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第6章 交差する思いの果て
二人の決意
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「よろしいのですか?」
レオンの部屋を出たユリシスに、そう声をかけたのはルヴァルドだった。どこから現われたのか、いつの間にかすぐ側にいる仮面の男を一瞥しただけで、ユリシスはそのまま速度を緩める事なく歩を進める。
「ブラッディ・ローズの事か?」
「そうです。言わずとも良かったのかと……」
「契約の事を知っているのは俺とお前の二人だけでいい。どこから情報が漏れるか分からないからな。俺が契約していると思っていた方が都合がいいだろう」
「しかし、ブラッディ・ローズの力なくしてルナティルスへ潜入するなど……」
不意に足を止め、ユリシスが背後のルヴァルドへと向き直った。真っ直ぐに見据えられ、言葉を不自然に切ったまま、ルヴァルドが硬直する。
「内情を探るだけだ。お前は先に行って進路を確保しておけ。後程こちらから連絡を入れる」
「――畏まりました」
頭を下げて影に溶けて行くルヴァルドの気配が完全に消えると、ユリシスが無意識に入っていた肩の力を抜いて深く息を吐き落した。そのまま壁にもたれかかり、視界に揺れる自身の金髪を気だるげにかき上げる。
「……もう、意味もないな」
ぽつりと呟いて、ユリシスが再び歩き始めた。風に揺れた髪が色を変えたのは、ほんの一瞬だけだった。
足元に、赤黒く線を描く魔法陣。
その中心に縫い止められた結晶石。
顔を上げたその眼前に、月光を反射する銀の刃。
風を切る音と共に訪れる、火傷に似た激しい痛み。
押さえた胸元から命がどくどくと溢れ出す。やがてそれは魔法陣を鮮血に染め、レフィスは力尽きて膝を突く。
血を吸った魔法陣からこぽり、こぽりと、血の雫が滲み出した。重力に逆らってゆらりと上昇する様は、まるで水中で弾ける水の泡のようだ。
伸ばした手が、真紅に染まっている。震える指にかすかな熱すら与えられず、レフィスの体は魔法陣をずるりとすり抜けて、そのまま奈落へと誘われようとしていた。
ゆっくりと沈みゆく体。
レフィスを遮断する血の泡の壁。
伸ばした手の先に、漆黒の影。その名を呼ぼうと開いた口に、ごぽりと闇が流れ込んだ。
「……っ!」
声にならない叫びを上げて、レフィスの体が無意識に暴れた。何かから逃げるように激しくもがきながら、枯れた音を上げて必死に呼吸を繰り返す。強い力で抑え込まれても激しく抵抗し、自分の名を呼ばれている事すら気付けないでいた。
「レフィスっ!」
何度目かの呼びかけでやっと瞼を開けたレフィスの瞳から、恐怖を含んだ涙が一粒零れ落ちていった。
「……――ユ、リ……シス?」
怯えた瞳にユリシスの姿を確認して、レフィスの体からゆっくりと力が抜けていく。夢と現実の境目を彷徨ってはいたが、荒い呼吸が収まる頃にはレフィスの意識もはっきりと戻って来た。
レフィスの肩を掴んでいた手を離し、ユリシスがレフィスの頬に流れた涙を優しく拭い取る。そのまま頬を包み込み、がくりと項垂れたかと思うと、枕元に深く顔を埋めた。
「……すまない」
搾り出すように呟いた声音は、哀切の色を滲ませていた。
やがてゆっくりと顔を上げると、両肘を枕元について、レフィスの右手を両手で強く握り締めた。その薬指に嵌った赤い石の指輪を見て、一瞬だけ苦しげに目を細める。
「俺がここにいる。何も心配する事はない」
「ユリシス……ごめんなさい」
「謝るな」
「でも……私がわがまま言って付いていったから……」
真っ直ぐに見下ろしてくる紫紺の瞳に後悔の闇がかすかに揺らぐ。それはまるで痛みを堪えるかのように、ユリシスの表情を僅かに歪ませた。
「お前のせいじゃない。守れなかった、俺の責任だ」
苦しげに低く声を落したユリシスに、レフィスはもう何も言えなかった。言った所で、その言葉は意味を持たない事を知っていた。それはもう、起こってしまったのだから。
かける言葉を持たないならば、後悔するより強くあろうと思った。二度とこんな事が起こらないように。大切な人が傷付かないように。
ユリシスが大きな決意を胸に秘めたように、レフィスもまた強くあろうと自分に誓う。その思いの向かう先は同じであるのに、二人の決意は静かにすれ違おうとしていた。
レオンの部屋を出たユリシスに、そう声をかけたのはルヴァルドだった。どこから現われたのか、いつの間にかすぐ側にいる仮面の男を一瞥しただけで、ユリシスはそのまま速度を緩める事なく歩を進める。
「ブラッディ・ローズの事か?」
「そうです。言わずとも良かったのかと……」
「契約の事を知っているのは俺とお前の二人だけでいい。どこから情報が漏れるか分からないからな。俺が契約していると思っていた方が都合がいいだろう」
「しかし、ブラッディ・ローズの力なくしてルナティルスへ潜入するなど……」
不意に足を止め、ユリシスが背後のルヴァルドへと向き直った。真っ直ぐに見据えられ、言葉を不自然に切ったまま、ルヴァルドが硬直する。
「内情を探るだけだ。お前は先に行って進路を確保しておけ。後程こちらから連絡を入れる」
「――畏まりました」
頭を下げて影に溶けて行くルヴァルドの気配が完全に消えると、ユリシスが無意識に入っていた肩の力を抜いて深く息を吐き落した。そのまま壁にもたれかかり、視界に揺れる自身の金髪を気だるげにかき上げる。
「……もう、意味もないな」
ぽつりと呟いて、ユリシスが再び歩き始めた。風に揺れた髪が色を変えたのは、ほんの一瞬だけだった。
足元に、赤黒く線を描く魔法陣。
その中心に縫い止められた結晶石。
顔を上げたその眼前に、月光を反射する銀の刃。
風を切る音と共に訪れる、火傷に似た激しい痛み。
押さえた胸元から命がどくどくと溢れ出す。やがてそれは魔法陣を鮮血に染め、レフィスは力尽きて膝を突く。
血を吸った魔法陣からこぽり、こぽりと、血の雫が滲み出した。重力に逆らってゆらりと上昇する様は、まるで水中で弾ける水の泡のようだ。
伸ばした手が、真紅に染まっている。震える指にかすかな熱すら与えられず、レフィスの体は魔法陣をずるりとすり抜けて、そのまま奈落へと誘われようとしていた。
ゆっくりと沈みゆく体。
レフィスを遮断する血の泡の壁。
伸ばした手の先に、漆黒の影。その名を呼ぼうと開いた口に、ごぽりと闇が流れ込んだ。
「……っ!」
声にならない叫びを上げて、レフィスの体が無意識に暴れた。何かから逃げるように激しくもがきながら、枯れた音を上げて必死に呼吸を繰り返す。強い力で抑え込まれても激しく抵抗し、自分の名を呼ばれている事すら気付けないでいた。
「レフィスっ!」
何度目かの呼びかけでやっと瞼を開けたレフィスの瞳から、恐怖を含んだ涙が一粒零れ落ちていった。
「……――ユ、リ……シス?」
怯えた瞳にユリシスの姿を確認して、レフィスの体からゆっくりと力が抜けていく。夢と現実の境目を彷徨ってはいたが、荒い呼吸が収まる頃にはレフィスの意識もはっきりと戻って来た。
レフィスの肩を掴んでいた手を離し、ユリシスがレフィスの頬に流れた涙を優しく拭い取る。そのまま頬を包み込み、がくりと項垂れたかと思うと、枕元に深く顔を埋めた。
「……すまない」
搾り出すように呟いた声音は、哀切の色を滲ませていた。
やがてゆっくりと顔を上げると、両肘を枕元について、レフィスの右手を両手で強く握り締めた。その薬指に嵌った赤い石の指輪を見て、一瞬だけ苦しげに目を細める。
「俺がここにいる。何も心配する事はない」
「ユリシス……ごめんなさい」
「謝るな」
「でも……私がわがまま言って付いていったから……」
真っ直ぐに見下ろしてくる紫紺の瞳に後悔の闇がかすかに揺らぐ。それはまるで痛みを堪えるかのように、ユリシスの表情を僅かに歪ませた。
「お前のせいじゃない。守れなかった、俺の責任だ」
苦しげに低く声を落したユリシスに、レフィスはもう何も言えなかった。言った所で、その言葉は意味を持たない事を知っていた。それはもう、起こってしまったのだから。
かける言葉を持たないならば、後悔するより強くあろうと思った。二度とこんな事が起こらないように。大切な人が傷付かないように。
ユリシスが大きな決意を胸に秘めたように、レフィスもまた強くあろうと自分に誓う。その思いの向かう先は同じであるのに、二人の決意は静かにすれ違おうとしていた。
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