心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁

柴田はつみ

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第17章「揺れる薔薇園」

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 初夏の光が降り注ぐ午後、王宮の薔薇園は華やかに色づいていた。
 紅や白、深い紫まで、咲き誇る花々が風に揺れ、甘い香りを漂わせる。
 手入れを終えた庭師たちが下がると、庭園は静寂に包まれた。

 セレーネは侍女の勧めで散歩に出ていた。
 心の中は重くても、色とりどりの薔薇を見ていると、ほんのひととき心が慰められる気がした。

 「妃殿下」
 背後から呼ぶ声に振り返ると、護衛騎士カイルが立っていた。
 彼は甲冑を脱ぎ、柔らかな麻の上着姿。庭園に似つかわしい穏やかな笑みを浮かべている。

 「お疲れではありませんか。よろしければ、少しご一緒いたします」
 「……ええ」

 頷くと、二人は並んで歩き出した。



 風に揺れる薔薇の中を進むと、カイルが一輪の白薔薇を手折った。
 「この花は……殿下に似ていると思います」
 「私に?」
 「ええ。可憐でありながら、決して折れない芯を持つ。……私にとっては、最も美しい花です」

 囁く声に胸が揺れる。
 「……カイル……」

 彼は優しい眼差しで差し出した。
 セレーネは戸惑いながらも、その花を受け取った。
 その瞬間、背後で低い声が響く。

 「——何をしている」



 振り返れば、漆黒の衣を纏ったレオニスが立っていた。
 琥珀の瞳は鋭く光り、薔薇園の空気が一気に張りつめる。

 「殿下……」
 「護衛の分際で、妃殿下に花を捧げるとは……職務を忘れたか」

 カイルは一歩も引かずに答えた。
 「私はただ、妃殿下のお心を慰めたまでです」
 「不要だ」
 吐き捨てるような声。

 「妃殿下を慰めるのは、この俺だけでいい」

 その一言に、セレーネの胸は大きく震えた。
 冷酷な仮面を被ったままの声。
 けれど、そこに込められた感情は嫉妬に他ならなかった。



 沈黙の中、レオニスはセレーネの腕を掴んだ。
 「来い」
 「殿下、私は——」
 「聞くな」

 強引に引き寄せられ、冷たい瞳とぶつかる。
 だが、ほんの一瞬、その奥に燃える炎を見た。
 嫉妬と独占欲。
 彼が決して口にしない想いが、確かにそこにあった。

 「……殿下……」

 囁きは届かず、彼は彼女を連れて薔薇園を後にした。
 背後に残されたカイルの視線が、痛いほど突き刺さる。



 自室に戻されたセレーネは、胸に白薔薇を抱いたまま座り込んだ。
 カイルの優しさ。
 レオニスの冷酷な嫉妬。
 二つの想いに挟まれ、心は大きく揺れていた。

 ——本当に欲しいのは、どちらの想いなのだろう。

 答えは出ない。
 けれど、この揺らぎこそが均衡を崩し、二人の運命をさらに複雑にしていくことになるのだった。
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