心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁

柴田はつみ

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第19章「涙の告白」

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 夜の回廊は、静けさに包まれていた。
 壁に灯された燭台の炎が、石造りの廊下に淡い光を落とす。
 セレーネはひとり歩きながら、胸の奥のざわめきを抑えきれなかった。

 ——イリスの言葉、令嬢たちの囁き。
 ——レオニスの冷たい視線。

 このままでは、自分の心は壊れてしまう。
 逃げることも、耐えることも、もう限界だった。



 彼の執務室の前に立ったとき、セレーネは深く息を吸った。
 扉を叩く指が震える。

 「……妃殿下か」

 低い声が内側から響き、扉が開く。
 琥珀色の瞳が闇に光り、冷酷な王太子が姿を現した。

 「この時間に何の用だ」
 「……殿下。お話が……」

 言葉は震えていた。
 けれど、これ以上隠しては、何も伝わらない。

 「私は……殿下を……」

 唇が乾き、声が途切れる。
 それでも勇気を振り絞り、はっきりと告げた。

 「——愛しています」



 言葉は静かな空気に溶けていった。
 セレーネの頬を涙が伝い落ちる。
 彼の冷たい態度に傷ついても、噂に心を抉られても、それでも想いは止められなかった。

 レオニスは黙したまま、彼女を見つめていた。
 その瞳に、かすかな揺らぎが浮かぶ。

 「殿下……どうか、私を信じてください。
 私はどんなときも、あなたの隣に——」

 必死の言葉を遮るように、彼は低く告げた。

 「……やめろ」

 「……っ」

 「そのような言葉を口にするな。俺は……お前を愛することなどできない」



 胸に鋭い痛みが走った。
 「……なぜ……」
 絞り出す声は震え、涙が止まらなかった。

 レオニスは視線を逸らし、冷徹な仮面を被り直す。
 「お前はただ、政のための妃だ。それ以上でも、それ以下でもない」

 その言葉は刃となり、セレーネの心を深く裂いた。

 「……私は……殿下にとって……」
 声は途切れ、嗚咽に変わった。

 それでも彼女は、涙に濡れた瞳で必死に見つめ続けた。
 ——どうか、ほんの少しでも本心を見せてほしい。



 長い沈黙の後、レオニスは小さく息を吐いた。
 「……泣くな」

 その声は、かすかに震えていた。
 だが、次の瞬間には再び冷たさを纏い、背を向けた。

 「帰れ」

 それだけを告げ、彼は机に視線を落とす。

 セレーネは崩れ落ちるようにその場を去った。
 涙は止まらず、足元が霞む。



 回廊に出ると、夜風が頬を冷たく撫でた。
 けれど、その冷たさでさえ、胸の痛みを癒すことはできなかった。

 ——愛を告げても拒絶されるのなら、私はどうすればいいの。

 嗚咽を押し殺しながら歩く彼女の背に、遠くで扉が閉まる音が響いた。
 それはまるで、二人の心の距離を決定づける音のように感じられた。

 そして、涙の告白は、さらなる誤解と陰謀の嵐を呼び込むことになるのだった。
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