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34_ベティの覚悟
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「それで、アイビス様からご相談だなんて……いかがなさいましたの?」
エリザベスとベティとの稽古の日、アイビスは思い切ってチャーノのことを相談しようと話を切り出した。
エリザベスは親愛なるアイビスに相談事をされるという名誉を前に、すでに頬は上気し、鼻息もフンスフンスと荒い。
ベティはいつものように目の前の茶菓子に夢中のようだ。
「実は――」
アイビスは、チャーノに打ち明けられたことについて話した。
ジェームズ殿下の婚約者であるエリザベスには、彼とのやり取りについては話すことができないが、ロリスタン公爵との交友関係について何か知っているかもしれないと、殿下の名前は挙げさせてもらった。
話が進むにつれて、緩んでいたエリザベスの表情は険しくなっていった。
「そう、ですか……確かに公爵様は養子縁組の斡旋にも積極的で、ご自身もこれまで多くの孤児を引き取っていらっしゃいますわね。折角一緒に引き取った姉妹をわざわざ引き離す理由も思い浮かびません。病に臥せっている……というわけでもないようですわね」
「ええ。持病があればチャーノが知らないわけないし、屋敷に引き取られてすぐに離れ離れにされたようだから、その時から罹患しているならチャーノが知らないはずがないと思うの」
「うーん……ジェームズ殿下にそれとなく探りを入れてみましょうか?」
エリザベスの提案に、アイビスの心臓は僅かに跳ねた。
「そ、それは待ってちょうだい。万一公爵様の耳に入ったらチャーノの妹の身に危険が及ぶかもしれないわ」
「あっ、確かにそうですわね……」
慌ててそれらしい理由を取り繕い、エリザベスを納得させたアイビスは、内心でホッと息をついた。
アイビスは何度もジェームズ殿下から首を突っ込むなと釘を刺されている。
エリザベスが彼に何か探りを入れようものなら、きっと彼はすぐにアイビスに思い至るであろう。
アイビスは顎に指を添えて真剣に考えるエリザベスを見つめる。
(自分の婚約者が疑われているだなんて、良い気はしないわよね。ごめんなさい、エリザベス)
親身になって一緒に頭を悩ませてくれているエリザベスに申し訳なさを感じ、心の中で頭を下げた。
その後も適度に甘いお菓子で脳に糖分を与えつつ、考えうる可能性を挙げていく。
――その中で、とある可能性に思い至ったアイビスが、静かに口を開いた。
「……もし、公爵様が十年前、そしてベティの事件に関わりがあるとしたら?」
「まっ、まさか!」
エリザベスがハッと両手で口元を覆い、顔を青くする。
とんでもないことだが、孤児院で聞いた話だと、ロリスタン公爵はアステラス帝国の大公爵と懇意にしているらしい。
十年前と今、どちらも帝国の大公爵が我が国を訪れるというのはやはり出来た話すぎるのではなかろうか。
「少しでも可能性があるのなら、警戒すべきだわ。きっと、何か事件が起きるとしたら――帝国との国交樹立十周年を祝う式典当日ね」
「そう、ですわね……ですが、街はあまりにも広すぎますわ」
「そこよね……どうしたものかしら」
エリザベスの言う通り、賑わう都心部で、いつもより多い人通りの中、いつどこで起こるかも分からない犯罪を未然に防ぐなんて不可能だ。
アイザックが警備を担っているとはいえ、この世に絶対はない。不測の事態というものは、望まずとも陥ってしまうものである。
二人でうんうん頭を悩ませていると、静かに茶菓子を味わっていたベティが不意に口を開いた。
「私が囮になります」
「えっ!?ベティ、何を言っているの!」
「そうよ、危険すぎるわ」
慌ててベティを止めるエリザベスであるが、ベティは真っ直ぐにアイビスとエリザベスを見つめている。
「誘拐されかけたあの日の私とはもう違います。毎日鍛錬をして、強くなりました。あの時アイビス様に救っていただかなければ、今頃どうなっていたか……お願いします。私、誰かが同じように怖い思いをするのは嫌なんです」
「ベティ……」
ベティの瞳は力強く、決意の炎が揺らめいている。
そんなベティの姿に、かつての自分の姿が重なる。
「……分かったわ」
「あ、アイビス様っ!?」
アイビスにはとてもじゃないが、ベティの意思を手折ることはできなかった。
アイビスが頷いたことに、エリザベスが狼狽している。アイビスはエリザベスとベティの手を取り、落ち着いた声音で語りかけた。
「エリザベス、ごめんなさい。私はベティの気持ちを尊重したい。絶対にベティを傷付けさせない。私が必ず守るわ」
「アイビス様……ええい!もう!そこまで言われては私も協力せざるを得ないですわ!もうどうとでもなれです!」
「ありがとう!式典までもう時間がないわ。ともかく考えうる状況下の対処法を叩き込まないとね。稽古の日数を増やしましょう」
「はい!私、頑張ります!」
ベティは凛々しい顔をしてグッと拳を握りしめている。
面白半分で首を突っ込んでいるわけではないことは、彼女の様子から一目瞭然である。本当に心から、誰にも傷付いて欲しくないと願っているのだろう。
(随分と強くなったわね、ベティ)
あの日路地裏で、犯人たちになす術もなく捉えられていたベティはもう居ない。
アイビスとの稽古以外でも、毎日基礎の復習を繰り返していることは、エリザベスからもよく聞き及んでいる。実際にアイビスの門下生の中でもずば抜けたセンスを持ち、恵まれた柔軟性を活かしてぐんぐんとアイビスの技を習得している。
(今度こそ、逃さないわ。誰が黒幕だろうと関係ない。一網打尽にしてやるわ!)
この日から、アイビスたちは情報収集や日々の鍛錬に益々精を出した。あらゆる可能性を検討し、その時々にどう行動すべきかもしっかりと話し合った。
ヴェルナーやアイザック、ルーズベルト殿下とも密にやり取りをし、備えられることに備えてきた。
そして、季節は進み――とうとう式典の当日を迎えた。
エリザベスとベティとの稽古の日、アイビスは思い切ってチャーノのことを相談しようと話を切り出した。
エリザベスは親愛なるアイビスに相談事をされるという名誉を前に、すでに頬は上気し、鼻息もフンスフンスと荒い。
ベティはいつものように目の前の茶菓子に夢中のようだ。
「実は――」
アイビスは、チャーノに打ち明けられたことについて話した。
ジェームズ殿下の婚約者であるエリザベスには、彼とのやり取りについては話すことができないが、ロリスタン公爵との交友関係について何か知っているかもしれないと、殿下の名前は挙げさせてもらった。
話が進むにつれて、緩んでいたエリザベスの表情は険しくなっていった。
「そう、ですか……確かに公爵様は養子縁組の斡旋にも積極的で、ご自身もこれまで多くの孤児を引き取っていらっしゃいますわね。折角一緒に引き取った姉妹をわざわざ引き離す理由も思い浮かびません。病に臥せっている……というわけでもないようですわね」
「ええ。持病があればチャーノが知らないわけないし、屋敷に引き取られてすぐに離れ離れにされたようだから、その時から罹患しているならチャーノが知らないはずがないと思うの」
「うーん……ジェームズ殿下にそれとなく探りを入れてみましょうか?」
エリザベスの提案に、アイビスの心臓は僅かに跳ねた。
「そ、それは待ってちょうだい。万一公爵様の耳に入ったらチャーノの妹の身に危険が及ぶかもしれないわ」
「あっ、確かにそうですわね……」
慌ててそれらしい理由を取り繕い、エリザベスを納得させたアイビスは、内心でホッと息をついた。
アイビスは何度もジェームズ殿下から首を突っ込むなと釘を刺されている。
エリザベスが彼に何か探りを入れようものなら、きっと彼はすぐにアイビスに思い至るであろう。
アイビスは顎に指を添えて真剣に考えるエリザベスを見つめる。
(自分の婚約者が疑われているだなんて、良い気はしないわよね。ごめんなさい、エリザベス)
親身になって一緒に頭を悩ませてくれているエリザベスに申し訳なさを感じ、心の中で頭を下げた。
その後も適度に甘いお菓子で脳に糖分を与えつつ、考えうる可能性を挙げていく。
――その中で、とある可能性に思い至ったアイビスが、静かに口を開いた。
「……もし、公爵様が十年前、そしてベティの事件に関わりがあるとしたら?」
「まっ、まさか!」
エリザベスがハッと両手で口元を覆い、顔を青くする。
とんでもないことだが、孤児院で聞いた話だと、ロリスタン公爵はアステラス帝国の大公爵と懇意にしているらしい。
十年前と今、どちらも帝国の大公爵が我が国を訪れるというのはやはり出来た話すぎるのではなかろうか。
「少しでも可能性があるのなら、警戒すべきだわ。きっと、何か事件が起きるとしたら――帝国との国交樹立十周年を祝う式典当日ね」
「そう、ですわね……ですが、街はあまりにも広すぎますわ」
「そこよね……どうしたものかしら」
エリザベスの言う通り、賑わう都心部で、いつもより多い人通りの中、いつどこで起こるかも分からない犯罪を未然に防ぐなんて不可能だ。
アイザックが警備を担っているとはいえ、この世に絶対はない。不測の事態というものは、望まずとも陥ってしまうものである。
二人でうんうん頭を悩ませていると、静かに茶菓子を味わっていたベティが不意に口を開いた。
「私が囮になります」
「えっ!?ベティ、何を言っているの!」
「そうよ、危険すぎるわ」
慌ててベティを止めるエリザベスであるが、ベティは真っ直ぐにアイビスとエリザベスを見つめている。
「誘拐されかけたあの日の私とはもう違います。毎日鍛錬をして、強くなりました。あの時アイビス様に救っていただかなければ、今頃どうなっていたか……お願いします。私、誰かが同じように怖い思いをするのは嫌なんです」
「ベティ……」
ベティの瞳は力強く、決意の炎が揺らめいている。
そんなベティの姿に、かつての自分の姿が重なる。
「……分かったわ」
「あ、アイビス様っ!?」
アイビスにはとてもじゃないが、ベティの意思を手折ることはできなかった。
アイビスが頷いたことに、エリザベスが狼狽している。アイビスはエリザベスとベティの手を取り、落ち着いた声音で語りかけた。
「エリザベス、ごめんなさい。私はベティの気持ちを尊重したい。絶対にベティを傷付けさせない。私が必ず守るわ」
「アイビス様……ええい!もう!そこまで言われては私も協力せざるを得ないですわ!もうどうとでもなれです!」
「ありがとう!式典までもう時間がないわ。ともかく考えうる状況下の対処法を叩き込まないとね。稽古の日数を増やしましょう」
「はい!私、頑張ります!」
ベティは凛々しい顔をしてグッと拳を握りしめている。
面白半分で首を突っ込んでいるわけではないことは、彼女の様子から一目瞭然である。本当に心から、誰にも傷付いて欲しくないと願っているのだろう。
(随分と強くなったわね、ベティ)
あの日路地裏で、犯人たちになす術もなく捉えられていたベティはもう居ない。
アイビスとの稽古以外でも、毎日基礎の復習を繰り返していることは、エリザベスからもよく聞き及んでいる。実際にアイビスの門下生の中でもずば抜けたセンスを持ち、恵まれた柔軟性を活かしてぐんぐんとアイビスの技を習得している。
(今度こそ、逃さないわ。誰が黒幕だろうと関係ない。一網打尽にしてやるわ!)
この日から、アイビスたちは情報収集や日々の鍛錬に益々精を出した。あらゆる可能性を検討し、その時々にどう行動すべきかもしっかりと話し合った。
ヴェルナーやアイザック、ルーズベルト殿下とも密にやり取りをし、備えられることに備えてきた。
そして、季節は進み――とうとう式典の当日を迎えた。
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