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第二十六章「沈黙の誤解(カルロス)
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マリナの足音が回廊に近づく。
カルロスはほんの一瞬だけ眉を寄せ、
シャーロットの横顔を盗み見る。
彼女は気づかない。
無垢な瞳で「どなたでしょう」と見上げてくる。
――その無邪気さが、逆に胸に刺さる。
(どうして、こんな大事な時に……)
喉の奥までせり上がった言葉を、
マリナの影が押し戻していく。
シャーロットは小さく礼をして、
「少し失礼いたします」と回廊の先へ歩き出した。
まるで自分が二人の会話を邪魔したかのように。
違う。
邪魔されているのは――俺だ。
だが、その言葉を追いかけて言えなかった。
気づけば、シャーロットの白いドレスの裾が
ステンドグラスの光の中へ淡く消えていく。
その背を見送るしかできなかった。
回廊の端に立ち尽くしたまま、
カルロスは拳を握り込む。
爪が手のひらに食い込む痛みでようやく思考が戻る。
(……彼女を追えばよかった。
言えばよかった。
“離れるな”と。
“そばにいてほしい”と。)
なのに、また沈黙を選んだ。
選んだわけではない。
喉が、心が、固まってしまうのだ。
子どものころからずっとそうだった。
強く言えば彼女を驚かせる。
優しく言えば伝わらない。
どう言っても、彼女を傷つけてしまう気がして――
言えなくなる。
(……だが、その沈黙が彼女を遠ざけている)
シャーロットの視線には、
最近、かすかな怯えが混じるときがある。
“迷惑ではありませんか?”
“わたし……足手まといですか?”
そんな影が、瞳の奥に。
(あれは……俺のせいだ)
「カルロス様」
すぐ背後から、
聞き慣れた甘い声が静かに割り込んできた。
マリナだ。
振り返る前から分かる。
香りの層が違う。甘いアイリスに、冷たい金属のような香り。
シャーロットとは違う。
まるで“意図的に練られた香り”。
彼は視線だけを向ける。
「先ほどの小謁見……とても素敵でございましたわ。
シャーロット様、緊張なさっていたでしょう?」
「……そうだな」
短く答えただけなのに、
マリナは嬉しそうに目を細めた。
「可愛らしい方ですもの。
守って差し上げないと――誤解されてしまいますわ」
言葉は柔らかい。
しかしその奥にある“別の刃”を、カルロスは感じ取る。
「誤解?」
「ええ。最近……よく噂を耳にしますわ。
“シャーロット様が騎士殿に想いを寄せている”と」
胸が、跳ねた。
「……そんなことはありえない」
「そうですわね。
でも、人の目は勝手に“物語”を作るものです。
あの方は優しいから……誤解されやすいのです」
マリナの声は情け深いようでいて、
ひどく冷静だった。
カルロスは奥歯を噛みしめる。
(シャーロットが……クリスを?
そんなはずはない。
ないが――)
クリスが彼女を庇う場面ばかりが脳裏によぎる。
侍女たちがひそひそと囁く声が蘇る。
“あれは、まるで……お見合いのようでしたわよね”
“シャーロット様、あんなふうに微笑んで……”
(……違う。違うはずだ)
だが胸の底に、小さな棘が刺さる。
その棘を押し込むように、
カルロスは低く言った。
「シャーロットは……俺を信じてくれている。
疑う理由はない」
「まあ、それは素敵なことですわ」
マリナは扇で口元を隠し、
まるで慈しむように微笑む。
「でも――信じているのは、どちらですの?」
心臓が、止まったように感じた。
(一体……何が言いたい?)
マリナは続ける。
「愛は、言葉にしなければ届きません。
沈黙は、時に“拒絶”に見えてしまうのですわ」
その言葉は、
誰よりカルロス自身を突き刺す真実だった。
シャーロットが消えていった回廊を見つめながら、
カルロスはようやく悟る。
(……俺の沈黙が、彼女を苦しめている)
(もう、黙っていては守れない)
拳を握りしめた。
言葉が必要だ。
行動が必要だ。
彼女を守るために。
そして――
胸の奥で渦巻く、嫉妬と焦がれる想いを
ようやく言葉にするために。
(次に会ったら……必ず伝える)
決意が、静かに形になる。
その決意が、
舞踏会の夜に起こる“ドレス事件”の引き金になるとは、
まだ誰も知らなかった。
カルロスはほんの一瞬だけ眉を寄せ、
シャーロットの横顔を盗み見る。
彼女は気づかない。
無垢な瞳で「どなたでしょう」と見上げてくる。
――その無邪気さが、逆に胸に刺さる。
(どうして、こんな大事な時に……)
喉の奥までせり上がった言葉を、
マリナの影が押し戻していく。
シャーロットは小さく礼をして、
「少し失礼いたします」と回廊の先へ歩き出した。
まるで自分が二人の会話を邪魔したかのように。
違う。
邪魔されているのは――俺だ。
だが、その言葉を追いかけて言えなかった。
気づけば、シャーロットの白いドレスの裾が
ステンドグラスの光の中へ淡く消えていく。
その背を見送るしかできなかった。
回廊の端に立ち尽くしたまま、
カルロスは拳を握り込む。
爪が手のひらに食い込む痛みでようやく思考が戻る。
(……彼女を追えばよかった。
言えばよかった。
“離れるな”と。
“そばにいてほしい”と。)
なのに、また沈黙を選んだ。
選んだわけではない。
喉が、心が、固まってしまうのだ。
子どものころからずっとそうだった。
強く言えば彼女を驚かせる。
優しく言えば伝わらない。
どう言っても、彼女を傷つけてしまう気がして――
言えなくなる。
(……だが、その沈黙が彼女を遠ざけている)
シャーロットの視線には、
最近、かすかな怯えが混じるときがある。
“迷惑ではありませんか?”
“わたし……足手まといですか?”
そんな影が、瞳の奥に。
(あれは……俺のせいだ)
「カルロス様」
すぐ背後から、
聞き慣れた甘い声が静かに割り込んできた。
マリナだ。
振り返る前から分かる。
香りの層が違う。甘いアイリスに、冷たい金属のような香り。
シャーロットとは違う。
まるで“意図的に練られた香り”。
彼は視線だけを向ける。
「先ほどの小謁見……とても素敵でございましたわ。
シャーロット様、緊張なさっていたでしょう?」
「……そうだな」
短く答えただけなのに、
マリナは嬉しそうに目を細めた。
「可愛らしい方ですもの。
守って差し上げないと――誤解されてしまいますわ」
言葉は柔らかい。
しかしその奥にある“別の刃”を、カルロスは感じ取る。
「誤解?」
「ええ。最近……よく噂を耳にしますわ。
“シャーロット様が騎士殿に想いを寄せている”と」
胸が、跳ねた。
「……そんなことはありえない」
「そうですわね。
でも、人の目は勝手に“物語”を作るものです。
あの方は優しいから……誤解されやすいのです」
マリナの声は情け深いようでいて、
ひどく冷静だった。
カルロスは奥歯を噛みしめる。
(シャーロットが……クリスを?
そんなはずはない。
ないが――)
クリスが彼女を庇う場面ばかりが脳裏によぎる。
侍女たちがひそひそと囁く声が蘇る。
“あれは、まるで……お見合いのようでしたわよね”
“シャーロット様、あんなふうに微笑んで……”
(……違う。違うはずだ)
だが胸の底に、小さな棘が刺さる。
その棘を押し込むように、
カルロスは低く言った。
「シャーロットは……俺を信じてくれている。
疑う理由はない」
「まあ、それは素敵なことですわ」
マリナは扇で口元を隠し、
まるで慈しむように微笑む。
「でも――信じているのは、どちらですの?」
心臓が、止まったように感じた。
(一体……何が言いたい?)
マリナは続ける。
「愛は、言葉にしなければ届きません。
沈黙は、時に“拒絶”に見えてしまうのですわ」
その言葉は、
誰よりカルロス自身を突き刺す真実だった。
シャーロットが消えていった回廊を見つめながら、
カルロスはようやく悟る。
(……俺の沈黙が、彼女を苦しめている)
(もう、黙っていては守れない)
拳を握りしめた。
言葉が必要だ。
行動が必要だ。
彼女を守るために。
そして――
胸の奥で渦巻く、嫉妬と焦がれる想いを
ようやく言葉にするために。
(次に会ったら……必ず伝える)
決意が、静かに形になる。
その決意が、
舞踏会の夜に起こる“ドレス事件”の引き金になるとは、
まだ誰も知らなかった。
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