【完結】もふもふ好きの前向き人魚姫は獣人王子をもふもふしたいっ!

水都 ミナト

文字の大きさ
1 / 43

第1話 待ちに待った成人の日

しおりを挟む
「ーーこうして、人魚姫は海の泡となってしまいました。その後、人魚姫は風の精霊となって人々に幸せを運んだのでした。おしまい」
「ねぇ、ママぁ~もう一回読んで!」

 深い深い海の中、水面からわずかに差し込む月光の元で、少女は目を輝かせながら母親に絵本をせがんでいる。少女がパタパタと月の光に煌めく尾鰭を振ると、小さな水流が装飾の海藻を揺らめかす。
 母親と思しき女性は、愛おしそうに少女の頭を撫でると、優しく語りかけた。

「あらあら、マリアンヌも人間に興味があるのかしら?それとも恋のお話が好きなの?」
「ううん!私が好きなのは獣人さんっ!」

 母親の問いかけを一蹴し、少女が無邪気な笑顔で言うと、母親は怪訝な顔をした。

「え、獣人さん?」
「そう!あのふわふわした綺麗な毛並み、もふもふって顔を埋めて暮らせたら、どんなに幸せか…でゅふふふ…」
「やだ、涎出てるわよ」

 少女は妄想の世界に旅立ち、だらしなく頬を緩めながら涎を垂らす。慌てて母親がハンカチで口元を拭いてやる。

「うふふ、わたしね、大きくなったら、獣人の国に行って獣人さんとけっこんするの!」

 母親は目を見開き驚いているが、小さく息を吐くと、夢見る少女を優しく抱きしめた。

「…そう。叶うといいわね」
「うん!!」

 満面の笑みで元気よく頷いた少女は、再び絵本の世界へとのめり込んでいった。





◇◇◇


 時は流れ、十一年後ーーー



「はいっ、今日も私の圧勝~!」

 十五歳に成長した少女は、海中をものすごい勢いで泳ぎ抜けていた。ゴールに設定した岩場を通り過ぎると、急旋回して停止する。

 少女の下半身には均等に美しい鱗が並んでいる。海中で停止するために尾鰭を揺らしているため、陽の光を反射してキラキラと輝いている。
 少女が波に漂っているときゅうきゅうと可愛い声で鳴きながら、イルカたちが集まって来た。少女は笑顔でイルカたちの頭を撫でる。

「ぜぇ、はぁ…ま、マリンは本当速いな…」

 イルカたちと戯れていると、少し遅れて同じく尾鰭を携えた少年が岩場に到着した。全力で泳いできたようで、ぐったりとしている。

「ふふん。だって私はこの国で一番速いもの!」

 マリンと呼ばれた少女は、得意気に腕を組んで胸を逸らせた。

 彼女の本名はマリアンヌ。近しい家族や友人からは、マリンという愛称で呼ばれている。その名にふさわしいマリンブルーの艶やかな髪を靡かせ、ピンクブロンドの輝く瞳を有している。

 彼女がいる国は、その名もシーウッド海王国。魚人の治める、珊瑚が美しい海底の国である。

 マリアンヌは、この平和な国の第七皇女であった。

「ねぇ、アンドレ!お昼にしよう!」
「お、おう…ぜぇ、はぁ」

 未だに息を整えているのは、マリアンヌの幼馴染のアンドレである。マリアンヌの父王の側近の息子で、幼い頃からの遊び仲間だ。

 マリアンヌとアンドレは、珊瑚の森へと泳いでいく。キラキラと輝く美しい珊瑚は、装飾品としても人気が高い。

 二人は、珊瑚のベンチに腰掛け、バスケットを開いた。中からサンドイッチを取り出して、流されないよう気をつけながら思い切り頬張る。

「マリンもいよいよ明日で成人だな」

 アンドレに言われ、マリアンヌはごくりとサンドイッチを嚥下すると、アンドレに向かって身を乗り出した。マリアンヌの美麗な顔立ちが眼前に迫り、アンドレの頬に朱が差す。

「そうなの!!!どれだけこの日を待ち侘びたか…はぁ…」

 うっとりと表情を蕩けさせるマリアンヌに、アンドレもとろんとした瞳で見惚れている。

 ここシーウッド海王国には、いくつかの決まり事があった。
 十六歳の成人の日を迎えるまでは、国外に出てはならないこと。
 成人の日を迎えたら、国外、並びに地上への渡航が許されること。

 マリアンヌはとある夢…いや、野望のために幼い頃から成人の日を待ち侘びていた。


 マリアンヌの野望、それは―――


「はぁ…やっと、やっとやっと!夢にまで見たもふもふをこの手に感じることができるのね…!ぐふ、ぐふふふ」

 もふもふとした毛並みを誇る獣人と出会い、結婚することであった。

 おとぎ話でも有名な人魚姫は、はるか昔に実際に存在した。だが、それから長い年月を経て、魚人の在り方は大きく変わっていた。

 人間やその他種族との友好関係を結び、人やモノの交流を深め、異文化もたくさん取り入れ、発展してきた。

 だが、そんな中で、唯一疎遠な種族がいた。それが、獣人であった。
 彼らは、サバン獣王国という国を築き、他国とも関わりを持つごく普通の種族であるのだが、魚人とは昔から馬が合わなかったのだ。
 獣人の持つ鋭い牙や爪は、魚人にとっては恐怖の対象でしかなかった。
 一方の獣人も、昔から魚は食用という意識が強く、魚人とは一線引いた距離を保っていたのだ。

 マリアンヌは、幼い頃から童話や図鑑を始め、たくさんの本に親しんできた。そこで知った獣人の存在は、マリアンヌの好奇心を大いに掻き立てた。
 水中では感じ取れない肌触りや触感。獣人の多くは人型であるが、その耳や尻尾はとてもマリアンヌを惹きつけたのだ。

「あっ!そろそろ帰って明日の用意をしなくちゃ!お父様に叱られちゃうわ」

 飛んでいた意識を取り戻したマリアンヌは、慌ただしくバスケットを片付けて、ぶんぶんとアンドレに手を振りながら王宮へと戻って行く。

「ま、マリンー!その、明日…俺、楽しみに待ってるからなぁー!」
「ん?ええ、私もよー!じゃあねー!」

 アンドレが何やら意味深なことを叫んでいるが、ちょっとよく分からないマリアンヌは首を傾げるばかりだ。まあいいかと適当に返事をして帰路に着いた。




◇◇◇

 そして迎えた成人の日ーーー


 美しく着飾ったマリアンヌは、王と王妃である両親と対面していた。

 第七皇女としてのお披露目が終わり、今は親子の時間であった。

 ソワソワと落ち着きのないマリアンヌを前に、王妃であるオリビアが王のトリスタンを肘で突いた。

 するとトリスタンは、げふんげふんとわざとらしい咳払いをし、いそいそと幾つかの写真を取り出した。見るからにそれらは釣書であった。

「可愛い可愛いマリンちゃんや。お前ももう成人したことじゃし…その、そろそろ伴侶を決めてもいい頃合いじゃろう?ワシとしてはいつまでもここに居てくれてもいいんじゃが…いてて、痛いぞオリビア」

 中々本題を切り出さないトリスタンの肘をつねるオリビア。トリスタンは改めてマリアンヌに向かい合った。

「ほれ、見てみろ!お前にこんなにも縁談が来ておるのだ、どれも良縁ばかり…お、これはワシの側近の息子だったかの。悪くないんじゃないか?さぁ、好きに選んで――」
「お父様!全てお断りしてください!私は今日から地上で暮らしますのでー!では!お元気で!」
「ちょっと!?マリンちゃんんん!?」

 マリアンヌはトリスタンが言い切るのを待たずに、煌びやかなドレスを脱ぎ捨てて、勢いよく部屋を飛び出していった。

 慌ててトリスタンが後を追うが、マリアンヌはぐんぐん泳いで行ってしまう。

「はぁ…はぁ…ま、マリンちゃん速いのう…」

 すぐにバテてへたり込むトリスタン。遅れて追いついたオリビアがトリスタンの背をさする。

「まったく…あの子に泳ぎで勝てるわけないじゃないの」
「ぜぇ…ん?マリンちゃんって、何の加護を受けておったかの?バンドウイルカじゃったか…?ふむ、そりゃ泳ぎが速いわけだ…」

 一人納得するトリスタンであるが、対するオリビアは呆れ顔である。

「はぁ…アナタ、自分の子供の守護獣ぐらい把握しておきなさい」
「だってワシ、子沢山じゃし…」

 人差し指をつんつんして拗ねるトリスタンであるが、オリビアは無視してマリアンヌが泳いで行った方に視線を向けた。

「やれやれ…やっぱりこうなったわね…」

 深くため息をつくと、オリビアは窓の外を見つめ、海上から差し込む光に目を細めた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

【完結】 「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります

廻り
恋愛
羊獣人の伯爵令嬢リーゼル18歳には、双子の兄がいた。 二人が成人を迎えた誕生日の翌日、その兄が突如、行方不明に。 リーゼルはやむを得ず兄のふりをして、皇宮の官吏となる。 叙任式をきっかけに、リーゼルは皇帝陛下の目にとまり、彼の侍従となるが。 皇帝ディートリヒは、リーゼルに対する重大な悩みを抱えているようで。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

処理中です...