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第1章 新米白魔道士現る!
毒と薔薇
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冒険者の街ベルズから西街道を少し行った所に、一年中雪の降る不思議な森があった。
雪花の森と呼ばれるこの場所は降り積もった雪が結晶化し、まるで氷の花のように形を成してそこかしこに群生している。昼は陽光を浴びてきらきらと輝き、夜は自ら青白く発光する不思議な花はそれだけで深い森を幻想的に彩り、花に導かれるように奥に進めば朽ちかけた無人の古城が訪れた者を出迎えた。その雰囲気がロマンティックだと言う事でここは人気のデートスポットでもあったが、今は人はおろか小動物など生き物の気配がまるでなく、森に一歩足を踏み入れただけで立ち止まったレフィスは体を小さく震わせて唇をきゅっと噛みしめた。
まるでこの世界にひとりで取り残された気分だ。浮かんだ思いを頭を振って追い払い、レフィスは手に持っていた依頼書をもう一度開いてみた。
黒い文字で書かれた依頼内容、その一番上に三つ星マークがついている。危険度を示したこの星印は五段階で表され、危険度が高いほど星の数も多くなる。レフィスが持っている依頼書の危険度は、上から三番目。初心者が受けるには、かなり危険な任務だ。
「見てなさいよ。絶対やり遂げてみせるんだから」
依頼書をくしゃりと握り締めて、レフィスは目の前に立ちはだかる古城へと歩いていった。
時を同じくして、冒険者ギルド「フレズヴェール」では、マスターのフレズヴェールがカウンターに両肘を突いてその大きな狼頭を抱えていた。
「あら。そんなに落ち込んでどうしたの? フレズヴェール。また花屋のアリスにフラれた?」
「筋肉質な脳味噌でも、落ち込む事は出来るんだね」
突然降ってきた罵倒に流石のフレズヴェールも顔をがばっと上げて、カウンターの向こうに立つ二人の男女を睨みつけた。
薄緑のローブに身を包んだ月色の髪をしたエルフと、体の線をこれでもかと言うほど強調した深紅の服を着た朱金の髪の女が面白そうにフレズヴェールを見物している。
「お前らなぁ……俺は今、一生語り継がれるであろう失態を嘆き悔やんでいる最中なんだぞ。もっとこう、優しい言葉をかけるとか出来んのか」
「ふうん。またアリスの前で全裸になって踊ったりしたの?」
「ついに自分が筋肉の塊だって事に気付いたんだ。でもそれは喜ぶべき事だと思うよ、フレズヴェール?」
明らかに馬鹿にした物言いに、決して太くはないフレズヴェールの堪忍袋の緒がぶちんと切れた。ついでにこめかみの毛細血管も少々破裂したようだ。
「いい加減、アリスと筋肉から離れろ! イーヴィ、どこでそんなネタ仕入れたのか知らんが、俺はアリスの前でそんな破廉恥な事をした覚えはない! ライリもライリだ。筋肉を馬鹿にする前に、お前もう少し筋肉をつけろ!」
「何だ、やっぱり筋肉好きなんじゃないか」
ぽそりと呟かれたライリの言葉にフレズヴェールの血管がまたひとつ切れたが、ライリの横に立つイーヴィがカウンターに身を乗り出して素早く話題を切り替えた。
「それで? 本当のとこ、どうなのよ。あなたがそんなに落ち込むなんて気持ち悪いわよ」
イーヴィの剥き出しになった両肩をわしっと掴んで、フレズヴェールが縋るように顔を寄せた。鼻水を啜りながらさっきまでの経緯を話すフレズヴェールの手を、イーヴィがさりげなく自分の肩から剥がしにかかる。すべてを話し終えたフレズヴェールがもう一度鼻水を啜ると同時に、二人の口から似たような溜息が零れ落ちた。
「その少女も少女だけど、あなたも珍しい失態をしたのね。同情するわ」
そう言いながらも助言らしきものひとつ零さず、イーヴィは剥き出しの肩にマントを羽織るなり、そのままフレズヴェールに軽く手を振ってギルドを出て行った。次いで月色の髪をした青年ライリも、もう面白い事はないと判断したのか素早くカウンターを後にする。
「フレズヴェール、少し筋肉脳味噌を元に戻した方がいいよ」
「ライリ! お前まだそんな……」
「一緒にいたユリシスが、今ここにいない事に気付かない?」
エルフ特有の美しい微笑を浮かべて「筋肉撲滅」と呟くと、ライリはそのまま少し早足でギルドを出て行った。
ギルドを出てすぐ右に、イーヴィが背を壁に預けて気だるそうに立っていた。健全な男子が見れば誰もが顔を赤らめるであろう服装だが、イーヴィが着ればすんなりと落ち着いて見えるのはどうしてだろうか。もともとの整った顔立ちに美しく施された化粧が、更に彼女の美貌を引き立てている。到底冒険者には見えない姿だがれっきとしたエメラルドランクの冒険者で、しかもライリと共にユリシスの仲間であると言うから驚きだ。
「追いかけるの?」
のんびりした口調で聞いてきたエルフに、イーヴィが妖艶とも思える微笑を浮かべてライリへと目を向ける。男のライリから見ても、イーヴィは化粧栄えのする美貌の持ち主だ。しかしそう思うだけでライリはイーヴィの事をそういう対象に見た事はなかったし、何より彼が最も信頼している自身の美的センサーがイーヴィには働かない。理由は分からないが、ライリはイーヴィを女性だと意識した事が今まで一度もなかった。
「今頃私達が行っても、仕事は残されていないと思うわよ」
「ユリシスが片付けてくれて楽が出来たね。報酬は先に貰っとく?」
「あなた、相変わらず鬼ね」
「お褒めに預かりどうも」
にっこりと微笑むその姿だけで、きっと大抵の者は騙されるだろう。このライリ、エルフ特有の美貌とは正反対に、腹黒で歪みきった性格の上に毒舌と言う、何ともお近づきになりたくない男だったりする。しかもエルフが得意とする弓術ではなく、彼の武器は黒魔術だ。気に食わない相手に呪いをかけただの、あまり良くない噂もちらほら耳にするが、黒魔術の腕はあのフレズヴェールをも唸らせるほどで、ダイヤモンドランクを持つのも頷ける話である。半分はフレズヴェールの贔屓ゆえなのだが。
「とりあえず、見物しに行こうか。希少価値の石女も見てみたいし」
「それをいうならストーンの称号でしょう。石女なんて可愛くないわね」
独特の会話を交わしながら、毒舌エルフと深紅の美女は、決して急がず緩やかな足取りで雪花の森へと歩いて行った。
雪花の森と呼ばれるこの場所は降り積もった雪が結晶化し、まるで氷の花のように形を成してそこかしこに群生している。昼は陽光を浴びてきらきらと輝き、夜は自ら青白く発光する不思議な花はそれだけで深い森を幻想的に彩り、花に導かれるように奥に進めば朽ちかけた無人の古城が訪れた者を出迎えた。その雰囲気がロマンティックだと言う事でここは人気のデートスポットでもあったが、今は人はおろか小動物など生き物の気配がまるでなく、森に一歩足を踏み入れただけで立ち止まったレフィスは体を小さく震わせて唇をきゅっと噛みしめた。
まるでこの世界にひとりで取り残された気分だ。浮かんだ思いを頭を振って追い払い、レフィスは手に持っていた依頼書をもう一度開いてみた。
黒い文字で書かれた依頼内容、その一番上に三つ星マークがついている。危険度を示したこの星印は五段階で表され、危険度が高いほど星の数も多くなる。レフィスが持っている依頼書の危険度は、上から三番目。初心者が受けるには、かなり危険な任務だ。
「見てなさいよ。絶対やり遂げてみせるんだから」
依頼書をくしゃりと握り締めて、レフィスは目の前に立ちはだかる古城へと歩いていった。
時を同じくして、冒険者ギルド「フレズヴェール」では、マスターのフレズヴェールがカウンターに両肘を突いてその大きな狼頭を抱えていた。
「あら。そんなに落ち込んでどうしたの? フレズヴェール。また花屋のアリスにフラれた?」
「筋肉質な脳味噌でも、落ち込む事は出来るんだね」
突然降ってきた罵倒に流石のフレズヴェールも顔をがばっと上げて、カウンターの向こうに立つ二人の男女を睨みつけた。
薄緑のローブに身を包んだ月色の髪をしたエルフと、体の線をこれでもかと言うほど強調した深紅の服を着た朱金の髪の女が面白そうにフレズヴェールを見物している。
「お前らなぁ……俺は今、一生語り継がれるであろう失態を嘆き悔やんでいる最中なんだぞ。もっとこう、優しい言葉をかけるとか出来んのか」
「ふうん。またアリスの前で全裸になって踊ったりしたの?」
「ついに自分が筋肉の塊だって事に気付いたんだ。でもそれは喜ぶべき事だと思うよ、フレズヴェール?」
明らかに馬鹿にした物言いに、決して太くはないフレズヴェールの堪忍袋の緒がぶちんと切れた。ついでにこめかみの毛細血管も少々破裂したようだ。
「いい加減、アリスと筋肉から離れろ! イーヴィ、どこでそんなネタ仕入れたのか知らんが、俺はアリスの前でそんな破廉恥な事をした覚えはない! ライリもライリだ。筋肉を馬鹿にする前に、お前もう少し筋肉をつけろ!」
「何だ、やっぱり筋肉好きなんじゃないか」
ぽそりと呟かれたライリの言葉にフレズヴェールの血管がまたひとつ切れたが、ライリの横に立つイーヴィがカウンターに身を乗り出して素早く話題を切り替えた。
「それで? 本当のとこ、どうなのよ。あなたがそんなに落ち込むなんて気持ち悪いわよ」
イーヴィの剥き出しになった両肩をわしっと掴んで、フレズヴェールが縋るように顔を寄せた。鼻水を啜りながらさっきまでの経緯を話すフレズヴェールの手を、イーヴィがさりげなく自分の肩から剥がしにかかる。すべてを話し終えたフレズヴェールがもう一度鼻水を啜ると同時に、二人の口から似たような溜息が零れ落ちた。
「その少女も少女だけど、あなたも珍しい失態をしたのね。同情するわ」
そう言いながらも助言らしきものひとつ零さず、イーヴィは剥き出しの肩にマントを羽織るなり、そのままフレズヴェールに軽く手を振ってギルドを出て行った。次いで月色の髪をした青年ライリも、もう面白い事はないと判断したのか素早くカウンターを後にする。
「フレズヴェール、少し筋肉脳味噌を元に戻した方がいいよ」
「ライリ! お前まだそんな……」
「一緒にいたユリシスが、今ここにいない事に気付かない?」
エルフ特有の美しい微笑を浮かべて「筋肉撲滅」と呟くと、ライリはそのまま少し早足でギルドを出て行った。
ギルドを出てすぐ右に、イーヴィが背を壁に預けて気だるそうに立っていた。健全な男子が見れば誰もが顔を赤らめるであろう服装だが、イーヴィが着ればすんなりと落ち着いて見えるのはどうしてだろうか。もともとの整った顔立ちに美しく施された化粧が、更に彼女の美貌を引き立てている。到底冒険者には見えない姿だがれっきとしたエメラルドランクの冒険者で、しかもライリと共にユリシスの仲間であると言うから驚きだ。
「追いかけるの?」
のんびりした口調で聞いてきたエルフに、イーヴィが妖艶とも思える微笑を浮かべてライリへと目を向ける。男のライリから見ても、イーヴィは化粧栄えのする美貌の持ち主だ。しかしそう思うだけでライリはイーヴィの事をそういう対象に見た事はなかったし、何より彼が最も信頼している自身の美的センサーがイーヴィには働かない。理由は分からないが、ライリはイーヴィを女性だと意識した事が今まで一度もなかった。
「今頃私達が行っても、仕事は残されていないと思うわよ」
「ユリシスが片付けてくれて楽が出来たね。報酬は先に貰っとく?」
「あなた、相変わらず鬼ね」
「お褒めに預かりどうも」
にっこりと微笑むその姿だけで、きっと大抵の者は騙されるだろう。このライリ、エルフ特有の美貌とは正反対に、腹黒で歪みきった性格の上に毒舌と言う、何ともお近づきになりたくない男だったりする。しかもエルフが得意とする弓術ではなく、彼の武器は黒魔術だ。気に食わない相手に呪いをかけただの、あまり良くない噂もちらほら耳にするが、黒魔術の腕はあのフレズヴェールをも唸らせるほどで、ダイヤモンドランクを持つのも頷ける話である。半分はフレズヴェールの贔屓ゆえなのだが。
「とりあえず、見物しに行こうか。希少価値の石女も見てみたいし」
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