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7. アルの秘密
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その日の夜、わたしとリズは夜の廊下をそろりそろりと歩いていた。
まだ消灯前の時間だけど、ここは寮じゃなくて校舎だ。だから灯りはほとんど消されてる。月明かりがほんの少し廊下を照らすけど、それだって気休めにしかならない。
わたしの前を行くリズは、こんな暗いのに全然ためらう様子もなく廊下を歩いている。よく足下見えるなあ……。
「あいつ、どこにいくのかしら」
リズが囁くような声で言った。視線の先では小さな灯りが動いている。
わたしは夕食後に寮でリズとした会話を思い出す――
『まずは弱みを握るのよ。あの二人に協力させるにはそれが必要だわ』
『ええっ!? よ、弱み!?』
リズの提案にわたしはびっくりしちゃったけど、彼女は本気みたいだった。
『まずはアルね。今日の夜、尾行しましょう』
『び、尾行!?』
『このまえ、たまたまアルが夜の校舎に行くのを見ちゃったの。あいつ、何か隠してると思う』
――というわけで、わたしとリズはアルを尾行していた。
「やっぱりよくないんじゃないかなあ、尾行なんて……」
「そんなことないわ。咲良は仲良くなりたいって言ってたけど、そのためには相手のことを知る必要があるんじゃない?」
「う……それはまあ、そうかもだけど……。何かうまくごまかされてるような……」
相手のことを知るのと、弱みを握るのはちょっと違うような……。
「でも、言われてみればアルのこと全然知らないなあ……。この学校の子たちって、色々な国から来てるんだよね?」
それはこの世界に来たときララ校長に説明してもらったことだった。円形の大陸の真ん中に大きな湖があって、ララスフィアはその湖の島にある。何十年も前に大きな戦争を治めた偉い魔法使いが設立したらしい。どの国にも属してなくて、色々な国や地域から優秀な生徒を受け入れてるんだって。
「そうね。アルはガレイオ帝国の出身だったはず」
「えーっと、ガレイオ帝国って……」
わたしが首を捻ると、リズから驚いたような気配が伝わってくる。
「魔法技術最先端の大きな国で、魔道具で有名。ガレイオ帝国を知らないって、咲良はほんとにすごく遠くから来たのね……」
あはは、とわたしは乾いた笑いでごまかす。この世界で暮らしていくんだから、そういう常識もちゃんと勉強しとかないとなあ。
「まあいいけどね。アルは入学直後から結構有名だったよ。ガレイオの天才少年って。十歳のときに新しい魔道具を発明したとか、新しい魔杖の魔法を考えたとか」
「ええーっ! そうなの!?」
「しっ! 声が大きい」
わたしは慌てて口を閉じた。いけないいけない。尾行してるんだった。
と、そのときリズが突然立ち止まって、前かがみで歩いていたわたしはその背中に鼻からぶつかった。
「ぶふっ!? ど、どうしたの、リズ?」
「アルが止まった。周りを見てきょろきょろしてる。気づかれた……? ううん、違うみたい」
「よく見えるね。灯りが止まったのは分かるけど、それ以外何も見えないよ」
「私、夜目が利くから。あ、部屋に入った。行こう」
リズの言葉どおり、灯りが見えなくなって、ばたんとドアの閉じる音が廊下に響いた。
部屋の前まで行くと、ドアからランプの光がうっすら漏れている。
「ここ、ルイス先生の工房ね。どうしてこんなところに……」
リズがドアを少しだけ開ける。
隙間から中を覗くと、そこにはアルがいた。ランプを机において、抽斗を開けて中の物を取り出している。何してるんだろう?
「決定的ね」
「決定的……?」
「泥棒よ。それか魔術スパイかも。ルイス先生の研究は世界最先端だから」
「ど、泥棒!? スパイ!?」
しっ、と再びリズに注意されてわたしは口を押さえた。幸いアルは集中してるみたいでこちらには気づいてない。
「チャンスね。これ以上ない弱みだわ」
「えっ……チャンス??」
「咲良はここで待ってて」
リズは言うやいなや、ドアを開け放って部屋の中に飛び込んでいった。
「動かないで! 盗った物はそのままにしなさい!」
「わっ!? な、なんだ!?」
「抵抗するなっ! このっ!」
な、なんか刑事ドラマみたいな台詞が! って感心してる場合じゃない。
「だ、だめだよ!」
あとを追って部屋に入ると、リズがアルを組み敷いて後ろ手に固めていた。ほんとに刑事ドラマで見たことがあるような完璧な制圧。かっこいい……じゃなかった!
「わーーっ! やりすぎだよ、リズっ!」
わたしが慌てて引っ張るとリズは
「このくらい当然なのに」
なんてぶつぶつ言いながらアルから離れた。
「アル、大丈夫!?」
「いてて……いったい何が……?」
アルを助け起こす。何が起こったのか理解できてないみたいで、眼鏡を直しながらわたしとリズを困惑顔で見た。
「ごまかしても無駄よ。現行犯なんだから」
とリズ。
「現行犯? いったい何を……。えっと、咲良と、君は確か同じグループのリ……リム」
「リズよ! 覚えてないの!?」
「ああ、そうだった。人の顔を覚えるのは苦手なんだ。っていうか現行犯って何の話?」
「まだとぼけるの? あなた、ルイス先生の研究成果を盗もうとしてたでしょ!」
リズが机の上を指差した。そこにはハサミ、ペン、ヤスリ、ピンセットみたいな工具類や、魔杖に使われてるようなきらきらした宝石や銀色の金属みたいな板が置かれている。何かを作る場所なんだろうなというのは何となく分かる。工房っていうくらいだしね。
「何を言ってるんだ? 僕はここで――」
アルは言葉を途中で呑み込んで、視線を逸らした。
「何よ、言えないんじゃない。やっぱりどろぼうでしょ」
「それは違う!」
「じゃあ何をしてたのか、説明しなさいよ」
「それは……できない」
「らちが明かないわ。もういい、ルイス先生に突き出してやる」
リズがまたアルを捕まえようと迫っていき、わたしはそれを止めようと慌てて二人の間に割って入った。
「ちょっと、咲良、どうして止めるの?」
「もう少し落ち着いて話し合おうよ! ていうか目的変わってるよね?」
弱みを握ってグループ活動に協力させるのが当初の目的だったはず……。それをルイス先生に突き出しちゃったら意味がないよね。
リズはわたしの指摘に
「う……」
と固まってしまう。
やっぱり忘れてたみたい。
「何の騒ぎですか?」
わたしたちが騒いでいると、部屋の奥のドアが開いて人が出てきた。
ルイス先生だっ! ど、どどどど、どうしよう!?
「あ、あのっ、えっと……」
いい言い訳がないか考えてみたけど全然思いつかない。だってアルがどうしてこの部屋にいるのかを知らないんだから、どう言い訳するのがいいのか分かるはずない。
ルイス先生はわたしたちを順に見てから
「なるほど」
と呟いた。
「ブライス君がここで作業を始めようとしているのを、不審に思ったお二人に見つかったといったところですか」
わたしとリズは顔を見合わせた。……作業?
「すみません……見つかってしまいました」
ルイス先生にアルが謝る。でも、勝手に部屋に入ったことじゃなく、見つかったことを謝ったってことは――
「別に構いません。君がこの工房を使用していることは、もともと秘密にする必要のないことですから」
リズが
「えっ」
と声を漏らす。
「あの……じゃあ、アルはここで泥棒をしてたとか、そういうんじゃなくて……?」
「違います。ブライス君は、私の工房の研究生として受け入れているんです」
「ええっ!? でも、工房への配属は四年生からなんじゃ……」
「教員が許可すれば一年生からでも入れますよ。あまり例はありませんが」
「そんなの不公平じゃないですか? 全員が入れるわけじゃないんですよね」
「ブライス君は入学前から私の論文の内容や彼自身の発明について手紙で議論をしていました。四年生に勝るとも劣らないレベルで、です。当人の能力とやる気に見合った待遇を与えることが不公平とは私は思いません」
ルイス先生の言葉は筋が通っているように私には思えた。
リズは俯いて黙りこんでしまったけど、大丈夫かな。怒られたわけじゃないけど、結構はっきり言われちゃったし――なんて思っていたらリズは小さく頷いて顔を上げた。
「先生のおっしゃるとおりですね。失礼しました」
「別に失礼なことを言われたとは思っていませんよ。分かっていただけたなら、それで構いません」
おお。リズの言葉にわたしはちょっと感心してしまった。あんなにはっきり言われたらちょっとは凹んだりむっとしたりしそうなものだけど、リズはきちんと割り切れるんだ。
「アルバート・ブライス。私、勘違いでひどいことをした。謝罪するわ。ごめんなさい」
「怪我をしたわけじゃないし、分かってもらえたなら、それでいいよ」
アルがリズの謝罪を受け入れてくれてほっと一息……してる場合じゃない。
「アル、わたしもごめんね……。そもそもアルを尾行することになったのはわたしのせいだから……」
「咲良が? と言うより、尾行って……?」
アルはいぶかしげに首を傾げる。それもそうか。アルは何も事情を知らないもんね。
わたしはこれまでの経緯を説明した。
「つまり、グループ活動に協力させるために僕の弱みを握ろうと尾行したと……」
アルは思案顔でわたしの説明を聞いていた。そうやってまとめられると弁解の余地もない。怒られたり文句を言われたりしても仕方ない、とわたしは覚悟してたんだけど、
「なるほど、合理的だね」
そんなアルの言葉にわたしもリズも意表を突かれて固まった。
「尾行を提案した私が言うのもなんだけど、あなた変わってるわね……」
アルはリズの言葉に首を傾げて
「そうかな?」
なんて返している。
「あ、あのね、アル、それでグループ活動の件なんだけど、協力してもらえないかな!」
もう直接お願いするしかない。そう思ってわたしは言った。
でもアルは首を傾げる。
「これまでのグループ課題で失敗したのはなかったよね? 最低限クリアできればいいと思うし、それに必要な協力はしてるつもりだけど」
アルの言葉にわたしはやっぱりそうだったんだと思った。確かにアルは少しは協力してくれるんだよね。でも自分のやるべきことが終わるとすぐに読書に集中し始めちゃう。もっとよくしようとか、わたしやリズが苦労してるところを助けてくれたりとか、そういうことはない。
「もっと協力して欲しいんだよっ!」
「どうして?」
「どうしてって……」
成績がよくなるから? 評価が上がるから? 中間試験を乗り切りたいから? それとも仲良くなりたいから? みんなで楽しく過ごしたいから?
ううん、どれも合ってるんだけど、どれも違う。
「そっちの方が面白いと思うんだ。みんなで協力すれば新しいことができる。ひとりじゃできないような大きなことや、思いつかなかったようなことだってできると思う」
言いながら、そうだったんだと思った。自分の気持ちを見つけたみたいな気がした。病気がちで入退院を繰り返してたから、わたしは友達やクラスメイトと一緒に何かをすることがとっても少なかった。わたしはいつもお客さんみたいに、少し離れたところから見ているだけだった。だから――
でもわたしの言葉にアルは眉根を寄せた。さっきみたいに合理的だとは言ってくれなかった。たぶん戸惑ってる。
「……よく分からないな」
「そうだよね……」
これはわたしのわがままなのかもしれない。アルを協力させることで、彼の大切な読書や研究の時間を奪ってしまうのかもしれない。
「ブライス君」
わたしが諦めかけたとき、声を発したのはルイス先生だった。
「押しつけるつもりはありませんが、私は春野さんの言葉には一理があると思いますよ」
アルは意外そうにルイス先生を見た。
「……どういうことですか、先生?」
ルイス先生はその質問には答えず薄く笑みを浮かべると
「それでは、遅くなりすぎないように」
と部屋を出て行ってしまった。
「……自分で考えろってことか」
アルは口元に手を当てて考え始めてしまう。
わたしの方は言いたいことも言って、もう説得の言葉もない。これ以上は無理強いになっちゃう。意外にもルイス先生が後押しをしてくれたので、あとはアルがどう考えるかが大切なんだと思う。
わたしは手持ちぶさたになって、ぼんやりと部屋を眺め回した。
薬学室にあったようなのと似た実験台が四台。その上にはランプ、ピンセット、金槌、やすり、鋸やペンチ、その他色々な工具がある。工作室って感じだなあ。魔法工学っていうんだっけ。四年生以降の選択授業なんだよね、確か。
さっきまでアルが作業を始めようとしていた実験台にはたくさんの工具や材料に加えて一枚の紙が敷かれていた。画用紙くらいの大きな紙だ。技術がそこまで進んでいないせいだろうけど、この世界の紙は薄黄色でところどころに黒い繊維が混じっていて、鉛筆の筆記は少し読みにくい。
でも、わたしの目にはそこに書かれているモノが鮮明に飛び込んできた。まるで紙の中から浮き上がって、色づいたみたいに。
「アル! これって電灯!?」
「ちょっと、急にどうしたのよ、咲良」
「でん……何?」
考え込んでいたアルが顔を上げる。ああ、そうだった。電灯って電気の灯りだよね。じゃあこれは違う。魔法で動くから、魔灯? ああ、もどかしい!
「えっと、魔法の灯りだよね、これ!」
実験台の紙は図面だった。丸いかたちのガラスとそれに覆われた正多面体の魔石。その三面図が正確な寸法と一緒に書かれている。
「よく分かったね」
アルが眼鏡の奥の目を丸くしてわたしをじっと見つめた。
「分かるよ! だって、これ回路図でしょ?」
細かいところはもちろん違ったけど、それでも図面の隣に書き込まれた図形は、わたしの知ってる電気回路図にとてもよく似ていた。ぎざぎざした抵抗の記号や、長い線と短い線の向き合った電池みたいな記号もある(この世界に電池ってあるのかな?)。それにこれは初めて見る記号だけど、黒塗りの六角形があって、そこから光を示すっぽい矢印が外に出てる。きっとLED的なやつだよね、これ!
「君、魔術回路が分かるのか!?」
「ひゃっ!? ち、近い、近いよ、アル!」
アルが目を見開いたまま、瞬きもせずに詰め寄ってくる。顔の距離十センチくらい。図面と回路図に興奮してたわたしもさすがに動揺した。
「どうして! 魔術回路は四年生以降の専門課程でしか習わないはずなのに!?」
「え、えっと、それは……」
「近いわよ、アルバート・ブライス」
わたしがどぎまぎしていると不愉快そうな表情をしたリズがアルを押しのけた。それからわたしを庇うみたいに密着してくる。リズも近くない……?
「あ、ああ、ごめん」
アルは慌てて何歩か下がった。
今度はちょっと遠過ぎるくらいで、わたしは思わず苦笑した。
「あのさ、アル、それでこれって灯りなんだよね?」
「え?」
アルがぱっと顔を上げる。
「ああ、うん、そう、そうだよ! これが魔光素子で、ここに魔石を置くと魔力が流れて、魔光素子が光るんだ」
目を輝かせたアルが、早口で楽しそうに回路図を説明してくれる。
やっぱりさっきの想像であってたみたい。魔石っていうのが電池で、魔光素子がLEDだね。魔法と電気で原理は全然違うけど、よく似てる。こういうのアナロジーって言うんだよね、確か。何だかわくわくしてきた!
「へええ! すごいね! 魔法工学ってこんなことができるんだ! 実物は? もう作ってみたの?」
「もちろん! これだよ!」
アルが実験台の上に置かれていた布を取り去る。
おおっ、とわたしは歓声を上げた。図面に書かれていたとおりの、でも想像よりずっと素敵なものが現れた。直径十五センチくらいのガラス球の中に綺麗な魔光素子が吊り下げられている。
「へえ、きれいね」
とリズも感心したように眺めている。
わたしが
「点けて点けて!」
と催促すると、アルは頷いてガラス球の台座部分の窪みに小さな石を置いた。それは見る角度で色々な色に見える透明なクリスタル。きっとあれが魔石なんだ。
魔石の中で何かが揺らいだように見えた次の瞬間――魔光素子が輝いた。
炎の色とは違う、白い光だ。
それがガラス球の細工に反射して周囲を柔らかく照らしている。
「わーーーーーっ! すごいっ!」
興奮した。魔法工学って、こんなものが作れるんだ!
「回路は? どこにあるの!?」
「これだよ。ここの金線」
「あ、こんなところに! 魔杖の金色の線と似てるね?」
「あれも一種の魔術回路だから」
「そうなんだ! あ、魔力の大きさと魔光素子の光の強さの関係ってどうなってるの?」
「それは魔力量に比例するんだけど、そのときの比例定数には個体差があって、あとは温度依存性も――」
わたしが質問を重ねて、アルがそれにすらすら答える。
楽しい。
時間を忘れて話し込んでいると、小さく咳払いの音がした。はっと我に返って見ると、リズが少しむすっとしてわたしとアルを見ていた。
「あ、ご、ごめん、リズ……」
「咲良が楽しそうだからいいけど」
リズが諦めたみたいにため息を吐く。
「二人が難しい技術の話をしてるのだけは分かったんだけど、結局、それって何のために作ったの?」
「え?」
とアルが少し戸惑ったような声を出す。
「灯りをとるためだけど」
「灯りって言っても色々あるじゃない? 部屋の照明とか、本を読むときに手元を照らすとか、暗いところで手に持って使うとか」
ああ、そうか。言われてみればそうだよね。わたし、技術のことばかり考えていて目的の方に意識が向いてなかった。現実的なリズっぽい指摘だ。
「廊下の照明を作るようにルイス先生には言われてる」
とアル。
わたしはガラスの照明がずらりと並んだ廊下を想像して
「おお」
と感嘆の声を漏らす。今の廊下は夜暗くてちょっと不気味だから、照明が付いたら便利になりそう。それに、きっとすごくおしゃれになるだろうなあ。
わたしが感心しているとリズが首を傾げる。
「この照明って、どのくらいの時間もつの? それに点けたり消したりはどうするの?」
「だいたい十時間かな。一晩はもつよ。夜になったら一つずつ魔石を入れれば点灯する」
「おおー……?」
とわたしも首を傾ける。
あれ? それはちょっと面倒じゃない……? 大きな校舎のながーい廊下に設置したたくさんの照明の魔石を毎日入れ換えるってことだよね。
「大変じゃない? それって普通のランプを置くのと手間は変わらなさそう。それに魔石ってそんなに安いものじゃないって聞いたことがあるけど」
ずばっと聞いたのはまたしてもリズ。
アルは驚いたみたいに目を見開いて、眼鏡を指でくいっと押し上げた。
「……そこまでは考えてなかったな。いや、そういう見方をしてなかったと言うべきか。まあいずれ解決するよ。魔石の製造方法は年々改良されてるから」
「じゃあ、せっかく作った照明を使わないってこと?」
「いや、新しい技術は使うことで進歩するんだ。多少使いづらくても、使っていくことでこの照明も、魔石とかの周辺技術も発展する」
リズとアルが議論を始める。喧嘩って感じではないけど、二人ともはっきり自分の意見を言うから険悪な雰囲気になるのも時間の問題かも……? ああ、でもどっちの言ってることも分かるなあ……。技術志向のアルと現実志向のリズ。どうするのがいいんだろう。
わたしはうーんとアルの作った照明を見ながら頭を捻った。
魔光素子、魔石、魔術回路、廊下、照明――
「あ」
一つのアイデアが浮かぶ。わたしの間の抜けた声に、それまで議論を白熱させていたアルとリズが目線を向けてきた。
「どうかした、咲良?」
とアル。
「あのね、人が通るときだけ点くようにできないかな?」
わたしは思い浮かんだアイデアを口にした。
前の世界でよく見かけたタイプの照明だけど、この世界ではまだ見たことがない。
でもアルはピンとこないみたいで首を傾げた。
「どういうことだろう。もう少し詳しく説明してくれないかな」
「えっと、人がいることを検知して、そのときだけ回路に魔力を流して魔光素子を光らせるようにするの。それで人がいなくなったら回路を遮断して光を消す。どうかな?」
わたしの説明にアルはじっと考え込む。その厳しい表情に、ちょっと不安になったとき、アルがぽつりと呟いた。
「なるほど……」
それからぱっと顔を上げて興奮した様子でわたしを見る。さっきみたいにまた詰め寄られるかと思ったけど、それはリズがさりげなく身体を挟んで阻止してくれた。
「確かにそれなら魔石はずっと長くもつ! 人が通ったときに一回あたり三十秒だけ点灯するとして、千二百回はいける!」
「夜に校舎の廊下を通る人って何人くらいなのかな?」
「多くても二十人くらいだと思う」
「じゃあ、だいたい六十日もつ計算になるね!」
「あなたたち計算速いのね……」
とリズが感心と呆れの混じった様子で言った。
一晩しかもたなかったのが六十日。それなら魔石の交換もそこまで手間じゃないかも。
「咲良の考えが実現できれば、人があまり通らないところは魔石が節約できる。すごく効率的だ」
「でもどうやって作るかが問題だよね。人が通るときだけ回路に魔力を流すにはどうしたらいいんだろう……」
たしか前の世界のそういう電灯って、体温を――もっと言えば赤外線を――検知したときにLEDに電流が流れるようにしてたんだよね。でもそのためには電気石とかトランジスタとか、結構特殊な部品――素子が必要だったはず。
「あるのかな……。体温に反応して変化するような素子……」
「体温?」
わたしの呟きにアルが反応する。
「ああ、そうか! 体温を検知して回路に魔力が流れるようになればいいのか。だけどそんな素子、聞いたことがないな……」
「そっかあ、そう都合よくはないよね……。体温以外でも音とかでもいいんだけど」
「なるほど……。だけど思い当たらないな。ああ、それに明るいときに点灯させない仕組みも必要じゃないか?」
「あーっ、そっか! そうしないと昼の人通りが多いときにも光って、どんどん魔力が使われちゃう」
いいと思ったアイデアだけど、実現しようと思うとそう簡単にはいかない。
わたしとアルがうーんと悩んでいると、
「ねえ」
とリズが声をかけてくる。
「夜にだけ人に反応するものがあればいいの?」
「「あるのっ!?」」
二人で食いつくように迫ると、リズはそれに圧されたみたいに後ずさった。
「あなたたちって……」
リズは苦笑いを浮かべて首を振った。
「ま、いいか。あのね、使えるかどうかは分からないけど、私が知ってるのは――」
リズの説明を聞いて、わたしとアルは顔を見合わせて頷き合った。
それならいけるかもしれない! と。
まだ消灯前の時間だけど、ここは寮じゃなくて校舎だ。だから灯りはほとんど消されてる。月明かりがほんの少し廊下を照らすけど、それだって気休めにしかならない。
わたしの前を行くリズは、こんな暗いのに全然ためらう様子もなく廊下を歩いている。よく足下見えるなあ……。
「あいつ、どこにいくのかしら」
リズが囁くような声で言った。視線の先では小さな灯りが動いている。
わたしは夕食後に寮でリズとした会話を思い出す――
『まずは弱みを握るのよ。あの二人に協力させるにはそれが必要だわ』
『ええっ!? よ、弱み!?』
リズの提案にわたしはびっくりしちゃったけど、彼女は本気みたいだった。
『まずはアルね。今日の夜、尾行しましょう』
『び、尾行!?』
『このまえ、たまたまアルが夜の校舎に行くのを見ちゃったの。あいつ、何か隠してると思う』
――というわけで、わたしとリズはアルを尾行していた。
「やっぱりよくないんじゃないかなあ、尾行なんて……」
「そんなことないわ。咲良は仲良くなりたいって言ってたけど、そのためには相手のことを知る必要があるんじゃない?」
「う……それはまあ、そうかもだけど……。何かうまくごまかされてるような……」
相手のことを知るのと、弱みを握るのはちょっと違うような……。
「でも、言われてみればアルのこと全然知らないなあ……。この学校の子たちって、色々な国から来てるんだよね?」
それはこの世界に来たときララ校長に説明してもらったことだった。円形の大陸の真ん中に大きな湖があって、ララスフィアはその湖の島にある。何十年も前に大きな戦争を治めた偉い魔法使いが設立したらしい。どの国にも属してなくて、色々な国や地域から優秀な生徒を受け入れてるんだって。
「そうね。アルはガレイオ帝国の出身だったはず」
「えーっと、ガレイオ帝国って……」
わたしが首を捻ると、リズから驚いたような気配が伝わってくる。
「魔法技術最先端の大きな国で、魔道具で有名。ガレイオ帝国を知らないって、咲良はほんとにすごく遠くから来たのね……」
あはは、とわたしは乾いた笑いでごまかす。この世界で暮らしていくんだから、そういう常識もちゃんと勉強しとかないとなあ。
「まあいいけどね。アルは入学直後から結構有名だったよ。ガレイオの天才少年って。十歳のときに新しい魔道具を発明したとか、新しい魔杖の魔法を考えたとか」
「ええーっ! そうなの!?」
「しっ! 声が大きい」
わたしは慌てて口を閉じた。いけないいけない。尾行してるんだった。
と、そのときリズが突然立ち止まって、前かがみで歩いていたわたしはその背中に鼻からぶつかった。
「ぶふっ!? ど、どうしたの、リズ?」
「アルが止まった。周りを見てきょろきょろしてる。気づかれた……? ううん、違うみたい」
「よく見えるね。灯りが止まったのは分かるけど、それ以外何も見えないよ」
「私、夜目が利くから。あ、部屋に入った。行こう」
リズの言葉どおり、灯りが見えなくなって、ばたんとドアの閉じる音が廊下に響いた。
部屋の前まで行くと、ドアからランプの光がうっすら漏れている。
「ここ、ルイス先生の工房ね。どうしてこんなところに……」
リズがドアを少しだけ開ける。
隙間から中を覗くと、そこにはアルがいた。ランプを机において、抽斗を開けて中の物を取り出している。何してるんだろう?
「決定的ね」
「決定的……?」
「泥棒よ。それか魔術スパイかも。ルイス先生の研究は世界最先端だから」
「ど、泥棒!? スパイ!?」
しっ、と再びリズに注意されてわたしは口を押さえた。幸いアルは集中してるみたいでこちらには気づいてない。
「チャンスね。これ以上ない弱みだわ」
「えっ……チャンス??」
「咲良はここで待ってて」
リズは言うやいなや、ドアを開け放って部屋の中に飛び込んでいった。
「動かないで! 盗った物はそのままにしなさい!」
「わっ!? な、なんだ!?」
「抵抗するなっ! このっ!」
な、なんか刑事ドラマみたいな台詞が! って感心してる場合じゃない。
「だ、だめだよ!」
あとを追って部屋に入ると、リズがアルを組み敷いて後ろ手に固めていた。ほんとに刑事ドラマで見たことがあるような完璧な制圧。かっこいい……じゃなかった!
「わーーっ! やりすぎだよ、リズっ!」
わたしが慌てて引っ張るとリズは
「このくらい当然なのに」
なんてぶつぶつ言いながらアルから離れた。
「アル、大丈夫!?」
「いてて……いったい何が……?」
アルを助け起こす。何が起こったのか理解できてないみたいで、眼鏡を直しながらわたしとリズを困惑顔で見た。
「ごまかしても無駄よ。現行犯なんだから」
とリズ。
「現行犯? いったい何を……。えっと、咲良と、君は確か同じグループのリ……リム」
「リズよ! 覚えてないの!?」
「ああ、そうだった。人の顔を覚えるのは苦手なんだ。っていうか現行犯って何の話?」
「まだとぼけるの? あなた、ルイス先生の研究成果を盗もうとしてたでしょ!」
リズが机の上を指差した。そこにはハサミ、ペン、ヤスリ、ピンセットみたいな工具類や、魔杖に使われてるようなきらきらした宝石や銀色の金属みたいな板が置かれている。何かを作る場所なんだろうなというのは何となく分かる。工房っていうくらいだしね。
「何を言ってるんだ? 僕はここで――」
アルは言葉を途中で呑み込んで、視線を逸らした。
「何よ、言えないんじゃない。やっぱりどろぼうでしょ」
「それは違う!」
「じゃあ何をしてたのか、説明しなさいよ」
「それは……できない」
「らちが明かないわ。もういい、ルイス先生に突き出してやる」
リズがまたアルを捕まえようと迫っていき、わたしはそれを止めようと慌てて二人の間に割って入った。
「ちょっと、咲良、どうして止めるの?」
「もう少し落ち着いて話し合おうよ! ていうか目的変わってるよね?」
弱みを握ってグループ活動に協力させるのが当初の目的だったはず……。それをルイス先生に突き出しちゃったら意味がないよね。
リズはわたしの指摘に
「う……」
と固まってしまう。
やっぱり忘れてたみたい。
「何の騒ぎですか?」
わたしたちが騒いでいると、部屋の奥のドアが開いて人が出てきた。
ルイス先生だっ! ど、どどどど、どうしよう!?
「あ、あのっ、えっと……」
いい言い訳がないか考えてみたけど全然思いつかない。だってアルがどうしてこの部屋にいるのかを知らないんだから、どう言い訳するのがいいのか分かるはずない。
ルイス先生はわたしたちを順に見てから
「なるほど」
と呟いた。
「ブライス君がここで作業を始めようとしているのを、不審に思ったお二人に見つかったといったところですか」
わたしとリズは顔を見合わせた。……作業?
「すみません……見つかってしまいました」
ルイス先生にアルが謝る。でも、勝手に部屋に入ったことじゃなく、見つかったことを謝ったってことは――
「別に構いません。君がこの工房を使用していることは、もともと秘密にする必要のないことですから」
リズが
「えっ」
と声を漏らす。
「あの……じゃあ、アルはここで泥棒をしてたとか、そういうんじゃなくて……?」
「違います。ブライス君は、私の工房の研究生として受け入れているんです」
「ええっ!? でも、工房への配属は四年生からなんじゃ……」
「教員が許可すれば一年生からでも入れますよ。あまり例はありませんが」
「そんなの不公平じゃないですか? 全員が入れるわけじゃないんですよね」
「ブライス君は入学前から私の論文の内容や彼自身の発明について手紙で議論をしていました。四年生に勝るとも劣らないレベルで、です。当人の能力とやる気に見合った待遇を与えることが不公平とは私は思いません」
ルイス先生の言葉は筋が通っているように私には思えた。
リズは俯いて黙りこんでしまったけど、大丈夫かな。怒られたわけじゃないけど、結構はっきり言われちゃったし――なんて思っていたらリズは小さく頷いて顔を上げた。
「先生のおっしゃるとおりですね。失礼しました」
「別に失礼なことを言われたとは思っていませんよ。分かっていただけたなら、それで構いません」
おお。リズの言葉にわたしはちょっと感心してしまった。あんなにはっきり言われたらちょっとは凹んだりむっとしたりしそうなものだけど、リズはきちんと割り切れるんだ。
「アルバート・ブライス。私、勘違いでひどいことをした。謝罪するわ。ごめんなさい」
「怪我をしたわけじゃないし、分かってもらえたなら、それでいいよ」
アルがリズの謝罪を受け入れてくれてほっと一息……してる場合じゃない。
「アル、わたしもごめんね……。そもそもアルを尾行することになったのはわたしのせいだから……」
「咲良が? と言うより、尾行って……?」
アルはいぶかしげに首を傾げる。それもそうか。アルは何も事情を知らないもんね。
わたしはこれまでの経緯を説明した。
「つまり、グループ活動に協力させるために僕の弱みを握ろうと尾行したと……」
アルは思案顔でわたしの説明を聞いていた。そうやってまとめられると弁解の余地もない。怒られたり文句を言われたりしても仕方ない、とわたしは覚悟してたんだけど、
「なるほど、合理的だね」
そんなアルの言葉にわたしもリズも意表を突かれて固まった。
「尾行を提案した私が言うのもなんだけど、あなた変わってるわね……」
アルはリズの言葉に首を傾げて
「そうかな?」
なんて返している。
「あ、あのね、アル、それでグループ活動の件なんだけど、協力してもらえないかな!」
もう直接お願いするしかない。そう思ってわたしは言った。
でもアルは首を傾げる。
「これまでのグループ課題で失敗したのはなかったよね? 最低限クリアできればいいと思うし、それに必要な協力はしてるつもりだけど」
アルの言葉にわたしはやっぱりそうだったんだと思った。確かにアルは少しは協力してくれるんだよね。でも自分のやるべきことが終わるとすぐに読書に集中し始めちゃう。もっとよくしようとか、わたしやリズが苦労してるところを助けてくれたりとか、そういうことはない。
「もっと協力して欲しいんだよっ!」
「どうして?」
「どうしてって……」
成績がよくなるから? 評価が上がるから? 中間試験を乗り切りたいから? それとも仲良くなりたいから? みんなで楽しく過ごしたいから?
ううん、どれも合ってるんだけど、どれも違う。
「そっちの方が面白いと思うんだ。みんなで協力すれば新しいことができる。ひとりじゃできないような大きなことや、思いつかなかったようなことだってできると思う」
言いながら、そうだったんだと思った。自分の気持ちを見つけたみたいな気がした。病気がちで入退院を繰り返してたから、わたしは友達やクラスメイトと一緒に何かをすることがとっても少なかった。わたしはいつもお客さんみたいに、少し離れたところから見ているだけだった。だから――
でもわたしの言葉にアルは眉根を寄せた。さっきみたいに合理的だとは言ってくれなかった。たぶん戸惑ってる。
「……よく分からないな」
「そうだよね……」
これはわたしのわがままなのかもしれない。アルを協力させることで、彼の大切な読書や研究の時間を奪ってしまうのかもしれない。
「ブライス君」
わたしが諦めかけたとき、声を発したのはルイス先生だった。
「押しつけるつもりはありませんが、私は春野さんの言葉には一理があると思いますよ」
アルは意外そうにルイス先生を見た。
「……どういうことですか、先生?」
ルイス先生はその質問には答えず薄く笑みを浮かべると
「それでは、遅くなりすぎないように」
と部屋を出て行ってしまった。
「……自分で考えろってことか」
アルは口元に手を当てて考え始めてしまう。
わたしの方は言いたいことも言って、もう説得の言葉もない。これ以上は無理強いになっちゃう。意外にもルイス先生が後押しをしてくれたので、あとはアルがどう考えるかが大切なんだと思う。
わたしは手持ちぶさたになって、ぼんやりと部屋を眺め回した。
薬学室にあったようなのと似た実験台が四台。その上にはランプ、ピンセット、金槌、やすり、鋸やペンチ、その他色々な工具がある。工作室って感じだなあ。魔法工学っていうんだっけ。四年生以降の選択授業なんだよね、確か。
さっきまでアルが作業を始めようとしていた実験台にはたくさんの工具や材料に加えて一枚の紙が敷かれていた。画用紙くらいの大きな紙だ。技術がそこまで進んでいないせいだろうけど、この世界の紙は薄黄色でところどころに黒い繊維が混じっていて、鉛筆の筆記は少し読みにくい。
でも、わたしの目にはそこに書かれているモノが鮮明に飛び込んできた。まるで紙の中から浮き上がって、色づいたみたいに。
「アル! これって電灯!?」
「ちょっと、急にどうしたのよ、咲良」
「でん……何?」
考え込んでいたアルが顔を上げる。ああ、そうだった。電灯って電気の灯りだよね。じゃあこれは違う。魔法で動くから、魔灯? ああ、もどかしい!
「えっと、魔法の灯りだよね、これ!」
実験台の紙は図面だった。丸いかたちのガラスとそれに覆われた正多面体の魔石。その三面図が正確な寸法と一緒に書かれている。
「よく分かったね」
アルが眼鏡の奥の目を丸くしてわたしをじっと見つめた。
「分かるよ! だって、これ回路図でしょ?」
細かいところはもちろん違ったけど、それでも図面の隣に書き込まれた図形は、わたしの知ってる電気回路図にとてもよく似ていた。ぎざぎざした抵抗の記号や、長い線と短い線の向き合った電池みたいな記号もある(この世界に電池ってあるのかな?)。それにこれは初めて見る記号だけど、黒塗りの六角形があって、そこから光を示すっぽい矢印が外に出てる。きっとLED的なやつだよね、これ!
「君、魔術回路が分かるのか!?」
「ひゃっ!? ち、近い、近いよ、アル!」
アルが目を見開いたまま、瞬きもせずに詰め寄ってくる。顔の距離十センチくらい。図面と回路図に興奮してたわたしもさすがに動揺した。
「どうして! 魔術回路は四年生以降の専門課程でしか習わないはずなのに!?」
「え、えっと、それは……」
「近いわよ、アルバート・ブライス」
わたしがどぎまぎしていると不愉快そうな表情をしたリズがアルを押しのけた。それからわたしを庇うみたいに密着してくる。リズも近くない……?
「あ、ああ、ごめん」
アルは慌てて何歩か下がった。
今度はちょっと遠過ぎるくらいで、わたしは思わず苦笑した。
「あのさ、アル、それでこれって灯りなんだよね?」
「え?」
アルがぱっと顔を上げる。
「ああ、うん、そう、そうだよ! これが魔光素子で、ここに魔石を置くと魔力が流れて、魔光素子が光るんだ」
目を輝かせたアルが、早口で楽しそうに回路図を説明してくれる。
やっぱりさっきの想像であってたみたい。魔石っていうのが電池で、魔光素子がLEDだね。魔法と電気で原理は全然違うけど、よく似てる。こういうのアナロジーって言うんだよね、確か。何だかわくわくしてきた!
「へええ! すごいね! 魔法工学ってこんなことができるんだ! 実物は? もう作ってみたの?」
「もちろん! これだよ!」
アルが実験台の上に置かれていた布を取り去る。
おおっ、とわたしは歓声を上げた。図面に書かれていたとおりの、でも想像よりずっと素敵なものが現れた。直径十五センチくらいのガラス球の中に綺麗な魔光素子が吊り下げられている。
「へえ、きれいね」
とリズも感心したように眺めている。
わたしが
「点けて点けて!」
と催促すると、アルは頷いてガラス球の台座部分の窪みに小さな石を置いた。それは見る角度で色々な色に見える透明なクリスタル。きっとあれが魔石なんだ。
魔石の中で何かが揺らいだように見えた次の瞬間――魔光素子が輝いた。
炎の色とは違う、白い光だ。
それがガラス球の細工に反射して周囲を柔らかく照らしている。
「わーーーーーっ! すごいっ!」
興奮した。魔法工学って、こんなものが作れるんだ!
「回路は? どこにあるの!?」
「これだよ。ここの金線」
「あ、こんなところに! 魔杖の金色の線と似てるね?」
「あれも一種の魔術回路だから」
「そうなんだ! あ、魔力の大きさと魔光素子の光の強さの関係ってどうなってるの?」
「それは魔力量に比例するんだけど、そのときの比例定数には個体差があって、あとは温度依存性も――」
わたしが質問を重ねて、アルがそれにすらすら答える。
楽しい。
時間を忘れて話し込んでいると、小さく咳払いの音がした。はっと我に返って見ると、リズが少しむすっとしてわたしとアルを見ていた。
「あ、ご、ごめん、リズ……」
「咲良が楽しそうだからいいけど」
リズが諦めたみたいにため息を吐く。
「二人が難しい技術の話をしてるのだけは分かったんだけど、結局、それって何のために作ったの?」
「え?」
とアルが少し戸惑ったような声を出す。
「灯りをとるためだけど」
「灯りって言っても色々あるじゃない? 部屋の照明とか、本を読むときに手元を照らすとか、暗いところで手に持って使うとか」
ああ、そうか。言われてみればそうだよね。わたし、技術のことばかり考えていて目的の方に意識が向いてなかった。現実的なリズっぽい指摘だ。
「廊下の照明を作るようにルイス先生には言われてる」
とアル。
わたしはガラスの照明がずらりと並んだ廊下を想像して
「おお」
と感嘆の声を漏らす。今の廊下は夜暗くてちょっと不気味だから、照明が付いたら便利になりそう。それに、きっとすごくおしゃれになるだろうなあ。
わたしが感心しているとリズが首を傾げる。
「この照明って、どのくらいの時間もつの? それに点けたり消したりはどうするの?」
「だいたい十時間かな。一晩はもつよ。夜になったら一つずつ魔石を入れれば点灯する」
「おおー……?」
とわたしも首を傾ける。
あれ? それはちょっと面倒じゃない……? 大きな校舎のながーい廊下に設置したたくさんの照明の魔石を毎日入れ換えるってことだよね。
「大変じゃない? それって普通のランプを置くのと手間は変わらなさそう。それに魔石ってそんなに安いものじゃないって聞いたことがあるけど」
ずばっと聞いたのはまたしてもリズ。
アルは驚いたみたいに目を見開いて、眼鏡を指でくいっと押し上げた。
「……そこまでは考えてなかったな。いや、そういう見方をしてなかったと言うべきか。まあいずれ解決するよ。魔石の製造方法は年々改良されてるから」
「じゃあ、せっかく作った照明を使わないってこと?」
「いや、新しい技術は使うことで進歩するんだ。多少使いづらくても、使っていくことでこの照明も、魔石とかの周辺技術も発展する」
リズとアルが議論を始める。喧嘩って感じではないけど、二人ともはっきり自分の意見を言うから険悪な雰囲気になるのも時間の問題かも……? ああ、でもどっちの言ってることも分かるなあ……。技術志向のアルと現実志向のリズ。どうするのがいいんだろう。
わたしはうーんとアルの作った照明を見ながら頭を捻った。
魔光素子、魔石、魔術回路、廊下、照明――
「あ」
一つのアイデアが浮かぶ。わたしの間の抜けた声に、それまで議論を白熱させていたアルとリズが目線を向けてきた。
「どうかした、咲良?」
とアル。
「あのね、人が通るときだけ点くようにできないかな?」
わたしは思い浮かんだアイデアを口にした。
前の世界でよく見かけたタイプの照明だけど、この世界ではまだ見たことがない。
でもアルはピンとこないみたいで首を傾げた。
「どういうことだろう。もう少し詳しく説明してくれないかな」
「えっと、人がいることを検知して、そのときだけ回路に魔力を流して魔光素子を光らせるようにするの。それで人がいなくなったら回路を遮断して光を消す。どうかな?」
わたしの説明にアルはじっと考え込む。その厳しい表情に、ちょっと不安になったとき、アルがぽつりと呟いた。
「なるほど……」
それからぱっと顔を上げて興奮した様子でわたしを見る。さっきみたいにまた詰め寄られるかと思ったけど、それはリズがさりげなく身体を挟んで阻止してくれた。
「確かにそれなら魔石はずっと長くもつ! 人が通ったときに一回あたり三十秒だけ点灯するとして、千二百回はいける!」
「夜に校舎の廊下を通る人って何人くらいなのかな?」
「多くても二十人くらいだと思う」
「じゃあ、だいたい六十日もつ計算になるね!」
「あなたたち計算速いのね……」
とリズが感心と呆れの混じった様子で言った。
一晩しかもたなかったのが六十日。それなら魔石の交換もそこまで手間じゃないかも。
「咲良の考えが実現できれば、人があまり通らないところは魔石が節約できる。すごく効率的だ」
「でもどうやって作るかが問題だよね。人が通るときだけ回路に魔力を流すにはどうしたらいいんだろう……」
たしか前の世界のそういう電灯って、体温を――もっと言えば赤外線を――検知したときにLEDに電流が流れるようにしてたんだよね。でもそのためには電気石とかトランジスタとか、結構特殊な部品――素子が必要だったはず。
「あるのかな……。体温に反応して変化するような素子……」
「体温?」
わたしの呟きにアルが反応する。
「ああ、そうか! 体温を検知して回路に魔力が流れるようになればいいのか。だけどそんな素子、聞いたことがないな……」
「そっかあ、そう都合よくはないよね……。体温以外でも音とかでもいいんだけど」
「なるほど……。だけど思い当たらないな。ああ、それに明るいときに点灯させない仕組みも必要じゃないか?」
「あーっ、そっか! そうしないと昼の人通りが多いときにも光って、どんどん魔力が使われちゃう」
いいと思ったアイデアだけど、実現しようと思うとそう簡単にはいかない。
わたしとアルがうーんと悩んでいると、
「ねえ」
とリズが声をかけてくる。
「夜にだけ人に反応するものがあればいいの?」
「「あるのっ!?」」
二人で食いつくように迫ると、リズはそれに圧されたみたいに後ずさった。
「あなたたちって……」
リズは苦笑いを浮かべて首を振った。
「ま、いいか。あのね、使えるかどうかは分からないけど、私が知ってるのは――」
リズの説明を聞いて、わたしとアルは顔を見合わせて頷き合った。
それならいけるかもしれない! と。
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