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第四十一章 「影を浴びた花(シャーロット)」
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夜が明けきらぬ王都。
曇り空を透かして弱い光が差し、
白薔薇の庭に淡い露を落としていた。
ヴァレンタイン邸の前には、
早朝にもかかわらず人が集まっていた。
「本当に?
公爵令嬢、婚約されるの?」
「近衛騎士とですって……!」
「いや、公爵家の“反応”がまだ……」
囁く声が
門前の空気をざわつかせていた。
シャーロットは、
そのざわめきを窓越しに感じながら、
白薔薇の前で足を止めた。
露で濡れた花弁は美しく、
朝の光を受けて輝いている。
けれど――
その美しさを見ても、胸は晴れなかった。
(……どうして、こんなことに)
昨夜、カルロスからの伝令を受けたあと、
胸は痛く、眠れなかった。
会ってくれる――
その言葉だけが、小さな光になったのに。
今はその光さえ、
ざわめく噂にかき消されそうだった。
「お嬢さま……」
侍女アンナが、
慎重な足取りで近づく。
「市場にも……広場にも……
“シャーロット様は騎士殿と婚約”と……」
「……わたし、何も言っていないのに」
「だからこそ、
皆が勝手に“言葉を作る”のです……」
アンナは、
お嬢さまの名誉が傷つくことを
心から恐れている様子だった。
「“悪い噂ではない”と言う方もいますが……
でも……」
「“本当のこと”じゃないわ」
シャーロットは、
胸元をそっと押さえた。
(違う……
わたしが想っているのは……)
声に出さなくても、
胸は答えを知っていた。
でもその答えは、
噂という大河に流されかけている。
そのとき――
庭の奥で、侍従アレンが呼んだ。
「シャーロット。
客が来ている」
「客……?」
「社交界の婦人方だ。
“お祝いを言わせてほしい”と」
シャーロットは息を呑んだ。
(……お祝い?
わたし……何も……)
応接間に通されると、
既に三名の貴婦人が待っていた。
「まあ、シャーロット様。
この度は……!」
「ほんとうに幸福な知らせで、
王都中がにぎわっておりますのよ?」
「わたくしどもも、
陰ながら応援しておりましたの」
シャーロットの心臓がぎゅっと縮む。
(……わたし、
何も……“婚約します”なんて言っていないのに……)
言葉を発する前に、
別の婦人が続けた。
「それに、近衛騎士クリス殿は誠実で評判の良い方。
シャーロット様なら、
きっと素敵な花嫁になりますわ」
「……花嫁」
その言葉が、
胸に深く刺さった。
ふと――
カルロスの横顔が思い浮かんだ。
優しい手。
真っ直ぐな瞳。
言えなかった気持ち。
カルロスの花嫁になりたかった。
たったそれだけの願いなのに。
「……すみません。
少しだけ、外の空気を」
シャーロットは丁寧に微笑み、
席を立った。
扉の向こうに出た瞬間、
呼吸が震えた。
(どうして……
どうして、こんなにも簡単に……
“わたしの未来”が書き換えられてしまうの……)
そのとき、
背後から静かな声がした。
「シャーロット様」
クリスだった。
「……クリス様」
「お辛いでしょう」
クリスの瞳は、
誰よりも優しく、静かだった。
「ですが――
“噂は事実ではありません”。
私は、あの密会をしていない」
「……わたし、信じています」
小さく、震える声で答える。
「でも……
皆が……
勝手に、物語を……」
「物語を作るのは人ですが――」
クリスは言葉を置いた。
「真実を選ぶのは、あなたです」
その言葉に、
胸が少しだけ温かくなる。
「……わたし、
カルロス様に会って……
ちゃんと、お話ししたいのです」
「ならば、必ず叶います」
クリスは真剣な目で言った。
「公爵殿下もあなたを想っています。
だから――」
風が二人の間を通り過ぎた。
「“影ではなく光を選ぶ勇気”を、
どうか持ってください」
シャーロットは胸に手を当て、
目を閉じた。
(……影に飲まれない……
影に押し流されない……
わたしは……)
小さく息を吸う。
「……はい。
わたし、逃げません」
白薔薇の庭に、
朝の光がようやく差し込んだ。
曇り空を透かして弱い光が差し、
白薔薇の庭に淡い露を落としていた。
ヴァレンタイン邸の前には、
早朝にもかかわらず人が集まっていた。
「本当に?
公爵令嬢、婚約されるの?」
「近衛騎士とですって……!」
「いや、公爵家の“反応”がまだ……」
囁く声が
門前の空気をざわつかせていた。
シャーロットは、
そのざわめきを窓越しに感じながら、
白薔薇の前で足を止めた。
露で濡れた花弁は美しく、
朝の光を受けて輝いている。
けれど――
その美しさを見ても、胸は晴れなかった。
(……どうして、こんなことに)
昨夜、カルロスからの伝令を受けたあと、
胸は痛く、眠れなかった。
会ってくれる――
その言葉だけが、小さな光になったのに。
今はその光さえ、
ざわめく噂にかき消されそうだった。
「お嬢さま……」
侍女アンナが、
慎重な足取りで近づく。
「市場にも……広場にも……
“シャーロット様は騎士殿と婚約”と……」
「……わたし、何も言っていないのに」
「だからこそ、
皆が勝手に“言葉を作る”のです……」
アンナは、
お嬢さまの名誉が傷つくことを
心から恐れている様子だった。
「“悪い噂ではない”と言う方もいますが……
でも……」
「“本当のこと”じゃないわ」
シャーロットは、
胸元をそっと押さえた。
(違う……
わたしが想っているのは……)
声に出さなくても、
胸は答えを知っていた。
でもその答えは、
噂という大河に流されかけている。
そのとき――
庭の奥で、侍従アレンが呼んだ。
「シャーロット。
客が来ている」
「客……?」
「社交界の婦人方だ。
“お祝いを言わせてほしい”と」
シャーロットは息を呑んだ。
(……お祝い?
わたし……何も……)
応接間に通されると、
既に三名の貴婦人が待っていた。
「まあ、シャーロット様。
この度は……!」
「ほんとうに幸福な知らせで、
王都中がにぎわっておりますのよ?」
「わたくしどもも、
陰ながら応援しておりましたの」
シャーロットの心臓がぎゅっと縮む。
(……わたし、
何も……“婚約します”なんて言っていないのに……)
言葉を発する前に、
別の婦人が続けた。
「それに、近衛騎士クリス殿は誠実で評判の良い方。
シャーロット様なら、
きっと素敵な花嫁になりますわ」
「……花嫁」
その言葉が、
胸に深く刺さった。
ふと――
カルロスの横顔が思い浮かんだ。
優しい手。
真っ直ぐな瞳。
言えなかった気持ち。
カルロスの花嫁になりたかった。
たったそれだけの願いなのに。
「……すみません。
少しだけ、外の空気を」
シャーロットは丁寧に微笑み、
席を立った。
扉の向こうに出た瞬間、
呼吸が震えた。
(どうして……
どうして、こんなにも簡単に……
“わたしの未来”が書き換えられてしまうの……)
そのとき、
背後から静かな声がした。
「シャーロット様」
クリスだった。
「……クリス様」
「お辛いでしょう」
クリスの瞳は、
誰よりも優しく、静かだった。
「ですが――
“噂は事実ではありません”。
私は、あの密会をしていない」
「……わたし、信じています」
小さく、震える声で答える。
「でも……
皆が……
勝手に、物語を……」
「物語を作るのは人ですが――」
クリスは言葉を置いた。
「真実を選ぶのは、あなたです」
その言葉に、
胸が少しだけ温かくなる。
「……わたし、
カルロス様に会って……
ちゃんと、お話ししたいのです」
「ならば、必ず叶います」
クリスは真剣な目で言った。
「公爵殿下もあなたを想っています。
だから――」
風が二人の間を通り過ぎた。
「“影ではなく光を選ぶ勇気”を、
どうか持ってください」
シャーロットは胸に手を当て、
目を閉じた。
(……影に飲まれない……
影に押し流されない……
わたしは……)
小さく息を吸う。
「……はい。
わたし、逃げません」
白薔薇の庭に、
朝の光がようやく差し込んだ。
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