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第32話 シャーロット
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「…何がおっしゃりたいのですか」
「いえ、別に?おほほほほ」
シャーロットの侮蔑の眼差しに臆することなくマリアンヌはずいと一歩足をを踏み出した。
――この視線には身に覚えがある。
初めての獣人の街で、獣人のならず者たちに絡まれた時。
獣王国立学園初等部でイーサンたちに水をかけられた時。
(この目は魚人を蔑み侮辱する目…その方もそうなのね)
シャーロットの見下すような目には嘲りの色が滲んでいる。何故だかめらりと対抗意識が芽生えたマリアンヌは負けじとシャーロットを睨み返す。睨み合う二人の鼻先はくっついてしまいそうなほど近い。
バチバチと二人の間に火花が散る。
「ごほん、二人とも、そこまでにしておくのじゃ」
張り詰めた空気に凛と響いたのは、王妃であるカミラの声だった。
「シャーロット、いつも言っておろう?お主はまだ婚約者ではないと。ラルフの気持ちがない婚約は、この国の王妃として、そして母親として認めるわけにはいかぬ。認めて欲しくばラルフの気持ちを傾けてみせよと申したであろう。そして、今回がその最後のチャンスであると」
「カミラ様…はぁ、分かりましたわ」
カミラに咎められ、シャーロットはため息をつきつつマリアンヌから離れた。だがその瞳には依然として獲物を狙うように細く眇められている。敵意丸出しである。
「ラルフ様に相応しいのはこの私を置いて他にはおりません。そのことをよーく分からせて差し上げますことよ!」
シャーロットは扇をビシリとマリアンヌに突きつけると、「ついていらっしゃい!」と肩で息をしながら扉付近で控えていたお付きの侍女達を引き連れて颯爽と食堂を出て行った。
その後ろ姿を見送ると、カミラは深くため息をつくと王宮のメイドに「いつもの部屋の手配を」と指示を出した。
指示を受けたメイドは、お辞儀をすると素早く食堂を後にした。
嵐が過ぎ去ったかのようにシンと静まり返る中、カミラが大きく溜息をついた。
「すまんな、マリアンヌと言ったか。お主も少し残って話を聞いていくとよい」
「はぁ…かしこまりましたわ」
カミラがちょいちょいと椅子を指差し、ラルフやシェリル、レナード王も顔を見合わせると、肺に溜まっていた空気を吐き出すように深く溜息をついて、一様にドカッと各自の席についた。マリアンヌも続いて席に着くと、いつの間にかレナード王の隣に用意されていた椅子にカミラも腰をかけた。
「母上、一体どういうことなのでしょう?」
「そうだぞ、カミラ。事情を説明してくれ」
すっかり疲れた顔をした男性陣がカミラに尋ねる。
「ふむ、今回の訪問先がの…シャーロットのおる隣国オアシェストで、妾は滞在中シャーロットの実家に世話になっておったのじゃ」
「王家所有の宿があっただろうに…はぁ、なるほど。あの家の者たちは中々に強引だからな」
カミラの話に、ことの次第を理解した様子のレナード王はぐったりと背もたれにもたれかかっている。
「その通りじゃ。どうしても妾の世話をすると言って聞かんかったのでな、こちらが折れたのじゃよ。はぁ…滞在中毎日毎日シャーロットにラルフとの婚約を嘆願されてなあ…断っても聞きもせん。仕方なしにラルフ本人に委ねようと連れ帰ったというわけじゃ」
「ぐぅ…なんと迷惑な奴なんだ」
今度はラルフが頭を抱えるようにテーブルに突っ伏してしまった。
カミラはパタンと扇子を閉じると、マリアンヌをまっすぐ見つめた。美しくも力強い眼に見据えられ、マリアンヌの背筋も自然とピンと伸びる。
「あの者は妾の遠縁の娘でな。昔から詳しく知ろうともせんくせに魚人差別が甚だしい。不快な気分にさせたであろう。すまなかった」
「いえ…獣人の中には私たちを快く思っていない方がいらっしゃることは重々承知しておりますので…」
マリアンヌの言葉に、カミラは一瞬辛そうに眉間に皺を寄せた。それを見逃さなかったマリアンヌは、気になっていたことを尋ねようとした。
「王妃殿下は…その」
『魚人のことをどう思っているのか』
マリアンヌの言葉を待たずに、言わんとすることを察したカミラは再び扇子を開いて口元を隠した。
「妾か?妾はむしろ…ごほん、いや、なんでもない。そうじゃな、獣人と魚人はもっと歩み寄るべきだと考えておるよ」
少し口籠ったものの、前向きな返答を受けてマリアンヌの表情はパァッと華やいだ。
「それで、どうするんですか?シャーロットのことは」
テーブルに突っ伏していたラルフが僅かに顔を上げてカミラに問いかける。
「妾がシャーロットに課したのはただ一つ。ラルフの気持ちを傾けてみせよ、ということじゃ。先ほども言うたが、妾もレナードもお前が望まぬ婚姻は結ぶつもりはない。ラルフが惹かれ、生涯共にしたいと思うた女子を未来の王妃に迎えたいのじゃよ」
「母上……」
「それに…ふふふ、全くその気がなくて心配しておったが、妾が留守にしている間に何やら気持ちの変化があったようじゃしのう?ラルフや」
「なっ、ななっ、なんのことでしょう」
楽しそうに目を細めるカミラは、笑みを深めながらラルフと、そして何故かマリアンヌを見比べている。
顔を真っ赤にして目を泳がせるラルフに対し、要領を得ないマリアンヌは目をぱちくり瞬いた。
「ラルフ、自分の気持ちには素直になることじゃ。失ってから後悔しても遅いのじゃぞ?それにどうやら随分と鈍感な様子じゃし、ここはラルフが積極的にアプローチを…」
「はっ、母上っ、その話はまた別の機会に…」
「なんじゃあ?照れておるのか?可愛いやつめ」
「ぐぅぅ…」
すっかりカミラに振り回されているラルフであるが、母子の関係が目に見えて、ちょっぴり嬉しいマリアンヌである。
(ラルフ様ったら、お母様の前ではこんな感じなのですね。うふふふふ、獣人親子、素敵だわぁ……ぐふ、ぐふふ)
思わず、にへらっと口元が緩んでしまう。
「うん?どうしマリアンヌ、おかしな顔をして」
「ああ…いつものことだから気にしないでください」
カミラが首を傾げ、ラルフが呆れ顔で説明をするがあまりにぞんざいな説明ではなかろうか。
マリアンヌはこほんと咳払いをしてキリッと表情を引き締める。
「ふむ?ともかくラルフにその気がないならば、シャーロットを諦めさせることじゃ。あやつは中々にしぶとい。これを機にしっかり向き合ってみるのじゃな」
「………はぁ、分かりました」
諦めたようにがくりと肩を落としたラルフの背中は、どこか哀愁が漂っていた。
これからますます騒がしい日々になりそうだと、マリアンヌも気が引き締まる思いであった。
「いえ、別に?おほほほほ」
シャーロットの侮蔑の眼差しに臆することなくマリアンヌはずいと一歩足をを踏み出した。
――この視線には身に覚えがある。
初めての獣人の街で、獣人のならず者たちに絡まれた時。
獣王国立学園初等部でイーサンたちに水をかけられた時。
(この目は魚人を蔑み侮辱する目…その方もそうなのね)
シャーロットの見下すような目には嘲りの色が滲んでいる。何故だかめらりと対抗意識が芽生えたマリアンヌは負けじとシャーロットを睨み返す。睨み合う二人の鼻先はくっついてしまいそうなほど近い。
バチバチと二人の間に火花が散る。
「ごほん、二人とも、そこまでにしておくのじゃ」
張り詰めた空気に凛と響いたのは、王妃であるカミラの声だった。
「シャーロット、いつも言っておろう?お主はまだ婚約者ではないと。ラルフの気持ちがない婚約は、この国の王妃として、そして母親として認めるわけにはいかぬ。認めて欲しくばラルフの気持ちを傾けてみせよと申したであろう。そして、今回がその最後のチャンスであると」
「カミラ様…はぁ、分かりましたわ」
カミラに咎められ、シャーロットはため息をつきつつマリアンヌから離れた。だがその瞳には依然として獲物を狙うように細く眇められている。敵意丸出しである。
「ラルフ様に相応しいのはこの私を置いて他にはおりません。そのことをよーく分からせて差し上げますことよ!」
シャーロットは扇をビシリとマリアンヌに突きつけると、「ついていらっしゃい!」と肩で息をしながら扉付近で控えていたお付きの侍女達を引き連れて颯爽と食堂を出て行った。
その後ろ姿を見送ると、カミラは深くため息をつくと王宮のメイドに「いつもの部屋の手配を」と指示を出した。
指示を受けたメイドは、お辞儀をすると素早く食堂を後にした。
嵐が過ぎ去ったかのようにシンと静まり返る中、カミラが大きく溜息をついた。
「すまんな、マリアンヌと言ったか。お主も少し残って話を聞いていくとよい」
「はぁ…かしこまりましたわ」
カミラがちょいちょいと椅子を指差し、ラルフやシェリル、レナード王も顔を見合わせると、肺に溜まっていた空気を吐き出すように深く溜息をついて、一様にドカッと各自の席についた。マリアンヌも続いて席に着くと、いつの間にかレナード王の隣に用意されていた椅子にカミラも腰をかけた。
「母上、一体どういうことなのでしょう?」
「そうだぞ、カミラ。事情を説明してくれ」
すっかり疲れた顔をした男性陣がカミラに尋ねる。
「ふむ、今回の訪問先がの…シャーロットのおる隣国オアシェストで、妾は滞在中シャーロットの実家に世話になっておったのじゃ」
「王家所有の宿があっただろうに…はぁ、なるほど。あの家の者たちは中々に強引だからな」
カミラの話に、ことの次第を理解した様子のレナード王はぐったりと背もたれにもたれかかっている。
「その通りじゃ。どうしても妾の世話をすると言って聞かんかったのでな、こちらが折れたのじゃよ。はぁ…滞在中毎日毎日シャーロットにラルフとの婚約を嘆願されてなあ…断っても聞きもせん。仕方なしにラルフ本人に委ねようと連れ帰ったというわけじゃ」
「ぐぅ…なんと迷惑な奴なんだ」
今度はラルフが頭を抱えるようにテーブルに突っ伏してしまった。
カミラはパタンと扇子を閉じると、マリアンヌをまっすぐ見つめた。美しくも力強い眼に見据えられ、マリアンヌの背筋も自然とピンと伸びる。
「あの者は妾の遠縁の娘でな。昔から詳しく知ろうともせんくせに魚人差別が甚だしい。不快な気分にさせたであろう。すまなかった」
「いえ…獣人の中には私たちを快く思っていない方がいらっしゃることは重々承知しておりますので…」
マリアンヌの言葉に、カミラは一瞬辛そうに眉間に皺を寄せた。それを見逃さなかったマリアンヌは、気になっていたことを尋ねようとした。
「王妃殿下は…その」
『魚人のことをどう思っているのか』
マリアンヌの言葉を待たずに、言わんとすることを察したカミラは再び扇子を開いて口元を隠した。
「妾か?妾はむしろ…ごほん、いや、なんでもない。そうじゃな、獣人と魚人はもっと歩み寄るべきだと考えておるよ」
少し口籠ったものの、前向きな返答を受けてマリアンヌの表情はパァッと華やいだ。
「それで、どうするんですか?シャーロットのことは」
テーブルに突っ伏していたラルフが僅かに顔を上げてカミラに問いかける。
「妾がシャーロットに課したのはただ一つ。ラルフの気持ちを傾けてみせよ、ということじゃ。先ほども言うたが、妾もレナードもお前が望まぬ婚姻は結ぶつもりはない。ラルフが惹かれ、生涯共にしたいと思うた女子を未来の王妃に迎えたいのじゃよ」
「母上……」
「それに…ふふふ、全くその気がなくて心配しておったが、妾が留守にしている間に何やら気持ちの変化があったようじゃしのう?ラルフや」
「なっ、ななっ、なんのことでしょう」
楽しそうに目を細めるカミラは、笑みを深めながらラルフと、そして何故かマリアンヌを見比べている。
顔を真っ赤にして目を泳がせるラルフに対し、要領を得ないマリアンヌは目をぱちくり瞬いた。
「ラルフ、自分の気持ちには素直になることじゃ。失ってから後悔しても遅いのじゃぞ?それにどうやら随分と鈍感な様子じゃし、ここはラルフが積極的にアプローチを…」
「はっ、母上っ、その話はまた別の機会に…」
「なんじゃあ?照れておるのか?可愛いやつめ」
「ぐぅぅ…」
すっかりカミラに振り回されているラルフであるが、母子の関係が目に見えて、ちょっぴり嬉しいマリアンヌである。
(ラルフ様ったら、お母様の前ではこんな感じなのですね。うふふふふ、獣人親子、素敵だわぁ……ぐふ、ぐふふ)
思わず、にへらっと口元が緩んでしまう。
「うん?どうしマリアンヌ、おかしな顔をして」
「ああ…いつものことだから気にしないでください」
カミラが首を傾げ、ラルフが呆れ顔で説明をするがあまりにぞんざいな説明ではなかろうか。
マリアンヌはこほんと咳払いをしてキリッと表情を引き締める。
「ふむ?ともかくラルフにその気がないならば、シャーロットを諦めさせることじゃ。あやつは中々にしぶとい。これを機にしっかり向き合ってみるのじゃな」
「………はぁ、分かりました」
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