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いつか、宇宙のどこかでつかまえて(男1女1)ラブストーリー…?

いつか、宇宙のどこかでつかまえて

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月子:
「…ん」

 目が覚めて、それと同時に心にぽっかりと空いた穴を感じる。ああ、どうやら私はまた何かを忘れてしまったらしい。
 そういう性分だから忘れてしまうのは仕方がない。もう何年も前にそこは受け入れた。それに、こういうときに困らないように、私は毎日日記をつけるようにしている。

「えーっと…?」

 机の上には今までの日記が何冊か、乱暴に出されていて、私は昨日の私に内心文句を言いながら日記を棚に片付けた。
 そして、日付が一番新しい日記を手に取った時、一枚の紙がヒラヒラと宙を舞った。

「これは…?」

※※※

月子:
 日記に挟まれていたメモには、『丘の上の公園の時計塔の下を掘れ』と書かれていて、その、私以外の誰かが書いた文字を読んだ私は、不思議な感情に襲われていた。
 ワクワクしているような、胸が苦しくなるような。
 期待、焦燥、不安、哀愁あいしゅう。そのすべてを一つの鍋で煮詰めたような、なんとも言えない感情。
 はやく、はやく行かなくちゃ。
 気がつくと私は、半分駆け足になりながら公園に向かっていた。

「ここ…かな」

蒼汰:
「…手伝おうか?」

月子:
「えっ?」

蒼汰:
「ここ、掘るの?」

月子:
「あ、はい」

蒼汰:
「なんか埋まってるの?…それか、埋めるとか?」

月子:
「…さぁ。わからないんです」

蒼汰:
「…なにそれ?」

月子:
「紙に書いてあったんです、ここを掘れって」

蒼汰:
「その紙は?」

月子:
「あ、紙に読んだら元に戻せって書いてあったから、置いてきちゃいました」

蒼汰:
「そっか…。まぁ、掘ってみますか」

月子:
「はい」

蒼汰:
「…俺、蒼汰そうた。…はじめまして、よろしく」

月子:
「はじめまして。海乃あまの月子つきこです。よろしくお願いします」

蒼汰:
「…月子つきこちゃんだね。よろしく。蒼汰そうたって呼んで」

月子:
蒼汰そうた…さん、ですね」

蒼汰:
「まぁ、それでいいや」

月子:
「ここだけ土の色も違いますし、草も生えてないから、最近掘り返されたのかなって」

蒼汰:
「そうみたいだね。土も柔らかいし」
「おっ、言ってたらなんか出てきたよ」

月子:
「ほんとだ。……これ、なんですか?」

蒼汰:
「あれ?知らない?コンビニとかで売ってるクッキー缶だね」

月子:
「へぇ…。多分、始めてみました」

蒼汰:
「そっか。じゃあ機会があったら食べてみてよ。気にいると思うよ」

月子:
「はい」

蒼汰:
「さて、中身は…」

月子:
「んんっ、この缶、固くて開きません」

蒼汰:
「あれ、この前の大雨で錆びちゃったのかな…。よっ…。うわ、確かに固いな。せーのっ!…。よし、開いた」

月子:
「何が入ってますか?」

蒼汰:
「えーっと…」

月子:
「また紙が入ってますね…。あ、なにか書いてます。…人魚姫の瞳の先に…」

蒼汰:
「人魚姫って、人魚公園の?」

月子:
「ああ…。どうでしょうか。でも、人魚公園の人魚の像が見ている先…って、海…、ですよね?」

蒼汰:
「うーん…。とりあえず行ってみたらわかるかも?」

月子:
「そうですね…。あっ、手伝ってくれて、ありがとうございました」

蒼汰:
「…人魚公園にもついて行っていい?」

月子:
「え?私はいいですけど…。あれ?そういえば蒼汰そうたさんはここで何してたんですか?」

蒼汰:
「んー。人を待ってたんだけどね。まぁもう待ってても来ないだろうし」

月子:
「約束してたんですか?」

蒼汰:
「まぁね。でももう30分も過ぎちゃった」

月子:
「いいんですか?遅れてくるかもしれないですよ」

蒼汰:
「いいよ。約束自体忘れちゃってるんだ」

月子:
「なにか遅れる事情があるとか…?」

蒼汰:
「いやぁ、どうかなぁ。それより乗りかかった船だし。続きが気になるんだよね」

月子:
「あ…、はい」

蒼汰:
「この紙さ、もう一度埋めておこっか」

月子:
「え?持っていかないんですか?」

蒼汰:
「そんなに複雑なことが書かれているわけでもないし。内容は覚えたでしょ?」

月子:
「まぁ…はい」

蒼汰:
「じゃあ戻しておこう。持って行っても荷物になるだけだし」

月子:
「あー…。たしかにそうですね」

蒼汰:
「それに、埋めてたら次に見つけた人が、またこうやって宝探しできるかもしれない」
「それって、ワクワクするでしょ?」

月子:
「宝探し…ですか!いいですね!」

蒼汰:
「うん」
「…あ、心配なら写真撮っとく?」

月子:
「じゃあ…、念のため」

蒼汰:
「おっけー」
(携帯で写真を撮る)

月子:
「あ、携帯電話」

蒼汰:
「今どきそんな珍しくもないでしょ」

月子:
「まあそうなんですけど。私持ってないので」

蒼汰:
「不便じゃない?」

月子:
「んー、そこまで不便は感じてませんけど」

蒼汰:
「一度持ったら手放せないなぁ」

月子:
「そういうものですか」
「って、なんで私も撮るんですか!」

蒼汰:
「ついで…?」
「ほら、写真に撮ってたら、もし忘れても思い出せるかもしれないし」

月子:
「え…?」

蒼汰:
「じゃあこれを埋めて、早速出発しよう」
(土に埋め戻しはじめる)

月子:
「あ、はい」

蒼汰:
(埋め戻し終わる)
「よし、これでいいかな」

月子:
「…じゃあ、私達は探検隊ですね!」

蒼汰:
「探検隊?」

月子:
「だって、宝探しですから。宝探しといえば、探検隊、ですよね?」

蒼汰:
「なるほど」

月子:
「では改めまして、乗りかかった船探検隊、出発です!」

蒼汰:
月子つきこちゃん…。やっぱりネーミングセンスひどいね?」

月子:
「ええっ!!?」

※※※

蒼汰:
「見えてきたよ」

月子:
「…はい」

蒼汰:
「…。まだ落ち込んでるの?ネーミングセンス酷いって言われたこと」

月子:
「いいじゃないですか。乗りかかった船探検隊。言いやすいし、わかりやすいし」

蒼汰:
「…まぁ。そうかも」

 さっきの公園から、歩いて約10分。俺たちは目的地である海浜かいひん公園に到着した。海を見つめる人魚像が設置され、町の人たちからはもっぱら人魚公園と呼ばれている。広場には球技が出来るほどの立派なグラウンドが整備されているにも関わらず、残念ながら強い海風の影響で、球技はままならず、ほとんどの場合は閑散としている。

月子:
「人魚像…」

蒼汰:
「…なにか、思い入れでもある?」

月子:
「えっ?」

蒼汰:
「いや、意味有りげな感じだったから」

月子:
「んー。まぁこの町の名物、みたいなものですよね。人魚って」
 
蒼汰:
「そうだねぇ」

月子:
「知ってますか?人魚のお話し」

蒼汰:
「人魚伝説のこと?人魚は不老不死で、その肉を食べたら不老不死になるとか、人魚が人間と恋に落ちたら、人魚は泡になって消えてしまう、とか」

月子:
「…」

蒼汰:
「この町に生きてて、知らないやつはいないと思うよ」

月子:
「…それも、そうですね」

蒼汰:
「…本当にいると思う?人魚」

月子:
「どう…、ですかね。蒼汰そうたさんはどう思いますか?」

蒼汰:
「いるんじゃないかな」

月子:
「えっ!」

蒼汰:
「この街にいるのかは、まぁ知らないけど」
「アンデルセンの人魚姫ってわかる?」

月子:
「ああ、はい」

蒼汰:
「あれもさ、いわゆる人魚伝説の一つかなって。いろんな国、いろんなところで人魚っていう存在が語られてるから、まぁ世界に一人ぐらいいてもいいんじゃないかなぁって」

月子:
「なるほど…」

蒼汰:
「あるいは、みんなが知らないだけで、そこら中にいるのかも」

月子:
「人魚が?」

蒼汰:
「人魚も」

月子:
「も?」

蒼汰:
「忍者や魔法使い、エルフにドワーフ!…なんてね」

月子:
「ふふっ、ファンタジーですか?」

蒼汰:
「そうそう。俺も魔法使えたらなぁ」

月子:
「どんな魔法が使いたいんですか?」

蒼汰:
「えー、いろいろだな。空も飛びたいし、瞬間移動、あとは攻撃魔法もね。手から火を出したり、雷とか?」

月子:
「思ったより欲張りなんですね…」

蒼汰:
「魔法なんて、夢みたいなもんでしょ。いっぱい使ってみたいたいさ」

月子:
「まぁ、そうか知れないですけど…」
「…あ、じゃあ、もし使える魔法が一つだけだったら?」

蒼汰:
「魔法が一つだけなら…か。そうだなぁ…、会いたい人に会うための魔法かな」

月子:
「会うための…魔法?瞬間移動ってことですか?」

蒼汰:
「ちょっと違うかも?」

月子:
「よくわかんないです」

蒼汰:
「直接会えるならもっといいね」

月子:
「…、どんな人なんですか?」

蒼汰:
「え?」

月子:
「さっき待ってた人のことでじゃないんですか?」

蒼汰:
「…」

月子:
「やっぱり」
 
蒼汰:
「どんな人…。って、言葉にするの結構難しいなぁ…」
「んー…、クラゲ…かな」

月子:
「クラゲ?」

蒼汰:
「ふわふわしててさ、波があればどこかに流されて行ってしまいそうな」

月子:
「それって…、褒めてないですよね」

蒼汰:
「…、褒めては…、ないかも」
「ほっとけなくて、目を離したらそのままどこかに行ってしまって、二度と会えない…、そんな気がしてた」

月子:
「…」

蒼汰:
「だから、どんなときでも、その子がどこに行っても、逢うための魔法」

月子:
「難しいです…」

蒼汰:
「お」

月子:
「え?」

蒼汰:
「人魚像の前。木が植えてある」

月子:
「あっ、本当…。かわいい花ですね」

蒼汰:
「ハマボウ…だって。書いてあるよ」

月子:
(プレートに書いてある説明を読み上げる)
「えっと…、ハマボウは塩分に強く、海岸沿いでも綺麗な花を咲かせてくれます。花は開くと一日でしぼみますが、沢山の花が毎日咲くので、いつも違った顔をみせてくれます」

蒼汰:
「花言葉は『楽しい思い出』『淡い恋心』か。夏っぽい可愛い花だね」

月子:
「はい。えっと…、でもこれって…、どうするんでしょうか。また、掘るんですかね?それともこれが宝物?」

蒼汰:
「どうかな…。何かヒントとかないかな…」

月子:
「んー…」

蒼汰:
「あ…、ここ」

月子:
「え?」

蒼汰:
「ここだけ草が生えてない」

月子:
「ここだけ掘り返された…ってことですか?」

蒼汰:
「ま、掘ってみますか…」

月子:
「はい」

蒼汰:
「あ、すぐに出てきた」

月子:
「またさっきの缶ですね」

蒼汰:
「開けるよ。ふっ…、あー、これも固くなってる」

月子:
「開きますか?」

蒼汰:
「ちょっとまってね…。せーのっ!っと。開いたぁ」

月子:
「ありがとうございます」
「中、何入ってます?」

蒼汰:
「えーっと、ん…」

月子:
「水族館の、パンフレット…ですか?」

蒼汰:
「みたいだね。あ、でもほら、細工してある」

月子:
「細工?」

蒼汰:
「館内地図のところ、魚の名前を塗りつぶして、番号振ってあるよ」

月子:
「…この番号通りに読めば、暗号が解読できるってこと…ですか?」

蒼汰:
「そういうことかな。これも写真撮っておこうかな」

月子:
「そうですね」

蒼汰:
「はい、笑って笑ってー…」

月子:
「なんでまた私も撮ろうとするんですか…」

蒼汰:
「思い出づくりだよ。もしもお宝がしょぼくっても、こうやって写真になって、ちゃんと思い出になってたら楽しい記憶になるでしょ」

月子:
「はぁ…」

蒼汰:
「はい、笑って笑って」

月子:
「こ、こんな感じ…ですか?」

蒼汰:
「おー、いいじゃん。じゃあそのままね。はい、チーズ」

月子:
「ち、…チーズ…」

蒼汰:
「おっけー。いい感じ」
「さ、て?水族館って何時までやってるっけ?」

月子:
「えーっと、パンフレットによると…最終入場は16時半みたいです」

蒼汰:
「あー、じゃあもう時間ないな。ここから歩いていったら20分ぐらい?」

月子:
「そうですねぇ…。それぐらいかかると思います」

蒼汰:
「じゃあ中は入れないか…、また明日だね」

月子:
「また、明日?」

蒼汰:
「うん。また、明日」

月子:
「明日も付き合ってくれるんですか?」

蒼汰:
「だって、二人で乗りかかった船探検隊、でしょ?」

月子:
「…いいんですか?」

蒼汰:
「全然大丈夫だよ。集合は…、13時に、さっきの公園で」

月子:
「え?公園…ですか?」

蒼汰:
「うん」

月子:
「直接水族館に集まればいいじゃないですか」

蒼汰:
「いいんだよ、公園で」

月子:
「わたし、遠回りになるんですけど」

蒼汰:
「それは、俺も」

月子:
「じゃあなおさら水族館に集合でいいじゃないですか」

蒼汰:
「だめ、集合場所は公園で決まり」

月子:
「なんですかそれ…」

蒼汰:
「はは、じゃあ。また、明日。公園で待ってるね」

月子:
「え!ちょっと…!」
「あ~…、ぜんぜん聞いてくれないし!」
「はぁ…」

※※※

月子:
「今日は不思議な男の子と出会いましたね」

 家に帰り着いて、日記帳を広げる。
 蒼汰そうたさんに出会ったこと、乗りかかった船探検隊のこと、いつか食べてみたいクッキーのこと。明日は水族館に行くこと、それなのになぜか集合場所は公園なこと。

「明日はどんな冒険があって、一体宝はなんなんだろ」

 この心がはずむ感じ、あー、思ったよりワクワクしているのかもしれないな、私。

※※※

月子:
「あれ?もしかして待ちました?」

蒼汰:
「お、早いね、まだあと10分あるよ」

月子:
「ちょっと早く来ておこうかなって思って」
「…ここから水族館まで歩くとなると30分ぐらい?かかるので」

蒼汰:
「トゲがあるなぁ。…あ、ハリセンボンみたいだね」

月子:
「無理に魚にかけなくていいです」

蒼汰:
「ごめんって」

月子:
「結局、なんで公園集合だったんですか?」

蒼汰:
月子つきこちゃんと、もっとお話したかったんだよ」

月子:
「…」

蒼汰:
「…」

月子:
「嘘ですよね?」

蒼汰:
「えー?ホントだってば」

月子:
「…はいはい。じゃあ何の話ですか?」

蒼汰:
「そうだなぁ…」

月子:
「…」

蒼汰:
「…」

月子:
「嘘ですね」

蒼汰:
「…まって、今考えるから」

月子:
「今からですかぁ?」

蒼汰:
「んー…、あ、じゃあ一番古い記憶は?」

月子:
「え?」

蒼汰:
「俺は、4歳のときに、散歩中の犬を撫でようとして突進していってさ、噛まれちゃったんだよね。今でも犬は苦手なんだ」

月子:
「可愛い時期もあったんですねぇ」

蒼汰:
「はは、相変わらず辛辣しんらつだね…。…で、月子ちゃんは?」

月子:
「んー…、そう、ですねぇ」
「何年前の話かは覚えてないんですけど、誰かの田んぼの仕事?を手伝いに行った…のかな。そのときに、はぐれちゃって…、あれ?誰とはぐれたんだろう」

蒼汰:
「…うん」

月子:
「ええっと、それで、走り回って探してたんです。そのうち何かの行列の前に飛び出しちゃって、男の人にすごい剣幕で怒られて」

蒼汰:
「ああ…、怒られたり、びっくりした記憶ってよく残るよね」

月子:
「はい。でもそしたら行列の後ろの方から優しそうな声がして、別の男の人が声をかけてくれたんです。どうしたんだって」

蒼汰:
「うん」

月子:
「それで、私なりに事情を説明したら、その人が、この行列は目立つから、一緒に行こうって行ってくれて、最初に私に怒ってた人は反対してたんですけど、その優しそうな人に怒られてて、結局一緒に行くことになって。行列の人たちが子どもの迷子はいないかって道々みちみちで聞いてくれたみたいで、私は無事に合流できたんです」

蒼汰:
「へぇ…。なんの行列だったんだろう」

月子:
「わかりません。でも、すごくたくさんいて、多分100人とか、もっと居たかも」

蒼汰:
「100人って…、すごいな。何かの祭りかな?」

月子:
「どう…ですかね。あんまり覚えてなくて」

蒼汰:
「うーん。この町のことじゃないかもね。俺もこの町でずっと生きてるけどそんな大きな祭り見たことないしね」

月子:
「そう、ですねぇ…。私も曖昧なんですよ。すごく昔のことなんだとは…、思うんですけど」

蒼汰:
「そっか…。あ、そういえばこれ、買ってきたんだった」

月子:
「あ、クッキーですか?」

蒼汰:
「うん。来る途中に買ってきた。はい、食べて」

月子:
「あ、どうも」
(クッキーを食べる)
「…ん!美味しい!」

蒼汰:
「美味しいよね。これ」

月子:
「ふふふ、好きになっちゃいました。このクッキー」

※※※

蒼汰:
「ついたね」

月子:
「はい。えーっと入館料は…」

蒼汰:
「はい、これ」

月子:
「…え」

蒼汰:
「年パス持ってるんだ。2つ」

月子:
「これ、誰のですか?」

蒼汰:
「ホントは妹のだけど…、本人確認されたことないから大丈夫」

月子:
「はぁ…」

蒼汰:
「どうする?この前の番号順に行くか…、道順にぐるーっと回っていくか」

月子:
「えっと…、じゃあ道順に行きますか、わかんなくなりそうですし」

蒼汰:
「おっけー」

月子:
「あっ、あそこにパンフレットありますよ…」
「…というか、パンフレットみたら全部解決じゃないですか?」

蒼汰:
「味気ないなぁ…」

月子:
「…」

蒼汰:
月子つきこちゃんはあれか。旅行とか行っても目的地だけ楽しみで、途中の駅弁とかには興味ない感じだ。いるよね。そういう人」

月子:
「いや…、でも、そもそも私達がここに来た目的は…」

蒼汰:
「あれでしょ?コンビニとか、チェーン店とかでご飯すませちゃうんだよね。えー、地元でも食えるよ…みたいな奴」

月子:
「いや、だって…」

蒼汰:
「せっかくここまで来たのにぃー?」
「5分もせずに帰っちゃうのー?」

月子:
「…。(ため息)…わかりましたよ…」

蒼汰:
「やったね」
「ま、パンフレットは貰っておいて、今はとりあえず楽しもう」

月子:
「…、魚好きなんですか?」

蒼汰:
「え?…なんで?」

月子:
「だって、年間パスポートって」

蒼汰:
「ああ…。うーん。魚かぁ、別にそんなに好きじゃないけど。あ、ペンギンはかわいいなって思うよ」
「…年パス安いんだよね。3回きたら元取れちゃうし」

月子:
「そう、ですか」

蒼汰:
「うん。この町他に行くところもないし…、この中、涼しいし、温かいし?」

月子:
「ふふ…、冷暖房目当てで水族館来る人なんていないと思いますよ」

※※※

蒼汰:
月子つきこちゃん。なんだかんだ結構楽しんでたでしょ」

月子:
「(咳払い)」
(気恥ずかしさを隠す様に)「まぁ…、それなりに」

蒼汰:
「良かった良かった」

月子:
「そ、そんなことより!暗号の答えは何だったんですか?」

蒼汰:
「えーっとね」
「トショカン アンデルセン ニンギョヒメ…かな」

月子:
「…アンデルセン童話の人魚姫…ですか」

蒼汰:
「みたいだね」
「読んだことある?」

月子:
「…、昔、一度」

蒼汰:
「どうしたの?」

月子:
「…いえ。あんまり好きなお話ではなくて」

蒼汰:
「そっか…。まぁ、悲しいお話だしね」

月子:
「…」

蒼汰:
「ま、…行こっか?」

月子:
「はい」

蒼汰:
「…疲れてない?」

月子:
「え?」

蒼汰:
「結構歩くじゃん。ここから図書館も結構な距離だし」
「どっかで休憩する?」

月子:
「ああ、たしかに」
「休憩は…、大丈夫です。このまま行きましょう」

蒼汰:
「うん。おっけー」

月子:
「それにしても…、何なんでしょう。このヒントの場所って」

蒼汰:
「えっと…、何って言うのは、どう言う意味?」

月子:
「なにか法則性とか、あるのかなって」
「なんとなく…、人魚伝説が鍵になってるんだろうなとは思うんです」
「人魚公園と、アンデルセン童話の人魚姫なんて、いかにも人魚に関係してるし」
「水族館も、まぁ人魚に関係してるかなと思えば、しているような気もします」

蒼汰:
「ああ、なるほどね」

月子:
「でも、最初の公園だけはよくわからなくって」
「あそこは…、別になんてことはない。なんなら遊ぶ人も少ない、すたれた公園ですし」

蒼汰:
「うん」

月子:
「でもあの公園から、宝探しが始まってるんですよね。だから、法則性があるなら、きっとあの公園にも関係があるんだろうなって」

蒼汰:
「…。なるほどね。でも、…なんだろうね。この4箇所の共通点って」

月子:
「うーん…」

蒼汰:
「…あ」

月子:
「えっ!?なにか思いついたんですか?」

蒼汰:
「あ、ごめん。そうじゃなくて」
「もしかしたら次のヒントをゲットしたら、共通点が見えてくるのかもって思って」

月子:
「…たしかに」
「考えてもわからないことを考えるより、ヒントを見に行ったほうが良さそうですね」

※※※

蒼汰:
「えーっと、…ここらへんにあるはず…」
「あ…、あった。アンデルセン童話、人魚姫」

月子:
「何か、挟まってたりするんですかね」

蒼汰:
「んー…?」(本を開く)
「あ、蛍光ペンで文字が塗られてるね」

月子:
「この文字を読んでいけばいいってことですかね」

蒼汰:
「そうなんじゃないかな」
「えーっと……」

月子:
「海…風、を、う…け、て、ま…わ、る、白い、塔、…の、足、も、と」

蒼汰:
「海風を受けて回る白い塔…?」

月子:
「…風車ふうしゃじゃないですかね、海沿いの」

蒼汰:
「ああ、あれか」

月子:
「…終わり…かな…」
(パラパラとページをめくる)

蒼汰:
風車ふうしゃの足元か…」

月子:
「…あ、まだ続きがありました。ええっと…」
「神さま、王子さまは、人魚のお姫さまは、しあわせ…に、なり、ました…か」
「……、あまの…、月子つきこ……」

蒼汰:
「……」

月子:
「……、どうして、ここに、私の…名前が…」
「…ああ…。…そう。…そう、ですか…」

蒼汰:
月子つきこちゃん…?」

月子:
「私…。また…」

蒼汰:
「…大丈夫?」

月子:
「……はい、大丈夫です…」
「行きましょう。風車ふうしゃのところに」

蒼汰:
「…。少し休んでいく?」

月子:
「いえ、大丈夫です」
「それより、早くこの宝探しを、終わらせないと」

蒼汰:
「そっか…」

月子:
「…」
蒼汰そうたさん。どうしてアンデルセンは、人魚をこんな風に書いたんだと思いますか」

 蒼汰:
「…こんな風って?」

月子:
「ナイフで刺せば人魚に戻れるとか、…出来なかったら泡になるとか。…空気の精霊になるとか」

蒼汰:
「……。さぁね」

月子:
「私は…、…もしかしたら、本物の人魚に会ったのかなって…思うんです」

蒼汰:
「…本物の…?」

月子:
「……」
「ほら、この町の言い伝えであるじゃないですか。人魚と恋をしたら、人魚は泡になって消えてしまうって」

蒼汰:
「ああ…」

月子:
「王子様から見たら、人魚姫って突然いなくなるんですよね。寝て、目が覚めたら、居ない。まるで泡になって、風にさらわれたみたいに」

 蒼汰:
「…そうだね」

 月子:
「だから、人魚姫は王子様に恋をしていたから、消えてしまったんじゃないかな…、なんて。ちょっと思いました」

蒼汰:
「…」

月子:
蒼汰そうたさんは、人魚伝説、どれぐらい知ってますか」

蒼汰:
「昨日も同じ話をしたよ」

月子:
「…そう、でしたね…」
「……、蒼汰そうたさんが知らない人魚の伝説が、もうひとつだけあります」

蒼汰:
「…人魚が涙を流すと、その時の一番大切な記憶をなくしてしまう。人魚の、傷を治す力の代償」

月子:
「……どうして、知ってるんですか…?」

蒼汰:
「……」

月子:
「…。…アンデルセンに出てくる人魚姫は、きっと、王子様を許せなくて、ナイフで刺したんだと思います。それでも、…。…それでも王子様を本当に愛していたから、王子様のために涙を流した…。王子様との記憶を引き換えにして…、王子様の傷を癒やした」
「そうなんじゃないかなって…思います。だって…、そうじゃないと辻褄が合わないんですよ」

蒼汰:
「そう…だね」

月子:
「人魚姫はずっと王子様を愛していた。隣国の王女が王子様に嫁ぐことになって、それでも、ひどく痛む足で精一杯の祝福のダンスを踊って、王子様の前では、気取られないようにずっと笑顔で。そんなの…、真実の愛がなければできませんよ」

蒼汰:
「……」

月子:
「でも、その後は人魚姫は王子様の元から居なくなって、それから先二度と会うことはないんです。体も心もボロボロで、愛して、でもその愛はむくわれなくて、せめてできる限りの祝福をした相手の前から急に居なくなるんです。そんなの…、忘れてしまった、記憶をくした以外に、…私は納得できません…」

蒼汰:
「……うん」

月子:
「きっと、アンデルセンは居なくなった人魚姫のことを思って、空気の精霊にしてあげたんだと思います」
「どうか、どうか幸せになっていてほしいと」
「誰かに幸せを運ぶような空気の精霊になっていてほしいって」

蒼汰:
「空気の精霊か…」

月子:
「……、蒼汰そうたさん…。何か私に、隠してること。ないですか?」

蒼汰:
「…隠していること?」
「ないよ」
「何も」

月子:
「…そう、ですか…」

蒼汰:
「…次の宝は、何だと思う?」

月子:
「…何でしょうね…」

蒼汰:
「行こっか」

月子:
「……」

※※※

蒼汰:
 それから二人で、海沿いの道を歩いた。
 時間にして、多分20分ぐらいだろうか。
 時刻はすでに17時を過ぎていたけれど、夏の日差しはまだ陰ることを知らずに、俺たちを照りつけている。
 やがて、風車ふうしゃの足元に付いて、今までと同じ様に、月子つきこちゃんがクッキーの缶を見つけた。
 月子ちゃんは、静かに深呼吸をした後に、缶を開けた。

「…写真……」

月子:
「…これにも」
「………これも…」
「これも…!…これも……、多分、全部に…」
「…私がうつってます…」

蒼汰:
「…、図書館、こっちは水族館。風車ふうしゃ…、人魚公園も…。俺達が、巡ってきた場所…」

月子:
「…、やっぱり。この宝探しは、私が、忘れた事を思い出すために、巡っていたんですね…」
「それはそうですよね…。だって、そもそもの始まりが、私の日記帳に挟まっていた紙から始まっているんですから…」

蒼汰:
「…これ、底に…」

月子:
「次の……、ヒント…」

蒼汰:
「明日、13時に、いつもの公園で、君を待つ」

月子:
「あし…た…?」
「明日、ですか…?」

蒼汰:
「…そう書いてあるね」

月子:
「…」

蒼汰:
「…じゃあ、ここで、今日はバイバイかな」

月子:
「わかりました…」

蒼汰:
「じゃあ、明日。いつもの公園に、13時に集合かな…」

月子:
蒼汰そうたさんも来るんですね」

蒼汰:
「…うん」

月子:
「…。…わかりました」
「では、明日。13時に」

蒼汰:
「うん」
「じゃあ、また」
「明日」

 ※※※

月子:
 蒼汰そうたさんと別れて、足早に家に帰って。
 嫌な予感というか、嫌な確信というか。そんなものが頭の中で渦巻いている。ぐるぐる、ぐるぐると。
 ああ、そうか。だから私は、机の上に日記を出したままにしていたのか。そういう事か。
 身体が、指先が震える。本棚から一冊のノートを出すことさえままならない。
 何度か指が滑って、それでも、持ち上げて見るとなんてことはない。ただのノート。

 昨日のページをめくる。蒼汰そうたさんにあったこと。乗りかかった船探検隊のこと、クッキーのこと。宝探しのことが書かれている。
 その前の日の日記をめくる。
 蒼汰そうたさんという男の子に会ったこと、二人で宝探しをしようと言ったこと、人魚公園でみた花が綺麗だったことが書いてある。
 その前のページをめくる。
 日記から落ちた紙の言う事を聞いたら、蒼汰そうたという男の子に会ったこと。クッキーのこと。明日は水族館に行くことが書いてある。
 その前のページをめくる。
 その前のページをめくる。
 その前のページをめくる。
 蒼汰そうたさんが、蒼汰そうたさんと、蒼汰そうたさんの、蒼汰そうたさんも…。
 その前のページをめくる。
 その前のページをめくる。
 その前のページをめくる…。
 蒼汰そうたさんのこと、蒼汰そうたさんのこと、蒼汰そうたさんのこと、蒼汰そうたさんのこと、蒼汰そうたさんのこと、蒼汰そうたさんのこと。
 めくってもめくっても、めくってもめくっても、蒼汰そうたさんとの出会いの日が書かれている日記。
 次の日記帳を取り出して、次の日記帳を取り出して、次の日記帳を取り出した。
 ああ…、なんて残酷な。
 視界が滲んで、ページが滲んで、文字が滲んで…。記憶が滲んで。あなたが滲んだ。
 ああ…。あなたは初めて逢ってから、何度私に出会い直したんですか。
 あなたは何度、私に名前を、はじめましてを言ったんですか。
 あなたはどうして、何度も忘れられることを選ぶんですか…!

 ああ、あなたは一体、誰なんですか…。

※※※(好きなだけ間をとるがいいさ!)

月子:
「…ん」

 目が覚めて、それと同時に心にぽっかりと空いた穴を感じる。ああ、どうやら私はまた何かを忘れてしまったらしい。
 そういう性分だから忘れてしまうのは仕方がない。もう何年も前にそこは受け入れた。それに、こういうときに困らないように、私は毎日日記をつけるようにしている。

「えーっと…?」
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