21 / 21
離婚届を出さない日 最終章
十日間の研修を終えて、エルミラがレーヴェン家へ戻ったのは、夕方に近い時間だった。
馬車の窓から屋敷の門が見えたとき、エルミラは膝の上に置いた契約書の入った封筒をそっと押さえた。
王立植物研究所の外部協力員契約書。
署名すれば、エルミラは研究所と正式に繋がることになる。レーヴェン家の温室を使ってもいい。必要なら研究所の宿舎を使うこともできる。どちらを選んでも、研究は続けられる。
その自由を手にした上で、エルミラはこの屋敷へ戻ってきた。
離婚届は、まだ机の引き出しにある。
出そうと思えば、いつでも出せる。
けれど今、馬車の窓から見える屋敷は、十日前とは少し違って見えた。
三年間、妻としての居場所がなかった家。
温室だけが、自分の息をつける場所だった家。
けれど今は、帰りを待っている人がいる。
エルミラは、その事実をもう否定できなかった。
馬車が玄関前に止まると、扉の向こうに二人の姿が見えた。
シオンとカリナだった。
カリナは真っ先に駆け寄りそうになったが、途中で足を止めた。以前のようにシオンの袖を引くことも、シオンの前に出ることもしなかった。
彼女はエルミラが馬車から降りるのを待って、両手を胸の前で握った。
「おかえり、エルミラ」
声は少し震えていた。
けれど、明るくしようと無理をしているだけの声ではなかった。
エルミラはゆっくり頷いた。
「ただいま戻りました、カリナ」
その瞬間、カリナの目に涙が浮かんだ。
「泣かないって決めてたのに」
「泣いてもいいと思います」
「そう言われると、余計に泣きそうになる」
カリナは笑いながら涙を拭いた。
それから、小さな包みを差し出した。
「約束のお菓子。甘すぎない果実の焼き菓子。前より少し上手にできたと思う」
「ありがとうございます。後でいただきます」
「ちゃんと感想を聞かせてね。お世辞じゃなくて」
「はい」
カリナは嬉しそうに頷いた。
それから、少しだけ後ろに下がった。
シオンが前へ出る。
十日前と同じように整った姿だったが、以前よりずっと人間らしい疲れが顔に出ていた。寝不足なのか、目元に少し影がある。それでも背筋はまっすぐで、エルミラを正面から見ていた。
「おかえりなさい、エルミラさん」
「ただいま戻りました、シオン様」
「無事でよかった」
その一言だけだった。
けれど、シオンの声には十日分の感情が込められていた。
聞きたいことはたくさんあるはずだった。
研修はどうだったのか。
契約はどうなったのか。
研究所に残るつもりはあるのか。
離婚をどうするのか。
それでもシオンは、まず帰ってきたことを受け止める言葉だけを選んだ。
エルミラはその変化を見た。
そして、胸の奥が少し熱くなった。
「温室を見てもいいですか」
エルミラが尋ねると、シオンはすぐに頷いた。
「はい。まだ完成ではありませんが、最低限の整備は終わりました」
カリナが少し得意げに言った。
「棚札も作ったの。勝手に貼らないで待ってたよ」
「見せてください」
三人は温室へ向かった。
十日ぶりの温室は、エルミラが思っていた以上に変わっていた。
記録机は、以前と同じ窓際に置かれていた。けれど椅子は修理され、机の横には新しい資料棚が設けられている。標本を包む布は種類ごとに分けられ、カリナが作った棚札は小さな箱に並べられていた。
奥の区画には、低温管理のための仕切りが作られている。まだ研究所ほど本格的ではないが、試験栽培を始めるには十分な準備だった。
水場の近くには、新しい細い水路が引かれていた。床の一部はきれいに張り替えられている。
エルミラは温室の中をゆっくり歩いた。
「無理な工事はしていませんか」
「していません。あなたが確認してから進める部分は残しています」
シオンが答えた。
「記録机も動かさなかったのですね」
「カリナに止められました」
カリナがすぐに言う。
「だって、そこはエルミラの場所だから。勝手に変えたら駄目でしょう」
エルミラは机に手を置いた。
三年間、この机に向かって一人で記録をつけていた。
誰にも見せるつもりのなかった記録。
自分の価値を確かめるように続けてきた時間。
その場所を、今はシオンとカリナが守ろうとしてくれている。
嬉しい。
けれど、その嬉しさの奥に、まだ三年間の寂しさがある。
エルミラはその両方を感じながら、棚札の箱を手に取った。
「とても見やすいです」
カリナの顔が明るくなった。
「本当?」
「ええ。研究所の棚札に似ています。でも、こちらの方が少し柔らかい印象ですね」
「リナと相談したの。研究所みたいにきっちりしすぎると、この温室には合わないかなって」
「よく考えてくれたのですね」
カリナは嬉しそうに笑った。
その後、少しだけ表情を引き締めた。
「エルミラ」
「はい」
「私、ちゃんと謝りたい」
シオンがカリナを見た。
カリナは首を振った。
「お兄様は口を出さないで。これは私が言うことだから」
シオンは静かに頷いた。
カリナはエルミラの前に立った。
「私、エルミラの親友だったのに、お兄様を取っていたと思う」
その言葉に、温室の空気が変わった。
カリナは泣きそうだったが、言葉を止めなかった。
「最初は、そんなつもりじゃなかった。お兄様のそばにいるのが当たり前で、エルミラもわかってくれると思ってた。でも、本当はわかっていたの。お兄様が私を優先するたびに、エルミラが少し寂しそうにしていたこと」
エルミラは何も言わずに聞いた。
「それなのに、知らないふりをした。エルミラが妻として見られていないことに、安心した日もあった。親友なのに、ひどいことを思った」
カリナの声が震えた。
「ごめんなさい、エルミラ。私はあなたの親友なのに、あなたの居場所を狭くした」
エルミラの胸に痛みが戻った。
けれど、それは今までのように一人で抱える痛みではなかった。
カリナが自分の言葉で認めている。
それがわかったから、エルミラも逃げずに答えた。
「傷つきました」
カリナの目から涙が落ちた。
「うん」
「カリナのことを嫌いになりたくなかったから、ずっと自分に言い聞かせていました。カリナは悪くない。シオン様とは家族のようなものだ。私が気にしすぎているだけだと」
「うん」
「でも、苦しかったです」
カリナは何度も頷いた。
「ごめんなさい」
「謝罪は受け取ります」
カリナが顔を上げた。
エルミラは続けた。
「でも、すぐに元通りの親友に戻れるかは、まだわかりません」
「うん。それでいい」
カリナは涙を拭きながら言った。
「すぐ許してもらえるとは思っていない。けど、また親友になれるように、私もちゃんと変わる」
「はい」
「もう、お兄様の袖を引いてエルミラを一人にしない」
その言葉を、エルミラは静かに受け取った。
カリナは一歩下がった。
「私は先に戻るね。二人で話して」
「カリナ」
「大丈夫。今はお兄様の袖を引かなくても、自分の部屋まで戻れるから」
冗談めかした言い方だったが、その声には少し誇らしさがあった。
カリナは温室を出ていった。
扉が閉まると、温室にはエルミラとシオンだけが残った。
シオンはしばらくカリナが出ていった扉を見ていたが、やがてエルミラへ向き直った。
「カリナに言わせてしまいました」
「カリナが自分で言ったのだと思います」
「はい」
シオンは深く息を吐いた。
「次は、俺の番です」
エルミラは記録机の前に立ったまま、シオンを見た。
シオンはゆっくり頭を下げた。
「エルミラさん。俺は、あなたを妻として迎えたのに、妻として大切にしませんでした」
エルミラは何も挟まなかった。
「カリナが心配だったことは事実です。けれど、それを理由に、あなたを後回しにし続けた。あなたが何を好きで、何を望んで、何に傷ついているのかを知ろうとしなかった」
シオンの声は低く、でもはっきりしていた。
「あなたは三年間、この屋敷で待っていた。俺がカリナを見ている間、あなたはずっと一人で立っていた。研修の十日間、あなたがいないだけで俺は耐えられなくなりそうでした。それなのに、あなたには三年も同じ思いをさせた」
エルミラの目の奥が熱くなった。
シオンは顔を上げた。
「申し訳ありませんでした」
その謝罪は、今までで一番深かった。
言葉だけではない。
この十日間、エルミラがいない屋敷で過ごした時間が、シオンに何かを刻んだのだとわかった。
エルミラは静かに言った。
「シオン様」
「はい」
「私は、あなたに愛されていないのだと思っていました」
シオンの顔が痛みに歪んだ。
「はい」
「妻として必要とされていないのだと。カリナのそばにいるあなたを見るたびに、この家で私だけが余分なのだと思っていました」
「違います、と今さら言う資格はありません」
「ええ。今さら違うと言われても、三年間の私は救われません」
シオンは唇を引き結んだ。
エルミラは続けた。
「でも、今のあなたが変わろうとしていることは見ました。温室を整えてくれたことも、研究所へ送り出してくれたことも、カリナに向き合ったことも、全部見ています」
「はい」
「だから、今日は答えを出します」
シオンの体がわずかに強張った。
エルミラは机の上に、研究所の契約書を置いた。
「研究所の外部協力員契約です。私は署名します」
「はい」
シオンはすぐに頷いた。
「あなたの研究です。続けてください」
「この家の温室を使います」
シオンの目が大きく揺れた。
エルミラはまっすぐ続けた。
「ただし、私は研究所にも通います。必要なら宿舎も使います。妻だからといって、この温室だけに閉じこもるつもりはありません」
「もちろんです」
「私が研究所へ行く時、嫉妬しても構いません。でも邪魔はしないでください」
「努力します」
エルミラは少し眉を上げた。
シオンはすぐに言い直した。
「邪魔はしません」
「よろしいです」
シオンの表情に、少しだけ安堵が浮かんだ。
けれど、まだ一番大切なことは残っている。
エルミラは記録机の引き出しを開けた。
そこには、離婚届が入っていた。
シオンの視線が紙に止まった。
エルミラはそれを取り出し、机の上に置いた。
「これは、一ヶ月前に出すつもりだったものです」
「はい」
「研修へ行く前も、まだ出すつもりでした」
「はい」
「でも今は、出しません」
シオンが息を止めた。
エルミラは離婚届を見下ろしたまま言った。
「ただし、捨てません」
シオンはすぐには答えなかった。
エルミラは顔を上げた。
「私は、あなたを許したわけではありません」
「はい」
「三年間をなかったことにはできません」
「はい」
「今日から急に、仲の良い夫婦になれるとも思っていません」
「はい」
「それでも、離婚届は出しません。もう一度、夫婦を始めるかどうかを、あなたと見てみます」
シオンの目が赤くなった。
彼は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「お礼ではなく、覚悟を見せてください」
「はい」
シオンは顔を上げた。
「今度こそ、あなたの夫になります。あなたを後回しにしない。あなたの研究を尊重する。カリナのことも、あなたのことも、言葉にして向き合います」
「言葉だけでは足りません」
「行動します」
「見ています」
「見ていてください」
エルミラは離婚届を畳み、封筒に戻した。
そして、机の引き出しにしまった。
鍵はかけなかった。
捨てたわけではない。
けれど、今日出す必要はもうなかった。
シオンはそれを見ていた。
「エルミラさん」
「はい」
「手を握ってもいいですか」
エルミラは少し考えた。
以前なら、シオンがそう尋ねることなどなかった。
許可を求める。
エルミラの気持ちを確認する。
その小さなことが、今は大切だった。
「少しだけなら」
シオンはゆっくり手を伸ばした。
エルミラの手を取る。
研修へ出発する朝の握手とは違った。
夫婦として、もう一度始めるための手だった。
「おかえりなさい、エルミラさん」
シオンが改めて言った。
エルミラは彼を見た。
「ただいま戻りました」
その返事をすると、胸の奥にあった緊張が少しほどけた。
温室の扉が控えめに開いた。
カリナが顔をのぞかせる。
「入ってもいい?」
シオンはエルミラを見た。
判断を任せる視線だった。
エルミラは頷いた。
「どうぞ」
カリナはそっと入ってきた。
そして、机の上に離婚届がないことに気づいたようだった。
「エルミラ」
「離婚届は、出さないことにしました」
カリナの顔がくしゃりと歪んだ。
「本当?」
「はい。ただし、許したわけではありません」
「うん」
「カリナとのことも、すぐに元通りにはなりません」
「うん。それでいい」
「でも、もう一度親友に戻れるかどうか、私も考えます」
カリナはとうとう泣いた。
けれど、シオンにすがらなかった。
エルミラの前に立って、自分で涙を拭いた。
「ありがとう、エルミラ」
「まだお礼を言うところではありません」
「それでも、ありがとう」
カリナはそう言って、箱を差し出した。
「焼き菓子、食べようと思って持ってきたの。甘すぎないやつ」
エルミラは思わず少し笑った。
「では、お茶にしましょう」
「温室で?」
「ええ。この記録机で」
シオンがすぐに言った。
「お茶を用意させます」
「シオン様」
「はい」
「座っていてください。今日はリナにお願いします」
シオンは一瞬驚いたが、すぐに頷いた。
「わかりました」
カリナが少し笑った。
「お兄様、今のはすぐ動こうとしたね」
「悪かった」
「悪くないけど、エルミラの言うことを聞いた方がいいよ」
「そうする」
三人で記録机のそばに座った。
リナが用意してくれたお茶と、カリナの焼き菓子が並ぶ。
焼き菓子は本当に甘すぎなかった。果実の酸味がほどよく残り、温かいお茶によく合った。
「おいしいです」
エルミラが言うと、カリナはぱっと顔を輝かせた。
「本当?」
「ええ。前よりずっと食べやすいです」
「よかった。次はもう少し香りを出してみる」
「楽しみにしています」
シオンはそのやり取りを見て、穏やかな顔をしていた。
そして、ふと机の上の研究ノートに視線を向けた。
「今日の記録をつけますか」
エルミラは頷いた。
「はい。研修から戻った日の記録をつけます」
「俺も手伝っていいですか」
「まずは観察からです」
「はい」
「カリナも、棚札の確認をお願いします」
「任せて」
エルミラは研究ノートを開いた。
日付を書き、温室の状態を書き、低温区画の準備状況を書いた。
そして少し迷ってから、最後に一行だけ書き足した。
『離婚届は、本日出さないことにした。研究は続ける。夫婦も、もう一度始める』
書いた後、エルミラはノートを閉じた。
シオンもカリナも、その一文を覗き込むことはしなかった。
それが嬉しかった。
エルミラの記録は、エルミラのものだ。
見せるかどうかは、自分で決める。
この家でも、それが尊重される。
そう思えた。
夜が近づき、温室のガラスに屋敷の灯りが映った。
以前なら、その灯りの中に自分の居場所を見つけられなかった。
けれど今は違う。
まだ完全ではない。
まだ痛みも残っている。
それでも、ここに立ってみようと思えた。
エルミラは研究所の契約書を手に取り、シオンに見せた。
「明日、署名します」
「はい」
「シオン様も、夫としてではなく、この温室の管理責任者として確認してください」
「承知しました」
「カリナも、棚札担当として見てください」
「えっ、私も?」
「ええ。大切な担当です」
カリナは涙の跡が残る顔で笑った。
「うん。ちゃんと見る」
三人の役割が、少しずつ変わっていく。
夫。
妻。
親友。
兄妹。
そのどれも、以前と同じではない。
けれど、以前よりずっと正直だった。
エルミラは温室の棚を見渡した。
研修前に整えられた場所。
十日間待っていた場所。
これから研究を続ける場所。
そして、自分が選んで戻ってきた場所。
離婚まで、残り四日だった。
けれど、エルミラはもうその日を終わりの日として待ってはいなかった。
一ヶ月の終わりに、離婚届は出さない。
その代わり、明日から新しい記録をつける。
研究者として。
妻として。
そして、自分の人生を自分で選ぶ一人の人間として。
エルミラは隣に立つシオンを見た。
「まずは、明日の朝の記録から始めましょう」
シオンは静かに頷いた。
「はい。あなたと一緒に」
カリナが少し泣き笑いの顔で言った。
「私も棚札、持ってくるね」
エルミラは頷いた。
「お願いします」
温室の中に、穏やかな空気が満ちていく。
それは、すべてが元通りになったという意味ではなかった。
むしろ、元には戻らない。
三年間をなかったことにはしない。
傷ついたことも、寂しかったことも、離婚を決めたことも、全部抱えたまま進む。
けれど今のエルミラは、それでいいと思った。
離婚届は、机の引き出しの中にある。
いつでも出せる。
それでも今日、エルミラは出さないことを選んだ。
この家を、もう一度だけ自分の場所にしてみるために。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。
この物語を最後まで見届けてくださった方、途中から追いかけてくださった方、更新のたびにページを開いてくださった方、そのすべての方に心から感謝しています。
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
馬車の窓から屋敷の門が見えたとき、エルミラは膝の上に置いた契約書の入った封筒をそっと押さえた。
王立植物研究所の外部協力員契約書。
署名すれば、エルミラは研究所と正式に繋がることになる。レーヴェン家の温室を使ってもいい。必要なら研究所の宿舎を使うこともできる。どちらを選んでも、研究は続けられる。
その自由を手にした上で、エルミラはこの屋敷へ戻ってきた。
離婚届は、まだ机の引き出しにある。
出そうと思えば、いつでも出せる。
けれど今、馬車の窓から見える屋敷は、十日前とは少し違って見えた。
三年間、妻としての居場所がなかった家。
温室だけが、自分の息をつける場所だった家。
けれど今は、帰りを待っている人がいる。
エルミラは、その事実をもう否定できなかった。
馬車が玄関前に止まると、扉の向こうに二人の姿が見えた。
シオンとカリナだった。
カリナは真っ先に駆け寄りそうになったが、途中で足を止めた。以前のようにシオンの袖を引くことも、シオンの前に出ることもしなかった。
彼女はエルミラが馬車から降りるのを待って、両手を胸の前で握った。
「おかえり、エルミラ」
声は少し震えていた。
けれど、明るくしようと無理をしているだけの声ではなかった。
エルミラはゆっくり頷いた。
「ただいま戻りました、カリナ」
その瞬間、カリナの目に涙が浮かんだ。
「泣かないって決めてたのに」
「泣いてもいいと思います」
「そう言われると、余計に泣きそうになる」
カリナは笑いながら涙を拭いた。
それから、小さな包みを差し出した。
「約束のお菓子。甘すぎない果実の焼き菓子。前より少し上手にできたと思う」
「ありがとうございます。後でいただきます」
「ちゃんと感想を聞かせてね。お世辞じゃなくて」
「はい」
カリナは嬉しそうに頷いた。
それから、少しだけ後ろに下がった。
シオンが前へ出る。
十日前と同じように整った姿だったが、以前よりずっと人間らしい疲れが顔に出ていた。寝不足なのか、目元に少し影がある。それでも背筋はまっすぐで、エルミラを正面から見ていた。
「おかえりなさい、エルミラさん」
「ただいま戻りました、シオン様」
「無事でよかった」
その一言だけだった。
けれど、シオンの声には十日分の感情が込められていた。
聞きたいことはたくさんあるはずだった。
研修はどうだったのか。
契約はどうなったのか。
研究所に残るつもりはあるのか。
離婚をどうするのか。
それでもシオンは、まず帰ってきたことを受け止める言葉だけを選んだ。
エルミラはその変化を見た。
そして、胸の奥が少し熱くなった。
「温室を見てもいいですか」
エルミラが尋ねると、シオンはすぐに頷いた。
「はい。まだ完成ではありませんが、最低限の整備は終わりました」
カリナが少し得意げに言った。
「棚札も作ったの。勝手に貼らないで待ってたよ」
「見せてください」
三人は温室へ向かった。
十日ぶりの温室は、エルミラが思っていた以上に変わっていた。
記録机は、以前と同じ窓際に置かれていた。けれど椅子は修理され、机の横には新しい資料棚が設けられている。標本を包む布は種類ごとに分けられ、カリナが作った棚札は小さな箱に並べられていた。
奥の区画には、低温管理のための仕切りが作られている。まだ研究所ほど本格的ではないが、試験栽培を始めるには十分な準備だった。
水場の近くには、新しい細い水路が引かれていた。床の一部はきれいに張り替えられている。
エルミラは温室の中をゆっくり歩いた。
「無理な工事はしていませんか」
「していません。あなたが確認してから進める部分は残しています」
シオンが答えた。
「記録机も動かさなかったのですね」
「カリナに止められました」
カリナがすぐに言う。
「だって、そこはエルミラの場所だから。勝手に変えたら駄目でしょう」
エルミラは机に手を置いた。
三年間、この机に向かって一人で記録をつけていた。
誰にも見せるつもりのなかった記録。
自分の価値を確かめるように続けてきた時間。
その場所を、今はシオンとカリナが守ろうとしてくれている。
嬉しい。
けれど、その嬉しさの奥に、まだ三年間の寂しさがある。
エルミラはその両方を感じながら、棚札の箱を手に取った。
「とても見やすいです」
カリナの顔が明るくなった。
「本当?」
「ええ。研究所の棚札に似ています。でも、こちらの方が少し柔らかい印象ですね」
「リナと相談したの。研究所みたいにきっちりしすぎると、この温室には合わないかなって」
「よく考えてくれたのですね」
カリナは嬉しそうに笑った。
その後、少しだけ表情を引き締めた。
「エルミラ」
「はい」
「私、ちゃんと謝りたい」
シオンがカリナを見た。
カリナは首を振った。
「お兄様は口を出さないで。これは私が言うことだから」
シオンは静かに頷いた。
カリナはエルミラの前に立った。
「私、エルミラの親友だったのに、お兄様を取っていたと思う」
その言葉に、温室の空気が変わった。
カリナは泣きそうだったが、言葉を止めなかった。
「最初は、そんなつもりじゃなかった。お兄様のそばにいるのが当たり前で、エルミラもわかってくれると思ってた。でも、本当はわかっていたの。お兄様が私を優先するたびに、エルミラが少し寂しそうにしていたこと」
エルミラは何も言わずに聞いた。
「それなのに、知らないふりをした。エルミラが妻として見られていないことに、安心した日もあった。親友なのに、ひどいことを思った」
カリナの声が震えた。
「ごめんなさい、エルミラ。私はあなたの親友なのに、あなたの居場所を狭くした」
エルミラの胸に痛みが戻った。
けれど、それは今までのように一人で抱える痛みではなかった。
カリナが自分の言葉で認めている。
それがわかったから、エルミラも逃げずに答えた。
「傷つきました」
カリナの目から涙が落ちた。
「うん」
「カリナのことを嫌いになりたくなかったから、ずっと自分に言い聞かせていました。カリナは悪くない。シオン様とは家族のようなものだ。私が気にしすぎているだけだと」
「うん」
「でも、苦しかったです」
カリナは何度も頷いた。
「ごめんなさい」
「謝罪は受け取ります」
カリナが顔を上げた。
エルミラは続けた。
「でも、すぐに元通りの親友に戻れるかは、まだわかりません」
「うん。それでいい」
カリナは涙を拭きながら言った。
「すぐ許してもらえるとは思っていない。けど、また親友になれるように、私もちゃんと変わる」
「はい」
「もう、お兄様の袖を引いてエルミラを一人にしない」
その言葉を、エルミラは静かに受け取った。
カリナは一歩下がった。
「私は先に戻るね。二人で話して」
「カリナ」
「大丈夫。今はお兄様の袖を引かなくても、自分の部屋まで戻れるから」
冗談めかした言い方だったが、その声には少し誇らしさがあった。
カリナは温室を出ていった。
扉が閉まると、温室にはエルミラとシオンだけが残った。
シオンはしばらくカリナが出ていった扉を見ていたが、やがてエルミラへ向き直った。
「カリナに言わせてしまいました」
「カリナが自分で言ったのだと思います」
「はい」
シオンは深く息を吐いた。
「次は、俺の番です」
エルミラは記録机の前に立ったまま、シオンを見た。
シオンはゆっくり頭を下げた。
「エルミラさん。俺は、あなたを妻として迎えたのに、妻として大切にしませんでした」
エルミラは何も挟まなかった。
「カリナが心配だったことは事実です。けれど、それを理由に、あなたを後回しにし続けた。あなたが何を好きで、何を望んで、何に傷ついているのかを知ろうとしなかった」
シオンの声は低く、でもはっきりしていた。
「あなたは三年間、この屋敷で待っていた。俺がカリナを見ている間、あなたはずっと一人で立っていた。研修の十日間、あなたがいないだけで俺は耐えられなくなりそうでした。それなのに、あなたには三年も同じ思いをさせた」
エルミラの目の奥が熱くなった。
シオンは顔を上げた。
「申し訳ありませんでした」
その謝罪は、今までで一番深かった。
言葉だけではない。
この十日間、エルミラがいない屋敷で過ごした時間が、シオンに何かを刻んだのだとわかった。
エルミラは静かに言った。
「シオン様」
「はい」
「私は、あなたに愛されていないのだと思っていました」
シオンの顔が痛みに歪んだ。
「はい」
「妻として必要とされていないのだと。カリナのそばにいるあなたを見るたびに、この家で私だけが余分なのだと思っていました」
「違います、と今さら言う資格はありません」
「ええ。今さら違うと言われても、三年間の私は救われません」
シオンは唇を引き結んだ。
エルミラは続けた。
「でも、今のあなたが変わろうとしていることは見ました。温室を整えてくれたことも、研究所へ送り出してくれたことも、カリナに向き合ったことも、全部見ています」
「はい」
「だから、今日は答えを出します」
シオンの体がわずかに強張った。
エルミラは机の上に、研究所の契約書を置いた。
「研究所の外部協力員契約です。私は署名します」
「はい」
シオンはすぐに頷いた。
「あなたの研究です。続けてください」
「この家の温室を使います」
シオンの目が大きく揺れた。
エルミラはまっすぐ続けた。
「ただし、私は研究所にも通います。必要なら宿舎も使います。妻だからといって、この温室だけに閉じこもるつもりはありません」
「もちろんです」
「私が研究所へ行く時、嫉妬しても構いません。でも邪魔はしないでください」
「努力します」
エルミラは少し眉を上げた。
シオンはすぐに言い直した。
「邪魔はしません」
「よろしいです」
シオンの表情に、少しだけ安堵が浮かんだ。
けれど、まだ一番大切なことは残っている。
エルミラは記録机の引き出しを開けた。
そこには、離婚届が入っていた。
シオンの視線が紙に止まった。
エルミラはそれを取り出し、机の上に置いた。
「これは、一ヶ月前に出すつもりだったものです」
「はい」
「研修へ行く前も、まだ出すつもりでした」
「はい」
「でも今は、出しません」
シオンが息を止めた。
エルミラは離婚届を見下ろしたまま言った。
「ただし、捨てません」
シオンはすぐには答えなかった。
エルミラは顔を上げた。
「私は、あなたを許したわけではありません」
「はい」
「三年間をなかったことにはできません」
「はい」
「今日から急に、仲の良い夫婦になれるとも思っていません」
「はい」
「それでも、離婚届は出しません。もう一度、夫婦を始めるかどうかを、あなたと見てみます」
シオンの目が赤くなった。
彼は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「お礼ではなく、覚悟を見せてください」
「はい」
シオンは顔を上げた。
「今度こそ、あなたの夫になります。あなたを後回しにしない。あなたの研究を尊重する。カリナのことも、あなたのことも、言葉にして向き合います」
「言葉だけでは足りません」
「行動します」
「見ています」
「見ていてください」
エルミラは離婚届を畳み、封筒に戻した。
そして、机の引き出しにしまった。
鍵はかけなかった。
捨てたわけではない。
けれど、今日出す必要はもうなかった。
シオンはそれを見ていた。
「エルミラさん」
「はい」
「手を握ってもいいですか」
エルミラは少し考えた。
以前なら、シオンがそう尋ねることなどなかった。
許可を求める。
エルミラの気持ちを確認する。
その小さなことが、今は大切だった。
「少しだけなら」
シオンはゆっくり手を伸ばした。
エルミラの手を取る。
研修へ出発する朝の握手とは違った。
夫婦として、もう一度始めるための手だった。
「おかえりなさい、エルミラさん」
シオンが改めて言った。
エルミラは彼を見た。
「ただいま戻りました」
その返事をすると、胸の奥にあった緊張が少しほどけた。
温室の扉が控えめに開いた。
カリナが顔をのぞかせる。
「入ってもいい?」
シオンはエルミラを見た。
判断を任せる視線だった。
エルミラは頷いた。
「どうぞ」
カリナはそっと入ってきた。
そして、机の上に離婚届がないことに気づいたようだった。
「エルミラ」
「離婚届は、出さないことにしました」
カリナの顔がくしゃりと歪んだ。
「本当?」
「はい。ただし、許したわけではありません」
「うん」
「カリナとのことも、すぐに元通りにはなりません」
「うん。それでいい」
「でも、もう一度親友に戻れるかどうか、私も考えます」
カリナはとうとう泣いた。
けれど、シオンにすがらなかった。
エルミラの前に立って、自分で涙を拭いた。
「ありがとう、エルミラ」
「まだお礼を言うところではありません」
「それでも、ありがとう」
カリナはそう言って、箱を差し出した。
「焼き菓子、食べようと思って持ってきたの。甘すぎないやつ」
エルミラは思わず少し笑った。
「では、お茶にしましょう」
「温室で?」
「ええ。この記録机で」
シオンがすぐに言った。
「お茶を用意させます」
「シオン様」
「はい」
「座っていてください。今日はリナにお願いします」
シオンは一瞬驚いたが、すぐに頷いた。
「わかりました」
カリナが少し笑った。
「お兄様、今のはすぐ動こうとしたね」
「悪かった」
「悪くないけど、エルミラの言うことを聞いた方がいいよ」
「そうする」
三人で記録机のそばに座った。
リナが用意してくれたお茶と、カリナの焼き菓子が並ぶ。
焼き菓子は本当に甘すぎなかった。果実の酸味がほどよく残り、温かいお茶によく合った。
「おいしいです」
エルミラが言うと、カリナはぱっと顔を輝かせた。
「本当?」
「ええ。前よりずっと食べやすいです」
「よかった。次はもう少し香りを出してみる」
「楽しみにしています」
シオンはそのやり取りを見て、穏やかな顔をしていた。
そして、ふと机の上の研究ノートに視線を向けた。
「今日の記録をつけますか」
エルミラは頷いた。
「はい。研修から戻った日の記録をつけます」
「俺も手伝っていいですか」
「まずは観察からです」
「はい」
「カリナも、棚札の確認をお願いします」
「任せて」
エルミラは研究ノートを開いた。
日付を書き、温室の状態を書き、低温区画の準備状況を書いた。
そして少し迷ってから、最後に一行だけ書き足した。
『離婚届は、本日出さないことにした。研究は続ける。夫婦も、もう一度始める』
書いた後、エルミラはノートを閉じた。
シオンもカリナも、その一文を覗き込むことはしなかった。
それが嬉しかった。
エルミラの記録は、エルミラのものだ。
見せるかどうかは、自分で決める。
この家でも、それが尊重される。
そう思えた。
夜が近づき、温室のガラスに屋敷の灯りが映った。
以前なら、その灯りの中に自分の居場所を見つけられなかった。
けれど今は違う。
まだ完全ではない。
まだ痛みも残っている。
それでも、ここに立ってみようと思えた。
エルミラは研究所の契約書を手に取り、シオンに見せた。
「明日、署名します」
「はい」
「シオン様も、夫としてではなく、この温室の管理責任者として確認してください」
「承知しました」
「カリナも、棚札担当として見てください」
「えっ、私も?」
「ええ。大切な担当です」
カリナは涙の跡が残る顔で笑った。
「うん。ちゃんと見る」
三人の役割が、少しずつ変わっていく。
夫。
妻。
親友。
兄妹。
そのどれも、以前と同じではない。
けれど、以前よりずっと正直だった。
エルミラは温室の棚を見渡した。
研修前に整えられた場所。
十日間待っていた場所。
これから研究を続ける場所。
そして、自分が選んで戻ってきた場所。
離婚まで、残り四日だった。
けれど、エルミラはもうその日を終わりの日として待ってはいなかった。
一ヶ月の終わりに、離婚届は出さない。
その代わり、明日から新しい記録をつける。
研究者として。
妻として。
そして、自分の人生を自分で選ぶ一人の人間として。
エルミラは隣に立つシオンを見た。
「まずは、明日の朝の記録から始めましょう」
シオンは静かに頷いた。
「はい。あなたと一緒に」
カリナが少し泣き笑いの顔で言った。
「私も棚札、持ってくるね」
エルミラは頷いた。
「お願いします」
温室の中に、穏やかな空気が満ちていく。
それは、すべてが元通りになったという意味ではなかった。
むしろ、元には戻らない。
三年間をなかったことにはしない。
傷ついたことも、寂しかったことも、離婚を決めたことも、全部抱えたまま進む。
けれど今のエルミラは、それでいいと思った。
離婚届は、机の引き出しの中にある。
いつでも出せる。
それでも今日、エルミラは出さないことを選んだ。
この家を、もう一度だけ自分の場所にしてみるために。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。
この物語を最後まで見届けてくださった方、途中から追いかけてくださった方、更新のたびにページを開いてくださった方、そのすべての方に心から感謝しています。
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
私は不要とされた~一番近くにいたのは、誰だったのか~
ゆめ@マンドラゴラ
恋愛
彼の幼馴染は、いつも当然のように隣にいた。
「私が一番、彼のことを分かっている」
そう言い切る彼女の隣で、婚約者は何も言わない。
その沈黙が、すべての答えのように思えた。
だから私は、身を引いた。
――はずだった。
一番近くにいたのは、本当に彼女だったのか。
「不要とされた」シリーズ第三弾。
許嫁が「愛する人ができた」と告白してきたのでお別れします~そのあと元許嫁の家が没落したようですが関係ありません~
明衣令央
恋愛
許嫁に「他に愛する人ができた」と告げられ、婚約を解消したヒルデガルド。
深く傷ついた彼女を支えてくれたのは、誠実な青年カーチスだった。
彼の優しさに触れ、ヒルデガルドは少しずつ笑顔を取り戻していく。
一方で、彼女と別れた元許嫁の家には、静かに崩壊の兆しが――。
誰も傷つけない、穏やかなざまぁと再生の恋物語。
初恋の公爵様
柴田はつみ
恋愛
嫌いになろうとしたのに、十年分の愛に敵わなかった。
幼い頃から密かに慕っていた人が、政略結婚の相手だった。
エルウィン伯爵家の一人娘・セラフィーナには、幼少期から婚約者がいる。次期公爵・ルシアン・ヴァレンクール。無口だけれど自分の言葉だけには耳を傾けてくれる彼のことを、セラはずっと好きだった。
でも十年前の舞踏会の夜を境に、彼は別人になった。
理由もわからないまま氷のような態度をとり続けるルシアン。追い打ちをかけるように届く噂。「ヴァレンクール子息にまた新しいお相手が」
こんな結婚、幸せになれるはずがない。
白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。
けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。
それでも旦那様は優しかった。
冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。
だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。
そんなある日、彼女は知ってしまう。
旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。
彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。
都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る
静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。
すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。
感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく
二番目でいい。それがあなたの隣にいられる唯一の方法だから
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢アリスは、幼い頃から幼馴染のクリスに恋をしていた。
けれどクリスが想っているのは、アリスの親友であり、美しく社交的な令嬢ミリアだと信じていた。いつだって彼の視線の先にいるのはミリアで、自分はその隣で笑うことしかできなかったから。
そんなある日、ミリアに縁談が決まり、王都を去ることになる。
失意のはずのクリスを見て胸を痛めていたアリスだったが、ミリアが嫁いだ直後、なぜかクリスから結婚を申し込まれてしまう。
嬉しい。けれど苦しい。
これは愛の告白ではなく、親友を失った悲しみを紛らわすための求婚なのだそう思ったアリスは、本心を隠したまま妻になることを選ぶ
もう二度と、あなたの傷を引き受けません ~死に戻った治癒師伯爵夫人は、冷血公爵の最愛になる~
ゆぷしろん
恋愛
傷を癒やすたび、自分が同じ傷を負う――そんな代償つきの治癒魔法を持つ伯爵夫人セレフィナは、夫を救い続けた末に裏切られ、罪を着せられて処刑される。
しかし死の直前、「もう二度と、あなたの傷は引き受けない」と誓った瞬間、彼女は夫の凱旋祝賀会の日へ死に戻っていた。
今度こそ搾取されるだけの人生を捨てると決めたセレフィナは、夫との治癒契約を破棄し、離縁を宣言。そんな彼女に手を差し伸べたのは、“冷血公爵”と恐れられるディートハルトだった。
彼が求めたのは命を削る奇跡ではなく、治癒師としての知識と才能。北辺境で広がる奇病を調査する中で、セレフィナは研究者として認められ、本当の居場所と誠実な愛を見つけていく。
搾取の愛を捨てた治癒師伯爵夫人が、自分の人生を取り戻し、冷血公爵の最愛になる死に戻り逆転ロマンス。
幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。
ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。