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第四章 エーデルタクト編
第93話 リュディア解放戦Ⅲ
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司令官の消失を目の前で見届けた配下の兵は、膝を突く者、天を見上げる者、ジンを睨みつけている者様々だが、彼ら共通に去来するものはただ一つ。
『魔人を倒せる者に自分達が何をしようが勝てない』という事。魔人の強さは自分達が一番よく分かっている。ミトレス連邦へのこれまでの快進撃は彼ら魔人の力があってこそ。自分達の力はこの冒険者には通用しない。
「司令官が倒された。もう我々に抗う術はない」
納刀し、魔人の魔力核を拾いあげる俺に、最初に口上を述べた者が俺に聞こえるように声を上げ、話しかけてきた。
「冒険者よ。見事な一騎打ちだった。私は1番隊副隊長のラフマニンという」
「次は貴方が相手ですか? 何なら私はここにいる全員が相手でもいいですよ」
「冗談じゃない。兵を犬死させる事は出来ない。そこでどうだろう。捕虜は解放し、食料も譲る。それで見逃してはもらえないだろうか。もちろん我々はエーデルタクトから撤退する」
「捕虜を解放しても再度襲わない保証は無いでしょう」
ラフマニンと名乗った者を睨みつけ、柄に手を掛ける。
「ま、待った! 待ってくれ! 捕虜は風人の姫を釣る為の餌に過ぎないんだ! 我々エーデルタクト方面軍の任務は風人最強の戦士である姫の拘束だ。魔人であり、姫に勝る力を持つ3人の隊長を失った今、我々ではもう任務は遂行できない」
「新たな魔人の派遣もあり得る」
「いや、その可能性は低いのだ。帝国が正式に敵に回った以上、3つの前線、すなわちドルムンド、ピレウス王国、エリス大公領に強力な戦力は投入されている。姫が手に入らない以上、もうエーデルタクトに用は無いのだ」
確かにエーデルタクトの地理的戦略価値は低いだろう。ベルドゥの配下曰く魔人は10人いるとの事だったが、その内3人は倒した。魔人が増えているとしてもアイレ一人を捕まえるために、この地に魔人を新たに投入する事は考えにくい。
アイレを諦めた上で、風人の奴隷欲しさに再度この地へ進軍してきたとしても、その前に皆を帝国へ亡命させる事は可能だろう。それを確実にする為にも、ゆっくり退却させる必要がある。
「いいでしょう。1時間以内に全員を解放し、兵糧の3割を持って徒歩でこの地を去って下さい。馬は里に置いて行って頂きます。この条件ならば、手は出さずに見逃して差し上げましょう。言っておきますが、私は探知魔法持ちです。不審な動きを感じたらその者は問答無用で斬り捨てますので、指示は厳格に行う事をお勧めします」
「それで結構だ…感謝する」
交渉は成立だ。逃がした兵は今後確実に帝国兵とぶつかる戦力となるだろう。当然、母国である帝国には勝ってもらいたいという気持ちはある。ここでこの者達を排除して戦力を削いでおくのも一つの手だろうが、それは冒険者である俺の役割ではない。
俺の成すべき事は、あくまで魔人の排除と亜人の亡命の手伝い。戦争そのものに加担するつもりは無い。
指示通り、南区画に捕らえられていた捕虜達に解放する旨と、自分達は撤退する旨を伝えた上で檻は次々に解放され、ジオルディーネ兵は速やかにリュディアを出て退却していった。
檻は全部で30個あり、それぞれに10人前後が入れられていた。捕虜総勢300人程。皆疲れた表情だが、ちゃんと水と食事は与えられていたらしく、皆そこまで弱っている印象は受けない。
これは正直意外だった。前世で捕虜といえば、満足に食事は与えられず、拷問に次ぐ拷問で肉体も精神もボロボロになり、運よく解放されたとしても怪我の悪化や病気で死ぬ事になるのがほとんどだ。
自分達を捕らえたはず人間が、おびえた様子で次々に檻を解放していくのを見て、風人の捕虜たちは訳が分からないと首を傾げる。それも仕方がない。俺と魔人の戦い、その後のジオルディーネ兵とのやり取りは里の外で行われていたのだ。
解放された風人達を見て、ひとまず安心して少し離れた所で眺めていると、1人の女性が3人を共にし、真っ直ぐ静かにこちらへ近づいてきた。
「魔を従えし者よ」
魔を…なんだって? とりあえず俺の事であることは間違いない。
「…もう少し警戒した方がよいのでは?」
「そう仰る方に警戒は不要です」
その割に共は警戒心丸出しだが、それが当たり前の反応だろう。
「里の外で貴方が成された事、風に乗り私の耳に届いておりました。私は風人族の長の妻、ヴェリーンと申します」
「族長の奥方様であらせられましたか」
族長の妻と聞いて、慌てて居住まいを正す。それにしても耳に届いていたというのはどういう事だろう。少し訝しんでいると、ヴェリーンさんが察したように答えてくれる。
「私は”遠耳”の力があります。やろうと思えば数キロ先までの音も拾えますよ」
目を瞑ったままこちらに微笑んだ彼女からはどことなくアイレの面影を感じる。この場合はアイレにヴェリーンさんの面影があると言った方がいいか。
数キロ先まで聴き通す遠耳か…ならば俺がこの里を解放した事も分かっていてもおかしくは無い。
「合点がいきました。申し遅れました。私は冒険者、ジン・リカルドと申します。ジンで結構です。こっちはマーナ、旅の仲間です」
『わふっ(よろしくっ)』
俺の言葉を聞き、ヴェリーンさんの従者の目から警戒の色が薄れるのが分かった。
「ジン殿。此度は助けて頂き、里の者を代表してお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
「いいえ、これも任務の一環です。皆さんご無事で何よりですよ」
「マーナさんも、敵兵の気を引き付けていらっしゃったようです。ありがとうございました」
マーナにも微笑み、お礼を言うヴェリーンさん。
いや、マーナは遊んでただけですよ…とはわざわざ言う必要は無いか。正直多少の邪魔はしてくれるだろうという俺の打算もあったしな。
「わふ?《 何のこと? 》」
ほら、分かってない。
お礼と自己紹介を互いに済ませ、立ち話もなんだからと、中央砦前の広場へ移動して置いてあった椅子に座る。
そこから侵略を受け、捕虜になるまでの経緯を聞いた。
族長でありヴェリーンさんの夫、アイレの父イクセル氏は、里に侵略してきた数百のジオルディーネ軍と魔人を相手にたった一人で応戦し、亡き者となった事を話してくれた。
「長の命を懸けた戦いのお陰で、我らは丁重に扱われたのやもしれません…」
従者の1人がそうつぶやき、他の2人も悔しそうに俯いている。確かに長を失った事は悔やまれるかもしれないが、戦士として俺には風人達とは別の感情が沸き起こる。
「お悔み申し上げます。皆を守り、最後まで戦い抜いた偉大な長を私は尊敬します」
「さすが戦士ですね。私にはまだそのように割り切れませんが…皆に誇りに思ってもらえるなら、救われます」
寂しそうに笑うヴェリーンさんを見て、俺は伝えるべき事を伝える。
「知り合って間もないですが、アイレも同じ事を思うでしょう」
ヴェリーンさんと3人の従者はハッとした表情で俺をみる。
「アイレをご存じ…いえ、アイレは無事なのですか!?」
「無事です。今は数十人の同族を連れ、帝国への亡命の途上にあるはずです。あと2、3週間でこの地に戻って来ると約束しております」
「ほ、本当ですか! ああ、アイレ…よかった…」
「うぉーっ! やったぞ!」
「みんな聞いてくれ! 姫はご健在だぞ!」
「ジン殿! よくぞ希望をもたらしてくれました!」
ワァーッ―――
ヴェリーンさんは顔を手で覆い体を震わせ、リュディアは大きな歓喜に包まれた。
アイレ…君は風人の希望なんだな。この報を届けられてよかった。
◇
「あの子に会ったら、心配せず好きにやりなさいと伝えて頂けませんか」
「皆の後を追うよう伝えなくても良いのですか?」
アイレの無事を伝えた後、リュディアに居る風人達は安全の為、帝国領に向かう事に決まった。街村に世話になる事はせず、森の中でひっそりと帰れる日を待つのだという。
『いつかこの地に帰る日を願いながら、私達風人は森と共にあります』という言葉が俺の中で決定打となった。
ならばアイレも皆と共にあるべきでは、と思ってそう言ったが、アイレの母ヴェリーンさんは言葉を紡いだ。
「あの子は自分が成すべきことは分かっているはずです。それがたとえ私達と共に歩まぬ道であっても、私達にそれを止める資格はありません。大地の神の導きのままにアイレには生きて欲しい。夫もそう願っているはずです」
ふと父上と母上を思い出す。
俺達はよき両親に恵まれたな。
「……分かりました。必ず伝えます」
「ジン殿。あの子をよろしくお願いいたします」
「私ごときでは彼女は御せませんよ」
笑いながらそう言うと、従者も含めヴェリーンさんが笑う。
聞けばヴェリーンさんはあかずだという。その瞳は光を映さぬ代わりに、娘を、民を想う暖かな翠緑の光に満ち溢れていた。
『魔人を倒せる者に自分達が何をしようが勝てない』という事。魔人の強さは自分達が一番よく分かっている。ミトレス連邦へのこれまでの快進撃は彼ら魔人の力があってこそ。自分達の力はこの冒険者には通用しない。
「司令官が倒された。もう我々に抗う術はない」
納刀し、魔人の魔力核を拾いあげる俺に、最初に口上を述べた者が俺に聞こえるように声を上げ、話しかけてきた。
「冒険者よ。見事な一騎打ちだった。私は1番隊副隊長のラフマニンという」
「次は貴方が相手ですか? 何なら私はここにいる全員が相手でもいいですよ」
「冗談じゃない。兵を犬死させる事は出来ない。そこでどうだろう。捕虜は解放し、食料も譲る。それで見逃してはもらえないだろうか。もちろん我々はエーデルタクトから撤退する」
「捕虜を解放しても再度襲わない保証は無いでしょう」
ラフマニンと名乗った者を睨みつけ、柄に手を掛ける。
「ま、待った! 待ってくれ! 捕虜は風人の姫を釣る為の餌に過ぎないんだ! 我々エーデルタクト方面軍の任務は風人最強の戦士である姫の拘束だ。魔人であり、姫に勝る力を持つ3人の隊長を失った今、我々ではもう任務は遂行できない」
「新たな魔人の派遣もあり得る」
「いや、その可能性は低いのだ。帝国が正式に敵に回った以上、3つの前線、すなわちドルムンド、ピレウス王国、エリス大公領に強力な戦力は投入されている。姫が手に入らない以上、もうエーデルタクトに用は無いのだ」
確かにエーデルタクトの地理的戦略価値は低いだろう。ベルドゥの配下曰く魔人は10人いるとの事だったが、その内3人は倒した。魔人が増えているとしてもアイレ一人を捕まえるために、この地に魔人を新たに投入する事は考えにくい。
アイレを諦めた上で、風人の奴隷欲しさに再度この地へ進軍してきたとしても、その前に皆を帝国へ亡命させる事は可能だろう。それを確実にする為にも、ゆっくり退却させる必要がある。
「いいでしょう。1時間以内に全員を解放し、兵糧の3割を持って徒歩でこの地を去って下さい。馬は里に置いて行って頂きます。この条件ならば、手は出さずに見逃して差し上げましょう。言っておきますが、私は探知魔法持ちです。不審な動きを感じたらその者は問答無用で斬り捨てますので、指示は厳格に行う事をお勧めします」
「それで結構だ…感謝する」
交渉は成立だ。逃がした兵は今後確実に帝国兵とぶつかる戦力となるだろう。当然、母国である帝国には勝ってもらいたいという気持ちはある。ここでこの者達を排除して戦力を削いでおくのも一つの手だろうが、それは冒険者である俺の役割ではない。
俺の成すべき事は、あくまで魔人の排除と亜人の亡命の手伝い。戦争そのものに加担するつもりは無い。
指示通り、南区画に捕らえられていた捕虜達に解放する旨と、自分達は撤退する旨を伝えた上で檻は次々に解放され、ジオルディーネ兵は速やかにリュディアを出て退却していった。
檻は全部で30個あり、それぞれに10人前後が入れられていた。捕虜総勢300人程。皆疲れた表情だが、ちゃんと水と食事は与えられていたらしく、皆そこまで弱っている印象は受けない。
これは正直意外だった。前世で捕虜といえば、満足に食事は与えられず、拷問に次ぐ拷問で肉体も精神もボロボロになり、運よく解放されたとしても怪我の悪化や病気で死ぬ事になるのがほとんどだ。
自分達を捕らえたはず人間が、おびえた様子で次々に檻を解放していくのを見て、風人の捕虜たちは訳が分からないと首を傾げる。それも仕方がない。俺と魔人の戦い、その後のジオルディーネ兵とのやり取りは里の外で行われていたのだ。
解放された風人達を見て、ひとまず安心して少し離れた所で眺めていると、1人の女性が3人を共にし、真っ直ぐ静かにこちらへ近づいてきた。
「魔を従えし者よ」
魔を…なんだって? とりあえず俺の事であることは間違いない。
「…もう少し警戒した方がよいのでは?」
「そう仰る方に警戒は不要です」
その割に共は警戒心丸出しだが、それが当たり前の反応だろう。
「里の外で貴方が成された事、風に乗り私の耳に届いておりました。私は風人族の長の妻、ヴェリーンと申します」
「族長の奥方様であらせられましたか」
族長の妻と聞いて、慌てて居住まいを正す。それにしても耳に届いていたというのはどういう事だろう。少し訝しんでいると、ヴェリーンさんが察したように答えてくれる。
「私は”遠耳”の力があります。やろうと思えば数キロ先までの音も拾えますよ」
目を瞑ったままこちらに微笑んだ彼女からはどことなくアイレの面影を感じる。この場合はアイレにヴェリーンさんの面影があると言った方がいいか。
数キロ先まで聴き通す遠耳か…ならば俺がこの里を解放した事も分かっていてもおかしくは無い。
「合点がいきました。申し遅れました。私は冒険者、ジン・リカルドと申します。ジンで結構です。こっちはマーナ、旅の仲間です」
『わふっ(よろしくっ)』
俺の言葉を聞き、ヴェリーンさんの従者の目から警戒の色が薄れるのが分かった。
「ジン殿。此度は助けて頂き、里の者を代表してお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
「いいえ、これも任務の一環です。皆さんご無事で何よりですよ」
「マーナさんも、敵兵の気を引き付けていらっしゃったようです。ありがとうございました」
マーナにも微笑み、お礼を言うヴェリーンさん。
いや、マーナは遊んでただけですよ…とはわざわざ言う必要は無いか。正直多少の邪魔はしてくれるだろうという俺の打算もあったしな。
「わふ?《 何のこと? 》」
ほら、分かってない。
お礼と自己紹介を互いに済ませ、立ち話もなんだからと、中央砦前の広場へ移動して置いてあった椅子に座る。
そこから侵略を受け、捕虜になるまでの経緯を聞いた。
族長でありヴェリーンさんの夫、アイレの父イクセル氏は、里に侵略してきた数百のジオルディーネ軍と魔人を相手にたった一人で応戦し、亡き者となった事を話してくれた。
「長の命を懸けた戦いのお陰で、我らは丁重に扱われたのやもしれません…」
従者の1人がそうつぶやき、他の2人も悔しそうに俯いている。確かに長を失った事は悔やまれるかもしれないが、戦士として俺には風人達とは別の感情が沸き起こる。
「お悔み申し上げます。皆を守り、最後まで戦い抜いた偉大な長を私は尊敬します」
「さすが戦士ですね。私にはまだそのように割り切れませんが…皆に誇りに思ってもらえるなら、救われます」
寂しそうに笑うヴェリーンさんを見て、俺は伝えるべき事を伝える。
「知り合って間もないですが、アイレも同じ事を思うでしょう」
ヴェリーンさんと3人の従者はハッとした表情で俺をみる。
「アイレをご存じ…いえ、アイレは無事なのですか!?」
「無事です。今は数十人の同族を連れ、帝国への亡命の途上にあるはずです。あと2、3週間でこの地に戻って来ると約束しております」
「ほ、本当ですか! ああ、アイレ…よかった…」
「うぉーっ! やったぞ!」
「みんな聞いてくれ! 姫はご健在だぞ!」
「ジン殿! よくぞ希望をもたらしてくれました!」
ワァーッ―――
ヴェリーンさんは顔を手で覆い体を震わせ、リュディアは大きな歓喜に包まれた。
アイレ…君は風人の希望なんだな。この報を届けられてよかった。
◇
「あの子に会ったら、心配せず好きにやりなさいと伝えて頂けませんか」
「皆の後を追うよう伝えなくても良いのですか?」
アイレの無事を伝えた後、リュディアに居る風人達は安全の為、帝国領に向かう事に決まった。街村に世話になる事はせず、森の中でひっそりと帰れる日を待つのだという。
『いつかこの地に帰る日を願いながら、私達風人は森と共にあります』という言葉が俺の中で決定打となった。
ならばアイレも皆と共にあるべきでは、と思ってそう言ったが、アイレの母ヴェリーンさんは言葉を紡いだ。
「あの子は自分が成すべきことは分かっているはずです。それがたとえ私達と共に歩まぬ道であっても、私達にそれを止める資格はありません。大地の神の導きのままにアイレには生きて欲しい。夫もそう願っているはずです」
ふと父上と母上を思い出す。
俺達はよき両親に恵まれたな。
「……分かりました。必ず伝えます」
「ジン殿。あの子をよろしくお願いいたします」
「私ごときでは彼女は御せませんよ」
笑いながらそう言うと、従者も含めヴェリーンさんが笑う。
聞けばヴェリーンさんはあかずだという。その瞳は光を映さぬ代わりに、娘を、民を想う暖かな翠緑の光に満ち溢れていた。
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