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1. 魔法学園へようこそ
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「頑張れば夢が叶うなんて、ウソなんだ」
夜の暗い病室で、わたしは窓の外をぼうっと眺めていた。
きれいな満月が浮かんでる。
「あと一年かあ……」
それがわたし――春野咲良に残された時間みたい。
いつか科学者になってノーベル賞をとるのが夢だった。
両親がいなくて養護施設で育ったわたしは、職員さんに教えてもらいながら勉強して、図書館へ通って科学雑誌なんかも読んだりして。それに色々な実験をしたり、工作をしたりして。
だけど、わたしは小さい頃から身体が弱くて……だんだん入院することが多くなって。
今朝、ついに余命宣告ってやつを受けちゃった。ううん。正確には養護施設の職員さんがお医者さんから聞いてるのを、盗み聞きしただけなんだけど。
「あはは……」
笑えば少しは楽になるかもと思って笑ってみたけど、全然そんなことはなくて胸が苦しくなるだけだった。
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちて、丸かった満月がひしゃげていく。
それが光の屈折という物理現象のせいだってことも、今はもうどうだっていい知識だ。そんなことを知ってたって、わたしには意味がないんだもん……。
どんどん気持ちが落ち込んでいきそうになったときだった。
「にゃっはっはっはっは~」
突然、そんなヘンテコな笑い声が病室に響いた。
わたしは驚いて病室を見回したけど、誰もいない。
「気のせい……?」
かけ布団をたぐり寄せてしばらく病室をきょろきょろ見回しても誰もいない。
ほっと息をついたそのときだった。
「気のせいではないにゃ」
そんな声がした。そして顔を上げると……目の前にまっ黒い何かが浮かんでいた。
丸くて、三角の何かが二つ飛び出してて、そんなよく分からない影。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
わたしは思わず叫んだ。
「こらこら、そんにゃに騒がにゃくても……」
「きゃーっ、きゃーっ、きゃーっ!」
まっ黒い何かはわたしの振り回した腕にぶつかって、
「にゃっ!?」
と声を上げてぴゅーんと飛んでいった。
黒い何かはすごい勢いで床にぶつかって跳ね返り、今度は壁でバウンドして、天井でもう一度跳ね返って、それから部屋のあちこちでぶつかってから、ぽすんとわたしの膝の上に落ちてきた。
「わっ!」
わたしは思わず身体を硬くした……んだけど、そのまっ黒い何かは全然動かなくなってしまった。
恐る恐る覗き込んでみる。
「猫の、ぬいぐるみ……?」
リアルな感じじゃなくて、デフォルメされた丸っこい黒猫のぬいぐるみだった。
「でも、さっき浮いてたよね……? 喋ったし……」
指先で触ってみる。
つんつん、つんつん。……柔らかい。人をダメにするクッションみたいな感触だ。
「にゃっ!?」
「きゃっ!?」
黒猫のぬいぐるみは突然声を上げた。
プリントされた目や口や髭が動いて驚いたみたいになる。
何? 何なの? どうなってるの? すごい!
怖い気持ちが薄れて、興味の方が湧いてきていた。
「ね、ねえ、あなた喋れるの? さっき浮いてた?」
「にゃ? まあ、そのくらいは朝飯前にゃ」
黒猫のぬいぐるみはふわりと浮いて、わたしの目の前で静止する。
「すごい!」
「にゃっはっは。……って、いやいや、そんなことより、さっきのことにゃ。いきなり殴ることはなかろうにゃ。吾輩がぬいぐるみでなかったら大けがをしとるところにゃ」
「ご、ごめんなさい……さっきは、びっくりしちゃって……」
「うむ、素直に謝れるのはよいことにゃ。吾輩も突然現れて驚かせてしまったようですまなかったにゃ」
「あ。うん、それはもう大丈夫なんだけど……」
わたしはじいっとのぬいぐるみを見つめた。
空中に浮かんで喋る猫のぬいぐるみなんて見たことない。中身はどうなってるのかな。ドローンで浮かんでるのかな? 言葉や表情はタブレットみたいなので作ってるのかな? でもそういう感じじゃない気もする。
……分解してみたいなあ。
「よからぬことを考えておらぬかにゃ?」
「か、考えてないよっ!? わ、わたしは分解……じゃなくて……えっと……あなたが何者なのかなって思って……」
「分解って言っちゃってるにゃ。全然ごまかせてないにゃ。まあ、でもそうだにゃ。本題に入るとするにゃ」
こほん、と黒猫のぬいぐるみは咳払いをした。なんだか学校の先生みたいな雰囲気を感じて、わたしはベッドの上に正座した。
「吾輩は魔法学園ララスフィアの校長ララという者にゃ」
「……え? 魔法……? 学園……?」
「そうにゃ。魔法を教える学校の校長にゃ」
ええー……。魔法って、あの魔法だよね。マンガとかアニメとかでよくある、手も触れずに物を動かしたり、何もないところから火を出したりする。
わたしはじと~っと黒猫のぬいぐるみ――ララ校長を見た。
「その目はなんだにゃ? 信じてないにゃ?」
「……それは、まあ、だってそんな非科学的なもの、信じられないよ」
マンガやアニメは好きだけど、それはあくまでフィクションのお話だし。
「ふむ。では見せてやるにゃ」
次の瞬間、わたしの身体がふわりと浮いた。
「え? え? えええっ!?」
わたしが驚いているうちに、誰も触っていないのに病室の窓が開く。わたしは宙に浮かんだまますごい力で引っ張られて、開いた窓の外に飛び出した。
病院の敷地を飛び越えて、夜の町の上に出る。ものすごいスピードで町の灯りを置き去りにしていく。
「きゃああああああああああああああっ! 落ちるっ! 落ちるうっ!!」
わたしは夜の町のはるか上空で叫ぶ。病気で死ぬより先に、落ちて死んじゃう!
「大丈夫にゃ」
「だだだだだ、だっ、大丈夫じゃないよ! 人は飛べないんだよ!」
「どう見ても飛んでるにゃ。事実から目を逸らすんじゃないにゃ。今起きていることを観察するのが科学じゃないかにゃ?」
隣を飛ぶ黒猫のぬいぐるみ――ララ校長の言葉に、わたしははっとなった。
落ちるんだったら、きっと病室の窓から出たすぐあとに落ちてたはずだ。今、落ちそうな感じもしない。確かにわたしは飛んでいる。
それなのに『人は飛べない』なんて常識を振りかざすなんて、それこそ非科学的……なのかもしれない。観察は科学の大切な方法で、思い込みは科学の敵なんだから。
「落ち着いたようだにゃ」
わたしは頷いた。夜の町の何百メートルも上空にわたしたちは浮かんでいる。とっても怖いことに変わりはないけど、たくさんの灯りできらきら輝く町はとてもきれいだった。
「信じる、よ。こんなふうに空を飛ぶ技術なんて見たことないから」
テレビで専用のドローンを背負って飛んでいるのは見たことがあるけど、今わたしはパジャマしか身に着けてない。こんなことができるとしたら、きっと魔法しかない。完全に信用するわけじゃないけど、今はそう仮定しよう。
「……それで、魔法学園の校長先生が、どうしてわたしのところに?」
「これを持ってきたのにゃ」
わたしの顔の前に一枚の紙がふわりと飛んでくる。
そこには予想もしていなかった言葉が書かれていた。
「入学……願書……?」
「春野咲良。吾輩は咲良を魔法学園ララスフィアに誘いにきたのにゃ」
「え……?」
今、何て言った? 魔法学園に、誘いにきた……って言った? どう考えても聞き間違いじゃないよね。
「そ、それってわたしが魔法学園に入学するってこと……?」
「そうだにゃ」
「な、なんで!? どうしてわたし!?」
「理由はいずれ説明するにゃ。それより、どうするか決めて欲しいにゃ。実はあまり時間がないにゃ」
「時間……?」
「この世界と魔法学園のある世界をつなぐ扉が開いているのはあと数分にゃ。次に開くのはいつになるか分からないにゃ。ちなみに前回開いたのは三百年前にゃ」
「さ、三百年!? っていうか、違う世界にあるのっ!?」
「そうにゃ。だから早めに決めて欲しいにゃ」
「そんなこと言われても、魔法学園のことなんて全然知らないし……。それに……」
わたしはそこまで言ってから、ぎゅっと胸を押しつぶされるような気持ちになる。
魔法で夜の空を飛ぶなんて信じられない体験をして少しの間忘れていられたけど、思い出してしまった――わたしに、未来なんてないんだってこと。
「あ、あのね、わたし病気で……だから……」
「入学すれば治るにゃ」
「……え?」
わたしは呆気にとられてしまった。治る……って言った?
「詳しく説明する時間はないけど、扉を通って世界を渡るときに、身体が再構成されるにゃ。そのときに病気は治るにゃ」
「じゃ、じゃあ、入学したら病気で死なないってこと!?」
「そうにゃ。ただし、一度行ったら戻ってこられない可能性が高いにゃ」
次に扉が開くのがいつになるか分からないから。
でも、わたしにとってそんなことはどうでもよかった。
病気が治る――急に目の前が明るくなったような気がした。
「入学する! します!」
もし騙されてるんだとしても、このまま病気で死んでしまうよりずっといい。
「いいんだにゃ? 行った先の世界はこの世界と違って、魔法が中心の世界にゃ。咲良がこれまで学んできたことはそうそう通用しないかもしれないにゃ」
ララ校長の言葉にわたしははっとした。
これから行こうとしているのが魔法の世界なら、わたしがこれまで勉強してきたことは無駄になってしまうかもしれないし、たぶん科学者になる夢も叶えられない。それは悔しいし、悲しい。
でも、と思う。
「……ゼロからやり直すことになっても、生きてれば、また頑張れるから」
わたしがそう応えると、ララ校長が優しく笑った――ような気がした。
「咲良の覚悟、分かったにゃ。では、この入学願書に指でサインを」
言われるままに、わたしは宙に浮かぶ願書に人差し指で触った。
触った場所が金色の光で輝く。
わたしはそのまま指を動かして自分の名前を書き入れた。
『春野咲良』
書き終えると、文字がひときわ強く輝いた。
そして次の瞬間には、夜の空に大きな扉が現れていた。
扉がゆっくりと開いていく。
「魔法学園ララスフィアにようこそ、にゃ」
夜の暗い病室で、わたしは窓の外をぼうっと眺めていた。
きれいな満月が浮かんでる。
「あと一年かあ……」
それがわたし――春野咲良に残された時間みたい。
いつか科学者になってノーベル賞をとるのが夢だった。
両親がいなくて養護施設で育ったわたしは、職員さんに教えてもらいながら勉強して、図書館へ通って科学雑誌なんかも読んだりして。それに色々な実験をしたり、工作をしたりして。
だけど、わたしは小さい頃から身体が弱くて……だんだん入院することが多くなって。
今朝、ついに余命宣告ってやつを受けちゃった。ううん。正確には養護施設の職員さんがお医者さんから聞いてるのを、盗み聞きしただけなんだけど。
「あはは……」
笑えば少しは楽になるかもと思って笑ってみたけど、全然そんなことはなくて胸が苦しくなるだけだった。
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちて、丸かった満月がひしゃげていく。
それが光の屈折という物理現象のせいだってことも、今はもうどうだっていい知識だ。そんなことを知ってたって、わたしには意味がないんだもん……。
どんどん気持ちが落ち込んでいきそうになったときだった。
「にゃっはっはっはっは~」
突然、そんなヘンテコな笑い声が病室に響いた。
わたしは驚いて病室を見回したけど、誰もいない。
「気のせい……?」
かけ布団をたぐり寄せてしばらく病室をきょろきょろ見回しても誰もいない。
ほっと息をついたそのときだった。
「気のせいではないにゃ」
そんな声がした。そして顔を上げると……目の前にまっ黒い何かが浮かんでいた。
丸くて、三角の何かが二つ飛び出してて、そんなよく分からない影。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
わたしは思わず叫んだ。
「こらこら、そんにゃに騒がにゃくても……」
「きゃーっ、きゃーっ、きゃーっ!」
まっ黒い何かはわたしの振り回した腕にぶつかって、
「にゃっ!?」
と声を上げてぴゅーんと飛んでいった。
黒い何かはすごい勢いで床にぶつかって跳ね返り、今度は壁でバウンドして、天井でもう一度跳ね返って、それから部屋のあちこちでぶつかってから、ぽすんとわたしの膝の上に落ちてきた。
「わっ!」
わたしは思わず身体を硬くした……んだけど、そのまっ黒い何かは全然動かなくなってしまった。
恐る恐る覗き込んでみる。
「猫の、ぬいぐるみ……?」
リアルな感じじゃなくて、デフォルメされた丸っこい黒猫のぬいぐるみだった。
「でも、さっき浮いてたよね……? 喋ったし……」
指先で触ってみる。
つんつん、つんつん。……柔らかい。人をダメにするクッションみたいな感触だ。
「にゃっ!?」
「きゃっ!?」
黒猫のぬいぐるみは突然声を上げた。
プリントされた目や口や髭が動いて驚いたみたいになる。
何? 何なの? どうなってるの? すごい!
怖い気持ちが薄れて、興味の方が湧いてきていた。
「ね、ねえ、あなた喋れるの? さっき浮いてた?」
「にゃ? まあ、そのくらいは朝飯前にゃ」
黒猫のぬいぐるみはふわりと浮いて、わたしの目の前で静止する。
「すごい!」
「にゃっはっは。……って、いやいや、そんなことより、さっきのことにゃ。いきなり殴ることはなかろうにゃ。吾輩がぬいぐるみでなかったら大けがをしとるところにゃ」
「ご、ごめんなさい……さっきは、びっくりしちゃって……」
「うむ、素直に謝れるのはよいことにゃ。吾輩も突然現れて驚かせてしまったようですまなかったにゃ」
「あ。うん、それはもう大丈夫なんだけど……」
わたしはじいっとのぬいぐるみを見つめた。
空中に浮かんで喋る猫のぬいぐるみなんて見たことない。中身はどうなってるのかな。ドローンで浮かんでるのかな? 言葉や表情はタブレットみたいなので作ってるのかな? でもそういう感じじゃない気もする。
……分解してみたいなあ。
「よからぬことを考えておらぬかにゃ?」
「か、考えてないよっ!? わ、わたしは分解……じゃなくて……えっと……あなたが何者なのかなって思って……」
「分解って言っちゃってるにゃ。全然ごまかせてないにゃ。まあ、でもそうだにゃ。本題に入るとするにゃ」
こほん、と黒猫のぬいぐるみは咳払いをした。なんだか学校の先生みたいな雰囲気を感じて、わたしはベッドの上に正座した。
「吾輩は魔法学園ララスフィアの校長ララという者にゃ」
「……え? 魔法……? 学園……?」
「そうにゃ。魔法を教える学校の校長にゃ」
ええー……。魔法って、あの魔法だよね。マンガとかアニメとかでよくある、手も触れずに物を動かしたり、何もないところから火を出したりする。
わたしはじと~っと黒猫のぬいぐるみ――ララ校長を見た。
「その目はなんだにゃ? 信じてないにゃ?」
「……それは、まあ、だってそんな非科学的なもの、信じられないよ」
マンガやアニメは好きだけど、それはあくまでフィクションのお話だし。
「ふむ。では見せてやるにゃ」
次の瞬間、わたしの身体がふわりと浮いた。
「え? え? えええっ!?」
わたしが驚いているうちに、誰も触っていないのに病室の窓が開く。わたしは宙に浮かんだまますごい力で引っ張られて、開いた窓の外に飛び出した。
病院の敷地を飛び越えて、夜の町の上に出る。ものすごいスピードで町の灯りを置き去りにしていく。
「きゃああああああああああああああっ! 落ちるっ! 落ちるうっ!!」
わたしは夜の町のはるか上空で叫ぶ。病気で死ぬより先に、落ちて死んじゃう!
「大丈夫にゃ」
「だだだだだ、だっ、大丈夫じゃないよ! 人は飛べないんだよ!」
「どう見ても飛んでるにゃ。事実から目を逸らすんじゃないにゃ。今起きていることを観察するのが科学じゃないかにゃ?」
隣を飛ぶ黒猫のぬいぐるみ――ララ校長の言葉に、わたしははっとなった。
落ちるんだったら、きっと病室の窓から出たすぐあとに落ちてたはずだ。今、落ちそうな感じもしない。確かにわたしは飛んでいる。
それなのに『人は飛べない』なんて常識を振りかざすなんて、それこそ非科学的……なのかもしれない。観察は科学の大切な方法で、思い込みは科学の敵なんだから。
「落ち着いたようだにゃ」
わたしは頷いた。夜の町の何百メートルも上空にわたしたちは浮かんでいる。とっても怖いことに変わりはないけど、たくさんの灯りできらきら輝く町はとてもきれいだった。
「信じる、よ。こんなふうに空を飛ぶ技術なんて見たことないから」
テレビで専用のドローンを背負って飛んでいるのは見たことがあるけど、今わたしはパジャマしか身に着けてない。こんなことができるとしたら、きっと魔法しかない。完全に信用するわけじゃないけど、今はそう仮定しよう。
「……それで、魔法学園の校長先生が、どうしてわたしのところに?」
「これを持ってきたのにゃ」
わたしの顔の前に一枚の紙がふわりと飛んでくる。
そこには予想もしていなかった言葉が書かれていた。
「入学……願書……?」
「春野咲良。吾輩は咲良を魔法学園ララスフィアに誘いにきたのにゃ」
「え……?」
今、何て言った? 魔法学園に、誘いにきた……って言った? どう考えても聞き間違いじゃないよね。
「そ、それってわたしが魔法学園に入学するってこと……?」
「そうだにゃ」
「な、なんで!? どうしてわたし!?」
「理由はいずれ説明するにゃ。それより、どうするか決めて欲しいにゃ。実はあまり時間がないにゃ」
「時間……?」
「この世界と魔法学園のある世界をつなぐ扉が開いているのはあと数分にゃ。次に開くのはいつになるか分からないにゃ。ちなみに前回開いたのは三百年前にゃ」
「さ、三百年!? っていうか、違う世界にあるのっ!?」
「そうにゃ。だから早めに決めて欲しいにゃ」
「そんなこと言われても、魔法学園のことなんて全然知らないし……。それに……」
わたしはそこまで言ってから、ぎゅっと胸を押しつぶされるような気持ちになる。
魔法で夜の空を飛ぶなんて信じられない体験をして少しの間忘れていられたけど、思い出してしまった――わたしに、未来なんてないんだってこと。
「あ、あのね、わたし病気で……だから……」
「入学すれば治るにゃ」
「……え?」
わたしは呆気にとられてしまった。治る……って言った?
「詳しく説明する時間はないけど、扉を通って世界を渡るときに、身体が再構成されるにゃ。そのときに病気は治るにゃ」
「じゃ、じゃあ、入学したら病気で死なないってこと!?」
「そうにゃ。ただし、一度行ったら戻ってこられない可能性が高いにゃ」
次に扉が開くのがいつになるか分からないから。
でも、わたしにとってそんなことはどうでもよかった。
病気が治る――急に目の前が明るくなったような気がした。
「入学する! します!」
もし騙されてるんだとしても、このまま病気で死んでしまうよりずっといい。
「いいんだにゃ? 行った先の世界はこの世界と違って、魔法が中心の世界にゃ。咲良がこれまで学んできたことはそうそう通用しないかもしれないにゃ」
ララ校長の言葉にわたしははっとした。
これから行こうとしているのが魔法の世界なら、わたしがこれまで勉強してきたことは無駄になってしまうかもしれないし、たぶん科学者になる夢も叶えられない。それは悔しいし、悲しい。
でも、と思う。
「……ゼロからやり直すことになっても、生きてれば、また頑張れるから」
わたしがそう応えると、ララ校長が優しく笑った――ような気がした。
「咲良の覚悟、分かったにゃ。では、この入学願書に指でサインを」
言われるままに、わたしは宙に浮かぶ願書に人差し指で触った。
触った場所が金色の光で輝く。
わたしはそのまま指を動かして自分の名前を書き入れた。
『春野咲良』
書き終えると、文字がひときわ強く輝いた。
そして次の瞬間には、夜の空に大きな扉が現れていた。
扉がゆっくりと開いていく。
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