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第108話「勝ちもせず生きようとすることが、そもそも論外なのだ」
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──いきなりだけれど。
唐突な疑問が生まれたので、ここで、ここいらで、一度しっかりと考えたいと思う。
とある著名な作家の一人が語ったところによるのならば、人生とは選択の連続である──らしい。
言われるまでもないような内容の気もするし、成る程と思うような内容の気もする名言だが、今回の論点はそこじゃあない。
そう、人生についてだ。
人の一生、生涯……まぁ、言い方はなんでもいいけれど、ここでいう其れはどう生きるかは自分の選択次第だと言うことだろう。
……じゃあ。
…………冒頭に述べたように、一つの疑問なのだけれど。
敢えて、自分が死ぬような道を選択した時には、其れを『人生』だと言えるのだろうか。
其れとも、そんな道を選択した時点でその人間は──
──『生きて』なんて、いないのだろうか。
・・・・・・・・・・
……無我夢中だった。
いきなりな転移。防衛ゴーレムからの唐突な奇襲。
命の危機に次ぐ、命の危機。
必死に体を動かして、気づけば不思議な場所まで逃げ込んでいた。
そうして。
辺りから攻撃の気配がなくなり、久方振りに感じた僅かばかりの平穏に、俺は思わず安堵の息を漏らしていた。
──仲間を置いて逃げてきたと言うのに。
ちくり、と胸が痛んだ。
誤魔化すように虚勢を張る。
黒猫を見つけハイタッチを決める。
この平穏を掴みきったと喜ぶように。自分たちはやったのだと喜ぶ為に。
──逃されただけで。
──なんの役にも立たず、足手まといだった。
張り裂けるように胸が軋んだ。
黒猫を見つめる。……何故だろうか。
こちらを見つめる彼女の瞳には泣きそうな顔をした子供が映っていた。
多分、こちらの瞳にも泣きそうな顔をした一匹の猫が映っていることだろう。
事態は深刻で、展開は残酷で、状況は最悪だった。
──いきなり現れた敵の動きに対して、俺は。
目で追うことすら出来なかった。体を動かすことすら出来なかった。
なんならきっと、あの場において俺は、明確な足枷ですらあったのだろう。
……最初に王女様が攻撃を受けた時、ナイアが守れなかったのは何故だろう。
──俺を守る為に、敵に近づけなかったからじゃあないのか?
……敵からの投剣の多くを叩き落としたナイアが僅かに被弾したのは何故だろう。
──背後にいた俺を庇ったからじゃあないのか?
勿論、戦闘についていけてない俺には答えなんて分からない。
でも。
……分かることもある。
──分かってしまうこともある。
ナイアが、理事長が、俺を逃してくれた理由は。
俺がいても、何の役にも立たないからだ。
──叩きつけるように言葉を吐いた。
「よっしゃぁあああああああああ!! 生き延びたぞ、こらぁぁあああああ!!」
「はっはぁぁああああ!! やりましたね、ごしゅじーんッ!!」
ノワールの手を取り、彼女を振り回す。
ノワールに手を取られ、爪が出るほどに思いっきり握られる。
奥歯を噛んだ。歯軋りする程に。
酷い状況だ。手詰まりどころか、息詰まりのどん詰まりだ。
事態は何も変わってはいないのだから。
生きて此処を出るにはゴーレムを退かす必要があって、俺たちの<ステータス>じゃあ、それは望むべくもない事で。
嗚呼。
それでも。
それでも、俺は──喜んでみせたかった。
役立たずの俺ではあったけれど、それでも助けられたのだと。あの二人のおかげで、生き残れたのだと。
──だって、そうでもなければ。
あの二人の決死な行動が、余りにも報われないような気がして。
「無駄よ。貴方たちは何もやってないわ」
──けれども。
そんな俺の独りよがりな考えは横合からの一言に容赦なく打ち砕かれた。
「「……」」
その声を受けて。
俺たちはピタリと、まるで逃避をやめるように回転を止めてしまった。
そのまま。
声の主へと視線を向ければ、怒りを称えてこちらを見つめる少女がいた。
──彼女の瞳は雄弁だった。
雄弁に物語っていた。
お前はまだ何もやっていないのだと。事態は解決していないのだと。このままでは結局全員死ぬのだと。
そんな憤慨を乗せたまま彼女は告げた。
「ここは金貨だけを収めた宝物蔵の最奥部屋」
──女神かと思った。
・・・・・・・・・・・・
……落ち着いて辺りを見渡してみれば、そこは金の海だった。
床が見えず、足の踏み場もない──という程では無いにしろ、それでも数え切れない程の金貨がその部屋には存在していた。
それもその筈ではあるのだが。
此処は仮にも一国の城の宝物庫の最奥部屋。
まさしく国家予算と呼べる程の財が貯蓄されているのだから。
其れを理解し、確認し、喜びかけて──
「……ノワール」
──俺は横の黒猫へと声をかけた。
捧げた金貨の数だけ強くなるという特性を持った、俺自身の<ユニーク・スキル>へと。
「なんでしょうか、ご主人?」
黒猫はいつものように言葉を返してくれた。
こちらの気持ちには既に気付いているように。
「……ああ。いや、その……だな……」
「ええ」
「だから……なんだが……」
「ええ。だから──なんですか? ご主人」
言葉に詰まる。
言葉にできない。
だってそうだろう。
これだけの金貨があれば、<ノワール>は大幅に強化出来るだろう──、けれど。
ナイアや理事長を助けられる可能性だって生まれるかもしれない──、けれど。
それは。
可能性が生まれるかもしれないというだけの話に過ぎない。
──そう。結局それは可能性でしかないのだ。
出来るのかどうかも分からないいっ
しかも、実際のところその可能性は極端に低いのだろうと推測まで出来てしまう。
ナイアや理事長を襲った敵は、人類の最高到達点である四大英雄の一人、『賢者ルーエ・リカーシュ』を殺してみせた男である。
つまり、最低でも敵は人類最高峰と同じだけの<ステータス>を有している筈だ。
そんな敵を相手するには、一国の予算と言えども足りるとは限らない。
だから、これは無謀な提案なのだ。
ある意味で、無理心中とすら言えるだろう。
ナイア達を助けにいこう──、なんて提案は。
「……いや、なんでも……ないわ」
結局、俺は言葉を飲み込んだ。
ノワールの命も、ナイアの命も、俺からすれば比較出来るものじゃない。
片方を助ける為に、片方を危険に晒すような真似は俺には出来なかった。
そうして、そう言った俺を前にして黒猫は──
「ノワールパンチッ!!」
「ヒジぃっ!?」
──なぜか渾身のエルボーを繰り出してきた。
あまりの事に驚きながらも、俺はいきなりの痛みに訳もわからず黒猫へと怒鳴り散らした。
「いてぇな、ノワールッ!! 何すんだよッ!!」
「ご主人のばかぁ!! ご主人の弱虫ッ!! ご主人の甘えん坊、意気地無しッ!! そんなこと言っていたらいつまでたっても歩けないでしょうがッ!!」
──だが、黒猫は俺以上に怒鳴り返してきた。
「立ってくださいよッ!! そして、歩いて下さいよッ!! 貴方には立派な二本の足が有るでしょうがッ!!」
──黒猫はそう吠えていた。こちらの目を見つめながら。
その真っ直ぐな瞳には情けない少年の姿が映っている。
「なに私を言い訳にしてるんですか!! 貴方が歩みたい人生はそんなルートじゃあないでしょうが!!」
胸ぐらを掴まれて、耳元で怒鳴られる。
だが、そこまで言われたら俺も冷静じやあいられない。
顔の痛みも手伝って、俺は怒りのままに言葉を返す。
「ふざけんなよッ、ノワール!! 俺にお前の命を……殆ど勝ち目のない戦いで失わせろっていうのかよ!! そんなの出来る訳ねーだろうが!!」
「誰もそんな事言ってないでしょーが!!」
「サマソゥッ!?」
だけれど。
やはり、黒猫の怒りの方が苛烈であった、
掴みかかる勢いの俺を、↓(タメ)↑のコマンド技で撃退しながら、黒猫は叫びを上げる。
「単純に!! ご主人が選びたい道を言えって、言ってんですよ!!」
──雷に撃たれたような気がした。
「良いですか、ご主人!! 私は『ノワール』。貴方の<スキル>です!! どんなに理不尽な状況が来たとしても、貴方が歩みたい道を、生きたい人生を選べるようにと、女神様より与えられた<ユニーク・スキル>です!!」
単純に蹴られたからか。黒猫の宣言が原因かは分からない。
それでも何故か救われたような気持ちでいっぱいだった。
……後悔と懺悔でぐちゃぐちゃだった思考が、恐怖と怖気でバラバラだった心が、黒猫の言葉によって一つにまとめられていく。
「貴方に戦う気持ちがあれば、それだけで私は動けます!! ……銃は私が構えましょう。照準も私が定めましょう。弾を弾倉に入れ、遊底を引き安全装置も私が外しましょう。──ですが。そこからはご主人の決意です!!」
──黒猫の叱咤に身を起こす。
言ってることはめちゃくちゃだ。俺を奮い立たせる為に色々言ってくれているのは伝わるけれど。
結局、俺の心配なんて考慮しちゃいないのだから。
けれども。
今のノワールが本心から怒っていることが伝わってくる。
コイツはきっと本当に耐えられないのだろう。
──俺が、コイツを言い訳に、生きたい人生を妥協することが。
「……ははっ、お前。マジかよ、ノワール。言っとくけど、俺にはお前の命に対して何も返してやれないんだぜ?」
「……ふん。バッカじゃないですか、ご主人。私の命に対する代価なんて、なにも要りませんし、全部あげますよ」
──笑ってしまった。
コイツからそんな言葉が返ってくるなんて、考えてもいなかったのだから。
これじゃあ、まるでプロポーズだ。
無償の愛をアガペーと言うんだったか。いや、そもそも愛とは見返りを求めないものだったっけか。
どちらにしても、これはアレだ。重過ぎると言えるのだろう。
普段はつれない態度を取ることが多い癖に、デレる時は極限までとは、猫らしい所も有るのだと感じてしまう。
ああ、くそ。
これは駄目だ。卑怯に過ぎる。
こんなの甘えてしまうに決まっている。
……俺だって本当は諦めたくなんてないのだから。
納得いかない事には、声を大にして抗いたいに決まっているじゃあないか。
そんな俺の様子を見て、黒猫は満足したように一度頷いた。
「……やべぇな。こんな時にどうするべきなのか、わからねぇ」
「悩むことはありませんよ、ご主人。大事なのはどうすればいいかではありません。貴方がどうしたいかです」
黒猫の言葉で目が覚める。気が晴れる。覚悟が決まる。
単純なのだろうと自分でも思う。結局のところは博打なのだから。
無茶で無謀な勝率の低すぎるギャンブルだ。
でも、今は……今だけは彼女の優しさに甘えようと思えた。
やっぱり、ナイアがピンチな時に黙って見過ごすなんて出来そうにないのだから。
「俺がどうしたいか……か。ありがとうな、ノワール。銃身まで定めてくれて……せめて主人として、撃鉄くらいは俺が上げなきゃな」
「狙いは定まりましたか、ご主人? それでその決断は?」
「……一生危険を侵さなくてもメシ食って寝てりゃ生きていけるかもしれない。……けど。それじゃあ、まるで家畜だもんな」
「──家畜は嫌ですか、ご主人?」
「ああ。嫌だな。そんな駄目な肉に……駄肉に成り下がるなんて、真っ平ごめんだ」
口元が歪む。
気恥ずかしくて、照れ臭くて、それ以上に嬉しくて。
目の前の黒猫なら、どんな選択だろうと、どんな決断だろうと受け止めてくれるとそう思えたのだから。
胸中で生まれたそんな思いを自覚しながら、俺は黒猫へ思いを吐露する。
──脆く、儚い夢見がちな
──淡く、切ない綺麗ごとを。
「笑ってくれ、ノワール。……子供の頃、俺は正義の味方に成りたかったんだ」
「それなら任せて下さい、ご主人。ご主人の夢は私がちゃんと形にしてあげますから」
──嗚呼。
俺のそんな言葉を受けて、そんな現実的じゃあない子供の空想を受けて、ノワールはそれを──否。
それこそ《・・・・》を待っていたかのように、にんまりと笑ったのだった。
そんな黒猫の返しに、俺は苦笑を漏らし立ち上がる。
そう。
あの災厄を、最悪を相手にすることを前提に。
立ち上がり、あまつさえ笑みを零してみせる。
笑うべきだと分かった今、泣くべきではないのだから。
「ああ──安心した。それじゃあ、ノワール。覚悟は良いな。これから先は地獄だぜ?」
「愚問ですよ、ご主人。元よりこの身は貴方のスキル。──さぁ、命令を寄越して下さい。我がご主人」
「そうか。──それなら今こそ告げよう。成金の姓は強欲を任ずると。俺は此処に命令する。良いか、ノワール。ナイアに失わせるな。そしてナイアを失うな。……さぁ、馬鹿が馬鹿をする前に強く殴って言い聞かせようじゃないか!!」
「Tes!!」
さぁ、時間はかかったけどルートは決めた。
望むエンディングは一つだけ。
しかも、その条件は簡単だ。
ハンサムが勝って、レディが笑うだけで良い。
「待ってろよ、ナイア!! 今、スーパースターが駆けつけるッ!!」
「ええ!! サラマンダーよりも急ぎますよ、ご主人ッ!!」
──そうして、俺たちはようやく腹の底から笑い合ったのだった。
……ちなみに。
「……で? 具体的にこの後どうしましょうか、ご主人?」
「──は? ……おいおい、人が悪いぜ。あんだけ他人のことを焚きつけたんだから、案の一つくらいはあるんだろう、ノワール?」
「え……、ありませんけど? こういうの考えるのはご主人の仕事でしょう?」
「……マジで?」
──その笑いが数秒で終わったのは、ここだけの話である。
唐突な疑問が生まれたので、ここで、ここいらで、一度しっかりと考えたいと思う。
とある著名な作家の一人が語ったところによるのならば、人生とは選択の連続である──らしい。
言われるまでもないような内容の気もするし、成る程と思うような内容の気もする名言だが、今回の論点はそこじゃあない。
そう、人生についてだ。
人の一生、生涯……まぁ、言い方はなんでもいいけれど、ここでいう其れはどう生きるかは自分の選択次第だと言うことだろう。
……じゃあ。
…………冒頭に述べたように、一つの疑問なのだけれど。
敢えて、自分が死ぬような道を選択した時には、其れを『人生』だと言えるのだろうか。
其れとも、そんな道を選択した時点でその人間は──
──『生きて』なんて、いないのだろうか。
・・・・・・・・・・
……無我夢中だった。
いきなりな転移。防衛ゴーレムからの唐突な奇襲。
命の危機に次ぐ、命の危機。
必死に体を動かして、気づけば不思議な場所まで逃げ込んでいた。
そうして。
辺りから攻撃の気配がなくなり、久方振りに感じた僅かばかりの平穏に、俺は思わず安堵の息を漏らしていた。
──仲間を置いて逃げてきたと言うのに。
ちくり、と胸が痛んだ。
誤魔化すように虚勢を張る。
黒猫を見つけハイタッチを決める。
この平穏を掴みきったと喜ぶように。自分たちはやったのだと喜ぶ為に。
──逃されただけで。
──なんの役にも立たず、足手まといだった。
張り裂けるように胸が軋んだ。
黒猫を見つめる。……何故だろうか。
こちらを見つめる彼女の瞳には泣きそうな顔をした子供が映っていた。
多分、こちらの瞳にも泣きそうな顔をした一匹の猫が映っていることだろう。
事態は深刻で、展開は残酷で、状況は最悪だった。
──いきなり現れた敵の動きに対して、俺は。
目で追うことすら出来なかった。体を動かすことすら出来なかった。
なんならきっと、あの場において俺は、明確な足枷ですらあったのだろう。
……最初に王女様が攻撃を受けた時、ナイアが守れなかったのは何故だろう。
──俺を守る為に、敵に近づけなかったからじゃあないのか?
……敵からの投剣の多くを叩き落としたナイアが僅かに被弾したのは何故だろう。
──背後にいた俺を庇ったからじゃあないのか?
勿論、戦闘についていけてない俺には答えなんて分からない。
でも。
……分かることもある。
──分かってしまうこともある。
ナイアが、理事長が、俺を逃してくれた理由は。
俺がいても、何の役にも立たないからだ。
──叩きつけるように言葉を吐いた。
「よっしゃぁあああああああああ!! 生き延びたぞ、こらぁぁあああああ!!」
「はっはぁぁああああ!! やりましたね、ごしゅじーんッ!!」
ノワールの手を取り、彼女を振り回す。
ノワールに手を取られ、爪が出るほどに思いっきり握られる。
奥歯を噛んだ。歯軋りする程に。
酷い状況だ。手詰まりどころか、息詰まりのどん詰まりだ。
事態は何も変わってはいないのだから。
生きて此処を出るにはゴーレムを退かす必要があって、俺たちの<ステータス>じゃあ、それは望むべくもない事で。
嗚呼。
それでも。
それでも、俺は──喜んでみせたかった。
役立たずの俺ではあったけれど、それでも助けられたのだと。あの二人のおかげで、生き残れたのだと。
──だって、そうでもなければ。
あの二人の決死な行動が、余りにも報われないような気がして。
「無駄よ。貴方たちは何もやってないわ」
──けれども。
そんな俺の独りよがりな考えは横合からの一言に容赦なく打ち砕かれた。
「「……」」
その声を受けて。
俺たちはピタリと、まるで逃避をやめるように回転を止めてしまった。
そのまま。
声の主へと視線を向ければ、怒りを称えてこちらを見つめる少女がいた。
──彼女の瞳は雄弁だった。
雄弁に物語っていた。
お前はまだ何もやっていないのだと。事態は解決していないのだと。このままでは結局全員死ぬのだと。
そんな憤慨を乗せたまま彼女は告げた。
「ここは金貨だけを収めた宝物蔵の最奥部屋」
──女神かと思った。
・・・・・・・・・・・・
……落ち着いて辺りを見渡してみれば、そこは金の海だった。
床が見えず、足の踏み場もない──という程では無いにしろ、それでも数え切れない程の金貨がその部屋には存在していた。
それもその筈ではあるのだが。
此処は仮にも一国の城の宝物庫の最奥部屋。
まさしく国家予算と呼べる程の財が貯蓄されているのだから。
其れを理解し、確認し、喜びかけて──
「……ノワール」
──俺は横の黒猫へと声をかけた。
捧げた金貨の数だけ強くなるという特性を持った、俺自身の<ユニーク・スキル>へと。
「なんでしょうか、ご主人?」
黒猫はいつものように言葉を返してくれた。
こちらの気持ちには既に気付いているように。
「……ああ。いや、その……だな……」
「ええ」
「だから……なんだが……」
「ええ。だから──なんですか? ご主人」
言葉に詰まる。
言葉にできない。
だってそうだろう。
これだけの金貨があれば、<ノワール>は大幅に強化出来るだろう──、けれど。
ナイアや理事長を助けられる可能性だって生まれるかもしれない──、けれど。
それは。
可能性が生まれるかもしれないというだけの話に過ぎない。
──そう。結局それは可能性でしかないのだ。
出来るのかどうかも分からないいっ
しかも、実際のところその可能性は極端に低いのだろうと推測まで出来てしまう。
ナイアや理事長を襲った敵は、人類の最高到達点である四大英雄の一人、『賢者ルーエ・リカーシュ』を殺してみせた男である。
つまり、最低でも敵は人類最高峰と同じだけの<ステータス>を有している筈だ。
そんな敵を相手するには、一国の予算と言えども足りるとは限らない。
だから、これは無謀な提案なのだ。
ある意味で、無理心中とすら言えるだろう。
ナイア達を助けにいこう──、なんて提案は。
「……いや、なんでも……ないわ」
結局、俺は言葉を飲み込んだ。
ノワールの命も、ナイアの命も、俺からすれば比較出来るものじゃない。
片方を助ける為に、片方を危険に晒すような真似は俺には出来なかった。
そうして、そう言った俺を前にして黒猫は──
「ノワールパンチッ!!」
「ヒジぃっ!?」
──なぜか渾身のエルボーを繰り出してきた。
あまりの事に驚きながらも、俺はいきなりの痛みに訳もわからず黒猫へと怒鳴り散らした。
「いてぇな、ノワールッ!! 何すんだよッ!!」
「ご主人のばかぁ!! ご主人の弱虫ッ!! ご主人の甘えん坊、意気地無しッ!! そんなこと言っていたらいつまでたっても歩けないでしょうがッ!!」
──だが、黒猫は俺以上に怒鳴り返してきた。
「立ってくださいよッ!! そして、歩いて下さいよッ!! 貴方には立派な二本の足が有るでしょうがッ!!」
──黒猫はそう吠えていた。こちらの目を見つめながら。
その真っ直ぐな瞳には情けない少年の姿が映っている。
「なに私を言い訳にしてるんですか!! 貴方が歩みたい人生はそんなルートじゃあないでしょうが!!」
胸ぐらを掴まれて、耳元で怒鳴られる。
だが、そこまで言われたら俺も冷静じやあいられない。
顔の痛みも手伝って、俺は怒りのままに言葉を返す。
「ふざけんなよッ、ノワール!! 俺にお前の命を……殆ど勝ち目のない戦いで失わせろっていうのかよ!! そんなの出来る訳ねーだろうが!!」
「誰もそんな事言ってないでしょーが!!」
「サマソゥッ!?」
だけれど。
やはり、黒猫の怒りの方が苛烈であった、
掴みかかる勢いの俺を、↓(タメ)↑のコマンド技で撃退しながら、黒猫は叫びを上げる。
「単純に!! ご主人が選びたい道を言えって、言ってんですよ!!」
──雷に撃たれたような気がした。
「良いですか、ご主人!! 私は『ノワール』。貴方の<スキル>です!! どんなに理不尽な状況が来たとしても、貴方が歩みたい道を、生きたい人生を選べるようにと、女神様より与えられた<ユニーク・スキル>です!!」
単純に蹴られたからか。黒猫の宣言が原因かは分からない。
それでも何故か救われたような気持ちでいっぱいだった。
……後悔と懺悔でぐちゃぐちゃだった思考が、恐怖と怖気でバラバラだった心が、黒猫の言葉によって一つにまとめられていく。
「貴方に戦う気持ちがあれば、それだけで私は動けます!! ……銃は私が構えましょう。照準も私が定めましょう。弾を弾倉に入れ、遊底を引き安全装置も私が外しましょう。──ですが。そこからはご主人の決意です!!」
──黒猫の叱咤に身を起こす。
言ってることはめちゃくちゃだ。俺を奮い立たせる為に色々言ってくれているのは伝わるけれど。
結局、俺の心配なんて考慮しちゃいないのだから。
けれども。
今のノワールが本心から怒っていることが伝わってくる。
コイツはきっと本当に耐えられないのだろう。
──俺が、コイツを言い訳に、生きたい人生を妥協することが。
「……ははっ、お前。マジかよ、ノワール。言っとくけど、俺にはお前の命に対して何も返してやれないんだぜ?」
「……ふん。バッカじゃないですか、ご主人。私の命に対する代価なんて、なにも要りませんし、全部あげますよ」
──笑ってしまった。
コイツからそんな言葉が返ってくるなんて、考えてもいなかったのだから。
これじゃあ、まるでプロポーズだ。
無償の愛をアガペーと言うんだったか。いや、そもそも愛とは見返りを求めないものだったっけか。
どちらにしても、これはアレだ。重過ぎると言えるのだろう。
普段はつれない態度を取ることが多い癖に、デレる時は極限までとは、猫らしい所も有るのだと感じてしまう。
ああ、くそ。
これは駄目だ。卑怯に過ぎる。
こんなの甘えてしまうに決まっている。
……俺だって本当は諦めたくなんてないのだから。
納得いかない事には、声を大にして抗いたいに決まっているじゃあないか。
そんな俺の様子を見て、黒猫は満足したように一度頷いた。
「……やべぇな。こんな時にどうするべきなのか、わからねぇ」
「悩むことはありませんよ、ご主人。大事なのはどうすればいいかではありません。貴方がどうしたいかです」
黒猫の言葉で目が覚める。気が晴れる。覚悟が決まる。
単純なのだろうと自分でも思う。結局のところは博打なのだから。
無茶で無謀な勝率の低すぎるギャンブルだ。
でも、今は……今だけは彼女の優しさに甘えようと思えた。
やっぱり、ナイアがピンチな時に黙って見過ごすなんて出来そうにないのだから。
「俺がどうしたいか……か。ありがとうな、ノワール。銃身まで定めてくれて……せめて主人として、撃鉄くらいは俺が上げなきゃな」
「狙いは定まりましたか、ご主人? それでその決断は?」
「……一生危険を侵さなくてもメシ食って寝てりゃ生きていけるかもしれない。……けど。それじゃあ、まるで家畜だもんな」
「──家畜は嫌ですか、ご主人?」
「ああ。嫌だな。そんな駄目な肉に……駄肉に成り下がるなんて、真っ平ごめんだ」
口元が歪む。
気恥ずかしくて、照れ臭くて、それ以上に嬉しくて。
目の前の黒猫なら、どんな選択だろうと、どんな決断だろうと受け止めてくれるとそう思えたのだから。
胸中で生まれたそんな思いを自覚しながら、俺は黒猫へ思いを吐露する。
──脆く、儚い夢見がちな
──淡く、切ない綺麗ごとを。
「笑ってくれ、ノワール。……子供の頃、俺は正義の味方に成りたかったんだ」
「それなら任せて下さい、ご主人。ご主人の夢は私がちゃんと形にしてあげますから」
──嗚呼。
俺のそんな言葉を受けて、そんな現実的じゃあない子供の空想を受けて、ノワールはそれを──否。
それこそ《・・・・》を待っていたかのように、にんまりと笑ったのだった。
そんな黒猫の返しに、俺は苦笑を漏らし立ち上がる。
そう。
あの災厄を、最悪を相手にすることを前提に。
立ち上がり、あまつさえ笑みを零してみせる。
笑うべきだと分かった今、泣くべきではないのだから。
「ああ──安心した。それじゃあ、ノワール。覚悟は良いな。これから先は地獄だぜ?」
「愚問ですよ、ご主人。元よりこの身は貴方のスキル。──さぁ、命令を寄越して下さい。我がご主人」
「そうか。──それなら今こそ告げよう。成金の姓は強欲を任ずると。俺は此処に命令する。良いか、ノワール。ナイアに失わせるな。そしてナイアを失うな。……さぁ、馬鹿が馬鹿をする前に強く殴って言い聞かせようじゃないか!!」
「Tes!!」
さぁ、時間はかかったけどルートは決めた。
望むエンディングは一つだけ。
しかも、その条件は簡単だ。
ハンサムが勝って、レディが笑うだけで良い。
「待ってろよ、ナイア!! 今、スーパースターが駆けつけるッ!!」
「ええ!! サラマンダーよりも急ぎますよ、ご主人ッ!!」
──そうして、俺たちはようやく腹の底から笑い合ったのだった。
……ちなみに。
「……で? 具体的にこの後どうしましょうか、ご主人?」
「──は? ……おいおい、人が悪いぜ。あんだけ他人のことを焚きつけたんだから、案の一つくらいはあるんだろう、ノワール?」
「え……、ありませんけど? こういうの考えるのはご主人の仕事でしょう?」
「……マジで?」
──その笑いが数秒で終わったのは、ここだけの話である。
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