戦国武将異世界転生冒険記

詩雪

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第四・一章 ドルムンド防衛戦

第110話 ドルムンド防衛戦XVII 上弦の月

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 バーゼルを呆然とさせたこの右翼騎馬隊の正体は、回復部隊長であるブレイアムによって転属された、中央軍と左翼軍の怪我人達だった。

 右翼軍は劣勢の最中に魔人ウギョウを葬れた事が幸いし、右翼兵達は高い士気を維持する事が出来ていた。また冒険者達の獅子奮迅の戦いにより、戦況は五分ごぶになりつつありった事もあり、右翼軍長のローベルトは増援として右翼に転属された者達を控えさせていたのだ。

 元より中央と左翼に配属されていた騎士団員と一般兵は、開戦から魔人兵を相手に戦っていた騎士団1番、2番隊に比べ力が足りない。下手に前線に加わらせても被害が増すのみだった。

 ならば、とローベルトは元々騎馬隊が使っていた馬を増援組に回し、右翼戦線を大きく迂回させ、敵本陣の喉元に突き立てんとする飛矢としたのである。

 回復部隊長のブレイアムは、転属させた兵を右翼前線、すなわち死地に送ったつもりでいたが、それが転じて、彼女の意図無しにこの戦の決定打となったのだった。

 この中央、左翼、右翼による3方向挟撃は開戦前の軍議で案として挙がったもの。未知の敵である右翼敵魔人兵を抜き、駆け上がる事はほぼ不可能だと思われていた。


 しかし、ここに実現した。


 当初理想案はこれを率いるのは軍長たるローベルトの予定だったが、さすがに五分の戦況である前線を離れる訳にはいかず、作戦の概要を知る副長がこれを務めている。


「…撤退だ」

 ジオルディーネ軍司令官のバーゼルは、空を仰ぎ、力なくつぶやいた。

「はっ?」

「先の敵左翼の奇襲すら、我々を左に寄せる為の誘いだったのだ。こうなれば、どこまで読まれておったか想像もつかん……全軍撤退だ! 退却のドラを鳴らせ!」

「はっ! ニーナ殿は如何なさいますか!?」

「放っておけ! 生きているなら音で分かるでだろう!」

「はっ!」


 ――――全軍撤退! 全軍撤退だ!


 ドォンドォンドォン――――


 戦場にジオルディーネ軍の退却のドラが鳴り響いた。

 ◇

 未だ死闘を繰り広げている軍神コーデリアと魔人ニーナ。

 互いに手を出し尽くし、両者の息は激しく上がっていた。

 技術では勝てぬと悟ったニーナの攻撃は、強化魔法頼りの力技ばかりとなり、一方のコーデリアも、魔力が追い付かず、武器が破壊されぬように細剣レイピアだけを強化。後は敵の攻撃を受け流し、カウンターを合わせる、と言った技術で凌ぐという戦いになっている。

「うがぁっ!」

 ギャリィン!

「はっ!」

 シュパッ!

 首を狙い左右から短剣を繰り出したニーナの攻撃は、同じくコーデリアの両剣に威力を殺され、半歩下がると同時に繰り出される刺突がニーナの腕をかすめる。

 下がれば刺突の嵐、近づいて攻撃すれば受け流されカウンター、懐に入れば体術。

 魔人となったニーナには膨大な魔力があるが、コーデリアを攻略する糸口が全く見えず、徐々に焦りの色が見え始めていた。

「痛ったいなぁ…どうやればムカつくアンタを殺せるのかな」

 刺突のかすった傷口を抑えながら、つい口からため息交じりの愚痴がこぼれる。

 コーデリアも既にニーナを倒すという選択肢を捨て、この場に釘付けにし、時間を稼ぐという戦いに変えている。雑談は大いに歓迎だ。

 だが、コーデリアが油断することはあり得ない。2本の細剣を構え、相手の不意打ちを警戒しながら答える。

「そうですね。心臓を一突きしてみては?」
「じゃあ、差し出しなさいよ」

「ふふっ。そんな事では永遠に私は殺せませんね。貴方こそ、いつ魔力切れに?」
「はっ。あんたをるまで無くなんないわ」

「それは困りましたね…」

 コーデリアが答えたその時、


 ドォンドォンドォン――――


 前方奥、ジオルディーネ軍後方からドラの音が鳴り響いた。

(これは退却のドラ!)

 コーデリアが作戦の成功、敵の退却を確信すると同時に、周りに居た帝国兵が雄叫びを上げている。

 だが、ニーナは状況を呑み込めていないようだった。仕方なくコーデリアは教えてやる。

「どうやら、あなた方の負けのようですよ」
「はぁ?」
「今のは退却のドラの音です。もしかして、ご存じありませんか?」

 ニーナは元冒険者な上、これまで負け無し。軍が使用する退却のドラの音など知る由も無かった。

 だが、この期に及んで目の前の強敵が、そんな下手な嘘で自分の油断を誘うという事も、今のニーナには考づらい。

 いぶかしみながらも周囲に意識を傾けると、周りは騒然としている帝国兵のみ。ジオルディーネ兵は一兵もおらず、後方から一方の軍の咆哮が聞こえてくる。

 少しすると、コーデリアとニーナを囲むように帝国兵が続々と集結し始め、二人は円の中心となった。

「……マジか」
「私を殺した後、1万の帝国兵が相手となりますね。ご苦労様です」

 今の状況とこの言葉を聞いて、自軍の敗北を認めざるを得ないと、ニーナの肩がワナワナと震える。

 同時に周囲を威嚇するかのように、全身に再度強化魔法を巡らせ、大声で吠えた。



「畜生がぁぁぁぁぁっ!」



 ドゴンドゴンドゴン!

 地団太を踏むと、地面が大きく割れる。
 
 コーデリアは何も言わずに細剣を持つ手に力を込める。興奮した相手が、怒りに任せた強力な攻撃を繰り出すとしたら、今しかない。

 だが、コーデリアの警戒は杞憂きゆうに終わった。

「コーデリア・レイムヘイト! 絶対アンタを殺す! 絶対に! 絶対にだっ! その澄ました顔をグチャグチャにしてやるっ!」

「………」

 ニーナはコーデリアを睨みながら大きく後方に跳躍し、目の前から姿を消した。

「引き際ぐらいは分かるようですね。しかし、なぜ私の名を知っているのでしょう」

 離れてゆくニーナの魔力反応を探りながら、今はどうでもいいことを漏らす。

 そして天を仰ぎ、呟いた。

「勘ですが…お互いの決着は無いと思いますよ」


 キン――――


 細剣を鞘に納める音が、死闘の終わりを告げた。

 直後の大歓声はコーデリアに届かず。

 押し寄せる疲労感。軍神は静かに膝を折った。

 ◇

 退却のドラの音が鳴り響き、一気に崩れたジオルディーネ軍。

 その背を討つべく、左翼軍長アスケリノと中央軍の半数に当たる約2500の兵が動き出す。再起不能になる程のダメージを与える事で、次のミトレス解放戦線が有利になる事は自明の理。

 しかし、獲物を追う虎のごとく、追い打ちをかけていたアスケリノ率いる追撃軍の前に現れたのは、まさかの檻だった。

「してやられた、と言うべきなのか、まとめて魔人兵ゾンビを葬る機会が訪れたと喜ぶべきなのか…」

 追撃を止め、檻の手前で停止した追撃軍。逃げる途中で檻を解放したのか、魔人兵は既に檻から解放され、そこらじゅうを歩き回っている。

「軍長、数は目算で300。全て最も弱い部類に入るものです」

「そのようですね。ほとんど全裸の魔人兵ゾンビばかりのようですし。しかし、これだけ接近しても襲ってこない所を見ると、は下されていないようです。ただの足止めのつもりでしょうかね」

「命令は誰にでも出来るのでしょうか?」

「私もこいつらに命令して、敵にけしかけられないか考えましたが、流石にリスクが高いでしょう。放っても置けませんし、やはりここは一気に打ち倒すべきです。下手に小細工はしない方がいい」

「では、そのように」

「ええ。全歩兵部隊は魔人兵を囲むよう展開。その後、魔法師隊と弓隊で遠距離一斉攻撃です。騎馬隊は速やかに周囲の警戒に当たって下さい。魔人兵を相手にしている間に、敵の奇襲があるかもしれません」

「はっ!」

 アスケリノが恐れるのは魔人兵は囮であり、周囲に伏兵がいる可能性である。既に敵本軍は遠く撤退しているものの、反転して来る可能性もゼロではない。

 『勝って兜の――――』とは正にこの事。

 アスケリノは軍師である。たとえ予想外の展開だろうが、烈火のごとく攻めるべき追撃戦だろうが、冷静さは失わない。

 その後、警戒に当たっていた騎馬隊により少数の伏兵が確認されるが、あっさりと蹴散らされ、魔人兵を掃討した追撃軍はドルムンドへ帰還するのであった。

 ◇

 一方の右翼軍。

 司令官ヒューブレスト率いる中央軍3000の加勢を得て、魔人兵の前後挟撃に成功していた。

 個々の強さは右翼軍に劣るとは言え、3000の加勢は、残り200余りにまで減っていた第3の魔人兵を殲滅するには、十分な戦力だった。

「重装歩兵2人を加え、2小隊10人で1体に当たれ! 十分にお釣りがくる! 最後の戦いだ!」

 ―――――オォォォォッ!

 こうなれば時間の問題である。

 重装歩兵を盾とし、遠距離魔法で攻め立て、反撃する魔人兵を弓兵が牽制。間断なく急所を狙う前衛の攻撃の前に、さしもの第3の魔人兵達も、次々と狩られていった。

 ◇

 右翼前線から少し離れたところで、魔人ウギョウを相手取り、決死の戦いを終えた3人のリーダーが、群青に染まりつつある空の下、疲れ果てた様子で右翼の戦況を眺めていた。

 そこへ意外な人物が訪れる。

「リーダーの皆さん。お疲れ様です」

 ふと後ろから声を掛けられ、座り込んでいた3人は声の主を見るや否や、ギョッとし立ち上がった。

「どうか楽にして下さい。私ももうヘトヘトです」

 3人が座り直すよりも先に、声の主が片膝を立て、右翼軍の方を見て腰を下ろした。

「では、遠慮なく」
「し、失礼しまーす…」
「……」

 トップクラスの冒険者として名を馳せるさしものリーダー達も、この人への礼節は欠かせない。おずおずと座り、同じく右翼の戦況に目をやった。

 座った3人を見て、声の主は話しかける。

「私は軍議には参加しませんでしたので、改めて。コーデリア・レイムヘイト・ティズウェルと申します。戦場ここでは気軽にコーデリアとお呼び下さい」

 そういって夜風に髪をなびかせ、切れ長の目に戦場を照らす炎を映すその姿に、歴戦の3人は言葉を失う。

 気軽に名で呼べと言われても、相手は貴族、さらには軍神と呼ばれる帝国騎士の英雄である。はっきり言って緊張しない方がおかしい。3人はそれぞれ緊張しつつ名乗った。

鉄の大牙アイゼンタスクリーダーのアッガスです。ティズウェル男爵夫――――」

 コーデリアの鋭い視線が、アッガスに突き刺さる。吹き出る冷汗を拭う事無く、アッガスは即座に訂正した。

「コ、コーデリア殿…」

 ニコッと笑うコーデリア。堅物で通っているアッガスも、ついぞ目をそらした。

喚水の冠帯アクルトクラウンのフロールです! コーデリアさん!」

 フロールは持ち前の明るさを発揮。ブンブンと握手をした。

破砕の拳クラッシャーウォーレスです。お会いできて光栄です。コーデリア様」

 3人が名乗り終えるとコーデリアは静かに続けた。

「アッガス殿、フロール殿、ウォーレス殿。本当に気楽にして下さいね? 戦場ここでの私は、貴族でも騎士団員でもありません。ただの女ですから」

「わかりました…しかしこれだけは。ただの女性に魔人は相手できませんよ」

 アッガスは呆れたように指摘する。

「ふむ。しかし取り逃がしました。倒してしまったあなた方には、遠く及びませんよ」
「今回はフロールのお陰です」
「ふっふっふ…たまたまだーとか、言わないわよん?」
「…必要ない」

「そ。なら貸しにしといてあげるわ」
「いいだろう」
「うむ」

「ふふっ、やはりいいものですね。冒険者とは」

 3人のやり取りを見て、コーデリアは眩しいものを見るかのように遠い目をする。

「そうですかぁ? こいつら剣と拳しかない脳筋ですよ?」

 フロールがアッガスとウォーレスを見てククッと笑う。

「おいっ!」
「…撤回を要求する」

 自分達が想像していた『軍神レイムヘイト』とは違った雰囲気を醸し出しているコーデリアに、3人のリーダーは内心驚きながらも4人の歓談は続いた。

「コーデリアさんって、もっとお堅い人だと思ってました」

 フロールの言葉に目を丸くするコーデリア。すかさず、アッガスとウォーレスはそんな彼女をいさめる。

「お、おい! 貴様! 失礼だぞ!」
「…撤回を推奨する」

「ふふっ。構いません。ありがとう、フロール」

 まさかの感謝の言葉にアッガスとウォーレスだけでなく、フロールまでもが驚いた。
 
 コーデリアは素直に嬉しいのだ。貴族としてではなく、軍神としてでもなく、冒険者らしくこうして地べたに座り、戦いの後に雑多な会話を交わすのは、密かな憧れだったのだ。


(私はこういう道も、歩めたのだろうか)


 だがコーデリアのそんな胸中は3人には分からない。感謝の意味を問う間もなく、コーデリアは続けた。

「皆さんは次はどうなさるのですか?」

鉄の大牙オレたちは次も行きます。魔人の討伐が依頼ですので」

「ウォーレス、ガーランドのギルドマスターカストルさんからの依頼。破砕の拳あんたらもドルムンドの防衛よね?」

「…そうだ」

「なら、あたし達はここで依頼完了な訳だけど」

「…静寂の狩人を放っておくことは出来ない。破砕の拳オレたちも行く」

「ちっ…言うと思ったわ」

喚水の冠帯おまえらはここで抜けてもいい。借りは返せなくなるがな」

「はぁ? 何それ。コーデリアさん、アッガスこいつどう思います? あんた、もう少し女の扱いを学んだ方がいいわよ」

「残念ながら、どこかにいる朴念仁ぼくねんじんが頭をよぎりましたね」

「…引退後にそうしよう」

「こりゃダメね。あ~あ、おなか減ったぁ…」

 火魔法で煌々こうこうと照らされている右翼は、まるで炎の舞台と化している。

 その舞台の中央でとうとう勝鬨が上がり、魔人兵は見事殲滅。

 右翼多数の死傷者を出しながらも、ドルムンド防衛戦は地人ドワーフと帝国軍の勝利で幕を閉じた。

 フロールが寝そべると、群青だった空は漆黒に変わり、西の空に弦月が輝いていた。

「月も貴方を誘っているようですよ?」

「はぁ…まだ弓を取れって言うんですかぁ…」


 さしものフロールも、天に言われては仕方がない。

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