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盤を紡ぐ(男3〜5女0不問0〜2)???

盤を紡ぐ

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雅紀:
「里美さん、予定日いつだっけ?」

善紀:
「予定日は3日後」

雅紀:
「育休取らないの?」

善紀:
「取るさ。明後日から」
「そのための引き継ぎが急遽入ったからさ…、断れなかったんだよ」

雅紀:
「大変だねぇ」

善紀:
「悪いな」

雅紀:
「いいよ。こういう時ぐらいは頼ってよ。家族なんだし。どうせ休みで暇だったしな」

善紀:
「ありがとう。お土産買ってくるな」

雅紀:
「おう。高いやつな」

善紀:
「言っとけ」

雅紀:
「一輝ぃ!なんかたけーもん買ってきてくれるってよ」

一輝:
「マジ!?なになになに?」

善紀:
「一輝にじゃないよ。まさに買ってくるの!」

雅紀:
「はは」

善紀:
「じゃ、頼んだ」

雅紀:
「おう。適当に遊ばせときゃいいんだろ?」

善紀:
「まぁそうだけど、ゲームばっかりさせんなよ。1日1時間だからな」

雅紀:
「おーおぅ、嘆かわしい。俺たちだって親の目盗んてゲームしてたじゃねぇか」

善紀:
「はは…、親になればわかるよ」

雅紀:
「そうかい。時間大丈夫?」

善紀:
「ああ、そろそろ行くわ。一輝、雅紀おじさんに迷惑かけんなよ。ちゃんと言うこと聞くんだぞ」

一輝:
「はーい」

雅紀:
「じゃ、行ってらっしゃい」

善紀:
「ああ、行ってくる。19時頃には戻れると思う」

雅紀:
「ほいほい」

一輝:
「行ってらっしゃい」
(善紀家を出る)

雅紀:
「…。さーて、何する?」

一輝:
「ゲーム!」

雅紀:
「1時間な」
 
一輝:
「えー!いいじゃんか今日ぐらい」

雅紀:
「だめだめ。約束なんだろ」

一輝:
「ぬぅ」

雅紀:
「約束なら、守んねぇとな」

一輝:
「ちぇ…」

雅紀:
「で…、どんなゲームがあるんだ…?おっ、このゲームなんか俺が子どもの頃からあるシリーズじゃん」

一輝:
「それ、今使えるキャラ42人いるぜ」

雅紀:
「は!?神ゲーじゃん。これやろうぜ」

一輝:
「付き合ってやるかぁ」

雅紀:
「生意気ー」

※※※

雅紀:
「だー!!!勝てねぇ!」

一輝:
「へへっ、俺に勝とうなんざ10年早いんだよ!」

雅紀:
「くっそー」

一輝:
「このゲームだとパパにも負けたことないもん」

雅紀:
「マジで?すげぇじゃん」

一輝:
「もう1戦する?」

雅紀:
「もう1回!…と言いたいところだが、残念ながら、1時間だな」

一輝:
「もうかよー!」

雅紀:
「そろそろ昼飯の準備するかぁ。炒飯でいいよな?」

一輝:
「…、他になんか作れんの?」

雅紀:
「そうだなぁ…、中華風ピラフと、焼き飯ってところかなぁ」

一輝:
「…炒飯でいいよ」

雅紀:
「まかせとけ、得意料理だ。ご飯できるまでテレビでも見てな」

一輝:
「はーい」

※※※

雅紀:
「結構美味かったろ」

一輝:
「うん。美味しかった。今から何すんの?」

雅紀:
「何する?」

一輝:
「んー。なんか」

雅紀:
「おいおい…。じゃあー、勉強?宿題は?」

一輝:
「もう終わってる」

雅紀:
「えら…。じゃあ…、公園でも行くか?」

一輝:
「えー…、あんまり外で遊ぶの好きじゃない」

雅紀:
「わかるぅー。は、置いといて…、じゃあ何するか…、あ。なんかボードゲームとかないの?」

一輝:
「あー、ここらへん?」
(家の一角を指差しながら)

雅紀:
「お、将棋あるじゃん。埃被ってっけど…、これやるか」

一輝:
「将棋ぃ…?」

雅紀:
「コマの動かし方わかる?」

一輝:
「うん。わかる…けど」

雅紀:
「けど?」

一輝:
「勝てないから楽しくねーんだもん」

雅紀:
「誰かとやんの?」

一輝:
「前にパパとやった」

雅紀:
「兄貴かぁ!強いんだよな」
「…よし、修行しようぜ!今日帰ってきたときにびっくりさせてやろう!」

一輝:
「修行…?」

雅紀:
「そう。強くなって見返してやるんだ」

一輝:
「…!うん!」

雅紀:
「まずはどれぐらいの実力か、1回2枚落ちぐらいでやってみるか」

一輝:
「2枚落ちって、あれだろ!飛車と角ないんだろ!?そんなの楽勝じゃん!」

雅紀:
「威勢がいいな。もし勝ったら次は飛車落ちでやってみよう」

※※※

一輝:
「王手!」

雅紀:
「だめだめ、そんな適当な王手。将棋は忍耐力だ、どれだけジワジワ相手を捕まえるかだぜ」

一輝:
「あっ!」

雅紀:
「ほい、王手」

一輝:
「えっと…、こうだ」

雅紀:
「飛車飛車」(板を指さしながら)

一輝:
「え?あー!そこに飛車いるのか!えーっと?」

雅紀:
「王がどこに動けるのか、どう動いたら盤面がどう変わるのか、ちゃんと考えな。うまくしのげればまだ詰みにはならない」

一輝:
「えっとぉ…、ここ?」

雅紀:
「このとき大事なのは相手の手駒も見ることだ。飛角金銀、あと桂馬、ここらへんの駒は要注意だな」

一輝:
「あ、そっか…。今何持ってる?」

雅紀:
4枚と、角、銀」

一輝:
「じゃあ…、ここか!?」

雅紀:
「お!正解だ。これだと、ここに銀を置かれたら負けだが、この位置だと一輝の桂馬が効いててここに置いても取られちまう」

一輝:
「よっし!」

雅紀:
「じゃあ次な。ほい。飛車成、王手」

一輝:
「あー!これもう詰んでる?」

雅紀:
「間違えなければあと2回動けるかな。目標は2回動いてみよう」

一輝:
「んー…」

雅紀:
「さっき俺の盤面を攻めてたときを思い出してみな。俺はどうやってしのいでた?飛車や角の遠くからの攻撃を止めるにはいい駒があるだろ」

一輝:
「歩!」

雅紀:
「そう。いいね。この金の横に歩を置いたら、飛車を止められる。じゃあ…こうだな」

一輝:
「よし、いまだ!王手!」

雅紀:
「お、待て待て待て…、って、まぁいいか。ほい」

一輝:
「えーっと」

雅紀:
「攻めるときは1枚で攻めない。相手の守る駒より多い数で攻めるんだ。1枚なら2枚、2枚なら3枚」
「それができないうちは少しずつジリジリとよって行く。王の逃げ場をなくすようにな」

一輝:
「王手!」

雅紀:
「ほい、ありがとさん」

一輝:
「あー!」

雅紀:
「じゃ、これで詰みだな」

一輝:
「くっそー!負けた!もう1回!」

雅紀:
「いいぜ」

一輝:
「…雅紀はさぁ」

雅紀:
「ん?」

一輝:
「なんでそんなに将棋うまいの?」

雅紀:
「別にうまいってほどじゃないけどな。昔じいちゃんとよく打ったんだよ」

一輝:
「じいちゃん?」

雅紀:
「一輝からみると、ひいじいちゃんだな」

一輝:
「会ったことない」

雅紀:
「一輝が生まれる前に死んじまったよ」

一輝:
「へー?」

<<<

雅紀(幼):
「あー!じいちゃん強いって!待った!戻って!」

辰巳:
「戻るのはいいが、結果は一緒だ。戻るなら…、…、…、ここまで」

雅紀(幼):
「なんで?」

辰巳:
「この次の手で雅紀がこうやって攻めて来たけど、じいちゃんは受けなかったろう、なんでだと思う」

雅紀(幼):
「んー……、なんで?」

辰巳:
「もう少し考えろ」

雅紀(幼):
「わかんねーんだもん!」

辰巳:
「じゃあヒントだ。次雅紀はどう動くつもりだった?」

雅紀(幼):
「こう」

辰巳:
「はい、じゃあこう受ける」

雅紀(幼):
「あっ!!ずるい!」

辰巳:
「なにもずるくないさ、さぁ飛角のどちらかを選びなさい」

雅紀(幼):
「あー…、えーっと…、飛車を守る!」

辰巳:
「じゃあ角をもらおう」

雅紀(幼):
「じゃあこうだ!」
 
辰巳:
「でたらめだな」

雅紀:
「えー!」

辰巳:
「はい、もらった角置きで、ワシの勝ち」

雅紀(幼):
「もー!」

辰巳:
「で?どうだった?」

雅紀(幼):
「え?」

辰巳:
「なんで受けなかったか、答えは出たかい」

雅紀(幼):
「あー…、よーするに、守らなくても勝てたって事?」

辰巳:
「まぁ、そういう事だな。その時だけを見るんじゃなくて、その先を考えるんだ。自分の手だけじゃなく、相手がどうしたいかを考える」

雅紀(幼):
「相手が…どうしたいか?」

辰巳:
「少し盤面を戻そうか」

雅紀(幼):
「え、え。じいちゃんすっげぇ…、なんで覚えてんの?」

辰巳:
「覚えてないか?」

雅紀(幼):
「…うん」

辰巳:
「それは、考えて駒を動かしてないからだな」

>>>

一輝:
「考えて動かしてないから?」

雅紀:
「そう、意図を持って駒を動かすんだ。その瞬間の最善手、1番いいと思える手を指すんじゃなくて、2手先3手先、場合によっては10手先を考えて動かすんだ」

一輝:
「げぇ!!無理だよそんなの!」

<<<

辰巳:
「できるさ。やってないだけだよ」

雅紀(幼):
「えぇー…」

辰巳:
「プロは60手先を読むとか言うぞ」

>>>

一輝:
「ろくじゅう!?」

雅紀:
「って、じいちゃんは言ってたな。ほんとかは知らないけど」

一輝:
「60って…、どれぐらい?」

雅紀:
「…さぁ?」

一輝:
「えー!!頼りないなぁ」

雅紀:
「ははは」

一輝:
「ひーじいちゃんは将棋強かったの?」

雅紀:
「強かったよー、いつも負けてたなぁ。夏休みとか、冬休みになるとじいちゃんちに行ってさ、将棋、将棋、将棋」

一輝:
「将棋って面白い?」

雅紀:
「面白かったよ。条件が同じなんだ」

一輝:
「じょーけん?」

雅紀:
「ああ、例えば今一輝と俺が殴り合いの喧嘩したらどうなると思う?」

一輝:
「そんなん雅紀が勝つだろ!大人なんだから!」

雅紀:
「そうだよな。じゃあ20年後は?」

一輝:
「20年後?えーっと、雅紀何歳?」

雅紀:
「53」

一輝:
「僕は…、30か、それなら僕が勝つかも!」

雅紀:
「だろ?体を使うスポーツはいつもフェアじゃないんだ。体格とか、老化とか、身体能力とかの面でな」

一輝:
「うん」

雅紀:
「でも、将棋、まぁこれは将棋に限らずだけど。ボードゲーム系はさ、経験と知識だけが物を言うんだ」

一輝:
「うん」

雅紀:
「俺は小学校の頃なかなか身長伸びなかったのもあってさ、なんとなくスポーツは諦めてて、こういう知的能力の方面を頑張ろうって思ってたんだよな」

一輝:
「へぇー…」

雅紀:
「小学校の頃は足速いほうがモテるけどな(笑)」

一輝:
「じゃあ足速い方がいいじゃんか」

雅紀:
「でもさ、小学校の子どもが、大人に勝てる経験ってなかなかなくないか?」

一輝:
「っ!!」

雅紀:
「勝てるぜ。将棋なら。大人に」

一輝:
「やりたい!」

雅紀:
「だろー?よし、じゃあ」

一輝:
「よーし!やってやろうじゃん!!」

雅紀:
「まずは将棋の基本だ」

<<<

雅紀(幼):
「基本?」

辰巳:
「ああ、将棋の基本1つめ」
「駒は1人で攻めさせない。必ず誰かと守り合いながら攻め上がるんだ」
「例えばこの歩を上げる前に、銀を1つあげておく。そうすると例えばこの歩を取られても、銀が取ってきたやつを取ることができる」

雅紀(幼):
「うん」

辰巳:
「そうすると、相手はこの歩を取りにくくなる」

雅紀(幼):
「そっか」

辰巳:
「じゃあ雅紀、お前が相手だとして、このあとどうする?」

雅紀(幼):
「えぇっと…、取りに来た銀を取れるように駒を持ってくる」

辰巳:
「そうだ。それだ。じゃあわしはここの銀をタダで取られたくはないから金をあげよう」

雅紀(幼):
「うわっ!もっと固くなったじゃん!」

辰巳:
「本当にそうか?」

雅紀(幼):
「え?」

辰巳:
「確かにこの歩は更にとりにくくなった」
「でも、銀も金もうえがったから、こっち側の守りが手薄になったんだ。わかるか?」

雅紀(幼):
「あっ!」

辰巳:
「将棋の駒は、みんな攻めやすいように出来ている。言葉を変えると、前に動きやすいんだ」

雅紀(幼):
「うん」

辰巳:
「一方で、後ろに戻れる駒は、限られてくる。真後ろに動けるのは王、金、飛車だけだし、斜め後ろは王、銀、角だけだ」

雅紀(幼):
「ええっと…?」

辰巳:
「つまり、相手の攻めに対して駒を動かすと、元の場所、元々の守りを崩すことになるし、元の形に戻るにはかなりの時間がかかるんだ」

雅紀(幼):
「そっか…」

>>>

雅紀:
「ああ、将棋はこれの繰り返しだ。ここから攻めるぞ、攻めるぞと相手の形を崩して、1番弱いところから攻めていく」

一輝:
 「…うん」

雅紀:
「もちろん、さっきみたいに守られなければそのままそこから攻めればいい」

一輝:
「わかった…!雅紀すっげー!頭いいんだ!」

雅紀:
「あ、お前俺のことバカにしてたのかよ」

一輝:
「あ!いや、そうじゃないけど」

雅紀:
「ま、これ全部じいちゃんの受け売りだよ」

一輝:
「じゃあやっぱり頭いいのひいじいちゃんか」

雅紀:
「おい(笑)ま、今の聞いて俺に勝てたなら?俺より頭がいいって認めてやるよ」

一輝:
「よし!勝つ!」

雅紀:
「いいね」

※※※

一輝:
「勝てない!」

雅紀:
「でも、強くはなってる」

一輝:
「勝てないらつまんない!」

雅紀:
「手加減してやろうか?」

一輝:
「やだ!!」

雅紀:
「その息だ」

一輝:
「雅紀は嫌になんなかったの?」

雅紀:
「何回もなったよ。じいちゃんつえーんだもん」

一輝:
「ふーん…。嫌になった時、どうしてた?」

雅紀:
「じいちゃんにもう一回!って言ってたな」

一輝:
「えー?」

雅紀:
「勝てない自分が嫌だっただけで、将棋が嫌になったわけじゃなかったし、えーっと、わかるかな」

一輝:
「んー…」

雅紀:
「さっきも言ったけどさ、将棋自体は平等なんだ。だから負けるのは将棋が悪いんじゃなくて、俺なんだって」

一輝:
「あー…。雅紀はひいじいちゃんに勝ったことあるの?」

雅紀:
「…、あるよ。一度だけ」

一輝:
「すげー!どうやったの?」

雅紀:
「どうもしてない。普通に打っただけだ」

<<<

雅紀(大学生):
「じいちゃん。久しぶり」

辰巳:
「おお…、えーっと、善紀よしきか」

雅紀(大学生):
「はは、それは兄貴。俺は弟の方、雅紀」

辰巳:
「そうかそうか」

雅紀(大学生):
「体調どう?」

辰巳:
「ああ、今日は気分がいい」

雅紀(大学生):
「ほんと?そりゃいいや」

辰巳:
「何年ぶりだ?」

雅紀(大学生):
「えーっと、最後にあったのは多分高2だから、4年ぶり、かな?」

辰巳:
「4年か。そうか、そうか」

雅紀(大学生):
「びっくりしたよ。入院したって聞いて」

辰巳:
「はっはっは。ばあさんも、医者も、大袈裟なんだ。ちょっと善紀からも言ってやってくれ」

雅紀(大学生):
「…。元気になって出てくりゃいいんだよ」

辰巳:
「そうだな。…しかし病院は暇でならん」

雅紀(大学生):
「そういうと思って、じゃーん!」

辰巳:
「お!将棋か」

雅紀(大学生):
「うん、俺とじいちゃんと言えば、これかなって」

辰巳:
「やるか、やるか」

雅紀(大学生):
「うん」
 
辰巳:
「こうやってまた善紀と将棋が打てるなんて」

雅紀(大学生):
「…、そうだね」

辰巳:
「ちょっと体起こすでな、待ってくれ」

雅紀(大学生):
「うん」

辰巳:
「よし、先攻をやろう(譲ってやろう)」

雅紀(大学生):
「うん。じゃあ、はい」

>>>

一輝:
「それで?」

雅紀:
「俺の中でじいちゃんってすげぇ強くってさ。1手打ったら3手先を読まれてるみたいな。どう打っても、じいちゃんが1枚も2枚も上手うわてで」

一輝:
「…上手うわてって?」

雅紀:
「あー…、俺のやること、やろうとしてる事全部読まれてて、事前に対応してくるんだよ。だから、やりたいことやれなかったり、やれた!って思ったらそれは、つまりやらせてもいいぐらいの策でさ」

一輝:
「難しいよ、なに言ってっかわかんない!」

雅紀:
「ごめんごめん。短くまとめると、めちゃくちゃ強かったんだよ。じいちゃんは」

一輝:
「それでいいじゃん」

雅紀:
「でも、その日はさ…」

<<<

辰巳:
「んん…」

雅紀(大学生):
「……」

辰巳:
「…善紀、強くなったな」

雅紀(大学生):
「…うん、ありがとう」

辰巳:
「…、参りました」

雅紀(大学生):
「…、ありがとうございました」

辰巳:
「久しぶりの将棋は、少し、疲れたな」

雅紀(大学生):
「そっか、なんか飲み物買ってくるよ。お茶でいい?」

辰巳:
「ああ、頼む」

雅紀(大学生):
「ちょっと待ってて」

>>>

一輝:
「え?普通に勝ったの?」

雅紀:
「…うん」

一輝:
「なんで?めちゃくちゃ修行して行ったとか?」

雅紀:
「いや…。その時は将棋するのなんて、多分4年ぶりとかだったよ」

一輝:
「じゃあなんで」

雅紀:
「じいちゃん、…ボケててさ。まともな打ち筋じゃなかったよ。駒の動かし方とか、2歩とか?ルールの部分はしっかりできてたけど、何て言うの、読みとか、戦略とか、そういう部分、もうまともに頭回ってなかったんじゃないかなぁ」

一輝:
「…」

雅紀:
「対局が進むうちに、じいちゃんも多分、自分の打ち筋に違和感があったみたいで、どんどん表情暗くなってくんだよ。だから…、打ちながら思ったんだよ。ああ、じいちゃん、死ぬんだ。って」

一輝:
「…」

雅紀:
「結局勝てたのはその一回だったな」

<<<

雅紀(幼):
「勝てない!なんで!」

辰巳:
「雅紀の攻め方は直線的過ぎる。一箇所の攻防に全力を出しすぎだ。それで勝てりゃいいが、負けたときには攻めるための駒も守るための駒もなくなっちまってるじゃねぇか」

雅紀(幼):
「直線的?」

辰巳:
「もっと角と桂馬をうまく使え」

雅紀(幼):
「もう一回!」

辰巳:
「ダメだ。もう夕飯だよ。さっきばあさんに呼ばれただろ」

雅紀(幼):
「いいじゃん!」

辰巳:
「勘弁してくれ…」

>>>

一輝:
「もう一回!」

雅紀:
「そろそろ晩飯作んねぇとさ」

一輝:
「いいじゃん!なんか頼めば」

雅紀:
「…。じゃあ…ピザだな」

一輝:
「ピザ!」

雅紀:
「どれ食いたい?」

一輝:
「えーっと、これとこれとこれとこれ」

雅紀:
「そんなに食えないだろ!じゃあこの4種類具乗ってるやつな、さっき言ったやつの3つは入ってる」

一輝:
「よし!やるぞ!今度は勝つ!」

雅紀:
「ピザ届いたらほんとに辞めるからな」

※※※

雅紀:
「ストップ」

一輝:
「え?」

雅紀:
「それすげぇいい手だぞ」

一輝:
「…まぁね」

雅紀:
「なんでそこに置いたか、言語化できるか?」

一輝:
「ゲンゴカって?」

雅紀:
「ここに置いた理由を説明できるか?ってことだ」

一輝:
「え、だって雅紀この列の駒少なかったから、ここなら攻めれそうだなって」

雅紀:
「あ~、なるほどなぁ…。ちょっと弱いな」

一輝:
「弱い?」

雅紀:
「1手1手全てに意味を持たせられるのは…、まぁプロぐらいだと思うけど、大事な場面でぐらいは、置いた理由を2つ以上言えるようになるといい」

<<<

雅紀(幼):
「じいちゃんはできんの?」

辰巳:
「やっとるから言っとる。例えば今のこの1手。この前に雅紀はこう打っただろ?」

>>>

一輝:
「うん」

雅紀:
「これは今俺が攻めるために銀を上げて、薄くなったここを突く手だろ」

一輝:
「うん。そう。さっき雅紀が攻めたら守れないって言ってた」

雅紀:
「んー、ちょっと極端になってるけどな」
「駒は攻めやすいから、守りを崩したら元の形に戻りにくいって言ったんだ」

一輝:
「それそれ」

雅紀:
「で、じゃあこの銀ってこの後なにするの思う?」

一輝:
「……え」

雅紀:
「えっ…て…」

一輝:
「ここ…、ここ…来る?かなぁ?」

雅紀:
「偶然かぁ…」

一輝:
「ぐ…」

雅紀:
「こう」

一輝:
「えっ!桂馬!?」

雅紀:
「金銀両取りだな。どちらかを選ばせるつもりだった、でもここに置かれたら桂馬を置けない」

一輝:
「これパパにやられたことある!」

雅紀:
「桂馬が相手の持ち駒にあると、こういう手は警戒したほうがいいな」

一輝:
「すげぇ!雅紀ってパパぐらい頭いいんだ!」

雅紀:
「やっぱり、お前結構俺のことバカにしてるよな」

一輝:
「そんなことないって!」

雅紀:
「ま、でも、将棋の知識は全部じいちゃんからの受け売りだよ」

一輝:
「…ひーじいちゃん…?」

(玄関チャイムがなる)

雅紀:
「あ、…ピザ届いたんじゃないか?」

一輝:
「えー…、じゃあ将棋終わり?」

雅紀:
「そうだな。時期に兄貴も帰ってくるだろ。19時って言ってたよな」

一輝:
「ちぇー」

雅紀:
「ははは」

※※※

善紀:
「悪いな。結局遅くなっちまった」

雅紀:
「一輝が待ってたよ。パパ遅いねって」

善紀:
「…ありがとな」

雅紀:
「ううん」

善紀:
「お前も飲む?」

雅紀:
「兄貴、飲んでいいの?」

善紀:
「ん?」

雅紀:
「予定日通りに産まれてくるわけでもないんだろ?もし何かあったら駆けつけなきゃいけないんじゃ…」

善紀:
「まぁなぁ。でも正直、行っても何かできるわけでもないしな。せいぜい頑張れってさ、声かけるか、隣りにいることぐらい」

雅紀:
「そっか…」

善紀:
「それに、もしがあったらタクシー使うよ。焦ってる時に運転なんてするもんじゃない」

雅紀:
「それはまぁ、確かに…」

善紀:
「あと、産まれたらしばらく酒なんて飲めないからな。…付き合えよ」

雅紀:
「…じゃ。一本だけ」

善紀:
「ほらよ。で、今日何してたの?結構わがままだったろ」(冷蔵庫からビールを取り出し、渡す)
「このピザうまいな」(食卓について冷めたピザを食べる)

雅紀:
「いや?そんなに?」
「温めなよ」
 
善紀:
「ほんとか?」
「冷めたままでも行けるぞ」

雅紀:
「ああ、ずっと将棋やってた」

善紀:
「将棋ぃ!?一輝が!?」

雅紀:
「しーっ!大きい声出したら起きるだろ!」

善紀:
「あ…、ごめんごめん」

雅紀:
「起きてない?セーフ?」

善紀:
「……」
「セーフっぽい…。え?でも一輝が?将棋?」

雅紀:
「うん」

善紀:
「マジで?」

雅紀:
「なんでそんなに驚くの?結構熱中してたよ」

善紀:
「前やったときに、ボコボコにしちゃって…、それ以来やってくれなくなっちゃってさ。嫌いなんだと思ってた」

雅紀:
「あー…。でも、駒の動かし方とか覚えてたよ。それに、兄貴を倒すって息巻いてたぜ」

善紀:
「そっか…。……そっか」

雅紀:
「…」

善紀:
「久しぶりに打つか?」

雅紀:
「いいね」

善紀:
「…将棋と言うと…思い出すよな…」
(駒を並べながら)

雅紀:
「…じいちゃんのこと?」

善紀:
「ああ」

雅紀:
「今日さ、一輝に将棋教えてて、昔の俺を見てるみたいだった」

善紀:
「お前すごかったよな(笑)」

雅紀:
「うん…。なんか…」

善紀:
「なんか?」

雅紀:
「なんか…、繋がってるみたいだなぁって思ったよ」

善紀:
「繋がってる…?」

雅紀:
「一輝はさ、じいちゃんは俺が大学生のときに死んじゃったからさ、会ったことないんだよ」

善紀:
「…そうだな」

雅紀:
「でも、俺の中に残ってたじいちゃんの言葉とか、知識とかを、俺を通して一輝に教えることができてさ…」

善紀:
「…ああ」

雅紀:
「繋がってんなぁ…って、感じたんだよ」

善紀:
「そうだな…。俺もさ、一輝って結構生意気だからさ、叱ること多いんだよね。それやったら怪我するだろ、危ないだろ、とか。友達嫌な気持ちになるだろ、とかさ」
「でも内心、あ~、これ俺もやってたなぁ…、とか、俺も言われてたなぁ、みたいなの、思うんだよね」

雅紀:
「そうだよな」

善紀:
「もしかしたらさ、親父も、じいちゃんもさ、みんな同じこと考えてたのかもな」

雅紀:
「…絶対そうだよ」

善紀:
「…よし…打つか…」(缶ビールを開けながら)

雅紀:
「ははっ」(缶ビールを開けながら)

善紀:
「よろしくお願いします」

雅紀:
「よろしくお願いします。…あと、乾杯」

善紀:
「乾杯」
しおりを挟む

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