戦国武将異世界転生冒険記

詩雪

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最終章 ジオルディーネ王国編

第175話 魔導塔の戦いⅠ

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『キチキチキチ』
『ビョーロロ、ビョーロロロ!』
『ジュアーッ』

「今度は魔獣…いえ、魔兵のお出ましね」
「……」

 魔導塔入口の分厚い扉を力ずくで破り、侵入を試みているアイレとコハク。

 中に入るや多数の魔人兵ゾンビに襲われ、容易く勝利を拾って階を駆け上がった先で、今度は魔力核を植えられた魔獣に行く手を阻まれている。コハクの前では立ちどころに逃亡を図る魔獣も、魔物化により生存本能を失い、殺戮衝動に支配されていた。

 しかし、身体の大部分や一部を黒く染め、魔力と獰猛さを増幅させられているとはいえ、アイレとコハクの戦闘力の前にはさしもの魔獣兵も歯が立たない。魔人兵と同様に次々と消されていった。

 魔導塔の中は書籍や資料がうず高く積まれ、人や獣を拘束するための設備であふれかえっていた。といっても最上階までたどり着いた訳ではないので、塔全体がそうなっているかはまだ分からない。

 アイレは途中、ルイを元に戻すための方法が無いか手あたり次第資料をめくって見たものの、あまりの量に早々にあきらめていた。だが、メフィストに聞いた方が早いと階を駆け上がっている内、ある最悪のシナリオが脳裏をよぎる。

「そもそもほんとにここに居るのかしら…あっ、そうだコハク。この塔に人間の反応あるか分かる?」

 コハクは天井に視線をやり、塔の最上階までの魔力反応を探った。

「じん いっしょ にんげん ない」

 ガクッとアイレの膝が折れる。もっと早くに聞いておけばよかったと後悔が押し寄せるが、他にアテも無いのだ。まずはこの魔導塔を制圧し、研究データを押える。運が良ければ、メフィストの行く先も知れるかもしれないと再度立ち上がった。

「はやく手がかりを見つけないと。いくらジンとマーナでもあのルイ相手にどれだけ持ちこたえられるか分からない」

 アイレが焦る理由の一つに、この塔の中はほとんど外界と隔離されていると言ってもいい程に静かだった。外の喧騒は全く感じられず、窓もないので様子がさっぱり分からない。状況が見えない中で事に当たるのは、思いのほか彼女の神経をすり減らしていた。

「あーもう! うっとおしいわね! どいて!」

 ザクッ!

『アオォォォ…』

 階上へ至る通路を塞いでいた魔獣を蹴散らし、再度走り出す。するとその時、これまで静かだった塔を地揺れと轟音が襲った。

 ゴゴゴゴゴゴ―――

「っ!? 今のは…うっ!?」
「…るい」

 突如増した魔素濃度に不快感を覚えながら、コハクの言葉で今の揺れと音はルイが起こしたものだと確信したアイレ。冷汗を流しながらギュッと唇を噛みしめ、気持ちを切り替える。

 そろそろ塔の最上階に差し掛かるかと通路を上がると、前に面妖な絵が描かれ、『ノックしろ!』と乱暴に書かれた扉が現れた。

 緊張感の欠ける絵に腹を立て、プルプルとアイレは肩を震わせる。

「だれがするかっ!」

 ドン!

 頑丈なはずの扉を、圧縮した風でいともたやすく破壊する。そのまま脚を止めずに中に入ると意外な光景が広がった。

「ここは…」
「きじゅん だめ」

 ベッド、ソファ、テーブルセットが配置され、奥にはリージュの高級宿でみたシャワーもある。快適に過ごせること請け合いの空間だった。

 床には紙の資料が散らばってはいるが、ここに至る階下を思えば散らかっているとまでは言えない。テーブルの上には食べかけのパンと果物が置かれ、飲み物も残ったままだった。

 アイレはついくつろぎたくなる衝動を抑え、照明に満たされている広い部屋を探る。椅子とソファにぬくもりはなく、シャワーも使われた痕跡はない。

「食べものは腐ってないし、埃も立ってないわね。今朝まで…いいえ、数時間前までここにいたって感じかしら」

 その後も部屋を物色するが手がかりらしいものはない。見回しても階上への通路や階段も無い。ここが最上階のようだが、どうやらメフィストはいないようだった。チッと舌打ちし、引き返そうとコハクと見ると、テーブルの上をじっと見つめていた。

 アイレは苦笑いし、食べ物の匂いを嗅ぐ。風人エルフは毒の類に敏感である。毒は入っていないようなのでコハクに食べていいよと言うと、リンと鈴を鳴らし、両手に果物をとってモグモグと口に運んだ。

 その間部屋に落ちている資料に目を通す。アイレには理解の及ばない魔法陣の構築に関する内容や、王国からの支援金に関する収支表、収められた物品の管理表といった内容ばかりで目ぼしい情報は得られなかった。

「やっぱりあの資料の山から探すしかないのね…」

 急いでいるにもかかわらず、まさか敵国の重要拠点で書類の山と格闘する羽目になるとはと、ついため息が漏れる。しかも、コハクは文字が読めないので一人でやるしかない。それでもここに置いていく訳にはいかないので、食べながらでいいとコハクを階下に促した。

 ゴトト―――

 だがきびすを返して早々にコハクが手に持っていた果物を落とし、立ち止まって部屋の一方向を見ている。

 窓の無い円形の塔である。その中で大暴れしていたのでアイレの方向感覚は失われたままであり、初めはコハクがただ壁を見ているようにしか見えなかった。

 しかし、あのコハクが食べ物を手放すなんてこれまで見た事が無かったアイレは思考を巡らせる。そしてコハクが見ているのは壁ではなく、その壁の向こう側、王城を見ているのだとすぐさま察知した。

「コハク、どうしたの!? 向こうで何かあったの!?」

 いつもならこのアイレの剣幕に怯えてもおかしくなかったが、コハクはそれ以上にジンとマーナの看過できない状況に意識を傾けざるを得なかった。

「じん ちいさい うごかない おおかみさん いっぱい いっぱい」

 必死に言葉を探して伝えようとするコハク。アイレはコハクの言いたい事を頭の中で組み立てる。

(ジンの魔力反応が小さくなって動かない…つまりやられたって事!? マーナは力、万物の選別エレクシオンを使ってるのね。それもコハクが言うほどの多くの力で。だとしたら…)

「行きましょうコハク! せめてジンとマーナだけでも王都から逃がすの!」

(ジンはもう十分に私と里を助けてくれた。コハクのルイに会いたいっていう依頼も成し遂げた。もうあの人はここにいる必要ないんだもの! 私とコハクでルイを何とかしなきゃ!)

 コクリと頷いたコハクは、壁に向かって歩くやその拳を打ち付ける。

 ドン! ドン! ゴガァン!

 大穴の空いた部屋に生ぬるい夜風が吹き込む。その大穴の先には崩壊した王城と赤々と燃える街。そして、目も眩むような雷光を放ち続けている九尾大狐の姿があった。

 突然目の前に現れたこの世の終わりかと思えるような光景。

 あれが全亜人の頂点に君臨し、周辺諸国に名をとどろかせているルイの本気の戦闘形態、完全獣化の姿なんだとアイレは息を呑んだ。

 だが恐れている場合ではない。ルイは同胞、つまり亜人である自分とコハクには手を出さないと言ったが、ジンを見逃すよう説得に失敗すれば戦わざるを得なくなる。もっと言えば、どの道人間を滅ぼすと言ったルイは同胞として止めなければならないのだ。

 魔導塔はかなりの高さだが、風使いのアイレにとってそんな事は関係ない。風を纏い、縁に足を掛けて飛び出そうとしたその時、ふと、服の裾を引っ張られる。

「ん、コハク?」

 振り返って裾をつかんでいるコハクに目線をやる。前髪で隠れた目でじっとこちらを見つめて束の間。その小さな口を開いた。

「おねえちゃん あぶない」

 危ないのは分かっている。でも行かなければならないのだ。めずらしく自ら行動を起こし、警告を発したコハクに驚きつつも、裾をつかむその手を取りそっと放させた。

「わかってるわ。でも行かなきゃだめなの。私にはジンを助ける責任があるの。コハクにはまだ分からないかもしれないけど、これは私の問題なのよ」

 そっと肩に手を置きコハクに言って聞かせる。だが、コハクはまたも珍しくフルフルと首を横に振った。

「おねえちゃん だめ」

 再度裾をつかんでかたくなにアイレを引き留めようとするコハクに、アイレは若干の苛立ちを覚える。こんなところで時間を無駄にするわけにはいかない。多少強引でも向かわなければとコハクの手を退けようとするが、今度はその手はビクともしなかった。

「コハク! 離して!」

 立ち上がって怒鳴ったアイレをじっと見上げながらギュッと裾をつかみ、コハクは天井を指差した。

「な、なに?」
「まじん ある ふたつ ある」
「えっ!?」

 まさかのコハクの言葉にアイレは絶句する。まさか魔導塔に魔人が控えているとは思いもよらなかった。

 コハクはラプラタ川の戦いで魔人の魔力を覚えていたのだ。確かにこの塔に”人間”がいるかどうかと聞かれれば、コハクはいないと答えざるを得ない。

 コハクは嘘をつかない。どころか、つけない。

 玉座に至る大階段の下で、女中メイドふんした隠者の目ハーミットの構成員は、メフィストとその助手が塔に入ったと言っていた。その二人が魔人と化している可能性は十分に考えられた。

 ここでアイレは葛藤する。全亜人の仇敵とルイを元に戻す方法の可能性を優先するか、恩人の命を優先するか。

(私は…恩人を見捨ててまで仇を取りたいとは思わない!)

「コハク、悪いけど私やっぱり―――っ!?」

 アイレが決意を改めて伝えようとコハクに向き直ると、コハクは裾を掴んだまま、魔力反応を感じる事が出来ないアイレでもはっきりと分かる力を解放した。

 シュアァァァ―――

「あなた…」

 纏った吹雪で揺れる前髪の奥。これまではっきりと見た事が無かった無垢な瞳には、蒼白の魔力が揺らめいていた。

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