戦国武将異世界転生冒険記

詩雪

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第五章 ホワイトリム編

第123話 大地の汗

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 捕まっていた雪人ニクスの人達と、その家族の亡骸を村まで送り届けてフクジュ村に戻ると、既に夜が明けようとしていた。

 2日寝ていない。さすがに疲れていたが、今日はくだんの山神様の元へ向かう事になっているので、のんびりしている暇は無かった。

 凍った井戸の表面の氷を火球魔法イグ・スフィアで割り、冷た過ぎる井戸水を桶ですくう。火球で水を温めてやろうかとも思ったが、眠気眼ねむけまなこを覚ますには丁度いい。気合で冷水のまま頭から水をかぶった。

「うおぉぉぉっ! 冷たい! 死ねる!」
「何やってんのあんた」

 後ろから呆れたようにアイレが声を掛けて来た。マーナも起きたようで縁側をトテトテと歩いてくる。

「おはよう」
「おはよ」
『おん(おはよ~)』

 濡れた頭を振り回し、収納魔法スクエアガーデンから布を取り出してガシガシと頭を拭いた。
 ついでに桶に水を汲んでやり、ホレとアイレに渡してやる。

「…どうしろと?」
「ん? 君は朝起きたら顔も洗わないのか」
「こんな氷水で洗える訳ないでしょ! 母屋にお湯置いてくれてるわよ!」
「なにっ! それを早く言え」

 起きてきたマーナとアイレに何事も無かったかのように挨拶をし、ツクヨさんのありがたい朝餉あさげ(朝食の事)を頂く。ちなみにマーナも同席している。ギンジさん、ツクヨさん、アカツキの3人が昨晩舞台で見たのはマーナの光の玉状態だったので、実は頭大の小さな羽根つき狼だった事を説明する。ツクヨさんが『愛らしいです』と言ってくれたので、特に事なきを得た。寛容なギンジさん一家には感謝だ。

 アカツキはツクヨさんからもらった桃をうまうまと食べているマーナを楽しそうに突っついている。

「まな、ふわふわー」
『くぉん(くすぐったいよ)』
《 今だけ我慢してくれ。相手は子供だ 》
《 しょーがないなぁ。コレにめんじて許してあげるよ 》

 極上の朝餉あさげを食べ終わり、出立の準備をする。するとギンジさんがツクヨさんに一言何か言うと、ツクヨさんが土間の奥から頭大の壺を持ってくるや、俺に手渡した。

「これは?」
「ジンの言う所の『みそ』だよ。気に入ったみたいだから持って行ってくれ。不思議な魔法を使えるみたいだし、邪魔にはならないだろう?」

 壺を持つ手が震える。
 もらっていいのか!? 味噌を手に入れた! やったぞ!

「あ、あの…これに至っては遠慮できませんよ?」
「肉に比べたら大したものでもないよ。遠慮なんかしないでくれ」

 ツクヨさんの方を見ると静かに微笑み、

「これまで名も無いものでしたが、ジン様にあやかって、これからは『みそ』と呼ばせて頂きます」

 そう言った。味噌がここホワイトリムに誕生した瞬間だ。

「ありがたく! 頂きます!」
「どんだけ喜んでんのよ」
『わふぅ(オイシイの?)』

 ◇

「お世話になりました。この御恩は生涯忘れません」
「大げさだなぁ。また来てくれよ。ジンならいつでも歓迎するよ。なぁツクヨ」
「はい。また共に奏でとう存じます」

「じゃあねアカツキ! また会いましょう!」
「アレちゃんジンにい。またくる?」
「ああ、また来るよ」

 アカツキの頭をガシガシ撫でてやると、にっこりと笑った。

「では、これにて」

 深々と頭を下げ、ギンジさん一家に見送られてフクジュ村を後にした。


◇ ◇ ◇ ◇


 目的地の山神様の家は山を一つ越えたところにあるらしい。

 雪山越えは今日ぶりだ。いくらでもかかって来いと気合を入れなおしたところで、アイレがふと声を上げた。

「で、昨日の夜なんかあった?」
「ん?」
「あんたすすけた匂いがするし、戦ったでしょ。それに起き抜けに見た顔、怖かったわよ」

 顔に出ていたか…なんたる不覚。
 別に隠す事でもないかと、事の顛末をかいつまんで話した。

「最悪ね…」
「まぁ、この戦争で帝国が勝てば、もうここにはあんな輩は現れないだろう」
「ギンジさんに伝えた方がいいんじゃないかしら? 一応村長さんだし」
「いや―――」

 奴隷商人がこの国に来ている、攫われぬように気を付けろ。
 山神様のせいにして、色々諦めるのをやめろ。
 自分達の身は自分達で守れ。

 こんな事は戦える者の一方的な意見だと思うのだ。雪人ニクスは狩りも満足に出来ぬほど、致命的に戦いに向いていない。力も無いしその心構えも無い。だからといって俺達が、鍛えろ、強くなれ、などと偉そうに言ったところで理解は出来たとしても、相手の心には響かない気がするのだ。それは雪人ニクスに限らず、戦えない者全てに共通する。

 だが、彼女は違う。

 夫を目の前で殺されても前を向き、自分達の在り方を見直さなければと前に進んだ。戦えぬ雪人ニクスである彼女の声が、同胞には最も響くだろう。古びた剣を握りしめ、炎を前に立てた誓いは本物だと思う。

「遠からず、その人はきっとフクジュ村にも訪れる。その時に、彼女の声はギンジさん達に届くと思うんだ」

 そんな俺の言葉をじっと聞いていたアイレは、突然後ろから俺を抱きしめた。

「あんたってやつは、どこまでお人好しなのかしら? でも、亜人わたしたちの為に、ありがとう」

「為になったかどうかはまだ分からないな…まぁ、味噌の対価だ」

 無理やりことあとにもらった味噌をダシにして、必死に照れ隠しする。
 喜んだらスキンシップをはかるこのクセは直して欲しいものだ。

「ふふっ、今回はそう言う事にしといてあげるわ。それにしても、こんな16歳いるのかしら」

 スッと離れ隣を歩き出す。

「そういうアイレは何歳なんだ? 風人エルフは長命だと聞く。マーナと同じ100歳くらいか?」

「ぶん殴るわよ。19よ! あんたと3つしか変わんないっての! 今の流れで『女性に年齢を聞くな!』とか眠たい事は言わないけど、100は酷すぎ!」

「お、おぅ。そうか。意外に近かったんだな」

「あんたが16って聞いた時、びっくりして意識持ってかれたんだからね! 年上だと思ってたのに!」

 ああ、それであの時虚空を見つめていたのか。『その黒い髪がややこしいのよ』とかなんとか言いながら、年下だった事の意外性をここぞとばかりに言ってくる。

 はいはいと軽く流しつつ山頂付近に差し掛かり、白い息をほうっと吐く。晴れていれば素晴らしい景色をおがめたんだろうが、残念ながら雪雲のお陰で辺りには白いが掛かっていた。

 すると、木に体当たりして落ちてくる雪をかぶって遊んでいたマーナが突然声を上げた。

《 げっ! 臭い! あれが近いぞっ! 》

 若干演技じみている事にはあえて何も言わない。

「あれってなんだよ」
「何よ急に」
「あ、ああ、すまん。マーナが何か臭いって言ってな」

 言われて俺とアイレも匂いを嗅いでみるが、何も匂わない。やはり狼の鼻には敵わないという事だろう。山神様も大事だが、また村が襲われていて焼かれたりしていたらそれこそ事だ。そう遠くは無いらしいので、アイレと相談し、そちらに足を向ける事にした。

「ほう、ほうほうほう」
「この臭い…大地の汗ね。って、なんで嬉しそうなのよ」

 聞くと、亜人達は温泉をと呼んでいるらしい。ものによっては毒性があるため、風情の無い者は大地の小便だとも。まぁ、呼び方なんて今はどうでもいい。とにかく、俺の頭の中は温泉の事で頭がいっぱいなのだ。

 マーナ! いや、マーナガルム様っ! 君と一緒にいて今日ほどありがたいと思った事は無いぞ! よくぞ見つけてくれました!

「アイレ。マーナ。俺は少し疲れているんだ」
「…そうね。2日寝て無いし」
『おん(そなの?)』

「そうだ。だから俺は疲れを癒す必要がある」

 大地の汗と結びつかない俺の言葉に、アイレとマーナは不思議そうに互いを見合って首を傾げる。

 すると目の前に雪が解け、地表が露わになっている場所が現れる。こんこんと湯が出ている噴出孔ふんしゅつこうには湯の花が堆積たいせきし、周りの石や岩は茶色く変色していた。辺りは湯気で真っ白。

 かなりの湯量が期待できるぞこれは!

 湧き出る湯の温度を確かめるべく、噴出孔のお湯に手を触れる。

「ちょっ、ちょっと! 大地の汗は熱いし有毒ガスも出てるのよ!?」

 そう警告するアイレだが、毒に関しては大地魔法の効果である耐性魔法レジストは反応していない。運よく、ただ臭いがキツいだけだった。慣れれば臭いなど気にならなくなるさ。

耐性魔法レジストは反応なし。問題ない! あとは…あーっつ!」
「馬鹿なの!?」
『くぅ~ん(ジンがアホになったぁ♪)』

 さすがに熱すぎたので、湯の道を作って冷ます事にする。後は湯船に雪を放り込んで温度調節すればいい。マーナはなんで嬉しそうなんだと、いつもなら言ってやるが今は無視だ。

 適当に距離を測り、地魔法を発動。これまた適当な深さまで掘り、後は腕に強化魔法を掛けて窪みの形を調整する。トクトクと湯船に湯が流れ込んでくる事を確認し、溜まるまでの間に側面に石を敷き詰め、ふちにも同じように石を並べていく。

 湯船の底がゴツゴツとしていてはだめだ。ましてや土などもっての外。石敷いしじきを作るべく、流れるように夜桜で大岩を切り刻み形を整えて底に並べていく。

「うおぉぉぉっ!」

 狂ったような俺の様子と作業スピードは、アイレとマーナに付け入る隙は与えない。ゴリゴリ出来てゆく物にようやく気が付いたアイレは、マーナと共に少し離れた岩の上に座り、呆れたようにため息をついた。

「つまり大地の汗を穴に溜めて、お風呂にしようとしてるワケね」
『くるうぉん(こんなに必死なジン初めて見たよ)』

 ◇

「――――樹霊の意思ドリアドウィル!」

 俺の木魔法で周囲にあった3本の樹氷がウネウネと動き出し、バサバサと雪を落としながら湯船の周囲片側に集まって根を下ろす。

「完成だっ!」

 直径3m程の丸い湯船には、乳白色の湯が溢れんばかりに満たされている。周りを土壁で囲ってもよかったが、それでは風情が台無しになると思い、今回は木で代用した。見た目にまで配慮した、素晴らしい完成度だ。

 温泉は数か月ぶり、帝国領の深森しんりん温泉以来だ。

「木魔法にこんな使い道が…って違う違う! ほんとにこれに入るの!? 死なない!?」
「逆だ。生き返る」

 アイレは恐る恐る湯船に手を入れると、冷え切った手に温泉はかなり熱かったようで、驚きながらふーふーしている。

『わぉん!(とつげきー!)』

 ザブン!

『うぉん!くぉーん(あちゃー! でも…いいかも)』

 マーナが造成者たる俺、一番風呂の権利を有する俺を差し置いて湯船にダイブする。

「あっ、マーナ! 何たることを! …ま、いいか」

 温泉見つけたのマーナだし。
 仰向けにプカプカと浮かぶマーナをポカンと見ているアイレに声を掛けた。

「これから風呂に入るんだが…君はどうする」

「変態!!」

 彼女はそっぽを向いた。
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