二番目でいい。それがあなたの隣にいられる唯一の方法だから

柴田はつみ

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第13話「ミリアからの手紙」

 ミリアからの手紙は、決まって月に二度届いた。

 嫁ぎ先での暮らしのこと、夫となった人のこと、北部の気候のこと。彼女の文章はいつも明るくて、読んでいるだけで声が聞こえてくるようだった。
 わたしはその手紙を、毎回楽しみにしていた。
 と同時に、少し緊張しながら封を開けていた。
 ミリアは鋭い人だ。手紙越しでも、何かを見抜いてくることがある。

その日届いた手紙は、いつもより少し厚かった。
 自室の窓際に座って封を開けると、几帳面な文字がぎっしりと並んでいた。
アリスへ
元気にしていますか?
こちらはすっかり冬の気配で、毎朝霜が降りています。
北部の冬は厳しいと聞いていましたが、本当にそうね。

でも屋敷の暖炉が大きくて、夫が毎朝温かい飲み物を用意してくれるから、なんとかやっています。
 思わず微笑んだ。
 ミリアの夫は、やはり良い人らしい。手紙を読むたびにそう思う。
夫のことを少し話すと、とても穏やかな方よ。

わたしが寒がりだとわかってから、外出のたびにマフラーを持たせてくれるの。
なんだかお父様みたいで、最初は少し笑ってしまったけれど。
今はとても嬉しいわ。
大切にされるって、こういうことなのね。
 その一文を読んで、わたしは少し手を止めた。

 大切にされるって、こういうことなのね。
 クリスはわたしを大切にしてくれている。それはわかっている。
 でもそれは妻だから、なのか。それとも別の理由があるのか。
 まだわからなかった。

 手紙の続きを読んだ。
アリスのことが心配です。
ちゃんとご飯を食べていますか?
無理をしていませんか?
あなたはすぐに自分のことを後回しにするから。

 苦笑いが出た。
 エマにも同じことを言われた。そんなに顔に出ているだろうか。
それからクリス様のこと。
 その一文で、わたしは姿勢を正した。
少し聞いてもいいかしら。
クリス様は、わたしの話をよくしますか?
 その問いに、わたしは考えた。
 よくするか。

 最初の頃は、ミリアの手紙が来たときに話題にすることがあった。でも最近はクリスの方からミリアの話を出すことは、ほとんどなかった。
 わたしから「ミリアの手紙が来たわ」と言っても、「そうか」と短く答えるだけで、内容を聞いてくることもなかった。
もう一つ聞かせてください。

クリス様は、アリスのことをよく話しますか?
 今度は答えがすぐに出た。
 よく話す。
 屋敷のこと、社交界でのこと、今日あったこと。クリスはわたしの話を聞くし、わたしのことを話題にすることも多かった。
 でもそれは夫婦だから当然のことで。
この二つの答えを、よく考えてみてね。

わたしからは、これ以上は言いません。
あなたが自分で気づく方が、きっといいから。
 わたしは手紙を膝の上に置いた。
 窓の外で風が吹いて、枯れ葉が舞った。
 ミリアは何が言いたいのだろう。
 いやわかっていた。
 わかっていたけれど、信じるのが怖かった。

夕食の時間、クリスと向かい合って座った。
 今日のスープは南瓜で、ベアトリスが腕によりをかけてくれたものだった。
「美味しいな」とクリスが言った。
「南瓜が旬だから」わたしは微笑んだ。
「クリスは南瓜が好き?」
「嫌いではない」
「好きなものはなんですか?」
 クリスが少し考えた。

「お前の作る料理」
 わたしは思わずスプーンを置いた。
「わたし、まだあなたに料理を作ったことがないわ」
「そうだな」クリスが平然と言った。
「だから、これから知ることになる」
 その言葉の意味を、わたしはしばらく考えた。

 これから知ることになる。
 先のことを、当然のように話している。
 わたしがこの先もここにいることを、疑っていない口ぶりで。
「……では今度、作りましょうか」
「ああ、楽しみにしている」
 クリスが静かに微笑んだ。
 わたしは視線をスープに戻して、一口飲んだ。
 耳が熱かった。

食後、わたしはクリスに言った。
「ミリアから手紙が来たわ」
 クリスが顔を上げた。
「そうか」
「元気そうだったわ。旦那様もとても優しい方みたいで」
「それは良かった」
 クリスが頷いた。それから少し間があって。

「手紙に、何と書いてあった」
 聞いてきた。
 わたしは少し考えてから答えた。
「北部の冬は寒いけれど、旦那様がよくしてくれるって。それから‥‥」
 少し迷って、続けた。
「わたしのことを心配していたわ。無理をするなって」
「ミリアらしいな」クリスが言った。
「ええ」
 それから少しの間があった。
 クリスがわたしを見た。

「無理を、しているか」
「していないわ」
「本当に?」
「ええ、本当に」
 クリスがまだこちらを見ていた。
「ミリアが心配するなら、俺も気をつけないといけないな」
 その言葉が、思いのほか真剣な声で言われたから、わたしは少し動揺した。

「……大袈裟よ、二人とも」
「大袈裟じゃない」
 クリスが静かに言った。
「お前のことは、俺がちゃんと見ている」

その夜、わたしはもう一度ミリアの手紙を読んだ。
クリス様は、わたしの話をよくしますか?
クリス様は、アリスのことをよく話しますか?

 答えは出ていた。
 ミリアの話は、ほとんど出ない。
 わたしの話は、よく出る。
 その事実を、今夜初めてちゃんと見た気がした。
 でもまだ、信じきれなかった。
 長年の思い込みは、そう簡単には崩れない。

 わたしは手紙を畳んで、引き出しにしまった。
 明日、返事を書こう。
 なんと書けばいいか、まだわからなかったけれど。

その夜、なかなか眠れなかった。
クリスの言葉が、頭の中でぐるぐると回っていた。
お前のことは、俺がちゃんと見ている。
その言葉が嘘ではないと、なぜかわかった。
ただどういう意味で見ているのかが、わからなかった。
わからないから、怖かった。
期待して、違ったらもう立っていられない気がした。

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