硝子の婚約と偽りの戴冠

柴田はつみ

文字の大きさ
6 / 12

第六章:断罪の夜明け、あるいは終わりの始まり

しおりを挟む
王宮の朝は、血のような朱に染まっていた。

かつてアリアが「戴冠」を夢見た大広間。
そこには重苦しい沈黙が澱のように垂れ込み、居並ぶ貴族たちの蔑みの視線が、無数の針となって彼女の身に突き刺さっていた。

「――第一王女アリア」

玉座の傍ら、国王の代理として宣告したのはレオンだった。

「貴殿を、王族としての身分剥奪、ならびに国外追放に処す」

その声に、かつての甘やかな響きは微塵もない。
彼の左手には、今やセシルが選んだ重厚な指輪がはめられ、その指先は苛立ちを隠すことなく玉座の肘掛けを叩いている。

アリアは震える膝を必死に支えながら、前を見据えた。

「レオン様……どうか、最後にもう一度だけ。私は、決して裏切ってなど――」

「黙れ!」

怒号が大広間を震わせる。

「証拠はすべて揃っている。
カイルとの密通、国への背信……これ以上、君の口から偽りの愛を語らせるつもりはない」

レオンの隣で、セシルが悲嘆に暮れるようにハンカチを目元へ当てていた。
だが、その奥に潜む瞳には、勝利を確信した獣の愉悦が、はっきりと宿っている。

「……身一つで出て行け。それが、私の最後の情けだ」

レオンが背を向けた、その瞬間――
アリアの中で、何かが静かに崩れ落ちた。

だが。

重い鉄靴の音が、沈黙を切り裂いて大広間に響き渡る。

「――お待ちを」

毅然とした声とともに歩み出たのは、騎士の正装を脱ぎ捨て、旅装に身を包んだカイルだった。
彼は跪くこともなく、真正面からレオンを見据える。

「カイル?
貴様、何の真似だ。反逆者として首を刎ねられたいのか」

殺気を孕んだ問いに、カイルは冷ややかに、しかし誇り高く微笑んだ。

彼は腰の剣を抜き放ち、その刃をレオンの足元へと投げ出す。
それは騎士が主君に捧げる、忠誠の破棄と絶交の儀だった。

「私は、この瞬間をもって王宮騎士の職を辞す」

静かに、だが揺るぎなく言い切る。

「……そして、アリア様の“影”として、地の果てまで同行させていただく」

広間がざわめきに包まれる。
アリアは息を呑み、呆然とカイルを見上げた。

「カイル……!
どうして……貴方まで、身を滅ぼす必要はないわ!」

「滅びではありません」

カイルは穏やかに首を振る。

「私にとっての光は、もうこの王宮には存在しないのです」

彼はアリアのもとへ歩み寄り、泥に汚れたドレスの裾を厭うことなく、そっと彼女の手を取った。
その手は、凍りついた指先を包み込むほどに温かく、そして確かだった。

「レオン様」

カイルは振り返り、低く告げる。

「貴方は、決して手放してはならぬ真珠を、自ら泥濘へと捨てた。
……その愚かさを、いつか血の涙とともに思い知るでしょう」

「貴様……ッ!」

レオンが剣の柄に手をかける。
だが、セシルがそっと彼の腕を押さえた。

「よろしいではありませんか、レオン様。
……行かせて差し上げましょう」

彼女にとって、二人まとめて追放されることは、自らの“王国”から不純物を一掃する、最良の結末だった。

「参りましょう、アリア様。外は冷えます」

カイルは彼女の肩を抱き寄せる。

「私の馬に、お乗りください」

数多の冷笑と、愛した男の冷酷な背中を背負いながら、アリアはただ一つ――
カイルの温もりだけを道標に、城門へと歩き出した。

背後で、巨大な門が閉ざされる。
重く、乾いた音。

それは――
アリアという「王女」の死であり、
カイルと共に生きる「一人の女」としての、過酷で、けれど自由な旅路の始まりを告げる音だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

三年分の涙を飲み込んで離婚を決めた私に、今さら愛してると言わないでください

まさき
恋愛
「別れてください」 笑顔で、声を震わせずに、澄花はそう言った。 三年間、夫の隣に立ち続けた。残業続きの夫を待ち、不満を飲み込み、完璧な妻を演じた。幼なじみの麗奈が現れるまでは、それが愛だと信じていた。 嫉妬も、怒りも、とうに泣き尽くしていた。残ったのは、静かな決意だけだった。 離婚届を差し出した翌朝、夫・誠は初めて泣いた。 ――遅すぎる。三年分、遅すぎる。 幼なじみに夫を奪われかけた妻が、すべてを手放す覚悟をしたとき、夫はようやく目を覚ます。泣き終わった女の強さと、取り戻せないものの重さを描く、夫婦の崩壊と再生の物語。

入れ替わって知ったお互いの真実。殿下、元さやはありません! 公爵様がいますので

ミカン♬
恋愛
ブラウン侯爵家の令嬢アーシャと、彼女を「無能」と蔑み疎んじていた婚約者のエリック第二王子が、ある事故を境に人格が入れ替わってしまうことから物語は動き出します。 どうして入れ替わってしまったのか? それよりも互いに知ってしまった真実に、二人は翻弄されます。 ハッピーエンドです。 かる~い気持ちで、暇つぶしに読んでくださると嬉しいです。 8話で完結します。

白い結婚をご希望ですか? 良いですよ。私はジャガイモと筋肉を育てますので!

松本雀
恋愛
「……いいか、エルゼ。あらかじめ言っておくが、私は君を愛するつもりはない」 「願ったり叶ったりです! 実は私、国境警備隊に幼馴染の恋人がいまして。この結婚が決まった時、二人で『体は売っても心は売らない』って涙ながらに誓い合ったんです。閣下が愛してくださらないなら、私の貞操も守られます! ありがとうございます、公爵閣下!」 「……こいびと?」 ◆ 「君を愛するつもりはない」 冷徹な公爵ギルベルトが新婚初夜に放った非情な宣告。しかし、新妻エルゼの反応は意外なものだった。 「よかった! 実は私、国境警備隊に恋人がいるんです!」 利害が一致したとばかりに秒速で就寝するエルゼ。彼女の目的は、愛なき結婚生活を隠れ蓑に、恋人への想いを込めた「究極のジャガイモ」を育てることだった! 公爵家の庭園を勝手に耕し、プロテインを肥料にするエルゼに、最初は呆れていたギルベルト。だが、彼女のあまりにフリーダムな振る舞いと、恋人への一途(?)な情熱を目の当たりにするうち、冷徹だった彼の心(と筋肉)に異変が起き始めて……!?

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

草を刈っただけで、精霊王に溺愛されていたらしい

卯崎瑛珠
恋愛
卒業パーティで王太子が「貴女との婚約を、破棄する!」と叫ぶところからはじめてみようと、 書いてみましたよ。 真実の愛ってなんでしょうね ----------------------------- サクッと読める、ざまぁと溺愛です

処理中です...