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第二十七章「舞踏会の夜(ドレス事件本編)」
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王都中央、白大理石の大舞踏室。
天井まで届くガス灯がゆらぎ、
金の梁が光を返して、人々の吐息が静かに重なる。
夜会の名は〈王城慈善舞踏会〉。
上級貴族が全員集まる、年に一度の華やぎ。
白い階段の上に姿を現したシャーロットは、
どこか戸惑うように、しかし凛としていた。
真珠色のドレス。
レースには月光が溶け、
まるで彼女自身が夜の花のようだった。
(大丈夫……深呼吸……)
胸の奥で、少しだけ震えが走る。
今日もカルロスとすれ違ったまま。
回廊で交わしたあの少しの言葉が、
胸の奥にくすぶっている。
(あの距離を、私は……どう埋めれば?)
カルロスは会場の奥、
柱の影から彼女の姿を見つめていた。
(……綺麗だ)
それなのに、
なぜまだ声が出ないのだ。
なぜ“あの日の言葉”を続けられなかったのか。
(今日こそ……言う。
今日こそ、伝える)
手に汗が滲む。
胸の高鳴りが落ち着かない。
彼の視線の先で、シャーロットが小さく会釈した。
その瞬間――
柔らかな香りが、ほんのかすかに漂った。
(……アイリス?)
その香りが、
不穏な影の始まりとはまだ知らずに。
最初の曲が始まり、
シャーロットは友人の誘いで
控えめに中央へ進む。
ゆるやかな旋律に合わせて裾が揺れ、
白いレースがふわりと舞い上がる。
会場の視線が彼女に集まる。
祝福のような光景。
だが……
その隙間で、黒い瞳がじっと見つめていた。
マリナだ。
扇で口元を隠し、
細い指がリズムに合わせて揺れる。
(――あと一回転で、糸に負荷がかかる)
その計算が、彼女の頭の中に鮮明にある。
二度目のワルツ。
旋律が少し速くなり、
周囲の人々の動きも華やかに広がる。
シャーロットはそっと裾をつまみ、回転する。
(……今日は、何も起こりませんように)
そう願いながら、
カルロスの方へと目をやった。
彼がこちらを見ていた。
真っ直ぐに。
その視線に――
胸が熱くなる。
(……会いたい……話したい……)
彼が一歩動いた。
まっすぐ彼女へ向かって。
(来て……)
心が震えたその瞬間。
――ピン。
小さな、しかし鋭い音。
「……え?」
次の瞬間。
――ビリッ。
乾いた裂ける音が、
ワルツの旋律をかき消した。
「きゃっ……!」
シャーロットの白い裾が、
片側だけ大きく裂けて床へ崩れ落ちる。
波紋のようにどよめきが広がった。
「ドレスが……!」
「なんて……!」
「縫製の事故……?」
「いや、あれは……」
「粗悪品では……?」
視線が一気に彼女を刺す。
シャーロットは青ざめ、
裂けた裾を押さえて身を縮めた。
(どうして……?
どうして今……?)
心が折れそうになる。
泣いてしまいそうになる。
そんな時――
「シャーロット!」
最初に駆け寄ったのは、
誰でもない。カルロスだった。
彼は外套を脱ぎ捨て、
裂けた裾を包み込むように掛けた。
「立てるか? 怪我は?」
「い、いえ……だいじょうぶ……でも……!」
「大丈夫じゃない」
カルロスの声は震えていた。
怒りと――心配が入り混じって。
「こんな恥をかかせるなど……許せるはずがない」
抱き寄せる腕が、強く優しく震えている。
「シャーロット。
君は何も悪くない。
絶対に」
その声は、
今までに聞いたことがないほど温かかった。
シャーロットの瞳に涙が滲む。
「……カルロス様……」
(どうして……こんな時に限って……
あなたは……優しすぎる……)
その光景を、
少し離れた柱の陰からマリナは見ていた。
本来なら――
勝利のはずだった。
しかし、胸に生まれたのは
予想と違う、言いようのないざわめき。
(……どうして。
どうして抱き寄せるの……?)
(どうして……あんな顔で……
シャーロット様を見つめるの……?)
扇の縁が、音もなくわずかに軋んだ。
目論見通り、シャーロットは傷ついた。
噂も立つだろう。
恥もかいた。
なのに――
カルロスが、シャーロットをより強く抱きしめた。
(……おかしい。
こんなはずじゃない)
アイリスの香がわずかに揺らぎ、
彼女の呼吸が不規則になる。
(壊したつもりの“弱さ”を……
あの人は、愛した?)
焦りが胸を締めつける。
――風向きが、変わった。
その予感だけが、
静かに、確かにマリナを震わせた。
天井まで届くガス灯がゆらぎ、
金の梁が光を返して、人々の吐息が静かに重なる。
夜会の名は〈王城慈善舞踏会〉。
上級貴族が全員集まる、年に一度の華やぎ。
白い階段の上に姿を現したシャーロットは、
どこか戸惑うように、しかし凛としていた。
真珠色のドレス。
レースには月光が溶け、
まるで彼女自身が夜の花のようだった。
(大丈夫……深呼吸……)
胸の奥で、少しだけ震えが走る。
今日もカルロスとすれ違ったまま。
回廊で交わしたあの少しの言葉が、
胸の奥にくすぶっている。
(あの距離を、私は……どう埋めれば?)
カルロスは会場の奥、
柱の影から彼女の姿を見つめていた。
(……綺麗だ)
それなのに、
なぜまだ声が出ないのだ。
なぜ“あの日の言葉”を続けられなかったのか。
(今日こそ……言う。
今日こそ、伝える)
手に汗が滲む。
胸の高鳴りが落ち着かない。
彼の視線の先で、シャーロットが小さく会釈した。
その瞬間――
柔らかな香りが、ほんのかすかに漂った。
(……アイリス?)
その香りが、
不穏な影の始まりとはまだ知らずに。
最初の曲が始まり、
シャーロットは友人の誘いで
控えめに中央へ進む。
ゆるやかな旋律に合わせて裾が揺れ、
白いレースがふわりと舞い上がる。
会場の視線が彼女に集まる。
祝福のような光景。
だが……
その隙間で、黒い瞳がじっと見つめていた。
マリナだ。
扇で口元を隠し、
細い指がリズムに合わせて揺れる。
(――あと一回転で、糸に負荷がかかる)
その計算が、彼女の頭の中に鮮明にある。
二度目のワルツ。
旋律が少し速くなり、
周囲の人々の動きも華やかに広がる。
シャーロットはそっと裾をつまみ、回転する。
(……今日は、何も起こりませんように)
そう願いながら、
カルロスの方へと目をやった。
彼がこちらを見ていた。
真っ直ぐに。
その視線に――
胸が熱くなる。
(……会いたい……話したい……)
彼が一歩動いた。
まっすぐ彼女へ向かって。
(来て……)
心が震えたその瞬間。
――ピン。
小さな、しかし鋭い音。
「……え?」
次の瞬間。
――ビリッ。
乾いた裂ける音が、
ワルツの旋律をかき消した。
「きゃっ……!」
シャーロットの白い裾が、
片側だけ大きく裂けて床へ崩れ落ちる。
波紋のようにどよめきが広がった。
「ドレスが……!」
「なんて……!」
「縫製の事故……?」
「いや、あれは……」
「粗悪品では……?」
視線が一気に彼女を刺す。
シャーロットは青ざめ、
裂けた裾を押さえて身を縮めた。
(どうして……?
どうして今……?)
心が折れそうになる。
泣いてしまいそうになる。
そんな時――
「シャーロット!」
最初に駆け寄ったのは、
誰でもない。カルロスだった。
彼は外套を脱ぎ捨て、
裂けた裾を包み込むように掛けた。
「立てるか? 怪我は?」
「い、いえ……だいじょうぶ……でも……!」
「大丈夫じゃない」
カルロスの声は震えていた。
怒りと――心配が入り混じって。
「こんな恥をかかせるなど……許せるはずがない」
抱き寄せる腕が、強く優しく震えている。
「シャーロット。
君は何も悪くない。
絶対に」
その声は、
今までに聞いたことがないほど温かかった。
シャーロットの瞳に涙が滲む。
「……カルロス様……」
(どうして……こんな時に限って……
あなたは……優しすぎる……)
その光景を、
少し離れた柱の陰からマリナは見ていた。
本来なら――
勝利のはずだった。
しかし、胸に生まれたのは
予想と違う、言いようのないざわめき。
(……どうして。
どうして抱き寄せるの……?)
(どうして……あんな顔で……
シャーロット様を見つめるの……?)
扇の縁が、音もなくわずかに軋んだ。
目論見通り、シャーロットは傷ついた。
噂も立つだろう。
恥もかいた。
なのに――
カルロスが、シャーロットをより強く抱きしめた。
(……おかしい。
こんなはずじゃない)
アイリスの香がわずかに揺らぎ、
彼女の呼吸が不規則になる。
(壊したつもりの“弱さ”を……
あの人は、愛した?)
焦りが胸を締めつける。
――風向きが、変わった。
その予感だけが、
静かに、確かにマリナを震わせた。
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