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第十八章 花の名前
ヴィクトルが花を持って帰ってきた。
珍しいことだった。結婚記念日でも誕生日でもない、普通の秋の日に。
「今日、花屋の前を通ったら」
彼は言いながら、エレナに差し出した。赤いガーベラだった。鮮やかで、元気のいい赤だった。
エレナは受け取りながら、少し止まった。
二人の花は、白薔薇だった。ずっとそうだった。白薔薇の回廊に連れてきてくれた日から、白薔薇を選んできた。それはエレナが「白薔薇は何も語らなくても美しい」と言ったからで、ヴィクトルはそれを覚えていて、ずっと白薔薇を選んできた。
赤いガーベラ。
「ありがとう」エレナは言った。
「きれいね」
「元気が出るかと思って」
「そう」
花瓶に生けながら、エレナはその花を見つめた。きれいだ。本当にきれいだ。
ただ、これは自分への花ではなかった。
白薔薇ではない花を選ぶようになった夫の、気づかないうちの変化だった。
忘れたのか。あるいは、変わったのか。
どちらにしても、エレナには言葉がなかった。
「白薔薇がよかった」とは言えない。
子どもじみている。ただの花だ。
ただの花なのに、その夜、エレナは赤いガーベラを見るたびに、小さな棘を感じた。
夕食の後、ヴィクトルが言った。
「最近、イザベル嬢が赤いものをよく身につけているな。似合っている」
エレナはフォークを置いた。
ゆっくりと、丁寧に。音を立てないように。
「そうね」と答えた。
それだけだった。それだけしか言えなかった。
赤いガーベラ。赤いドレスのイザベル。
つながることを、エレナは拒んだ。
拒みながら、つながっていた。
誰を浮かべてあの赤いガーベラの花を選んだのだろう
エレナは、それを知りたくなかった。
そして‥‥
――白薔薇の意味を、夫はいつから忘れたのだろう。
珍しいことだった。結婚記念日でも誕生日でもない、普通の秋の日に。
「今日、花屋の前を通ったら」
彼は言いながら、エレナに差し出した。赤いガーベラだった。鮮やかで、元気のいい赤だった。
エレナは受け取りながら、少し止まった。
二人の花は、白薔薇だった。ずっとそうだった。白薔薇の回廊に連れてきてくれた日から、白薔薇を選んできた。それはエレナが「白薔薇は何も語らなくても美しい」と言ったからで、ヴィクトルはそれを覚えていて、ずっと白薔薇を選んできた。
赤いガーベラ。
「ありがとう」エレナは言った。
「きれいね」
「元気が出るかと思って」
「そう」
花瓶に生けながら、エレナはその花を見つめた。きれいだ。本当にきれいだ。
ただ、これは自分への花ではなかった。
白薔薇ではない花を選ぶようになった夫の、気づかないうちの変化だった。
忘れたのか。あるいは、変わったのか。
どちらにしても、エレナには言葉がなかった。
「白薔薇がよかった」とは言えない。
子どもじみている。ただの花だ。
ただの花なのに、その夜、エレナは赤いガーベラを見るたびに、小さな棘を感じた。
夕食の後、ヴィクトルが言った。
「最近、イザベル嬢が赤いものをよく身につけているな。似合っている」
エレナはフォークを置いた。
ゆっくりと、丁寧に。音を立てないように。
「そうね」と答えた。
それだけだった。それだけしか言えなかった。
赤いガーベラ。赤いドレスのイザベル。
つながることを、エレナは拒んだ。
拒みながら、つながっていた。
誰を浮かべてあの赤いガーベラの花を選んだのだろう
エレナは、それを知りたくなかった。
そして‥‥
――白薔薇の意味を、夫はいつから忘れたのだろう。
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