戦国武将異世界転生冒険記

詩雪

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最終章 ジオルディーネ王国編

第172話 機先を制する

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 立ち込める人の焼けた匂い。姿形を保ったままの死体や、もはや人の形を留めていない死体など多くの死体が玉座の間に転がっている。

 この陰惨な光景を作り出したのは間違いなく玉座に座る女だろう。狐の耳が生えていて、膝の上にモコモコとした尻尾らしき物を乗せている。

「ルイっ!」
「るい」

 名を呼び、駆け寄ろうとするアイレとコハクを手で制する。

 魔力を感知出来ないアイレはともかく、コハクにはルイが以前のルイではなくなっている事は分かっているはずだ。

 それでも駆け寄りたいという気持ちは分からなくはない。二人にとって女王ルイの存在はとてつも無く大きいのだ。特にアイレはここに至るまで様々な苦難を味わってきた。この瞬間を待ちわびていたと言っても過言ではないだろう。

「なんやのアンタ。ウチらの感動の再会に水さしなや」

 ルイは俺が二人を止めた事が気にさわったのか、玉座から立ち上がり細目を見開いてギロリとにらんだ。

 紅い瞳に黒い眼球。その目は、闇に汚染されていた。

「そ、そんな…ルイ…っ!」
「………」

 ルイの堕ちた目を見てアイレは力なく膝を折り、コハクは行く手を遮られ、握っていた俺の手をそっと放し、無言で立ち尽くす。

「俺の名はジン。獣人国女王ルイに相違はないか」

 二人を置き、つと前に出てルイの意識のありようを確認する。ジオルディーネ王、もしくはメフィストに操られているなら、アイレとコハクに友好的に見える今の彼女の振る舞いは罠である可能性が高い。

 だが、最初にルイから返ってきたのは言葉ではなく、殺意の込もった尻尾の攻撃だった。

 ボッ!

「っ!?」

 ドガッ!

 生身で当たれば間違いなく首が吹き飛んでいたであろうその攻撃を、際どい所で回避する。俺の首を撃ち損ねた尻尾は後ろの扉を貫通し大穴を開け、ふわふわと空中を漂って元の大きさに戻った。

 到底尻尾が届く射程距離では無かった。攻撃時に腕や脚といった身体の一部が急激に伸びてくる攻撃は、魔物特有の攻撃である。

「ルイっ! やめて! この人は敵じゃない!」

 アイレのこの言葉には申し訳ないが、俺はカチリと夜桜の鯉口を切った。

 すると尻尾の主はアイレを一瞥し、ようやく次の言葉を発する。

「へぇ、今のよけれるんか。合格や。二人連れてるだけあるなぁ。心配せんでも同胞には手ぇ出さへんって。敵のカシラもホレ」

 どうやら先の攻撃は、自身と正対するに足るかどうかの試練のつもりだったらしい。フンッと鼻を鳴らし、足元にある首の無い死体をこちらに蹴飛ばしてくる。

「ド腐れ王も殺したし、この戦争は終わり。亜人ウチらの勝ちや」

 殺気を鎮めて事も無げに終戦を告げる女王。王が敵国の王を倒し、終戦を宣言した。これが終戦でなくて何が終戦と言えるだろうか。

 だが次の言葉は、終わらぬ戦いを告げるものだった。

「今日、この記念すべき戦勝記念日に、獣人国女王として新たに『人間』に宣戦布告する。人間を世界から消す。一人残らずや」

「なっ…」

 人と見るなり襲い掛かり、滅そうとする。同胞、つまり亜人はこの埒外らちがいという言葉が真実ならば辛うじて本来のルイの意識はあるのかもしれないが、人間に対する悪意は完全に魔物のそれだった。

 本来のルイからは想像もつかない無慈悲なセリフにアイレは言葉を失い、もう、目の前の人は自分の知っている人ではないと大粒の涙を零した。

「手伝どおてくれるか? アイレはん、コハク」

 冷たく色の無い言葉にアイレはうつむき、コハクは変わらず沈黙で返す。『はぁ』と溜息をついて、ルイは続けた。

「コイツに毒されてもーたんか…可愛そうに。優しいアイレはんはしゃーないにしても、コハクがただの人間の言う事聞くなんかありえへん」

 ビリビリビリビリ!

 同胞に洗脳をほどこしたとでも思っているのだろうか、途方もない殺気が俺に降りかかる。俺は夜桜に手を添えながら、俯くアイレに小声で問うた。

「女王は人間を憎んでいたのか?」

 涙目で俺に振り返り、フルフルと首を横に振る。

「違う。少なくとも帝国は信用してたし、冒険者ギルドをイシスに置いていいって許可したのもルイだもん。自分の国に人間の冒険者の出入りを許した人なのに、あんなこと言う訳ない」

 俺はうなずいてアイレの言葉を飲み込んだ。

「アイレ。コハクを連れて魔導塔に行ってくれ。もしかしたらルイを元に戻す方法がつかめるかもしれん。最悪その方法がなくとも、操っているメフィストを始末すれば洗脳は解けるだろう」

 二人をルイと戦わせる訳にはいかない。人間の手で魔人にされたにも拘らず、挙句同胞に戦わせるなどあまりに悲しく心苦しい。責任は人間の手で取らなければという思いが俺の中にあった。


 ここでアイレの脳裏には様々な思いが巡る。

 ただでさえルイは強い
 魔人になってしまったルイの強さは想像もつかない
 ジンにだけやらせる訳にはいかない
 私もルイを止めるのを手伝う
 やっぱり私がルイを止めるからジンはメフィストをお願い
 ここまで連れてきてくれてありがとう

 ……――――

 だが、彼女は油断なくルイを見るジンの横顔を見て、打ち寄せる言葉を全て飲み込んだ。

「…わかったわ。ルイをお願い」
「任せろ」

「コハクも、ルイには元に戻ってほしいよな?」
「(コクリ)」
「なら、アイレを手伝ってあげて欲しいんだ」
「…じん」

 裾を掴み、コハクは不安そうに俺を見上げた。ルイが暴れないように抑えておくから行ってくれというと、コクとうなずき、アイレと共に玉座の間を後にする。

 ルイは部屋から出ていく二人を止めることなく、遠ざかる足音を聞きとげた。

 静まり返る玉座の間。思い出したかのようにむせる死臭が鼻をつく。

「ジン、ちゅーたっけ? えらい信頼されてまんなぁ」
「どうだか。しかし…メシは食わして来たつもりだ」
「あっはっは! 二人とも餌付けされてしもたんか、そらしゃーないわっ」

 ひと笑いした後、ルイは再度俺を見すえる。

「冗談上手いヤツはすっきゃけど、人間なんが残念や」
「かの女王と戦えて光栄だ」

 両者ゆらりと歩み寄る。

「今のウチは誰にも止められへんで?」
「かもしれんな」

 振り撒かれるルイの殺意。全身を強化魔法で覆い、夜桜にも強化を施す。互いに力を測りかねる最序盤、彼女の言葉から油断している今が好機である。俺は開幕早々に致命傷を負わせるつもりでいた。

 アイレとコハクには申し訳ないが、ルイは止めようと思って止められる相手ではない。殺すつもりで行かなければ、こちらが憂き目に会うのは明白だ。

「準備運動くらいにはなりや!」

 互いの間合いが迫る中、ルイは踏み込んで俺に向かい急接近。尻尾の攻撃で先制を仕掛けてくるが、これは囮である。先程と同じように左に躱すと、それを予見していたルイの右拳がノータイムで襲い掛かった。

 ドギャッ!

 顔面にまともに命中した拳。首がミシミシと音を立て、あらぬ方向へ回転しそうになるのを懸命にこらえる。

「っらぁっ!」

 一撃で吹き飛ばなかった相手への追撃は当然。今度は鋭くとがった爪を突き立てんと左掌の二撃目が襲いかかる。だが振り抜いた初撃の影響で、二撃目のスピードと重さは初撃に比べて格段に落ちるというもの。

「むん!」

 俺は威力の落ちた左掌に合わせて夜桜を斬り上げた。

 シュアッ

「うそやん!?」

 音も無く切り離された左腕が宙を舞い、さしものルイも動揺する。そして斬り上げた夜桜を袈裟に切り返すのではなく、遠心力を利用して左脚で蹴りを見舞った。

 ガコッ!

「ぐっ!」

 難なく右腕で防御されてしまうが構わず振り抜き、ルイを防御姿勢のまま壁際まで吹き飛ばした。そして即座に地魔法を発動。玉座の間は石に囲まれているのでその相性は抜群だ。

 壁際に吹き飛んだルイの左右に白い壁が出現。そのまま挟み込むべく壁を襲わせるが、その細い四肢からは想像もできない力で壁は止められてしまった。

 だが俺の攻撃は止まない。再生を終え、両手で白壁を押さえているルイへ向かい突進する。

「舐めなや!」

 ギュンと先端を尖らせた尻尾が凄まじい速度で伸び、俺の射線上と合わさる。回避していてはその隙に脱出されてしまう。ならば尾の軌道をずらして射線を維持する他ない。

 命中の寸前に夜桜の腹を尻尾の先端から数センチずらして当て、そのまま突き進んだ。すると尾は俺を避ける様に斜めに軌道がそれ、最短距離でルイの目前に迫ることに成功した。

 危険を察知したルイは強引に飛び上がろうと踏み込むが、そこで俺の選んだ攻撃は刃を上に向けた射程の長い突き。彼女の跳躍よりも早く、夜桜の切先が腹に到達した。

「はっ!」

 シュオン!

 そのまま斬り上げ、ルイの肩口から刃先が飛び出すと、白壁を支えきれなくなったルイは壁に挟み込まれる。

 ドシャンッ!

 半身を斬り裂かれ、更に大理石の壁に挟まれ潰されたルイ。だが、よもやこれで終わるはずも無いだろう。

 俺は距離を取り、崩れ落ちた白壁の瓦礫の下の魔力反応に向かって火球を放つ。

「―――大火球魔法ノーブル・スフィア・十連」


 ドドドドドドドドドド!


 玉座の間に爆風が吹き荒れ、外と繋がる大穴を開ける。未だ健在のルイの魔力反応が、不気味に増幅しているのが分かった。

 夜桜の切先をガラガラと崩れ落ちる白壁に向け、魔力を収縮させた。

《 うわー…それ使うの? ホント手加減無しだねぇ 》

 これまで沈黙を貫いていたマーナがここで感嘆の声を上げた。

「当然だ。魔人を相手に時間をかけるのは愚の骨頂。全てはこの一撃を叩き込むための準備だ」


 ィィィィン――――


 星刻石の魔力核が輝く。

 未だルイの魔力反応は瓦礫の下。実はそこにもういない、などという展開もあり得ない。まともに食らわせてやる。

 だが魔力の収縮の半ば、瓦礫の下から大量の紫電が解き放たれた。


 ズガガガガガァン!


 瓦礫は塵と化し、砂埃が巻き上がる。その中から途方もない魔力反応が感じられる。

「アンタ何でもありかい。どえらい強いなぁ。Sランク冒険者かなんかかいな」

 姿を現したルイ。

 斬り裂いた左袈裟、白壁と火球が与えた傷は全て回復している。焼けた身体からは白いもやが立ってはいるが、その驚異的な回復スピードは俺の背筋を冷やす。だがおそらく最強の魔人なのだ、それ自体に驚きはない。

 紫電と砂鉄の黒い粒を纏い、佇むその姿。なびく黄褐色の髪の後ろには、九本の尾がルイを中心に扇状に広がっている。吊り上がった目を彩るかのように顔には赤い線が入り、黒眼には白黄の魔力が揺らめいていた。

「美しい…」

 恐怖、畏怖、敬意、これら全てを飲み込んで賛辞が口をく。

「くくっ、褒めてどないすんねん」

 笑いながら、ルイは掌を数回開閉し、雷光を明滅させる。まるであり余る力をどう駆使するかを確認しているかのようだ。

、ホンマに撃つんでっか?」

 そして、夜桜の切先を指差しながら聞いてくる。

「もちろんだ。タダでは済まないと思うぞ」

「たまらんなぁ…せっかく獣化したのにいきなりピンチかいな」

 獣人には獣化という力、さらにルイにはその先がある事はアイレから聞いている。魔人となってその力が使えるのか否か定かでは無かったが、今目の前に獣化したルイがいるのだ。倒すまでとはいかなくとも、現段階で戦闘不能に近い状況にまで持って行きたい。

 ルイの九尾が膨れ上がり、揺らめきながら白黄の雷電がほとばしる。この攻撃から逃れる事は出来ない事を本能的に察知しているのか、回避しようなどとは微塵も思っていないようだ。


「こいやぁっ!!」

 ピシュン―――バリバリバリバリッ!!


「参る―――黒王竜の炎閃ティアマト・フレア

 キン―――

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