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第2章「遠い背中」
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カルロスに屋敷の案内を受けたあと、
シャルロットはひとりで広い回廊を歩いていた。
朝の光が窓から差し込み、
大理石の床に淡い金色の帯を作っている。
(……思ったより、ずっと大きな屋敷)
歩いているだけなのに、胸が少し苦しくなる。
“後妻”として足を踏み入れてまだ一晩。
この場所はあまりに静かで、美しくて、そして──広すぎた。
足音が吸い込まれるように響き、
どこか “この家に自分だけが馴染めていない” そう感じさせた。
「シャルロット」
名を呼ばれ、振り向く。
カルロスが少し離れた場所に立っていた。
逆光の中の横顔は、まるで彫刻のように整っている。
けれどその美しさの奥にあるものは、掴めなかった。
「……迷っていないか?」
「ええ、大丈夫ですわ」
笑顔で返したが、心は少しだけざわついた。
(初めて……名前で呼んでくださった)
そのことだけで、胸がゆっくり熱くなる。
カルロスは近づいてくると、
回廊の先を指し示した。
「書庫の場所をまだ案内していなかった。
本を読むのが好きだと……君の父上から聞いていた」
「……父から?」
「君の好みくらいは、知っておきたかったから」
その言葉が、まるで胸の奥をそっと撫でた。
でも――
書庫という言葉に、ふと昨夜のローザの声が蘇る。
(“前妻様と夫人の大切な物が全部ある部屋です”)
胸の奥がきゅっと縮む。
カルロスは書庫の扉に手をかけ、
そこで動きを止めた。
シャルロットはその異変に気づく。
「どうかなさいましたか?」
カルロスは淡く笑い、しかし視線を扉から外さない。
「……少し、散らかっていてな。
今は……あまり見せられる状態ではない」
嘘だ。
優しいけれど、ほんの少し声が固い。
その違和感に、胸がざわついた。
(書庫に……何があるの?)
彼は静かに鍵を掛けた。
シャルロットの目の前で。
「ここは、後日ゆっくり説明する。
今日は……庭を案内しようか」
「……はい」
穏やかな声で言われれば、それ以上は何も言えない。
庭園へ向かう途中、
シャルロットの視線はどうしても夫の背中に吸い寄せられた。
朝の光に照らされた黒いコートの背中。
歩幅の長い、しなやかな動き。
すぐそこにいるのに、
まるで触れられない “遠さ” があった。
優しい、けれど遠い。
寄り添うには、まだ勇気が足りない。
ふとカルロスが立ち止まり、庭園を指さした。
「ここは……エリザ──」
言いかけて、口を閉じた。
そして、別の言葉を選ぶ。
「……この庭は、季節によって雰囲気が変わる。
きっと、君も気に入る」
ほんの一瞬。
前妻の名が出かけたのを、シャルロットは確かに聞いた。
胸の奥で硝子が細かくひび割れる音がした気がした。
「はい……美しい庭ですね」
シャルロットは微笑む。
壊れそうな心を、朝の光に隠すように。
カルロスはその横顔を見たが、
彼もまた何かを言いかけて、沈黙に飲み込まれた。
ふたりの間に、また静かな距離が戻っていく。
(いつか……この背中に、手を伸ばせる日が来るのだろうか)
シャルロットはそっと指先を胸元に当てた。
そのとき、カルロスがふいに言った。
「……今日は無理をするな。
君が傷つくようなことが、どうかありませんように」
「……え?」
「いや、何でもない。行こう」
言葉の意味が分からないまま、
カルロスはゆっくり前を歩き始めた。
その背中は温かく、
けれど触れれば消えてしまいそうなほど遠く感じられた。
シャルロットはその背中を追いかけながら、
胸に生まれたばかりの不安と淡い想いを抱え、
静かに歩みを進めた。
シャルロットはひとりで広い回廊を歩いていた。
朝の光が窓から差し込み、
大理石の床に淡い金色の帯を作っている。
(……思ったより、ずっと大きな屋敷)
歩いているだけなのに、胸が少し苦しくなる。
“後妻”として足を踏み入れてまだ一晩。
この場所はあまりに静かで、美しくて、そして──広すぎた。
足音が吸い込まれるように響き、
どこか “この家に自分だけが馴染めていない” そう感じさせた。
「シャルロット」
名を呼ばれ、振り向く。
カルロスが少し離れた場所に立っていた。
逆光の中の横顔は、まるで彫刻のように整っている。
けれどその美しさの奥にあるものは、掴めなかった。
「……迷っていないか?」
「ええ、大丈夫ですわ」
笑顔で返したが、心は少しだけざわついた。
(初めて……名前で呼んでくださった)
そのことだけで、胸がゆっくり熱くなる。
カルロスは近づいてくると、
回廊の先を指し示した。
「書庫の場所をまだ案内していなかった。
本を読むのが好きだと……君の父上から聞いていた」
「……父から?」
「君の好みくらいは、知っておきたかったから」
その言葉が、まるで胸の奥をそっと撫でた。
でも――
書庫という言葉に、ふと昨夜のローザの声が蘇る。
(“前妻様と夫人の大切な物が全部ある部屋です”)
胸の奥がきゅっと縮む。
カルロスは書庫の扉に手をかけ、
そこで動きを止めた。
シャルロットはその異変に気づく。
「どうかなさいましたか?」
カルロスは淡く笑い、しかし視線を扉から外さない。
「……少し、散らかっていてな。
今は……あまり見せられる状態ではない」
嘘だ。
優しいけれど、ほんの少し声が固い。
その違和感に、胸がざわついた。
(書庫に……何があるの?)
彼は静かに鍵を掛けた。
シャルロットの目の前で。
「ここは、後日ゆっくり説明する。
今日は……庭を案内しようか」
「……はい」
穏やかな声で言われれば、それ以上は何も言えない。
庭園へ向かう途中、
シャルロットの視線はどうしても夫の背中に吸い寄せられた。
朝の光に照らされた黒いコートの背中。
歩幅の長い、しなやかな動き。
すぐそこにいるのに、
まるで触れられない “遠さ” があった。
優しい、けれど遠い。
寄り添うには、まだ勇気が足りない。
ふとカルロスが立ち止まり、庭園を指さした。
「ここは……エリザ──」
言いかけて、口を閉じた。
そして、別の言葉を選ぶ。
「……この庭は、季節によって雰囲気が変わる。
きっと、君も気に入る」
ほんの一瞬。
前妻の名が出かけたのを、シャルロットは確かに聞いた。
胸の奥で硝子が細かくひび割れる音がした気がした。
「はい……美しい庭ですね」
シャルロットは微笑む。
壊れそうな心を、朝の光に隠すように。
カルロスはその横顔を見たが、
彼もまた何かを言いかけて、沈黙に飲み込まれた。
ふたりの間に、また静かな距離が戻っていく。
(いつか……この背中に、手を伸ばせる日が来るのだろうか)
シャルロットはそっと指先を胸元に当てた。
そのとき、カルロスがふいに言った。
「……今日は無理をするな。
君が傷つくようなことが、どうかありませんように」
「……え?」
「いや、何でもない。行こう」
言葉の意味が分からないまま、
カルロスはゆっくり前を歩き始めた。
その背中は温かく、
けれど触れれば消えてしまいそうなほど遠く感じられた。
シャルロットはその背中を追いかけながら、
胸に生まれたばかりの不安と淡い想いを抱え、
静かに歩みを進めた。
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