マリアの騎士―名高き王と古の眷属―

草宮つずね。

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第一部 はじまりの物語

第七章 神話

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 マリア達はベスビアナイト国に、戻ってはいなかった。レイヴァンの要望で、オブシディアン共和国で旅を続けている。処刑場がある街を離れて、小さな町へ身を寄せていた。大きくはないが、市も開かれている。

「何を買うの?」

 マリアにレイヴァンが口角を上げて説明する。

「はい、食料と水。それから、武器ですかね」

「どれも旅に必要な物ばかりだな。だが、お金はあるのか」

 レイヴァンが難しそうな顔をする。

「実はあまり、お金がないのです。最小限必要な物さえそろえれば、と思うのですが」

 二人の会話を聞いていたヘルメスは、かばんの中をあさる。手に握っていたのは、お金ではなく淡い紫色の宝石であった。

「売ってくれてかまわない」

 言いよどんだレイヴァンに、ヘルメスは「大丈夫だ。この宝石は、錬金術で作った物だ」と半ば強引に握らせる。市へ持っていけば、店員は麻袋に十マルク金貨(通貨)を十枚ほどつめて渡された。

「こんなに?」

「相場的にそんなものだろう」

 驚いているレイヴァンとは反対に、ヘルメスは当然そうだ。マリアは二人に近寄った。

「錬金術とは、なんなのだ?」

「別の物質へと作り替える学問。この国では錬金術を禁じていてね」

「すごいのに?」

「錬金術は他人からすれば、黒魔術に見えるらしい。ゆえに皆、嫌うのさ」

「だとしても、お主はすごいな。まるで魔法のかばんだ」

「魔法の、カバン?」

「ああ! おとぎ話で読んだ、何でも出てくる魔法のかばん」

 マリアが無邪気にはしゃげば、ヘルメスも悪い気はしないのか。嬉しそうに口許を緩める。そうですかと呟いて、ほんのりと頬を染めた。
 レイヴァンは面白くなさそうに市を眺める。隣にレジーが立つ。

「嫉妬」

みにくいか。まだ幼い主が、他の誰かと仲良くしているのを見ると苛立ってしまう」

「いや、人間の心情として当然だ。恥じるべきではない。だが、募りすぎると狂気となる。忘れないようにしてくれ」

「そうだな。俺が狂気となっても、お前だけはマリア様との距離を忘れないでくれ。もしものとき、お前を頼れるように」

「レイヴァン、その前に狂気になるべきじゃない。マリアの一番の理解者であるべきだ。しょせん、オレは“余所者”だから」

 レイヴァンがレジーをまじまじと見る。ふっと笑みを零した。

「そうだな。だが、お前だって仲間だ。“余所者”だなんて言わないでくれ」

 息を飲んでレジーは、小さく笑う。

「そうか。ならばどこまでも共に行こう。お前達がどんな結末を迎えるのか。オレは楽しみだ」

 二人にマリアが駆け寄る。不思議そうな表情で尋ねようとすれば、レイヴァンの意を汲んでレジーが口を開いた。

「今日も風は楽しげに微笑んでおります」

「そう? なあ、レイヴァン。ヘルメス、髪もひげも伸びきっていて顔が見えないし、邪魔だろうから整えたいのだが」

 レジーが「お任せを」と、を取り出す。ヘルメスを誘って、離れた森の中へ入ると髪を切る。少し経って戻ってきたとき、マリアが息を飲んだ。
 いままで見えなかった顔の輪郭がはっきりと見えた。すっと伸びた鼻筋。翠玉エメラルドを閉じこめたかのような、強い緑色を帯びた瞳。きゅと結ばれた血色の良い唇。ヘルメスは、なるほど、ため息が出るほど整っている。アレシアが惚れてしまうわけだ。
 頬を染めて固まっているマリアに、レイヴァンが眉をしかめた。
 黒い騎士が名を呼べば、王女は見上げる。いままで気にもとめていなかったが、騎士も整った顔をしている。きれいな輪郭にすっと伸びた鼻筋。騎士らしい筋肉質な体。黒いマントも彼によく似合っている。前にも感じたが、恋人がいないのは驚く。浮き名もない。
 無意識に考えている自分をいましめる。好意を持っているかのようだ。レイヴァンには思い人がいる。おそらくはバルビナだ。自分の従者が恋慕する相手が分かったとたんに、意識してどうするのだ。
 頬を染めてうつむけば、レイヴァンが愛おしそうに薄い金の髪をすくい取る。マリアの肩がびくんとはねる。黒曜石の瞳に首筋に付いた薄い“跡”が見えた。どうやら、まだ残っていたようだ。
 そろそろ消えそうだ。出来るだけ、常に付けておきたい。と、レイヴァンが不純な考えをしているとなりで、マリアの心臓は裂けそうなぐらい高鳴っていた。レジーが咳払いして、甘い空気ごと吹き飛ばす。

「買い物を済ませましょう」

 レイヴァンは髪を離して、市へ足を向けた。残されたマリアにレジーが近寄る。

「どうかなさいましたか?」

「レイヴァンは思い人がいるはずなのに、どうしてわたしに思わせぶりな態度をとるのだろうかと」

 頬を染めてうつむくマリアに、レジーはあきれた表情だ。明らかに脈ありなのに、騎士自身が誤解を与える行動をしているのではないか。台詞からして別の好きな女性がいるから、好きになってはいけないといましめているとしかとれない。このままでは騎士がどんなに愛をささやいても「勘違い」ですべてをほうむってしまう。難題だ、と独りごちる。遠回しにレイヴァンに教えるしかない。まとめた考えを口には出さずに、いつもの無表情をつらぬいた。

「もしかするとマリアが勘違いを、しているかもしれませんよ」

「勘違い?」

「レイヴァンから直接、相手を聞いたわけではないでしょう。ならば、別の人の可能性だってなくはないでしょう?」

 マリアも納得したのか、「なるほど」とうなづく。

「そうだな、早とちりはいけないな」

 淡い灰色の瞳にマリアが笑いかけた。

「レジー、ありがとう。わたしの話を聞いてくれて」

「いいえ、オレはあなたを主として仰いでおりますから。悩んでおられるのなら、いつだって相談に乗りますよ」

「ありがとう!」

 マリアはレイヴァンに駆け寄る。二人のやりとりを見ていたヘルメスは、レジーに近寄る。

「お前は何故、マリアについているんだ?」

「主だからだ」

「お前はマリア達が城を追われた先で出会ったと聞いたが」

「オレは〈風の眷属〉の守人。眷属が、風がマリアを主だといった。『我らが王』と呼んだ。ならば、彼女に付き従うのみ」

「我らが王?」

「知らない? 建国神話を」

「あまり詳しくは……」

「そうか、ならば今夜にでも聞かせよう。ベスビアナイト国に伝わる建国神話『七つの眷属』の話を」



 星も見えない漆黒の夜。マリア達は宿の一室を借りて、椅子に座っていた。

「これから話すのは民間に伝わっている話ではなく、我々守人だけに伝えられている話。だから、他言無用。いい?」

 マリアとヘルメスがうなづけば、レジーの唇から緩やかに語られ始める。部屋にある蝋燭ろうそくの炎が、ゆらゆらとゆれていた。



 昔。大地が震え、嵐がふきすさび、日照りが続き、奇妙な害虫が現れ、世界は地獄と化していた。そんなとき、天女の衣を着た一人の女性が現れた。人々はわらにもすがる思いで問いかけた。

「作物が育たないのです。どうすれば、良いのでしょう」

「ならば私がいったものを用意してください」

 人々は用意した。すると鉛がきれいな金の鎖に。ただの石ころが、まばゆいばかりの鏡に。枯れた根は簪に。枯れた葉は、耳飾りに。腐った木は鈴に。残りの鉛は、錫杖に。泥を黄金の指輪に変えた。
  女性は金の鎖を嵐に巻き付け、揺れる大地に簪を突き立てた。鈴を鳴らせば、虫が逃げた。黄金の指輪を放つと、嵐が完全に消え去った。耳飾りを大地に埋め込み、鏡を天へ放つと雨が降り注ぎ、耳飾りが埋め込まれた場所から芽が生えた。錫杖を大地に突き立てれば、たちまち作物が実った。
 女性は七つの装飾具にそれぞれ力を与えた。水・火・地・風・木・金・闇と七つの装飾具に、それぞれ自然の絶対なる力を注いだ。さらに装飾具を守るために、それぞれの力を持った若者を天から呼び寄せた。若者達の力を借りて、女性は国を作り繁栄へと導いた。
 やがて女性は永遠の眠りへついた。その夜、残された若者らは夢を見た。

「ふたたび、災いが降りかかる。そのとき、乙女が現れて救うであろう」

 若者らは自らの主がまた現れると願い。同時にこの力は身に余るものとして、誰に知られることなく国を去った。若者らの力は、今もなお受け継がれている。



 レジーは息を一気に吐き出した。マリアは目を輝かせた。レイヴァンは眉を潜める。ヘルメスは、初めて聞いたのか。へぇと、つぶやいていた。

「俺が幼いころに聞いたのは『天から女神が現れて』とか。七つの装飾具も、女神が身につけていたとか」

「民間に伝わっている話は着色されるし、元の話と全然違う場合も少なくはない。他に相違点は?」

「そうだな、あとは守人だ。守人は女神によって選ばれた若者七人が装飾具からこぼれた雫を飲んで力を得たと」

 レジーはうなづき、レイヴァンを見る。

「そういう話もある。たしかなところは、一つもわからない」

 レイヴァンは考え込んでしまう。マリアはレジーに笑顔を向けた。

「神話というのも面白いものだな!」

 マリア以外が喫驚する。ヘルメスならともかく、姫君が知らぬのだ。今聞かせたのは建国神話。誰もが幼少時に、少なからず聞かされているはずだ。なのに、神話の存在すら知らない。自分の国に伝わっている神話であるはずなのに、今はじめて聞いたようだ。

「マリア、城で聞かされなかったの?」

 レジーにマリアは首をかしげる。

「幼いころは母上が本の読み聞かせをしてくれたものだが、神話は読んではくれなかった」

 レイヴァンがとした表情になる。

「もしかしたら、王妃様は別の国のご出身なのかもしれない」

「あり得るね。政略結婚とか」

 レジーはレイヴァンの考えに賛同を示した。

「いや、政略結婚というのではない。王妃様は平民の出だと、周りが話しているのを聞いた」

「ならば、なおさらわからない。異国の平民の少女と、王はどうやって出会ったんだ?」

 ヘルメスが疑問を口にする。答える声はなく沈黙が時間をさらってゆく。マリアが「母上が言っていた」と切り出して、裕福ではないが幸せに暮らしていた。自分のいる国が荒れたとき、父上が助けてくれた。と話をすれば、レイヴァンが手を握る。

「ありがとうございます。それだけでも、十分です」

 マリアがどぎまぎしていると、ヘルメスは気になっていたと口にする。

「王子として育てられたと聞いたが、神話では国を盛り立てたのは女性なんだろう。男にする必要がどこにあったんだ。“マリア”という名前も」

「俺も王子として育てられた理由を知らない。ただ名を付けたのは王妃様だ」

 ヘルメスは考え込み、マリアに視線を向けた。

「母親は言ってませんでしたか」

「名前についてはわたしも知らない。だが、わたしは父上がくれた名前より、マリアの方が気に入っているんだ」

「正式名は『クリストファー・マリア・アイドクレーズ』だったか」

「『クリストファー』は父上からいただいて、『マリア』が母上からいただいたんだ」

「名前だけ聞けば男性名だな」

「だが、わたしはこの名前は好まぬ。マリアだけでよいのに」

 ふとレイヴァンに目を向ければ、考え込んでいる。

「レイヴァン、どうかした?」

 マリアがのぞき込めば、たちまち頬を染めて視線をそらした。

「いえ、疑問がたくさん出てくるので。気になりますね」

「そうだな。父上はなぜ、わたしを王子として育てようとしたのか。そもそも、ヘルメスはマリアという名になんで疑問を持ったんだ?」

 実にありふれた女性の名前だ。めずらしくはない。

「皆に好まれる名は、さけるものじゃないのか」

「母上が好んでいたのか。ただならぬこだわりをもっていたんじゃ、としか」

「こだわりって、何だ?」

「わからないけれど」

 マリアは言いよどむ。薄い金の髪をレイヴァンがなでた。

「名前は自分の子に、願いをこめているものです」

「では、マリアという名前も」

「ええ、願いを込めて付けてくださったのですよ」

 青い金剛石ブルーダイヤモンドの瞳が嬉しそうに開かれる。翠玉エメラルドの瞳がゆるやかに閉じられると、レジーがそっとヘルメスに近寄る。

「そんなに不思議? “マリア”という名前」

「不思議なんだ。なんであえてその名を付けたのか」

 ヘルメスが考え込むと、レジーは感情の読めない顔で皆をながめる。マリアはとても楽しそうに笑っていた。

(マリア様は、我らが王。ならば、お守りするべきだ)

 レジーの耳に夜風に混じって聞こえてきた。はるか遠くひびく風の唄。

『ゆりかごの中で聞いたあの唄を、我らが眷属に授けよう
 我らが王がくださった世界を示すこの唄で
 あなたに力を授けよう
 決して裏切らない強さと希望を我らが王に誓おう
 我らが王が悲しむならば我らも共に悲しもう
 我らが王が嬉しいならば我らも共に喜びを分かち合おう
 遠い世界にて私は祈る』

「レジー、どうしたの?」

 気がつけば、視線をレジーは浴びていた。気にしたようすもなく、闇の空を見上げる。

「風が語りかけてきました」

「なんと、言っていたのだ?」
 
 マリアにレジーは紡ぎ出す。先ほど聞いた風の唄。

「我らが王?」

「あなたに最初にあったとき、風は言いました。『この者こそ、我らが王。いにしえの盟約を今こそ果たすとき。我らが眷属たちよ、我らの子等よ。この者をお守りせよ。この者こそ我らが王』だと」

 レイヴァンすらも驚いて目を見開いている。

「マリア様が王?」

「はい。おそらく他の眷属の守人達も、マリアをさがしています」

「他の守人達がわたしを?」

 レジーが静かにうなづく。

「眷属の守人は声に敏感です。主が現れたとなれば、守人は声に導かれる。運命にあらがおうとも、主を守らずにはいられない。いにしえからの盟約」

 マリアの顔が伏せられる。

「変だよ、そんなの。いくら盟約とか言われても、自分が認めた人としか主とは呼べない」

 深く心の奥へ突きささる。レジーも考えていた。側でマリアを見てきて、どんな方かを知った。レイヴァンを心の底から心配し、対等な立場であろうとする“この方”こそ仕えるに値する。暗闇だった未来がかがやいてみえる、と。
 レジーがマリアにうやうやしくひざまづいた。

「あなたを主とし、あなた様をお守りいたします。それはあなたが『我らが王』であるからではございません。“わたくし”自身がさだめたのです」

 マリアは嬉しそうに、朗らかに微笑んだ。

「ありがとう、レジー。お前に認められて、嬉しい。わたしは主として恥じない生きたかたをしなければならぬな」

 レジーの表情が緩んで、マリアを見つめる。主従と信頼の瞳であった。ヘルメスは疎外感を感じていた。

「ヘルメス、お前はしたいようにすればいい。いつだって抜けてくれてかまわない。だが、約束してくれ。決して仲間を裏切らないと。それだけ守ってくれさえすればいいんだ」

「はい。俺は誰かに忠誠を誓うほど、出来た人間ではございませんからね。錬金術師が側にいれば、あなたを傷つけるかもしれないですよ」

「かまわない。わたしは承知で仲間に引き入れたんだ」

「そうでしたね、あなたはそうでした」

 ヘルメスはマリアに翠玉エメラルドの宝石がついた服飾品ブローチを渡した。

「俺の国では信頼を置くものに、宝石を渡す習慣があります。どうか、もらってください」

「ありがとう、ヘルメス」

 マリアをとららえた翠玉エメラルドの瞳は、誰よりも無慈悲で優しい子どものようだった。
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