氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ

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第十一章:憎しみの戴冠、あるいは破滅への口づけ

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 王宮の空位を埋めていたのは、もはや慈悲深き正妃ではなく、凍てついた憎悪を冠に戴く「復讐者」であった。
 白亜宮の枢密院――その厚い扉の奥では、かつてない粛清の嵐が吹き荒れている。

 エルフレイデは、かつてギルベルトが嘲弄のために押し付けた「北塔」を捨て、王の私室に近い「黄金の間」へと拠点を移した。窓から見下ろす王都の街並みも、もはや守るべき民の営みではない。彼女の目には、それはギルベルトという男を支える巨大な歯車の一部としてしか映らなかった。

 ――自分を「毒蛇の娘」と蔑んだ男。その喉元へ、彼女は政治という名の刃を突き立てている。

「陛下直轄領における予算執行を、すべて停止なさい。加えて、近衛兵の給与支払いに関する承認権は、今後すべて私が掌握します」

 淡々と命を下すエルフレイデの横顔には、もはや迷いも、縋るような脆さも微塵もない。机上にはヴィオラが洗い出した「汚職貴族の弱み」のリストと、カレンが押さえた武器在庫の一覧が並ぶ。それは、暗い塔の中で一年を費やし、血を吐く思いで研ぎ澄ませてきた復讐の爪牙であった。

「……お姉様――いえ、王妃様。これでは陛下を支持する門閥貴族たちが黙っておりませんわ」

 扇の影から懸念を漏らすヴィオラに、エルフレイデは冷ややかな一瞥を返す。

「構いません。彼らが騒げば騒ぐほど、陛下の無能が際立つだけ。……陛下には、お望みどおりリヴィア様との“お遊び”に、その短い余生を捧げていただくのよ」

 一方、急速に足場を崩されていく恐怖に、リヴィアの胸には焦燥が募っていた。
 彼女はもはや「清純な幼馴染」の仮面を脱ぎ捨て、なりふり構わずギルベルトへ縋り付く。

「ギル様! あの女の暴挙をお止めくださいませ! このままでは陛下の権威は失墜し、この国は“毒蛇”に呑み込まれてしまいますわ!」

 夜の帳が降りる頃、リヴィアは王の寝室にまで押しかけ、ギルベルトの首にしがみついた。肩口の布地をわざと滑らせ、露わになった肌を恐る恐る彼の胸へ押し当てる。

「……リヴィア、離れろ。今はそんな気分ではない」

 枯れた声。
 その瞳には、エルフレイデに追い詰められた焦燥と、拭えぬ疲弊が刻まれていた。

「嫌ですわ。貴方はあの女に復讐されるために王になったのですか? 私を選び、私を正妃に据えると宣言してくだされば、アステラの軍は必ず貴方を守ります。……さあ、今すぐ私を抱いてくださいませ。あの女の誇りを、今度こそ完膚なきまでに叩き潰して差し上げましょう?」

 リヴィアの指が震えながら、ギルベルトの軍服のボタンへ触れた――そのとき。

 ――バタン。

 扉が激しい音を立てて開き放たれた。
 逆光の中に立つエルフレイデ。腕には分厚い書類の束。
 醜く絡み合う二人の姿を視界に収めながらも、彼女の眉は一つとして動かない。
 ただ、その瞳の底で、すべてを凍てつかせる憎悪が冷たい光を宿していた。

「……お楽しみの最中、失礼いたします。公務の署名が必要でしたので。陛下、貴方という“部品”が動かなければ、国が止まってしまいますのよ」

「エルフレイデ……お前……」

 ギルベルトはリヴィアを突き放し、立ち上がる。
 その顔に浮かぶのは、隠しきれない悲嘆――
 自分を救おうとしている(と信じたい)妻から、「人間」ではなく「部品」と呼ばれた絶望。

「陛下。お二人の愛し合うご様子は、いつ拝見しても反吐が出そうなほどお似合いですこと。……ですが残念ながら、その“愛”に割く予算も、さらに削らせていただきました。リヴィア様が召し上がっている高価なお菓子も、本日をもって支給停止ですわ。――飢えてなお続くほど、高尚な愛なのかしら?」

 エルフレイデは、署名済みの書類を机へ叩きつける。
 縋るように彼女の手を掴もうとするギルベルト――だが、その指先は、汚らわしいものを払うかのように冷たく退けられた。

「触れないで。……その不潔な指で、私を救おうなどと思わないことね」

「エル……私は、お前を――」

「貴方は、私を殺したのよ、ギルベルト。……だから、私も貴方を殺すわ。貴方が最も愛している“この国”という身体を、この手でじわじわと解体して差し上げる。それが、私から貴方へ贈る、唯一の愛の形ですわ」

 彼女は最後に、塵芥を見るような目でリヴィアを見据える。

「どうぞ存分に陛下を誘惑なさいませ、リヴィア様。……中身の空っぽになった“飾りの王”が、どれほどの価値を持つのか、その身で確かめるとよろしいわ」

 エルフレイデが去ったあと、寝室には死のような沈黙が降りた。
 リヴィアは恐怖に震え、ギルベルトは――切り裂くような憎しみの余韻の中で、ただ絶望の底に立ち尽くしていた。
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