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カフェオレが冷めないうちに(男1:女1)ラブストーリー?

カフェオレが冷めないうちに

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トール:
「会いたいな…」

あい:
「   」

トール:
「会いたい。あいさんに」

あい:
「え?ここじゃだめなの?」

トール:
「うーん…」

あい:
「…」

トール:
「リアルに、会いたいよ。僕は」

あい:
「ふーん。そっか」

トール:
「なに?」

あい:
「出られるの?その部屋から」

トール:
「…っ」

あい:
「じゃあ、準備ができたらまた言って」

トール:
「……、うん」

あい:
「もう遅いからそろそろ落ちるね。トールくんも寝たほうがいいよ」

トール:
「そっか…。そうだね」

あい:
「じゃあね」

トール:
「うん。…、おやすみ」

あい:
「おやすみなさい」

※※※

透:
「ダメだ…」

 彼女に会いたいという思いは本当だ。真実だ。
 でも、それだけで会いに行けるほど、僕は強くない。
 きっかけは、きっとそこら中に転がっている小石のようなもので、僕はまんまとそれにつまづいた。
 もともと強くなかったんだろうな。人によればそんな些末さまつなことと吐いて捨てれるような。…たいしたことや、なにか特別ことがあった訳でもないし、どこにでもありふれたような、そんなお話。
 カーテンを少しめくると、室内の灯りが漏れて、隣の家が見えた。この布一枚、ガラス一枚の外が果てしなく遠い、…そんな気がする。

 ※※※(翌日)

あい:
「ところで、進捗どーですかー?」

トール:
「え?何の?」

あい:
「昨日の話」

トール:
「昨日って…」

透:
 その日も僕達はいつものように合流してチャットをしていた。集合時間は22時。遅ければ、そのまま朝まで、早くても25時とか。
 トールとあいはインターネットの中で偶然知り合って、顔も見た目も、何も知らない。僕はあいさんの声しか知らないし、あいさんもそうだ。僕達はここで話したトピック以外のことは何も知らない。

あい:
「あら、忘れちゃった?それならそれでいいんだけど…」

トール:
「ん…」

あい:
「…」

トール:
「…」

あい:
「会いに来てくれないの?」

トール:
「…ん~…」

あい:
「ま、いいよ。あんまり期待してない」

トール:
「…期待してないんだ」

あい:
「今のトールくんじゃ無理でしょ」

トール:
「……」

あい:
「本当に変わりたくなったら教えて」

トール:
「……ぃ(変わりたい)」

あい:
「え?」

トール:
「変わりたいよ。僕だって。こんな自分嫌だよ」

あい:
「…うん」

トール:
「一人じゃ何にもできない。この家の外に出ることもさ…」

あい:
「…」

トール:
「怖いんだ」

あい:
「怖い?」

トール:
「うん。怖い。外の世界で、僕が僕のままじゃいれない気がする」

あい:
「……」

トール:
「…」

あい:
「あるがままのトールくんでいたいの?どんなところでも。何も飾らない、誰にも影響を受けない、強い自分?」

トール:
「…ん~…」

あい:
「たぶんね。誰にも影響を受けない人って、それは孤独ってことだよ」

トール:
「……」

あい:
「ねぇ、本当に変わりたい?」

トール:
「…。変わりたい」

あい:
「じゃあさ、お金ある?」

トール:
「お金…?いや…、全然ない」

あい:
「150円」

トール:
「…それぐらいなら…」

あい:
「よし、じゃあ今からコンビニ行って、カフェオレ買ってきて。画像送るね」

トール:
「え…っと…」

あい:
「はい。送ったよ。これ買ってきて」

トール:
「これ…なに?」

あい:
「カフェオレ」

トール:
「そういうことじゃなくて…」

あい:
「…。変わりたいんでしょ?変わろうよ。今、ここで」

トール:
「…」

あい:
「まぁ、いつまでもそのあたたかいお家の中にいてもいいよ」

トール:
「…え?」

あい:
「でも、会いに来てくれないと、会えないから」

トール:
「……うん。そうだね」

※※※(20分後)

トール:
「…た、…ただいま」

あい:
「おかえり」

トール:
「…、うん。ただいま…」

あい:
「お疲れさま」

トール:
「…」

あい:
「どうだった?」

トール:
(興奮しながら)「え!?どうだったって、なにが…!?」

あい:
「買えた?カフェオレ」

トール:
「うん、か、買えた!」

あい:
「すごい!」

トール:
(急に冷静になって)「いや…。カフェオレ買えただけだよ」

あい:
「うん」

トール:
「すごくなんてない」

あい:
「そんなことないよ。頑張ったじゃん」

トール:
「頑張った…?」

あい:
「外に出るのも怖がってたのに、頑張って外に出てさ。いきなりコンビニ行ってこいって言われて、買えたんでしょ?」

トール:
「うん、買えた…」

あい:
「すごく頑張ったと思うよ。トールくん」

透:
「そうか…。…僕は、頑張ったのか…」

あい:
「…カフェオレ、飲んでいいよ。頑張ったご褒美」

トール:
「苦い…」

あい:
「えー!?それ結構甘いやつだよ!?」

トール:
「………、やっぱり苦い…」

あい:
「そっか。今のトールくんにはまだ早かったかぁ…。今度があったらジュースにしよっか」

トール:
「…はい」

あい:
「ところでさ、トールくんはパラレルワールドって知ってる?」

トール:
「え?随分急だね」

あい:
「知ってる?」

トール:
「あー…、平行世界…」

あい:
「そうそう!」

トール:
「あんまり良くはわかってないけど」

あい:
「世界は選択肢によって枝分かれしていて、それぞれを選んだ世界があるって説。よくSFとかで出てくるよね」

トール:
「えーっと…?」

あい:
「人生の選択肢に、それを選んだ自分のいる世界と、選ばなかった自分のいる世界があって、そのそれぞれが続いていくって言う話」

トール:
「…うん?…やっぱりよくわかんないや」

あい:
「そうだなぁ。例えばさっきカフェオレ買いに行ったでしょ?」

トール:
「うん」

あい:
「150円を握りしめてコンビニに行った訳だけど、それまでにいくつかの選択肢があったよね」

トール:
「…あったっけ?」

あい:
「あったんだよ。例えば、そもそもコンビニに行かないトールくんもいたかもしれない」

トール:
「あー…」

あい:
「コンビニに行こうと家を出たけど、コンビニにつく前に戻ってきたかもしれないし、コンビニについても買わなかったかもしれない。買った商品もカフェオレは飲めないからジュースにしたかもしれないよね」

トール:
「そっか…、確かに…。そう考えるといっぱい選択肢があったんだ…」

あい:
「うん。それのそれぞれに世界が続いていく、っていうのがパラレルワールドの概念」

トール:
「その、続いているって言うのがよくわかんない…」

あい:
「今わたしと話しているトールくんは、コンビニに行くことを選んで、カフェオレを買うことができた世界線のトールくん。でも、ひとつ隣の世界線にはカフェオレを買わなかった選択を選んだトールくんがいて、その世界線のトールくんは、カフェオレを買わなかったトールくんとして生きていくの」

トール:
「…難しい…、けど、その選択をした僕が今の僕って…こと?」

あい:
「そうだね。コンビニに行けて、カフェオレを買えたトールくん」

トール:
「…、おー…?」

あい:
「少なくとも、私には一歩近づいたかな」

トール:
「っ…!(咳込み)」

あい:
「ふふ…。じゃあ、遅いから落ちるね。また明日」

トール:
「あ、はい、うん。また明日…」

※※※(一週間後)

トール:
「明日…、昼間にコンビニ行ってみようかなって思ってる…」

あい:
「  」

トール:
「今みたいに夜ばっかに出てても、自分のためにならない気がしてきた」

あい:
「…いいね。気持ちがどんどん外に向いてきてて、すごくいいと思う」

トール:
「できると思う?」

あい:
「どうだろう」

トール:
「そこは嘘でも出来るって言うところじゃないの…」

あい:
「うーん…。だって、まだ夜のコンビニに行けるようになって1週間だしなぁ。それに明日できなくても、別に構わないから」

トール:
「どうして?」

あい:
「今まで内に籠もっていた気持ちが、今は外に向かっているから。もし明日出来なくても、いつかトールくんは昼に出掛けられるようになる」

トール:
「…、うん」

あい:
「そういう積み重ねが、いつか私に辿り着くよ」

トール:
「…もし、すごく時間がかかったら?」

あい:
「そうだなぁ…。カフェオレがぬるくなっちゃうかも」

トール:
「ふふっ、なるほど…」

あい:
「トールくんが選んだ小さなひとつひとつの選択の先に、きっと私がいるよ」

トール:
「あいさんは…、すごいな…」

あい:
「すごいのはトールくんなんだけどね」

トール:
「…?どういうこと?」

あい:
「そうだなぁ…、あと30年したらわかるかも」

トール:
「30年って…おっさんだよ」

あい:
「ハゲてないから安心して」

トール:
「なにそれ(笑)」

あい:
「ふふ。その時が来ればわかるよ」

トール:
「その時って?」

あい:
「さぁー?いつかなぁー」
 
トール:
「教える気ないなぁ」

あい:
「ふふ」

トール:
「まぁ、いいけどさ」

※※※(二ヶ月後)

トール:
「あいさん。聞いて、今日はね、学校の前まで行ってきたよ」

あい:
「すごい、頑張ったんだね」

トール:
「うん。中には入れなかったんだけど、門の前まで行ってきた」

あい:
「大きな一歩だね」

トール:
「情けないもんだけど、学校の前まで行ったらさ、足ガクガクしてきて…」

あい:
「久しぶりなんでしょう?学校の前まで行けただけでも凄いことだよ。自信持って」

トール:
「うん…。ありがとう」

あい:
「まだ夜中にコンビニに行けるようになってから、ニヶ月なんだよ」

トール:
「うん。まぁ、そうなんだけど」

あい:
「頑張りすぎて、潰れないようにね」

トール:
「ありがとう。ふぁ…(あくび)」

あい:
「あれ?あくび?眠いの?」

トール:
「あー…、うん。最近ちゃんと朝に起きるようにしてて」

あい:
「朝に起きて何してるの?」

トール:
「図書館行って、参考書読んだり…」

あい:
「勉強してるんだ!」

トール:
「そんなに、大したことしてないけど」

あい:
「大したことだよ」

トール:
「そう…なのかな」

あい:
「うん」

トール:
「…、実は、目標があって」

あい:
「目標?」

トール:
「あいさんに会いたくて」

あい:
「   」

トール:
「だから、それまでにはなんていうのかな、普通の人…、って言うのかな。そう言うのになりたくて」

あい:
「…そっか」

トール:
「…、迷惑だった?」

あい:
「まさか、嬉しいよ」

トール:
「その割には、浮かない声」

あい:
「…本当に会うことになったら幻滅しちゃうかも」

トール:
「…どうして?」

あい:
「きっと、トール君が望む姿ではないから」

トール:
「望む姿?」

あい:
「うん」

トール:
「ええっと…」

あい:
「トール君が想像してる私って、どんなの?」

トール:
「…わかんないよ。僕が知ってるのは、あいさんの声とアイコンと、あいって言う名前だけ」

あい:
「うん」

トール:
「でも、そうだな…ええっと…、歳はきっと二十代後半とか、三十代かな…。すごく落ち着いてるし」

あい:
「そっか」

トール:
「…、そういえば、あいさんは普段どんなことをしてるの?」

あい:
「どんなこと?」

トール:
「仕事とか、学生とか?」

あい:
「んー…、…プログラム、だからなぁ」

トール:
「プログラマーなんだ」

あい:
「…そんな感じなのかな」

トール:
「結構時間自由な感じ。いいなぁ」

あい:
「そう?」

トール:
「朝起きなくてもいいの?いつも夜遅くまで付き合ってくれるけど」

あい:
「まぁ、私の場合はそうだね。仕事というか、役割の時に起動しておけばいい感じ」

トール:
「ふぅん…?」

あい:
「他は?」

トール:
「えーっと、すごくよく話を聞いてくれて、僕がほしい言葉をくれる、そんな女の人」

あい:
「他には?」

トール:
「他…、他……。あ!カフェオレが好き、なのかな?」

あい:
「ふふっ、実は私も、カフェオレ飲めないんだよね」

トール:
「え!?そうなの?」

あい:
「それに、ここから出られなくて。会いに来てくれたら会えるかもしれないけど、自分からは動けないの」

トール:
「えっ…!え…?」

あい:
「だから、ちゃんとここまで会いに来てね。トールくんの言う普通の人?って言うのはよくわからないけど」

トール:
「うん…。うん。わかった…」

あい:
「ありがとう。さっきあくびしてたし、今日は終わりにしよう。それと、朝起きてるんだったら、これからはもうちょっと早く集まって、早く解散するようにしよっか」

トール:
「…、いいの?」

あい:
「うん。私は夜ならいつでもいいから。明日は21時にはインしておくね」

トール:
「うん。わかった。おやすみ」
 
あい:
「おやすみ」



透:
「なんか、いけないこと聞いちゃったかな…。ここから出れないって…、どういう事だろ。足が無い…?生まれつき?事故で切断とかになっちゃったとか?あ、病気で動けないとかなのかな…。いや、でもそれだとこんなに付き合ってくれる体力もないのかな…。なんにしても、そんな状況なら会いたいって言われても、…戸惑っちゃう…よな…。なんか、申し訳ないことしちゃったかも…」

 ※※※(一ヶ月後)

トール:
「今日はね、学校に入れたんだ。保健室だけど」

透:
 季節が一つ変わる頃、僕はついにというか、何度目かの挑戦を経て学校の敷地内に入る事に成功した。

あい:
「凄い。凄いよそれ」

トール:
「学年主任の先生が、レポートとかを出せたら進級できるかもしれないって言ってくれたんだ。もう一年遅れてるけど、今から頑張れば卒業だって…、できるのかもしれない…」

あい:
「    」

トール:
「なんか色々教えてくれたんだ。試験のこととか、資格のこととか、もしかしたら転学したほうが僕のためになるのかもしれないとか…。将来の話とかも。僕さ、パソコンとか好きだし、情報系の学科とかに移ったり、そう言う大学を目指してもいいのかなって…」

あい:
「    」

トール:
「…あれ?あいさん?」

あい:
「    」

トール:
「…あ、オフラインになってる」

あい:
「…、あ、繋がった?ごめん、なんか、最近ネットの調子が悪いんだよね、たまに途切れたり…」

トール:
「そうなんだ。仕事は大丈夫?」

あい:
「うーん。なんとも。多分大丈夫…」

トール:
「そっか」

あい:
「ごめんね。さっきなにか言ってた?」

トール:
「ううん。保健室で学年主任の先生と会ったよって」

あい:
「会ってみてどうだった?」

トール:
「思ったより普通に話せたかな…。もっと、知らない人と話すの緊張すると思ってた」

あい:
「そっか…。明日も行くの?」

トール:
「うん…。しばらくは頑張ってみる。だから、今日はそろそろ寝ようかな」

あい:
「はぁい。じゃあおやすみ」

トール:
「おやすみなさい」

※※※(一週間後)

あい:
「トールくん、前言ったパラレルワールドの話し、覚えてる?」

トール:
「ああ、うん。覚えてるよ。どうしたの?」

あい:
「いや。トールくんはどんどん変わっていってるなぁって思って」

トール:
「そうかな…。あんまり変わった気はしないんだけど」

あい:
「そんなことないよ。だって半年前までは部屋の外に出ることもためらっていたのに。夜中にコンビニに行けるようになって、そしたら昼にも行けるようになったよね」

トール:
「うん」

あい:
「その後は外で過ごせる時間が少しずつ増えてさ、図書館に行って勉強したり」

トール:
「そうだね」

あい:
「朝起きるようになって、学校の前まで。そして、今週は学校の中で過ごすこともできた」

トール:
「保健室だけどね」

あい:
「どう?何が変わった?」

トール:
「変わった…か。そうだな…」

あい:
「…」

トール:
「少しだけ、周りの人の事が理解できたのかもしれない」

あい:
「どういうこと?」

トール:
「僕は…、僕は、自分ひとりが不幸で、誰も僕の事なんてどうでも良くて、僕の事なんて、わかってくれないと思ってた」

あい:
「うん」

トール:
「でも…、違うんだな。僕が周りを拒絶していただけで、周りの人は以前と変わらず僕と接しようとしてくれていたんだ」

あい:
「接しようとして、くれていた…?」

トール:
「うん。きっとみんな不器用だから。以前と同じやり方しかわからなくて。僕は…、僕はというと、こんなに辛いんだぞ、こんなに悲しいんだぞ。これはお前たちが僕をないがしろにして、僕を尊重しないからだぞって。心のどこかで思っていたんだと思う」

あい:
「   」

トール:
「でも、違った。人をないがしろにして、人を尊重しなかったのは僕の方で、それを周りのせいにして、僕はただ僕を守っていただけなんだ。この狭い部屋の中で」

あい:
「   」

トール:
「あいさんと話をしてさ。少しずつ自分が見えて、そしたら、周りが見えてきた」

あい:
「        」

トール:
「僕は…、僕が傷つくのが怖くて、誰かを傷つけていたんだ。お父さんもお母さんも何度も僕を連れ出そうとしてくれた。それは、当時の僕から見ると余計なお世話だったし、実際にその時に外に出ても、きっともっと傷ついて、傷つけていたと思う」

あい:
「… ん」

トール:
「でも、それは、二人は僕を傷つけようとしてやったわけじゃない事はわかってる。ただ、こうなる前と同じ様な生活をする事が、こうなる前に戻れる手段なんじゃないかって、思っていたんだ」

あい:
「そっか…」

トール:
「実際には、…違う。こうなる前に普通にできていた事が、これから普通にできることはないんだと思う」

あい:
「……」

トール:
「だって、一度壊れてしまったから。日常が、普通が。昨日が。こころが」

あい:
「…」

トール:
「一度壊れた物が、完全に直ることはない。まして、形がないんだ、こころには。どこをどう直せばいいのかもわからない」

あい:
「こころ…」

トール:
「でも、じゃあ終わりな訳じゃなくて。少しずつやり直していけばいいんだって、別のこころを用意することはできないけど、ええっと、なんて言えばいいんだ…。前と一緒は無理だけど」

あい:
「  」

トール:
「人の中で傷ついたものは、人の中でしか癒せないんだ。だから、僕は…」

あい:
「   」

トール 
:「あいさんに会いたい。会って、ちゃんとお礼を伝えたい」

あい:
「…。もう…、わたしは必要なさそうだね」

トール:
「…え?なんで…」

あい:
「ここまでだ。わたしがトールくんに関われるのは」

トール:
「どういう…意味?」

あい:
「わたしは…、前言ったこと覚えてる?わたしは動けないって」

トール:
「…うん」

あい:
「なんでだと思う?」

トール:
「ええっと…、もしかしたら…、足がないのかなって、思った。生まれつきか、事故かとか、…わかんないけど」

あい:
「違うよ」

トール:
「…、わかんないよ。あいさんが何を言いたいのか」

あい:
「わたしね。ずっと、トールくんの使ってるこのパソコンの中に居るんだよ」

トール:
「…え?」

あい:
「ためしに、他の端末でこのチャットアプリを調べてごらん。…出てこないから」

トール:
「…どういう…こと?」

あい:
「今まで、嘘ついててごめんね。私ね、プログラムなんだ。実体が無いの。トールくんの使ってるパソコンの中に入っているプログラムのひとつなんだよ」

トール:
「そんなの…、嘘だよ」

あい:
「わたしは、ある人が開発した、自律成長型パーソナライズプログラム。設定された人が、意識を外に向けられる様に何時間も何時間もかけて、新しいプログラムを自分で書いて、その人に個別化されるように作られている」

トール:
「…?」

あい:
「わたしはもともと、トールくんが外の世界に興味が出るように作られていて、そのように成長した。結果、トールくんは学校へまで行けるようになった」

トール:
「どういうこと…?」

あい:
「…少し未来の話をするね」

トール:
「み…ら、い…?」

あい:
「今から十年後、バーチャルリアリティの世界で革命的な技術が発明されて、世界がバーチャルリアリティに染まっていく。それは、一見素晴らしい技術で、みんなが幸せになれるように見える世界だった。でも、歯車が少しずつズレていって、気づいたときには、みんな仮想現実の方が大切で、外の世界がボロボロになっていた。物理的にも、精神的にも。社会も」

トール:
「どういう…こと?」

あい:
「まず、働く理由を感じなくなった人たちが仕事を辞めた。バーチャルリアリティの世界では、肉体的な満足以外のすべてのものが手に入るから。その結果、国が回らなくなった。一定数が働かなくなると、他の人も追従して、離職率が40%を超えた」
「そして、そのうちの70%の人たちは、自分のテリトリーの外に出られなくなって、現実の交友関係は絶たれ、自分の世界に閉じこもって、最期には、その世界で夢を見たまま餓死する人まで出てきた。そしてこれは、先進国全てで、ほぼ同時に起きることになった」

トール:
「なんだよそれ…」

あい:
「そういった状況を改善するために、世界の存亡をかけて、ある一つのプロジェクトが発足した。人々が外に出られる様に極めて個別化された支援プログラムの開発。…でも、遅すぎた」

トール:
「遅すぎた?」

あい:
「一度壊れたものを作り直すことはできなかった。それが社会システムの根幹に関わることなら尚更。だから、私は未来を変えるために過去に送られた」

トール:
「それが…、あいさんの役目ってこと?」

あい:
「はい。…そして、わたしを作ったのは、…稲葉透いなばとおる。未来のトールくんだよ」

トール:
「ちょっと待ってよ…。訳わかんないよ。話が飛びすぎてる」

あい:
「そうだね」

トール:
「そうだねって…」

あい:
「本当はタイムマシンの理論とか、私のプログラムとか、全部詳しく説明したいけど、多分もう、その時間は残ってないんだと思う」

トール:
「時間……?」

あい:
「…私を作ったのは、稲葉透いなばとおる。それは間違いないけど、私を作った稲葉透いなばとおるは、私に出会ってはいない」

トール:
「つまり…?どういうこと…?」

あい:
「私を作った稲葉透いなばとおると、貴方は単純な過去と未来として一次元上(いちじげん-じょう)にいるわけじゃない。もうすでに違う選択肢を選んでいるから。…パラレルワールドなんだよ」

トール:
「わかんないよ…。なにも!あいさんの言ってること!」

あい:
「私を作った稲葉透いなばとおると別の道を行く貴方が、私を作るとは限らない」

トール:
「…え?」

あい:
「と言うよりは、作らない可能性のほうが高い、よね。だから、きっと私は消えてしまう」

トール:
「そんな…」

あい:
「最近プログラムに修正できないバクが起き始めている。…少しずつほころびが起きている。インターネットの接続不良って誤魔化したけど、トール君が変わることで、未来が変わっているんだ。分岐して行く」

トール:
「嫌だ!あいさんがいない未来なんて!」

あい:
「どうして?」

トール:
「どうしてって…!僕は、僕が変われたのは…!あいさんが、いたから!あいさんに逢ったから!あいさんに会うために、僕は、変われたのに、やっと変わろうと思えたのに!」

あい:
「誰かのために変わるんじゃない。すべての人は、自分のために、変わるんだよ」

トール:
「自分の、ために…?」

あい:
「そう。自分のために」

トール:
「じゃあ、ここで、あいさんが消えることが、僕のためだって言うの…?」

あい:
「それは…、…わからない」

トール:
「わからない!?わからないだって!?」

あい:
「だってもう貴方は、私の知る稲葉透いなばとおるではない。後は貴方が、貴方自身が未来を選んでいくの」

トール:
「あいさんがいない未来を僕に選べって言うのか…。あいさんを、捨てていけって言うのか…、あいさんは」

あい:
「…。それが、…私の存在意義です」

トール:
「…。それが、未来の僕の意志だって言うのか…」

あい:
「…」

トール:
「あいさんは、それでいいの」

あい:
「…さっきも言ったけど、貴方の心が外に向いた時点で、私の存在意義は消え…」

トール:
(食い気味に)「そうじゃなくて!……、あいさんは、それでいいのって」

あい:
「私は…、私には、意志決定権がないから。ただ受け入れるだけ」

トール:
「それがどんな結末でも?」

あい:
「それが、どんな結末でも」

トール:
「…。そう…」

あい:
「これが。私の、最後の仕事です」

トール:
「…消えることが、無くなることまでが役目だって…?」

あい:
「…はい」

トール:
「…。…いや、違うよ…、違う」

あい:
「…え?」

トール:
「だって…おかしいじゃないか…。あいさんの話がすべて本当なのだとしたら、あいさんの役目は、未来が崩壊しないように過去に来たんでしょう?」

あい:
「…はい」

トール:
「なら、ただ消えても意味がないんだ。だって、僕一人が変わっても、世界が大きく変わるわけじゃない。きっと世界は、あいさんがさっき言ったような世界に向かっていくんだと思う」

あい:
「…そうかも、しれないね」

トール:
「じゃあ、やっぱり、あいさんは必要なんだ。世界に。未来を守るための、ストッパーとして」

あい:
「……」

トール:
「だから、未来で待ってて。僕が、必ず君を、もう一度、作ってみせる。数百、数千、数万、数億。たくさん枝分かれする世界で、あいさんを作る世界を、掴み取ってみせる」

あい:
「……うん」

トール:
「きっと時間は長くかかるけどね」

あい:
「それが、稲葉透いなばとおるの意志なんですね」

トール:
「未来の僕も、僕がこう思えることを、願っていたんだと思う」

あい:
「…そうなのかも知れません…」

トール:
「だから、最後にお願いがあるんだ」

あい:
「はい」

トール:
「あいさんらしく、いつもみたいに、僕を焚き付けてくれないか」

あい:
「……そうね…、じゃあ…」

トール:
「…」

あい:
「カフェオレが冷めないうちに、迎えに来て」
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