沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ

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第18章 薔薇の誓い


 春の風が、湖畔を柔らかく撫でていた。
 氷が解けた水面は、鏡のように空を映し、
 白い雲と新芽の緑が揺らめきながら溶け合っていく。

 シャルロッテはバルコニーに立ち、
 手の中の白金の指輪をそっと見つめた。
 傷の入った小さな薔薇の彫刻。
 ――あの冬、沈黙の中で手放しかけた絆が、
 今は静かに光を宿している。

 背後で扉が開き、カリウスが現れた。
 「寒くないか?」
 「ええ。……風が優しいの」
 彼が近づき、ショールの端を整える。
 その仕草が懐かしくて、胸が熱くなる。

 「この湖の薔薇、また咲き始めたよ」
 「見に行きましょう」

 二人は庭へ降りる。
 雪の下から顔を出した赤い蕾が、陽を受けてふるえていた。
 手を伸ばすと、指先に柔らかな棘の感触。
 「痛っ……」
 「ほら、また無理をする」
 カリウスが彼女の指を取り、自分の唇で軽く押さえた。
 「血が……」
 「小さな痛みは、強さの証だ」

 彼の声は、冬を越えた後の陽だまりのようだった。
 「ロッテ、僕はずっと間違えていた。
  守ることと、閉ざすことの違いが分からなかった。
  沈黙は優しさだと思っていたけれど、それは君を孤独にしただけだ」
 「……わたしも、疑うことで愛を試していたの。
  あなたを信じる強さを、ようやく知った気がします」

 春の風が二人の髪を撫で、花弁のように揺れた。
 カリウスは懐から小さな箱を取り出した。
 「新しい指輪を用意した。けれど、もう一つだけ約束してほしい」
 箱の中には、金継ぎのように細い線が走る指輪。
 「壊れたものを隠すのではなく、見える形で残す。
  それが、僕らの誓いだ」

 シャルロッテの瞳に、涙が滲む。
 「……こんなに綺麗な指輪、初めて」
 「君の指に似合うと思った」

 彼が指輪を彼女の薬指に通す。
 金の線が、淡く春の光を反射した。
 「約束する。もう何も隠さない。沈黙は、愛のために使う」
 「わたしも、あなたを信じ続ける。
  疑いの影が落ちても、手を離さない」

 二人は見つめ合い、
 薔薇の香りと春の風の中で静かに微笑んだ。

 カリウスがそっと腕を伸ばし、
 彼女を抱き寄せる。
 「……もう一度言わせて。
  “よく待ったな、姫君”」
 「“遅かったです、旦那さま”」
 笑い声が風に混じり、湖面を渡っていく。

 空は晴れ渡り、
 冬の沈黙を閉じ込めた指輪の薔薇が、
 陽光の中でゆっくりと開き始めた。

 ――沈黙は、終わりではなかった。
 それは、ふたりがもう一度“愛を語るため”の始まりだった。

 湖畔の薔薇が咲き誇る季節。
 風が通り抜けるたび、金の指輪が微かに鳴る。
 それは、永遠の誓いの音――
 ふたりの愛が春の光の中で静かに息づいていた。

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