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第4章 舞踏会パニック
帰路
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気持ちの良い青空が広がっていた。
少しだけ開けた窓から、清々しい風が入り込んでくる。
窓の外に見える、緩やかな緑の丘。その上に城とも見紛う立派な屋敷が見える。ついさっきまであの場所にいた事が嘘のように、屋敷はもうはるか遠くまで離れてしまっている。
いつもの日常と違えた数日。それでも記憶には色鮮やかに残るだろう。
煌びやかな空間。上品で、少し窮屈な世界。女の子ならば、一度は夢見る美しいドレス。
そして、隣で絶対零度の空気を漂わせている無愛想な男の顔も忘れる事は……出来ないだろう。
「あ、あのう……ユリシス?」
外の穏やかな景色とは裏腹に、がたごと揺れる馬車の中を取り巻く空気はずっと重い。ユリシスと、隣に座るレフィスの空間だけが重く淀んでいる。
「まだ怒ってる?」
頬杖を付いたまま外を眺めていた紫紺の瞳が、すうっとレフィスに向けられる。宿る光は容赦なく冷たい。二人の間の温度が、また一度下がった。
何か言ってくれた方がまだましだったが、ユリシスはレフィスを一瞥しただけで結局は一言も声を出す事はなかった。流石に堪えたレフィスが、前に座るイーヴィとライリに視線を向けて助けを求めたが、手を差し伸べたのはやっぱりイーヴィだけだった。
「まあまあ、それくらいにしてあげたら? レフィスも反省しているし、結果的に無事仕事を終えたんだから」
「そういえばさ、あの時はうやむやになったけど」
レフィスの様子を楽しそうに眺めていたライリだったが、ふと思い出したように隣に座るイーヴィへ顔を向けた。
「結局あの時、イーヴィ何したの? 消えたかと思ったら、石女抱えて戻って来たし」
「愚問ね。魔族を退治したに決まってるじゃない」
「……その過程を知りたいんだけど」
ライリの探るような視線をするりとかわして笑うイーヴィは、もういつもの女の姿に戻っていた。男が本来の姿なので、戻ると言う言葉は些か違う気もするが。それでもやっぱり女の姿の方が、この四人の絵にしっくり納まるような気がした。
「石女は何も見てないの?」
答える気のないイーヴィを諦めて、ライリがレフィスへと問いかける。向けられた顔には、あまり期待していない表情がありありと浮かんでいる。
「うん。……何かとても大きな力の渦みたいなものは感じたけど……気付いたら魔族は消滅してたし、私はイーヴィに抱えられてたし」
「やっぱり聞くんじゃなかった」
さして落胆した風でもなく、さも当たり前のように言って、ライリが憎たらしい笑みを浮かべた。その笑みすら、今のレフィスにはあまり気にもならないし腹も立たない。
今のレフィスの心を占めるのは、終始無言で窓の外を見ているユリシスの、氷のように冷たい横顔だけだった。
「着いたわね」
結局何も話せないまま、馬車はベルズに到着した。
ティザレアからベルズまでの長い距離をずっと馬車に揺られていた為、到着するなりイーヴィとライリが早々に馬車を降りる。固まった体を思いっきり伸ばしている二人から視線を馬車の中に戻して、レフィスが降りる前にもう一度ユリシスの方へ顔を向けた。
きっとまだ窓の外を見ているだろうと思っていたのに、紫紺の瞳は真っ直ぐにレフィスを見つめていた。不意を突かれて、レフィスの胸がどくんと鳴った。
「……えっと……その、いろいろごめんなさい」
「怒ってない」
「でも……」
「苛付いていただけだ」
一緒じゃないかと言いかけたレフィスより早く、掠れた声がかすかに届いた。
「……何も出来なかった自分に」
あまりに小さく呟かれたそれは言葉として届かず、聞き返そうと口を開いたレフィスを、今度は馬車の外からライリの声が遮った。
「報告を僕に任せるって言うならそれでもいいんだけど……でも、石女の失敗に色んな尾ひれや背びれつけて話しちゃうけど、いい?」
「うわっ、待って待って! ひれはいらないから真実を話しなさいよ!」
ライリの言葉にレフィスが慌てて馬車を飛び降りる。ライリよりも早く報告に行こうとギルドへ走っていくレフィスの後姿を、ユリシスの瞳がまた静かに見つめていた。
「いろいろと、悪かったわね」
人ごみに消えていくレフィスを見ていたもう一人が、馬車に背を預けたまま呟いた。
「別にお前が謝る事じゃない」
「そう」
ふふっと儚く笑って、イーヴィがユリシスの側に立つ。女に戻ったからなのか、あの時感じた強大な魔力の影は今は姿を隠している。
「結局」
ぽつりと、そこで言葉を切って、ユリシスが隣に立つイーヴィを真っ直ぐに見据えた。
「お前が何者なのか、今はまだ話す気はないという事か」
「……さあ、どうかしら」
重なり合う視線に、お互いを探るような光が見え隠れする。だがそれも、イーヴィの柔らかい笑みに掻き消されていった。
「話すほどの事でもないのかもしれないし、……貴方と同じで時期を待っているのかもしれないし……どっちかしらね?」
「俺に聞くな」
投げやりに言って、ユリシスが短く息を吐く。
先にギルドへ向かった二人を追うように歩き出したユリシスに、遅れる事数秒。ゆっくりとその後に続いたイーヴィの瞳は、どこかしら意味ありげな光を孕んで、先を行く仲間たちを見つめていた。
少しだけ開けた窓から、清々しい風が入り込んでくる。
窓の外に見える、緩やかな緑の丘。その上に城とも見紛う立派な屋敷が見える。ついさっきまであの場所にいた事が嘘のように、屋敷はもうはるか遠くまで離れてしまっている。
いつもの日常と違えた数日。それでも記憶には色鮮やかに残るだろう。
煌びやかな空間。上品で、少し窮屈な世界。女の子ならば、一度は夢見る美しいドレス。
そして、隣で絶対零度の空気を漂わせている無愛想な男の顔も忘れる事は……出来ないだろう。
「あ、あのう……ユリシス?」
外の穏やかな景色とは裏腹に、がたごと揺れる馬車の中を取り巻く空気はずっと重い。ユリシスと、隣に座るレフィスの空間だけが重く淀んでいる。
「まだ怒ってる?」
頬杖を付いたまま外を眺めていた紫紺の瞳が、すうっとレフィスに向けられる。宿る光は容赦なく冷たい。二人の間の温度が、また一度下がった。
何か言ってくれた方がまだましだったが、ユリシスはレフィスを一瞥しただけで結局は一言も声を出す事はなかった。流石に堪えたレフィスが、前に座るイーヴィとライリに視線を向けて助けを求めたが、手を差し伸べたのはやっぱりイーヴィだけだった。
「まあまあ、それくらいにしてあげたら? レフィスも反省しているし、結果的に無事仕事を終えたんだから」
「そういえばさ、あの時はうやむやになったけど」
レフィスの様子を楽しそうに眺めていたライリだったが、ふと思い出したように隣に座るイーヴィへ顔を向けた。
「結局あの時、イーヴィ何したの? 消えたかと思ったら、石女抱えて戻って来たし」
「愚問ね。魔族を退治したに決まってるじゃない」
「……その過程を知りたいんだけど」
ライリの探るような視線をするりとかわして笑うイーヴィは、もういつもの女の姿に戻っていた。男が本来の姿なので、戻ると言う言葉は些か違う気もするが。それでもやっぱり女の姿の方が、この四人の絵にしっくり納まるような気がした。
「石女は何も見てないの?」
答える気のないイーヴィを諦めて、ライリがレフィスへと問いかける。向けられた顔には、あまり期待していない表情がありありと浮かんでいる。
「うん。……何かとても大きな力の渦みたいなものは感じたけど……気付いたら魔族は消滅してたし、私はイーヴィに抱えられてたし」
「やっぱり聞くんじゃなかった」
さして落胆した風でもなく、さも当たり前のように言って、ライリが憎たらしい笑みを浮かべた。その笑みすら、今のレフィスにはあまり気にもならないし腹も立たない。
今のレフィスの心を占めるのは、終始無言で窓の外を見ているユリシスの、氷のように冷たい横顔だけだった。
「着いたわね」
結局何も話せないまま、馬車はベルズに到着した。
ティザレアからベルズまでの長い距離をずっと馬車に揺られていた為、到着するなりイーヴィとライリが早々に馬車を降りる。固まった体を思いっきり伸ばしている二人から視線を馬車の中に戻して、レフィスが降りる前にもう一度ユリシスの方へ顔を向けた。
きっとまだ窓の外を見ているだろうと思っていたのに、紫紺の瞳は真っ直ぐにレフィスを見つめていた。不意を突かれて、レフィスの胸がどくんと鳴った。
「……えっと……その、いろいろごめんなさい」
「怒ってない」
「でも……」
「苛付いていただけだ」
一緒じゃないかと言いかけたレフィスより早く、掠れた声がかすかに届いた。
「……何も出来なかった自分に」
あまりに小さく呟かれたそれは言葉として届かず、聞き返そうと口を開いたレフィスを、今度は馬車の外からライリの声が遮った。
「報告を僕に任せるって言うならそれでもいいんだけど……でも、石女の失敗に色んな尾ひれや背びれつけて話しちゃうけど、いい?」
「うわっ、待って待って! ひれはいらないから真実を話しなさいよ!」
ライリの言葉にレフィスが慌てて馬車を飛び降りる。ライリよりも早く報告に行こうとギルドへ走っていくレフィスの後姿を、ユリシスの瞳がまた静かに見つめていた。
「いろいろと、悪かったわね」
人ごみに消えていくレフィスを見ていたもう一人が、馬車に背を預けたまま呟いた。
「別にお前が謝る事じゃない」
「そう」
ふふっと儚く笑って、イーヴィがユリシスの側に立つ。女に戻ったからなのか、あの時感じた強大な魔力の影は今は姿を隠している。
「結局」
ぽつりと、そこで言葉を切って、ユリシスが隣に立つイーヴィを真っ直ぐに見据えた。
「お前が何者なのか、今はまだ話す気はないという事か」
「……さあ、どうかしら」
重なり合う視線に、お互いを探るような光が見え隠れする。だがそれも、イーヴィの柔らかい笑みに掻き消されていった。
「話すほどの事でもないのかもしれないし、……貴方と同じで時期を待っているのかもしれないし……どっちかしらね?」
「俺に聞くな」
投げやりに言って、ユリシスが短く息を吐く。
先にギルドへ向かった二人を追うように歩き出したユリシスに、遅れる事数秒。ゆっくりとその後に続いたイーヴィの瞳は、どこかしら意味ありげな光を孕んで、先を行く仲間たちを見つめていた。
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