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第六章 ラクリ解放編
第137話 死神の影
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一方のあるまじき者こと、コハク。
アイレに前線左側後方に下ろされた彼女が、前方の数人の気配と、後方の数えきれない程の人がひしめく気配を感じるという状況下において、前方に歩き出したのは仕方のない事だった。
じんとおねえちゃん
むかえいくっていった おぼえてる
ひとりさびしくない
やまでみなかったどうぶつとむしみる たのしい
じめんのむしおいかけたらおなかへった
でもじんいない ゆきない
とりあぜんぶたべた
たべものない
ばったつまえてもころせない たべれない
ここのくさおいしくない
でもおなかふくれる たくさんとった
くさたべてむしおいかけたら
あっちのひときられた わたしのとなりたおれてきた
おどろいた ゆうきだしてほっぺつっついた
このひといきてる ぜんぜんうごかない
おやすみしてる
むしたのしい けど
つっつくのも たのしい
「お、お嬢…ちゃん…」
いっぱいつっついたせい きられたひとしゃべった
ごめんなさい
「ここは危ないよ…早く離れ、ぐっ! 離れ、るんだ…」
あぶない はなれる
おっきいこえだすひといる
わたしにいってるのかな
グボッ
「か、はっ…」
奮闘していたリブシェの腹に、ヨーンオロフの槍の石突がめり込む。刃を警戒するあまり接近に接近を重ね、とうとう動きを見切られた結果だった。
ヨーンオロフとて騎士団の隊長である。槍の技術に抜きんでたものは無い上に戦闘のセンスも平凡な彼だったが、余りある体力と頑強さだけは魔人の中でも誰にも負けないという自負がある。
殴られては立ち、斬られては立ちを繰り返して戦う内、相手の動きを少しずつ理解し、相手の心を削りつつ自身の攻撃が入るのを待つというのがヨーンオロフの必勝法だった。
「逆だったら腹に大穴開いてたな。運いいなお前。そんなお前はちゃんと王都まで連れてってやっからよ。安心してそこで倒れときな」
「っ……」
とうとう近接職の冒険者が皆倒れ、残るはグレオールのみとなる。
だが、グレオールもラドミラとの一騎打ちで魔力が限界を迎えつつあり、さらにリブシェを倒したヨーンオロフの不意の刺突の前に、力無く膝を屈した。
(く…せめて少女だけでも…)
「―――地壁魔法!」
僅かに残った魔力でコハクの三方向に土壁を作り出し、グレオールは声を振り絞った。
「早くお逃げなさいっ!」
ドゴン!
「ぶっ!」
最後の一人となるまで抵抗したグレオールだったが、ヨーンオロフに容赦なく顔面を踏みつけられ、意識を手放した。
魔力の供給主を失った土壁はもろく、ウルメンの木魔法が難なく壁を打ち壊し、少女に迫っていた。
「ああ…すまん…守ってやれなくて…」
「……」
コハクは反応せず、喋り出したハイクの元から少し離れた場所で草を口に運んでいる。
(話せない上に、耳もダメになってんのか…草なんか食わされちまって、可哀そうに…そういえば)
「お嬢ちゃん…せめて、これ食べな…」
ガクガクと震える手で携帯食を懐から取り出したハイク。自身に差し出されたものを見て、コハクはリンと鈴を鳴らしてハイクに再度近づいた。
無言でそっと携帯食を受け取ろうとした瞬間、
ギュルギュルギュル!
コハクは木魔法で拘束され、宙吊りとなる。そこへカツカツと歩み寄ったラドミラは、満足げな笑みを浮かべて舐める様に見定めた。
「…うん、思った通り。調教する手間はいらないわね。この状態になっても悲鳴すら上げない、感情が麻痺してる証拠。いい感じに堕ちてるわ。珍しい種族だしなかなか可愛い顔してる。側に置いとくより、バカ貴族に売る…いえ、色町に放り込んで安定的に稼がせた方がいいかしら?」
あれこれとコハクの現状と処遇を考えるラドミラは、口角を上げながら今度は皮算用にいそしむ。
突然近づいて来た人にコハクは一瞬ドキリとするが、ハイクが差し出した携帯食が気になって仕方がない。幸い緩めに拘束されていたので少し力を入れて木を押すと、その身体はスルリと抜けた。
「あっ、ちょっと緩め過ぎよ。さっさと捕まえなさい」
「す、すまぬすまぬ…」
(抜けてしまう程に緩めていたなりか…やはり精密な動きは慣れが必要なりな…)
カラコロとハイクの元へ駆け寄り、ハイクの胸元に置かれた携帯食に手を伸ばした途端、またもや木に拘束される。今度はきつく縛ったようで、先程の力では抜けられそうもない。またお預けを食らった挙句に同じ場所で宙吊りにされ、少し頬をふくらませる。
意地でも食べてやるともう少し力を入れて木を押すと、木は静かにミシミシと音を立てて再度コハクを解放した。
「四番。真面目にやりなさい。消すわよ」
「い、いや、それがっ!」
(お、おかしいなり! 子供の骨では折れるギリギリの強度だったはずなり!)
「ったくよ…めんどくせぇから気絶させちまおうぜ。冒険者も王都に連れてかなきゃなんねぇんだからよ」
「ちっ…仕方ないわね。あんたがやって。私の魔法じゃ死ぬわ。傷モノにしたらあんた消すから」
「はいはい…」
ゴンッ!
二度の拘束から脱出し、性懲りも無く携帯食に駆け寄るコハクにヨーンオロフの槍の柄が振り抜かれた。一撃で相手を気絶させるというのは案外難しいものである。振り抜かれた柄の威力は、子供なら当たりどころが悪ければ死んでしまう程だった。
だが、槍を振り抜いた本人が最初に異常を感じた。
少女は頭を殴られたのにもかかわらず、少し首を傾《かたむ》けただけで微動だにしなかったのだ。
(なっ!?)
「なんだこのガキ!」
バガッ!
「ちょっと何してんのよ!」
槍で小突いた後、突如怒り任せにコハクを蹴り飛ばしたヨーンオロフにラドミラは激怒する。
「よくよく考えたらこいつ獣人だ。人間よりてんで頑丈だからこれくらいやんなきゃなんねぇんだよ」
「そ、そうか…その事すっかり忘れてたなり」
「だからってねぇ! 吹っ飛んでんじゃない! ああっ、もう! これだから体力バカは!」
突然棒で殴られた上に蹴り飛ばされたコハクは、地面に仰向けに寝っ転がりながら事態を理解するために助けを求めた。
《 じん じん 》
《 ――――― 》
ジンに呼びかけるも返答がない。困ったコハクは次にマーナに助けを求める。
《 おおかみさん おおかみさん 》
《 んぁ? どうしたのー? 》
《 じんいない 》
《 へ? ちょっと待っ……いるよ? でもあっちは忙しいみたいだね。何かあったの? 》
《 たたいた 》
《 誰が、ってわかんないか。う~ん… 》
寝っ転がりながらマーナと話してる最中、ヨーンオロフが襟首をつかみ上げ、コハクは空中でぶらぶらと揺られている。殴られた相手だがコハクは遊んでくれているものと勘違いし、少し楽しくなっていた。
「おー…」
突然声にならぬ声を小さく上げたコハクに、ヨーンオロフはギョッとした。
「呻いてやがる。頑丈な奴だな。ほれ、気絶はしてないが抵抗は出来ねぇだろうよ」
「ひやひやさせないで! そのまま持ってて。重いのとか嫌よ」
「やりたい放題だなお前…俺一応隊長だぞ」
「我はもう信用を失ったなりか…」
魔人達のやり取りの間も、コハクはマーナとの会話の真っ最中だ。
《 その叩いたのって人間? あー…ジンと同じ生き物? 》
《 じんにんげん じんとおおかみさんとおねえちゃんちがう 》
コハクには魔力を感じる能力が備わっているので、名称を知らないだけで人間や亜人、魔物や魔獣と言った区別は当然つく。
《 ふむふむ…視てみたけど、キミの近くに気持ち悪いのいるね。なんだっけ…あ、魔人だ 》
《 まじん 》
《 叩いた人って目が黒くないかな? 》
コハクは人と目を合わせるのが苦手である。ジンは気になったので凝視しても平気だったが、基本的にやりたくない行為なのだ。アイレすらまだほんの少し抵抗がある。しかし、マーナに聞かれたからには答えなければならない。
襟首を掴まれ地面に下ろされている状態からクイっと顔を上に向け、ヨーンオロフの顔を見上げた。
「お? なんだ?」
抵抗する素振りどころか表情も変えなかったコハクの動きにヨーンオロフは興味を示し、再度目線の高さまで軽々とコハクを持ち上げた。
《 まっくろ 》
《 やっぱりねー。ていうかなんでそんなところにいるの? じっとしててってアイレが言ってたよね 》
《 じっと してる 》
《 今の話じゃないよ! …まぁいいや。それジンの敵だからやっつけていいよ 》
《 じんのてき やっつける…? 》
《 殺すって事だよ 》
《 じんのてき わるいひと ころす 》
《 そーそー。魔人はジンの敵。やっつけちゃえ! 》
「まじんのてき ころす …?」
「あ? あんだって? つーか喋れんじゃん」
コハクは結論を口にした途端分からなくなる。
ちょっぴりややこしかったみたいだ。
「じんのてき」
「じんってのは、何処のどいつだ」
「まじん」
「おおっ、魔人を知ってるのか。そうだ、俺達は最強の魔人様だ」
ここで『ジンの味方だ』『魔人じゃない』と言えば、あるいは助かったのかもしれない。
「ころ やっつける」
「ころっつける? おいおい、こいつ頭おかしいかもしれねぇぞぉ」
ヒュン
ラドミラがそろそろ倒れている冒険者の検分をして、使えそうな者を魔人にすべく王都へ運ぶための準備に取り掛かろうと、目を離したほんの数秒。再度ヨーンオロフに目を向けるがそこに彼の姿は無く、
「その内マシになるでしょ。…え゛っ?」
ラドミラの目に映ったのは少女の姿だけだった。
何が起こったのか全く理解できないラドミラと、ラドミラが発した異音で目線を向けたウルメン。二人は突然消えたヨーンオロフの行方を捜そうと、辺りをキョロキョロと見回した。
「あいつどこ行ったのよ」
「ヨーンに瞬間移動できるような力は無いなり」
コハクが地面に降り立ち、またも解放されてハイクの元へ向かう姿を見て、ラドミラの苛立ちが膨れ上がる。
「ワケ分かんないわ…四番、今度こそ離すんじゃないわよ!」
「わ、分かったなり!」
ウルメンの木魔法により呆気なく三度目の拘束を受けたコハクは、今回の木の様子は先程までとは違うと感じ、攻撃を疑った。
きさん わたしつかまえた
さっき きさん わたしつかまえた
わるいきさん
バキバキバキバキッ!
「なりぃっ!?」
「このガキっ、普通じゃない!」
今度は緩めるのではなく、力を込めて木を破壊した。
少女の異常性をようやく察知したラドミラとウルメンは、それぞれ魔法を少女に向け、瞬時に魔力の収束を察知したコハクはその発生源を見るや、先程と同じものを目の当たりにした。
「まっくろ まじん」
ズズズズズッ
「ひぃっ!」
「はーっ、はーっ」
敵を認識したコハクの殺気が辺りを支配。圧倒的な死の恐怖を刻まれたラドミラとウルメンが次にとった行動は、忌避ではなく対象の排除だった。
「ば、バケモノがっ! 手加減無しよ四番!」
「賛成なりっ!」
―――木偶魔法!
―――大風突魔法!
グヌグヌと木の幹と枝が踊り、巨大な木人形が形成されコハクの前に立ちはだかる。さらにラドミラが発した風が木人形に纏わり、木人形を中心に逆巻く風の刃となって拳と共にコハクに襲いかかった。
それを見て下駄を鳴らしゆるりと歩み寄ったコハクは、木人形に向かってフッと息を吐く。
極寒の冷気が辺りに漂い、空気中の水蒸気が音を立てて凍る。キラキラと陽光を反射する細氷と凍気が木人形を包み込んだ。
ピキピキピキピキ―――
木人形は途端に動きを止めてただの氷像と化し、異次元の魔力によって発現した凍気は、比して矮小な風魔法をいとも容易くかき消した。
全力で放った魔法を瞬時に無効化された二人の魔人は、最早声すら上げられず。
体が動かない、息も出来ない、眼球ですら、動かせない。
気が付けば木人形と同様に氷像と化しており、意識だけが残っていた。
近づいてくるカランコロンという音と鈴の音。固定された眼球には白いもやが掛かり、小さな掌に生える十指の先端に、氷の刃を伸ばした白い少女だけが映っている。
巡る意識の中、ヨーンオロフが目前の少女に消された事、そして自分達も同様の結末を迎える事を確信した。
踏まされたのは、虎の尾でも竜の足でもなく、死神の影だった。
アイレに前線左側後方に下ろされた彼女が、前方の数人の気配と、後方の数えきれない程の人がひしめく気配を感じるという状況下において、前方に歩き出したのは仕方のない事だった。
じんとおねえちゃん
むかえいくっていった おぼえてる
ひとりさびしくない
やまでみなかったどうぶつとむしみる たのしい
じめんのむしおいかけたらおなかへった
でもじんいない ゆきない
とりあぜんぶたべた
たべものない
ばったつまえてもころせない たべれない
ここのくさおいしくない
でもおなかふくれる たくさんとった
くさたべてむしおいかけたら
あっちのひときられた わたしのとなりたおれてきた
おどろいた ゆうきだしてほっぺつっついた
このひといきてる ぜんぜんうごかない
おやすみしてる
むしたのしい けど
つっつくのも たのしい
「お、お嬢…ちゃん…」
いっぱいつっついたせい きられたひとしゃべった
ごめんなさい
「ここは危ないよ…早く離れ、ぐっ! 離れ、るんだ…」
あぶない はなれる
おっきいこえだすひといる
わたしにいってるのかな
グボッ
「か、はっ…」
奮闘していたリブシェの腹に、ヨーンオロフの槍の石突がめり込む。刃を警戒するあまり接近に接近を重ね、とうとう動きを見切られた結果だった。
ヨーンオロフとて騎士団の隊長である。槍の技術に抜きんでたものは無い上に戦闘のセンスも平凡な彼だったが、余りある体力と頑強さだけは魔人の中でも誰にも負けないという自負がある。
殴られては立ち、斬られては立ちを繰り返して戦う内、相手の動きを少しずつ理解し、相手の心を削りつつ自身の攻撃が入るのを待つというのがヨーンオロフの必勝法だった。
「逆だったら腹に大穴開いてたな。運いいなお前。そんなお前はちゃんと王都まで連れてってやっからよ。安心してそこで倒れときな」
「っ……」
とうとう近接職の冒険者が皆倒れ、残るはグレオールのみとなる。
だが、グレオールもラドミラとの一騎打ちで魔力が限界を迎えつつあり、さらにリブシェを倒したヨーンオロフの不意の刺突の前に、力無く膝を屈した。
(く…せめて少女だけでも…)
「―――地壁魔法!」
僅かに残った魔力でコハクの三方向に土壁を作り出し、グレオールは声を振り絞った。
「早くお逃げなさいっ!」
ドゴン!
「ぶっ!」
最後の一人となるまで抵抗したグレオールだったが、ヨーンオロフに容赦なく顔面を踏みつけられ、意識を手放した。
魔力の供給主を失った土壁はもろく、ウルメンの木魔法が難なく壁を打ち壊し、少女に迫っていた。
「ああ…すまん…守ってやれなくて…」
「……」
コハクは反応せず、喋り出したハイクの元から少し離れた場所で草を口に運んでいる。
(話せない上に、耳もダメになってんのか…草なんか食わされちまって、可哀そうに…そういえば)
「お嬢ちゃん…せめて、これ食べな…」
ガクガクと震える手で携帯食を懐から取り出したハイク。自身に差し出されたものを見て、コハクはリンと鈴を鳴らしてハイクに再度近づいた。
無言でそっと携帯食を受け取ろうとした瞬間、
ギュルギュルギュル!
コハクは木魔法で拘束され、宙吊りとなる。そこへカツカツと歩み寄ったラドミラは、満足げな笑みを浮かべて舐める様に見定めた。
「…うん、思った通り。調教する手間はいらないわね。この状態になっても悲鳴すら上げない、感情が麻痺してる証拠。いい感じに堕ちてるわ。珍しい種族だしなかなか可愛い顔してる。側に置いとくより、バカ貴族に売る…いえ、色町に放り込んで安定的に稼がせた方がいいかしら?」
あれこれとコハクの現状と処遇を考えるラドミラは、口角を上げながら今度は皮算用にいそしむ。
突然近づいて来た人にコハクは一瞬ドキリとするが、ハイクが差し出した携帯食が気になって仕方がない。幸い緩めに拘束されていたので少し力を入れて木を押すと、その身体はスルリと抜けた。
「あっ、ちょっと緩め過ぎよ。さっさと捕まえなさい」
「す、すまぬすまぬ…」
(抜けてしまう程に緩めていたなりか…やはり精密な動きは慣れが必要なりな…)
カラコロとハイクの元へ駆け寄り、ハイクの胸元に置かれた携帯食に手を伸ばした途端、またもや木に拘束される。今度はきつく縛ったようで、先程の力では抜けられそうもない。またお預けを食らった挙句に同じ場所で宙吊りにされ、少し頬をふくらませる。
意地でも食べてやるともう少し力を入れて木を押すと、木は静かにミシミシと音を立てて再度コハクを解放した。
「四番。真面目にやりなさい。消すわよ」
「い、いや、それがっ!」
(お、おかしいなり! 子供の骨では折れるギリギリの強度だったはずなり!)
「ったくよ…めんどくせぇから気絶させちまおうぜ。冒険者も王都に連れてかなきゃなんねぇんだからよ」
「ちっ…仕方ないわね。あんたがやって。私の魔法じゃ死ぬわ。傷モノにしたらあんた消すから」
「はいはい…」
ゴンッ!
二度の拘束から脱出し、性懲りも無く携帯食に駆け寄るコハクにヨーンオロフの槍の柄が振り抜かれた。一撃で相手を気絶させるというのは案外難しいものである。振り抜かれた柄の威力は、子供なら当たりどころが悪ければ死んでしまう程だった。
だが、槍を振り抜いた本人が最初に異常を感じた。
少女は頭を殴られたのにもかかわらず、少し首を傾《かたむ》けただけで微動だにしなかったのだ。
(なっ!?)
「なんだこのガキ!」
バガッ!
「ちょっと何してんのよ!」
槍で小突いた後、突如怒り任せにコハクを蹴り飛ばしたヨーンオロフにラドミラは激怒する。
「よくよく考えたらこいつ獣人だ。人間よりてんで頑丈だからこれくらいやんなきゃなんねぇんだよ」
「そ、そうか…その事すっかり忘れてたなり」
「だからってねぇ! 吹っ飛んでんじゃない! ああっ、もう! これだから体力バカは!」
突然棒で殴られた上に蹴り飛ばされたコハクは、地面に仰向けに寝っ転がりながら事態を理解するために助けを求めた。
《 じん じん 》
《 ――――― 》
ジンに呼びかけるも返答がない。困ったコハクは次にマーナに助けを求める。
《 おおかみさん おおかみさん 》
《 んぁ? どうしたのー? 》
《 じんいない 》
《 へ? ちょっと待っ……いるよ? でもあっちは忙しいみたいだね。何かあったの? 》
《 たたいた 》
《 誰が、ってわかんないか。う~ん… 》
寝っ転がりながらマーナと話してる最中、ヨーンオロフが襟首をつかみ上げ、コハクは空中でぶらぶらと揺られている。殴られた相手だがコハクは遊んでくれているものと勘違いし、少し楽しくなっていた。
「おー…」
突然声にならぬ声を小さく上げたコハクに、ヨーンオロフはギョッとした。
「呻いてやがる。頑丈な奴だな。ほれ、気絶はしてないが抵抗は出来ねぇだろうよ」
「ひやひやさせないで! そのまま持ってて。重いのとか嫌よ」
「やりたい放題だなお前…俺一応隊長だぞ」
「我はもう信用を失ったなりか…」
魔人達のやり取りの間も、コハクはマーナとの会話の真っ最中だ。
《 その叩いたのって人間? あー…ジンと同じ生き物? 》
《 じんにんげん じんとおおかみさんとおねえちゃんちがう 》
コハクには魔力を感じる能力が備わっているので、名称を知らないだけで人間や亜人、魔物や魔獣と言った区別は当然つく。
《 ふむふむ…視てみたけど、キミの近くに気持ち悪いのいるね。なんだっけ…あ、魔人だ 》
《 まじん 》
《 叩いた人って目が黒くないかな? 》
コハクは人と目を合わせるのが苦手である。ジンは気になったので凝視しても平気だったが、基本的にやりたくない行為なのだ。アイレすらまだほんの少し抵抗がある。しかし、マーナに聞かれたからには答えなければならない。
襟首を掴まれ地面に下ろされている状態からクイっと顔を上に向け、ヨーンオロフの顔を見上げた。
「お? なんだ?」
抵抗する素振りどころか表情も変えなかったコハクの動きにヨーンオロフは興味を示し、再度目線の高さまで軽々とコハクを持ち上げた。
《 まっくろ 》
《 やっぱりねー。ていうかなんでそんなところにいるの? じっとしててってアイレが言ってたよね 》
《 じっと してる 》
《 今の話じゃないよ! …まぁいいや。それジンの敵だからやっつけていいよ 》
《 じんのてき やっつける…? 》
《 殺すって事だよ 》
《 じんのてき わるいひと ころす 》
《 そーそー。魔人はジンの敵。やっつけちゃえ! 》
「まじんのてき ころす …?」
「あ? あんだって? つーか喋れんじゃん」
コハクは結論を口にした途端分からなくなる。
ちょっぴりややこしかったみたいだ。
「じんのてき」
「じんってのは、何処のどいつだ」
「まじん」
「おおっ、魔人を知ってるのか。そうだ、俺達は最強の魔人様だ」
ここで『ジンの味方だ』『魔人じゃない』と言えば、あるいは助かったのかもしれない。
「ころ やっつける」
「ころっつける? おいおい、こいつ頭おかしいかもしれねぇぞぉ」
ヒュン
ラドミラがそろそろ倒れている冒険者の検分をして、使えそうな者を魔人にすべく王都へ運ぶための準備に取り掛かろうと、目を離したほんの数秒。再度ヨーンオロフに目を向けるがそこに彼の姿は無く、
「その内マシになるでしょ。…え゛っ?」
ラドミラの目に映ったのは少女の姿だけだった。
何が起こったのか全く理解できないラドミラと、ラドミラが発した異音で目線を向けたウルメン。二人は突然消えたヨーンオロフの行方を捜そうと、辺りをキョロキョロと見回した。
「あいつどこ行ったのよ」
「ヨーンに瞬間移動できるような力は無いなり」
コハクが地面に降り立ち、またも解放されてハイクの元へ向かう姿を見て、ラドミラの苛立ちが膨れ上がる。
「ワケ分かんないわ…四番、今度こそ離すんじゃないわよ!」
「わ、分かったなり!」
ウルメンの木魔法により呆気なく三度目の拘束を受けたコハクは、今回の木の様子は先程までとは違うと感じ、攻撃を疑った。
きさん わたしつかまえた
さっき きさん わたしつかまえた
わるいきさん
バキバキバキバキッ!
「なりぃっ!?」
「このガキっ、普通じゃない!」
今度は緩めるのではなく、力を込めて木を破壊した。
少女の異常性をようやく察知したラドミラとウルメンは、それぞれ魔法を少女に向け、瞬時に魔力の収束を察知したコハクはその発生源を見るや、先程と同じものを目の当たりにした。
「まっくろ まじん」
ズズズズズッ
「ひぃっ!」
「はーっ、はーっ」
敵を認識したコハクの殺気が辺りを支配。圧倒的な死の恐怖を刻まれたラドミラとウルメンが次にとった行動は、忌避ではなく対象の排除だった。
「ば、バケモノがっ! 手加減無しよ四番!」
「賛成なりっ!」
―――木偶魔法!
―――大風突魔法!
グヌグヌと木の幹と枝が踊り、巨大な木人形が形成されコハクの前に立ちはだかる。さらにラドミラが発した風が木人形に纏わり、木人形を中心に逆巻く風の刃となって拳と共にコハクに襲いかかった。
それを見て下駄を鳴らしゆるりと歩み寄ったコハクは、木人形に向かってフッと息を吐く。
極寒の冷気が辺りに漂い、空気中の水蒸気が音を立てて凍る。キラキラと陽光を反射する細氷と凍気が木人形を包み込んだ。
ピキピキピキピキ―――
木人形は途端に動きを止めてただの氷像と化し、異次元の魔力によって発現した凍気は、比して矮小な風魔法をいとも容易くかき消した。
全力で放った魔法を瞬時に無効化された二人の魔人は、最早声すら上げられず。
体が動かない、息も出来ない、眼球ですら、動かせない。
気が付けば木人形と同様に氷像と化しており、意識だけが残っていた。
近づいてくるカランコロンという音と鈴の音。固定された眼球には白いもやが掛かり、小さな掌に生える十指の先端に、氷の刃を伸ばした白い少女だけが映っている。
巡る意識の中、ヨーンオロフが目前の少女に消された事、そして自分達も同様の結末を迎える事を確信した。
踏まされたのは、虎の尾でも竜の足でもなく、死神の影だった。
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レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
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ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。
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怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。
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異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!
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