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第十二話「侯爵の、手紙」
リオンはアリアからの返事を、三度読んだ。
不自由はありません。
あなたもどうかお元気で。
短かった。
それだけだった。
しかしリオンは、その短い文章を机の引き出しに、丁寧にしまった。
「……お元気で、か」
誰もいない執務室に、声が落ちた。
窓の外に、夜が広がっていた。
リオンは椅子に深く座って、天井を見上げた。
手紙を出したのは衝動だった。
正確には、衝動を三日間我慢して、それでも抑えられなくて、書いた。
不自由はないか。
本当は、もっと書きたかった。
謝りたかった。後悔していると、言いたかった。
しかしそれはアリアには届かないと、わかっていた。
今さらの言葉が、あの静かな微笑みの前では、何の意味も持たないと。
だから不自由はないか。
それだけにした。
情けない。
リオンは目を閉じた。
翌朝、クロードが来た。
珍しく、約束なしの訪問だった。
応接室で向かい合うと、クロードが開口一番に言った。
「エドワード殿下が、アリア夫人と会っているそうだ」
リオンは顔色を変えなかった。
「……知っている」
「知っているのか」
「噂くらいは聞く」
クロードがリオンを観察するように見た。
「それで、どうする」
「どうもしない」
「本当に?」
リオンはコーヒーを一口飲んだ。
「俺が何かをする立場ではない」
「立場の話ではないだろう」
「クロード」
リオンが静かに言った。
「俺はあの人に選ぶ自由を、三年間与えなかった。完璧な侯爵夫人として縛り付けた。だから今はあの人が誰と会おうと、何を選ぼうと、口を出す権利はない」
クロードが黙った。
「それが俺にできる、唯一のことだ」
長い沈黙が流れた。
窓から秋の光が差し込んで、埃がゆっくりと舞っていた。
「リオン」
「なんだ」
「お前、変わったな」
リオンは答えなかった。
「以前のお前なら、そんな言葉は出なかった」
「……遅すぎた変化だ」
「そうかもしれん」
クロードがカップを置いた。
「しかし変化は変化だ。遅くても変わらないよりはいい」
リオンは窓の外を見た。
庭の木が風に揺れていた。
赤い葉が、はらりと落ちた。
あの押し花は、まだ窓辺にある。
ずっと、そこにある。
「クロード」
「なんだ」
「俺はこれからどうすればいい」
クロードが微笑ながら
「珍しいな。お前が人に聞くとは」
「笑うなら帰れ」
「ごめん」
クロードが静かに続けた。
「お前は今まで何かを失うことを恐れて、何も始めなかった。違うか」
「……そうかもしれない」
「アリア夫人との三年間も、そうだ。向き合えば傷つくと思って、逃げ続けた」
リオンは否定しなかった。
「だからこれからは恐れるより先に、動け」
「動く、とは」
「まず、素直になれ」
クロードがリオンを見た。
「素直になって、弱さを見せろ、この屋敷に閉じこもって書類と向き合っているだけでは、何も変わらん」
「……具体的に、何をしろと」
「社交界に出ろ」
リオンが眉を上げた。
「夜会が嫌いなのは知っている。しかし引きこもっていても、お前は変われない。人と会え、話せ、笑え」
「笑い方がわからない」
「練習しろ」
あまりにも簡潔な答えに、リオンは少し拍子抜けした。
クロードが珍しく、口元を緩めた。
「今、少し表情が動いたぞ」
「……気のせいだ」
「違う。それが第一歩だ」
クロードが立ち上がった。
「来週、ランベール家の夜会がある。一緒に行くぞ」
「断る」
「断らせない」
足音が扉に向かった。
「クロード」
「なんだ」
リオンが窓の外を見たまま言った。
「……世話になる」
クロードが、一瞬止まった。
「お前が礼を言うのは、三十年ぶりかもしれんな」
「黙れ」
「行くぞ、来週」
扉が閉まった。
リオンは一人になった。
笑い方がわからない。
自分でそう言って、情けなくなった。
三十近くなって、笑い方がわからないとは。
窓辺の押し花を見た。
赤い葉が、静かに色を保っていた。
アリアは今頃笑っているだろうか。
エドワード殿下の前で、本当の笑顔を見せているだろうか。
胸の奥が、痛んだ。
嫉妬だと気づいた。
俺が引き出せなかった笑顔を、他の誰かが引き出している。
それがこんなに、痛いのか。
リオンは目を閉じた。
痛みを、そのまま感じた。
ただ痛みと一緒に、座っていた。
これが、感情というものか。
父上が捨てろと言ったものが。
窓の外で、また葉が一枚、落ちた。
一週間後、リオンはランベール家の夜会に出た。
三年ぶりに、一人で。
アリアのいない夜会は広かった。
隣に誰もいないだけで、こんなに違うのかと、リオンは初めて知った。
「おや、ヴァルテル侯爵。よくいらっしゃいました」
ヴァレー男爵が駆け寄ってくる。
「……ああ」
「お一人ですか、今夜は」
「見てわかるだろう」
「は、はあ……」
ヴァレーが引いていった。
クロードが隣に来た。
「早速、人を遠ざけたな」
「話しかけてくるから」
「夜会というのは、そういう場所だ」
リオンは会場を見回した。
華やかな人々。笑い声。香水の匂い。
以前は何も感じなかった光景が今夜は、少し違って見えた。
皆が笑っている。
自然に、楽しそうに。
俺には、それができない。
「クロード」
「なんだ」
「俺はこの三年間、アリアに何度笑いかけたことがあるだろう」
クロードが黙った。
「数えようとして出てこない」
「……そうか」
「あの人は毎日、俺に笑いかけていた。俺はほとんど、返さなかった」
「リオン」
「今さら気づいても遅い。わかっている」
「遅くても」
「気づけて、良かったのかもしれない」
クロードが少し、驚いたように見た。
リオンが続けた。
「気づかないまま、また誰かと同じことを繰り返すより遅くても、気づけた方がいいじゃないか」
「……そうだな」
「俺は変わる。あの人のためではなく」
「自分のために、か」
「ああ」
リオンは会場を見た。
人々の笑顔を、見た。
笑い方がわからない。
しかし今夜は、その笑顔を遠ざけなかった。
ただ、静かに見ていた。
夜会の帰り道、馬車の中でリオンは手紙を書いた。
揺れる馬車の中で、ランプの光を頼りに。
いつもの簡潔な文章ではなく今夜は、少しだけ長く書いた。
アリア
返事をありがとう。
元気だと聞いて、安心した。
今夜、久しぶりに夜会に出た。
お前がいない夜会は広かった。
ただそれだけを、伝えたかった。
リオン
書いて、読み返した。
送るべきか、迷った。
三分、迷った。
それから封をした。
送る。
これが俺にできる、小さな一歩だ。
馬車が夜道を走った。
街の灯りが、窓の外を流れた。
リオンは封筒を手の中に持ったまま、窓の外を見ていた。
アリアは今頃どんな夜を過ごしているだろう。
笑っているといいが。
馬車が揺れた。
リオンは目を閉じた。
胸の奥の痛みはまだあった。
しかし今夜は、その痛みを自分のものとして、受け止めていた。
逃げずに、押し込めずに。
これが感情というものか。
父上、あなたが捨てろと言ったものが
こんなに、温かいとは知らなかった。
夜風が窓を揺らした。
馬車は走り続けた。
闇の中を、一歩ずつ前へ。
翌朝、アリアのもとに手紙が届いた。
差出人の名前を見てアリアは少し、息をのんだ。
また、リオンからだった。
封を開けた。
読んだ。
お前がいない夜会は広かった。
アリアはしばらく、その一文を見つめた。
胸の奥がじくりと、痛んだ。
温かくて、痛くて、どちらとも言えない感覚が。
「アリア様?」
部屋に入ってきた侍女が、アリアの顔を見て首を傾けた。
「何でもないわ」
アリアは手紙を折りたたんだ。
引き出しを開けた。
そこには前の手紙も、丁寧に折りたたまれて、しまってあった。
新しい手紙を、その隣に置いた。
引き出しを閉めた。
窓の外を見た。
秋の空が、高く青かった。
私も、あなたがいない朝は広かった。
声には出さなかった。
ただ、胸の奥にそっとしまった。
返事は、書かなかった。
まだ書けなかった。
でもいつか、と思った。
いつかちゃんと、言葉にできる日が来るかもしれない。
その日まで今は、自分の足で歩こう。
アリアは立ち上がった。
今日はカイルと、街に出る約束がある。
ドレスに着替えて、鏡を見た。
微笑んでいた。
仮面ではない、自分の顔は笑っていた。
不自由はありません。
あなたもどうかお元気で。
短かった。
それだけだった。
しかしリオンは、その短い文章を机の引き出しに、丁寧にしまった。
「……お元気で、か」
誰もいない執務室に、声が落ちた。
窓の外に、夜が広がっていた。
リオンは椅子に深く座って、天井を見上げた。
手紙を出したのは衝動だった。
正確には、衝動を三日間我慢して、それでも抑えられなくて、書いた。
不自由はないか。
本当は、もっと書きたかった。
謝りたかった。後悔していると、言いたかった。
しかしそれはアリアには届かないと、わかっていた。
今さらの言葉が、あの静かな微笑みの前では、何の意味も持たないと。
だから不自由はないか。
それだけにした。
情けない。
リオンは目を閉じた。
翌朝、クロードが来た。
珍しく、約束なしの訪問だった。
応接室で向かい合うと、クロードが開口一番に言った。
「エドワード殿下が、アリア夫人と会っているそうだ」
リオンは顔色を変えなかった。
「……知っている」
「知っているのか」
「噂くらいは聞く」
クロードがリオンを観察するように見た。
「それで、どうする」
「どうもしない」
「本当に?」
リオンはコーヒーを一口飲んだ。
「俺が何かをする立場ではない」
「立場の話ではないだろう」
「クロード」
リオンが静かに言った。
「俺はあの人に選ぶ自由を、三年間与えなかった。完璧な侯爵夫人として縛り付けた。だから今はあの人が誰と会おうと、何を選ぼうと、口を出す権利はない」
クロードが黙った。
「それが俺にできる、唯一のことだ」
長い沈黙が流れた。
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「リオン」
「なんだ」
「お前、変わったな」
リオンは答えなかった。
「以前のお前なら、そんな言葉は出なかった」
「……遅すぎた変化だ」
「そうかもしれん」
クロードがカップを置いた。
「しかし変化は変化だ。遅くても変わらないよりはいい」
リオンは窓の外を見た。
庭の木が風に揺れていた。
赤い葉が、はらりと落ちた。
あの押し花は、まだ窓辺にある。
ずっと、そこにある。
「クロード」
「なんだ」
「俺はこれからどうすればいい」
クロードが微笑ながら
「珍しいな。お前が人に聞くとは」
「笑うなら帰れ」
「ごめん」
クロードが静かに続けた。
「お前は今まで何かを失うことを恐れて、何も始めなかった。違うか」
「……そうかもしれない」
「アリア夫人との三年間も、そうだ。向き合えば傷つくと思って、逃げ続けた」
リオンは否定しなかった。
「だからこれからは恐れるより先に、動け」
「動く、とは」
「まず、素直になれ」
クロードがリオンを見た。
「素直になって、弱さを見せろ、この屋敷に閉じこもって書類と向き合っているだけでは、何も変わらん」
「……具体的に、何をしろと」
「社交界に出ろ」
リオンが眉を上げた。
「夜会が嫌いなのは知っている。しかし引きこもっていても、お前は変われない。人と会え、話せ、笑え」
「笑い方がわからない」
「練習しろ」
あまりにも簡潔な答えに、リオンは少し拍子抜けした。
クロードが珍しく、口元を緩めた。
「今、少し表情が動いたぞ」
「……気のせいだ」
「違う。それが第一歩だ」
クロードが立ち上がった。
「来週、ランベール家の夜会がある。一緒に行くぞ」
「断る」
「断らせない」
足音が扉に向かった。
「クロード」
「なんだ」
リオンが窓の外を見たまま言った。
「……世話になる」
クロードが、一瞬止まった。
「お前が礼を言うのは、三十年ぶりかもしれんな」
「黙れ」
「行くぞ、来週」
扉が閉まった。
リオンは一人になった。
笑い方がわからない。
自分でそう言って、情けなくなった。
三十近くなって、笑い方がわからないとは。
窓辺の押し花を見た。
赤い葉が、静かに色を保っていた。
アリアは今頃笑っているだろうか。
エドワード殿下の前で、本当の笑顔を見せているだろうか。
胸の奥が、痛んだ。
嫉妬だと気づいた。
俺が引き出せなかった笑顔を、他の誰かが引き出している。
それがこんなに、痛いのか。
リオンは目を閉じた。
痛みを、そのまま感じた。
ただ痛みと一緒に、座っていた。
これが、感情というものか。
父上が捨てろと言ったものが。
窓の外で、また葉が一枚、落ちた。
一週間後、リオンはランベール家の夜会に出た。
三年ぶりに、一人で。
アリアのいない夜会は広かった。
隣に誰もいないだけで、こんなに違うのかと、リオンは初めて知った。
「おや、ヴァルテル侯爵。よくいらっしゃいました」
ヴァレー男爵が駆け寄ってくる。
「……ああ」
「お一人ですか、今夜は」
「見てわかるだろう」
「は、はあ……」
ヴァレーが引いていった。
クロードが隣に来た。
「早速、人を遠ざけたな」
「話しかけてくるから」
「夜会というのは、そういう場所だ」
リオンは会場を見回した。
華やかな人々。笑い声。香水の匂い。
以前は何も感じなかった光景が今夜は、少し違って見えた。
皆が笑っている。
自然に、楽しそうに。
俺には、それができない。
「クロード」
「なんだ」
「俺はこの三年間、アリアに何度笑いかけたことがあるだろう」
クロードが黙った。
「数えようとして出てこない」
「……そうか」
「あの人は毎日、俺に笑いかけていた。俺はほとんど、返さなかった」
「リオン」
「今さら気づいても遅い。わかっている」
「遅くても」
「気づけて、良かったのかもしれない」
クロードが少し、驚いたように見た。
リオンが続けた。
「気づかないまま、また誰かと同じことを繰り返すより遅くても、気づけた方がいいじゃないか」
「……そうだな」
「俺は変わる。あの人のためではなく」
「自分のために、か」
「ああ」
リオンは会場を見た。
人々の笑顔を、見た。
笑い方がわからない。
しかし今夜は、その笑顔を遠ざけなかった。
ただ、静かに見ていた。
夜会の帰り道、馬車の中でリオンは手紙を書いた。
揺れる馬車の中で、ランプの光を頼りに。
いつもの簡潔な文章ではなく今夜は、少しだけ長く書いた。
アリア
返事をありがとう。
元気だと聞いて、安心した。
今夜、久しぶりに夜会に出た。
お前がいない夜会は広かった。
ただそれだけを、伝えたかった。
リオン
書いて、読み返した。
送るべきか、迷った。
三分、迷った。
それから封をした。
送る。
これが俺にできる、小さな一歩だ。
馬車が夜道を走った。
街の灯りが、窓の外を流れた。
リオンは封筒を手の中に持ったまま、窓の外を見ていた。
アリアは今頃どんな夜を過ごしているだろう。
笑っているといいが。
馬車が揺れた。
リオンは目を閉じた。
胸の奥の痛みはまだあった。
しかし今夜は、その痛みを自分のものとして、受け止めていた。
逃げずに、押し込めずに。
これが感情というものか。
父上、あなたが捨てろと言ったものが
こんなに、温かいとは知らなかった。
夜風が窓を揺らした。
馬車は走り続けた。
闇の中を、一歩ずつ前へ。
翌朝、アリアのもとに手紙が届いた。
差出人の名前を見てアリアは少し、息をのんだ。
また、リオンからだった。
封を開けた。
読んだ。
お前がいない夜会は広かった。
アリアはしばらく、その一文を見つめた。
胸の奥がじくりと、痛んだ。
温かくて、痛くて、どちらとも言えない感覚が。
「アリア様?」
部屋に入ってきた侍女が、アリアの顔を見て首を傾けた。
「何でもないわ」
アリアは手紙を折りたたんだ。
引き出しを開けた。
そこには前の手紙も、丁寧に折りたたまれて、しまってあった。
新しい手紙を、その隣に置いた。
引き出しを閉めた。
窓の外を見た。
秋の空が、高く青かった。
私も、あなたがいない朝は広かった。
声には出さなかった。
ただ、胸の奥にそっとしまった。
返事は、書かなかった。
まだ書けなかった。
でもいつか、と思った。
いつかちゃんと、言葉にできる日が来るかもしれない。
その日まで今は、自分の足で歩こう。
アリアは立ち上がった。
今日はカイルと、街に出る約束がある。
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仮面ではない、自分の顔は笑っていた。
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