えている。
そして満足げに笑みを深めると、顎を上げてシルファを見下した。
「どういうこと……? どうしてここに部長が……」
シルファの知る限り、この二人に接点はなかったはず。状況を理解できずに困惑して二人の顔を見比べることしかできない。
「うふふ、お馬鹿なあなたにも分かるように説明してあげる。あなたは私に二度売られたの。いい? あなたが支払いに応じていればこんなことにはならなかったのよ? これであなたは彼のもの……あなたが大人しく従っていれば、私たちは定期的に彼の援助を受けられることになっているの。間違っても逃げ出そうなんて考えるんじゃないよ。これからの人生を賭けて、私たちが贅沢に生きるための犠牲になってちょうだい」
そう言って狂ったように高笑いをするフレデリカを、シルファはキッと睨みつける。
腹の底から沸々と怒りが湧いてくる。
ふざけるな。人をなんだと思っている。尊厳も何もない。バカにするのも大概にしろ。
喉元までシルファの心の叫びが迫り上がってくるが、グッと堪える。ここで怒りをぶつけたところで状況が好転するとは思えない。
シルファはギリッと奥歯を噛み締めて、肩を上下させながら平静を保とうとした。
「じゃあ、私たちは屋敷に戻るわ。すぐに換金して支払いを済ませなくっちゃ。さあ、フローラ。久しぶりに新しいドレスを買いましょうね」
「本当? 嬉しいわ!」
フレデリカとフローラはキャッキャと楽しそうに笑い合いながら、部屋から出ていった。
――一度もシルファの方を振り返ることなく。
「さて、ようやく二人きりでゆっくりと過ごせるね」
カチャリ、と扉の鍵を閉める音が嫌に耳についた。
デイモンはいつもの温和な笑みを浮かべたまま、シルファの元へと近づいてくる。
身体を捻ってどうにか距離を取ろうとするが、あっという間に距離を詰められてしまう。
顔を逸らして抵抗するが、顎を掴んで視線を合わせられる。
デイモンはじっくりとシルファの顔を眺め、「ああ……」と感極まったように息を吐き出した。
「やはり君は、ヘレンによく似ている……彼女の生き写しだよ」
ヘレン。
シルファの実の母親の名前がどうして今出てくるというのだろう。
(そうか、そうだったのね。この人はずっと、私を通してお母様の面影を追っていたのね)
いつもシルファを見ているようで見ていなかった奇妙な感覚に、ようやく合点がいった。
母の生前、二人がどういう関係だったかは知らない。
少なくとも、シルファは魔塔に入るまでデイモンの存在を知らなかった。
確かに母は優しくて儚げな美しさを秘めており、学園時代から言い寄る殿方は後をたたなかったと父から聞いたことがある。
そんな母と父は学園時代に知り合い、大恋愛の末に結婚したらしい。
当時、母には縁談の話が絶えず、熱心に言い寄ってきた者も少なくはなかったという。
もしかすると、デイモンもそのうちの一人だったのかもしれない。
そして今もまだ、デイモンは母の面影を追っている。
彼は愛妻家として知られていて、愛する妻と子がいるはずなのに――
「さあて、これからの話をしようじゃないか。何、僕は君を傷つけたくはない。大人しくしてくれさえすれば大切に扱うと誓おう。君のためにたくさんドレスを誂えよう。髪も綺麗に整えて……ああ、学園時代にヘレンが身につけていたドレスのデザインは今でも鮮明に覚えているよ。君にもきっと似合うだろうね……ああ、早く着て見せて欲しいなあ」
デイモンはうっとりと目を細めながらシルファの頬を撫でる。
ゾワゾワっと背筋が泡立ち、シルファは懸命にデイモンから距離を取ろうともがいた。
「無駄だよ。君を拘束している縄は特別製でね。素材としては引っ張れば誰でも簡単に引き裂くことができるものなのだが、魔力を通す特別な素材なのだよ。どうだい? びくともしないだろう。魔力を巡らせることでかなりの強度を保つことができるんだ」
そのような魔導具は聞いたことがない。
だが、デイモンは魔塔有数の実力者だ。市場に出回らない特別な魔導具を作ることも容易いだろう。
シルファはギリッと奥歯を噛み締め、ふとあることに思い至った。
(魔力が流れているってことは……吸い取って中和してしまえば、あとはただの千切れやすい縄ってことよね)
シルファは抵抗をやめて手足に意識を集中させた。
縄の中を循環するように魔力が流れているのが分かる。
デイモンに頭や背中を撫でられて集中力が乱れてしまうが、懸命に心を無にして堪える。
(吸い取って……中和する!)
シルファは身体から中和した二つの魔力が抜け出ていくのを感じた。それと同時に、思い切り両手足に力を入れて、すっかり強度が弱くなった縄を引きちぎった。
84
あなたにおすすめの小説
追放された無能才女の私、敵国最強と謳われた冷徹公爵に「お飾りの婚約者になれ」と命じられました ~彼の呪いを癒せるのは、世界で私だけみたい~
放浪人
恋愛
伯爵令嬢エリアーナは、治癒魔法が使えない『無能才女』として、家族からも婚約者の王子からも虐げられる日々を送っていた。
信じていたはずの妹の裏切りにより、謂れのない罪で婚約破棄され、雨の降る夜に家を追放されてしまう。
絶望の淵で倒れた彼女を拾ったのは、戦場で受けた呪いに蝕まれ、血も涙もないと噂される『冷徹公爵』クロード・フォン・ヴァレンシュタインだった。
「俺の“お飾り”の婚約者になれ。お前には拒否権はない」
――それは、互いの利益のための、心のない契約のはずだった。
しかし、エリアーナには誰にも言えない秘密があった。彼女の持つ力は、ただの治癒魔法ではない。あらゆる呪いを浄化する、伝説の*『聖癒の力』*。
その力が、公爵の抱える深い闇を癒やし始めた時、偽りの関係は、甘く切ない本物の愛へと変わっていく。
これは、全てを失った令嬢が自らの真の価値に目覚め、唯一無二の愛を手に入れるまでの、奇跡の物語。
【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。
buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ?
【完結】令嬢憧れの騎士様に結婚を申し込まれました。でも利害一致の契約です。
稲垣桜
恋愛
「君と取引がしたい」
兄の上司である公爵家の嫡男が、私の前に座って開口一番そう告げた。
「取引……ですか?」
「ああ、私と結婚してほしい」
私の耳がおかしくなったのか、それとも幻聴だろうか……
ああ、そうだ。揶揄われているんだ。きっとそうだわ。
* * * * * * * * * * * *
青薔薇の騎士として有名なマクシミリアンから契約結婚を申し込まれた伯爵家令嬢のリディア。
最低限の役目をこなすことで自由な時間を得たリディアは、契約通り自由な生活を謳歌する。
リディアはマクシミリアンが契約結婚を申し出た理由を知っても気にしないと言い、逆にそれがマクシミリアンにとって棘のように胸に刺さり続け、ある夜会に参加してから二人の関係は変わっていく。
※ゆる〜い設定です。
※完結保証。
※エブリスタでは現代テーマの作品を公開してます。興味がある方は覗いてみてください。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!
屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。
そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。
そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。
ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。
突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。
リクハルド様に似ても似つかない子供。
そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。
公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました
Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。
そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。
それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。
必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが…
正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。
家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~
チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。
そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。
ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。
なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。
やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。
シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。
彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。
その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。
家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。
そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。
わたしはあなたの側にいます、と。
このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。
*** ***
※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。
※設定などいろいろとご都合主義です。
※小説家になろう様にも掲載しています。
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる