【完結】武闘家令嬢のお試し婚〜お見合い全敗したので幼馴染の誘いに乗って結婚したら、待っていたのは激甘新婚生活でした〜

水都 ミナト

文字の大きさ
39 / 40

39_最終話

しおりを挟む
「よかったな、アイビス」
「ええ!」

 王城からの帰り道、馬車で隣同士に座ったアイビスとヴェルナーの表情は明るい。

 ジェームズから褒美を問われ、アイビスは学園の授業に護身術を取り入れることを提言した。しばし考え込んだジェームズであるが、此度の事件を重く捉えていることもあり、男性のみならず女性も身を守る術を知っておくべきだと頷いてくれた。
 ただ、準備に時間を要するため、早くて来年の春から試験的に実施する運びとなりそうだ。

「すぐに世間の意識が変わるとは思っていないけど、女性や子供が武術に触れる風習が少しずつ浸透していくといいわね」
「ああ、そうだな。アイビス先生も忙しくなるな」

 ククッと喉を鳴らして茶化してくるヴェルナーを肘で小突いて、アイビスも笑う。

「もう、先生はやめてよ」

 ジェームズは、護身術を取り入れる暁には、アイビスを指導者にと提言してくれた。
 アイビスの夢の実現がグッと近づいた瞬間だった。

「あなたも長期休暇をいただけることになったし、本格的に計画が進む前にゆっくりしたいわね」

 ヴェルナーは、褒美として二週間の休暇を申し出た。
 ジェームズは二つ返事で承諾してくれたが、その隣に座っていたルーズベルトが青い顔をしていた。

「ルーには悪いが、ずっと気を張り詰めていたからな。しばらく羽を伸ばさせてもらうとするよ」
「物凄い顔してたわよね。あなたがいないと仕事が山積みになるんじゃない?」
「大丈夫だ。俺以外にも優秀な文官はたくさんいる。それより、折角の休暇だ。この機に新婚旅行に行かないか?」
「え……新婚旅行!?」

 ヴェルナーは優しい笑みと共に、そっとアイビスの手に自らの手を添える。それだけでドキドキとアイビスの心臓は簡単に早鐘を打ってしまう。

「ああ。結婚してから随分と経つが、まだだっただろう?その、アイビスと気持ちが通ったら、と思っていたんだが……ここ最近は色々あって落ち着かなかったしな。どうだ?」

 控えめに、探るような眼差しで問われるが、アイビスの答えは決まっている。

「そんなの……行くに決まってるじゃない。嬉しい」

 こてん、とヴェルナーの肩に頭を乗せれば、頭上から吐息が漏れる音がした。そっと肩を抱き寄せられてぴとりと身体が密着する。

「そうと決まれば早速行き先を決めないとな。休暇に入る前に溜まっている仕事を片付けなければならないが、宿泊先を決めて、観光の名所や特産物も調べておきたいな。休暇をいただいくのだからルーやジェームズ殿下にも土産を買って…メレナにも何か用意しないと後からうるさそうだ。ああ、まだ何も決まっていないのに楽しくて仕方がない」
「ふふ、私も。道場の稽古の調整をしなくちゃ。門下生のみんなにも贈り物をしたいわね……ねえ、気候がいいところに行きたいわ。海が見えるところなんて素敵」
「そうだな。確か南部に珊瑚や貝の装飾品で有名な港町があったはずだ。あまり遠いと現地でゆっくりする時間が減ってしまうしな。その辺りも加味して色々と調べてみよう」
「ありがとう。ヴェルとならどこへでだって楽しいと思うけれど、こうして一緒に行き先を決めるのもワクワクするわね」

 二人は屋敷に着くまで、新婚旅行の話題に花を咲かせた。



◇◇◇

 事件の事後処理もあり、ヴェルナーが休暇を取れたのはそれから一ヶ月後のこととなった。

 この一ヶ月の間に、ロリスタン公爵が別邸に閉じ込めていた少女たちは、王家が斡旋した家の養女として引き取られていった。上位貴族の間には、ロリスタン公爵の一件についての概要が伝えられていたため、少女たちの境遇に同情し、愛情を注ぎたいと名乗りを上げた貴族も少なくはなかったようだ。

 第二王子擁立派の筆頭であったロリスタン公爵が失墜したことにより、その派閥は自然と霧散していった。派閥の最高権力者が捕らえられたことも大きいが、ジェームズを敵に回す恐ろしさを目の当たりにしたことが決定的な理由だろう。
 そうして次の初夏、二十五歳を迎えるその日に、ジェームズが立太子することが決まった。
 この国に、ジェームズに反旗を翻そうと画策するものはもういない。第二王子のルーズベルトも、ようやく腰を据えて兄の力になれると息巻いている。

 チャーノとティアは、彼女たちの望みによって王城でメイド見習いをしている。
 自分達で生きていく力をつけたいのだと、手を取り合い語った彼女たちの表情はキラキラと輝いていた。
 ちなみに、事件当日のアイビスの姿を目の当たりにし、二人はアイビスに護身術の指導を受けたいとも嘆願していた。もちろん二つ返事で受け入れたアイビスは、週に一度、登城して彼女たちの指導を受け持つことになった。
 回数を重ねるごとに、噂を聞きつけた王城勤務の令嬢や、侍女たちも加わるようになり、随分と賑やかになってきている。

 アイビスの道場に通う人数も着実に増えてきている。
 アイビスの毎日がより一層充実したものとなっており、その忙しさに幸せを噛み締める。

 もうアイビスを「ガサツだ」「野蛮だ」「女らしくない」と揶揄する声は聞こえてこない。
 陰では未だにそう噂する人はいるのだろうが、アイビスは気にしない。ヴェルナーを始め、アイビスの生き方を認め、応援してくれる人が数えられないほどできたのだから。



◇◇◇

 新婚旅行を三日後に控えた夜、アイビスはサラに頼んで入念に肌と髪の手入れをしてもらっていた。
 どこか覚悟決めたようなアイビスの表情を見たサラは、含み笑いを浮かべながらも要望通りに艶やかに仕上げてくれた。

 静かにお辞儀をしてサラが部屋から出ていった後、アイビスはベッドサイドの引き出しをそっと開けた。
 そこには、アイビスとヴェルナーの私室を繋ぐ鍵が大事に収納されている。

 この一ヶ月の間、何度もこの引き出しを開けては閉じてを繰り返した。
 ヴェルナーは相変わらず毎日アイビスに甘いひと時を与えてくれる。けれども、約束通りキス以上のことはしてこない。
 アイビスはヴェルナーを愛している。
 ――あとは、アイビスが覚悟を決めるだけ。

 すーはーと深く息を吸い、意を決して引き出しから鍵を取り出した。僅かに手が震えてしまう。

 静かに扉の前に立ち、鍵を鍵穴に入れてゆっくりと回す。僅かな引っ掛かりを感じて力を込めると、カチャリと開錠を知らせる音がした。

 静かな部屋で、ドクンドクンと自らの心臓の音だけが耳の奥に響く。

 ゆっくりとドアノブに手を伸ばし、扉を開けて顔を上げると、ベッドに腰掛けて本を読んでいたらしいヴェルナーがポカンと呆けた顔をしてこちらを見ていた。

「アイビス……?」

 掠れた声を発したヴェルナーの手から、バサリと本が落ちた。
 驚いた顔のまま、焦ったようにアイビスの元に駆け寄ってきたヴェルナーは、アイビスの様子を確認するように視線を巡らせた。

 アイビスは茶器を持っているわけでも、お菓子を持っているわけでも、はたまたワインのボトルやグラスを持っているわけでもない。
 その手に握られているのは二人の部屋を繋ぐ鍵だけである。

「えっと、鍵を返しに来たの」
「は……?」
「もう、私には要らないから」

 覚悟を決めたはずが、どうしても羞恥心と緊張から声が震えてしまった。鍵を差し出す手まで震える始末だ。

 激しく瞳を泳がせるヴェルナーの様子から、この鍵を渡した日のことはしっかりと覚えているらしい。

『いつかその身一つでこの扉を通って俺の元に来た時は、俺の理性はいよいよぶっ飛んでしまうだろうから覚悟しておくことだ』

 それに、気持ちを初めて伝えた日にも――

『……心の準備ができたら、あの扉を開けてヴェルに会いに行くわ』
『いつかアイビスが扉を開けた日は、今度こそ遠慮なんてしない。思う存分愛し尽くすから覚悟しておくんだな』

 もちろんアイビスだって忘れてはいない。
 忘れてはいないからこそ、こうして身体一つでやって来たのだ。
 その意味は、きっと、ヴェルナーにも伝わっている。

「――っ!」

 ヴェルナーはアイビスの腕を引いて腕の中に抱きすくめると、激しく口付けた。アイビスもその背に手を回して懸命に彼の愛に応える。
 唇を重ねたまま、ヴェルナーは器用にアイビスを抱き上げると、真っ直ぐベッドに向かっていく。
 チャリン、と鍵が床に落ちてしまったが、きっとこの鍵が再び使われる日はこないだろう。

 アイビスは背中をベッドに沈み込ませ、ヴェルナーが与える甘くもどかしい刺激に身を委ねた。

 ヴェルナーの甘い提案に乗って結婚してから、アイビスの人生は変わった。
 護身術の道場さえ続けられればそれでいいと、自分の生き方や考え、そして夢を理解してくれる人を求めてお見合いを続けた日々が、遠い日のことのように感じる。

 アイビスは愛し、愛される喜びを知った。
 結婚とは、相手を理解し尊重し、愛を重ねていくことなのだと、そう思うようになった。

「っ、ヴェル……好きよ。愛しているわ」
「アイビー…俺も愛している。これまでもこれからもずっと」
「ふふ、嬉しい。えと、は、初めてだから手加減してよね」
「……善処するが確約はできない」
「ええっ!?んんんっ」

 アイビスの心も身体も、幸せに満ちていた。



  【 完 】
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

【完結】賭けから始まった偽りの結婚~愛する旦那様を解放したのになぜか辺境まで押しかけて来て愛息子ごと溺愛されてます~

Tubling@書籍化&コミカライズ
恋愛
無事完結しました^^ 読んでくださった皆様に感謝です! ルシェンテ王国の末の王女カタリナは、姉たちから凄惨な嫌がらせをされる日々に王女とは名ばかりの惨めな生活を送っていた。 両親は自分に無関心、兄にも煙たがられ、いっそ透明人間になれたらと思う日々。 そんな中、隣国ジグマリン王国の建国祭に国賓として訪れた際、「鬼神」と恐れられている騎士公爵レブランドと出会う。 しかし鬼とは程遠い公爵の素顔に触れたカタリナは、彼に惹かれていく。 やがて想い人から縁談の話が舞い込み、夢見心地で嫁いでいったカタリナを待っていたのは悲しい現実で…? 旦那様の為に邸を去ったけれど、お腹には天使が―――― 息子の為に生きよう。 そう決意して生活する私と息子のもとへ、あの人がやってくるなんて。 再会した彼には絶対に帰らないと伝えたはずなのに、2人とも連れて帰ると言ってきかないんですけど? 私が邪魔者だったはずなのに、なんだか彼の態度がおかしくて… 愛された事のない王女がただ一つの宝物(息子)を授かり、愛し愛される喜びを知るロマンスファンタジーです。 ●近世ヨーロッパ風ですが空想のお話です。史実ではありませんので近世ヨーロッパはこうだというこだわりがある方はブラウザバックをお願いします。 ●本編は10万字ほどで完結予定。 ●最初こそシリアスですが、だんだんとほのぼのになっていきます^^ ●最後はハッピーエンドです。

おひとりさまの準備してます! ……見合いですか?まぁ一度だけなら……

松ノ木るな
恋愛
 ストラウド子爵家の長女・エレーゼ18歳はお父様が大好きだ。このままお父様と同じ屋敷で暮らし、いつかお父様を私が看取る、そんな将来設計があるので結婚はしたくない。だがこれでも貴族令嬢、そういうわけにもいかなくて。  ある日、仕方なく見合いに赴くことになったのだが。  見合い相手はプラチナブロンド煌めくひたすら優美な王子様、いや辺境伯の跡取り息子。  見た目も家柄もファビュラスなのに、彼は今までことごとく見合い相手に断られ、挙句エレーゼのところに話が回ってきたという訳あり物件。  この話、断る? 断られるよう仕向ける?  しかし彼は言ったのだ。「こちらの条件のんでくれたら、結婚後、自由にしていい」と。つまり、実家暮らしの妻でOKだと!  名を貸し借りする程度の結婚でいいなんて。オイシイじゃない? で、条件とは何ですの?  お父様だけがもつ“私への無限の愛”しか信じない令嬢エレーゼが、何を考えているのだかよく分からない婚約者エイリークと少しずつ絆を深めていく、日常みじみじラブストーリーです。    ※第4話④⑤、最終話⑧⑨は視点を切り替えてヒーローサイドでお送りしております。

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (毎日21:50更新ー全8話)

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

処理中です...