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第7章 仲間という絆
国家間の溝
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風が低く呻っている。
物陰に身を潜め、獲物を狙う獣のように、低く恐ろしげに響いている。
雲ひとつない空のはずなのに、見上げたそこに月はおろか星の輝きすら見つける事は出来ない。この国では、空でさえ覆い隠す闇が充満していた。
闇夜に紛れ、森を駆ける影がひとつ。それを追うように零れる赤と、血の匂いを嗅ぎ分けて進む魔族の群れ。
灰色に死んだ森の中では、男が落とす鮮血は格好の目印になる。敵からある程度の距離をとった所で、男は木の上に身を隠し、手早く止血をした。
森を覆う灰色。地面も木々も、この森は同じ色に染まっている。何も知らぬ者は雪かと見紛う事もあるかもしれないが、実際はそんなに綺麗なものではない事を男は知っていた。
枝に降り積もった灰色を掬って、忌々しげに握り締める。手のひらの中で、それは溶けずに、さらさらと零れ落ちていく。
これは、骨だ。
魔族になりそこなった者の、ルナティルスに楯突いた者の、或いは道楽で殺害された者の、数多の骨が粉々に砕け散り、雪のように森を覆っている。
「……っ」
身を置くだけでもおぞましい場所に男は舌打ちし、束の間の休息に終わりを告げる。
急がなくてはならない。こんな所で、森を覆う骨の一部になる訳にはいかないのだ。
「……ユリシス様……っ」
焦燥する思いが唇を割って音を零し、ルヴァルドはきゅっと唇を噛み締めた。
風が呻り、また骨の雪が森を覆い始めた。
ラスレイア大陸には、大きく分けて4つの国家が存在している。
人間の治める国、ルウェイン。
獣人が治める国、ウルズ。
エルフの国、リアファル。
そして、十年前に反乱の起きた神魔の国、ルナティルス。
この四大国が出来た時から今まで、国同士の争いが起こった事はほとんどない。平和を愛する大陸と言えば聞こえはいいが、要は他国に関してあまり関心がないと言うのが本音である。
何より閉鎖的なのは、やはりエルフの国リアファル。彼らは自然と共に暮らし、常に争いを繰り返す人間と言う人種を多少なりとも蔑む傾向にある。その為、ルウェインとの交流はほとんどないと言ってもいい。
そんなエルフの国と唯一国交があるのが、獣人の国ウルズだ。彼らはエルフ同様に自然を愛し、そして人間と同じように争う事もある。裏表のない性格ゆえか、彼らはエルフと人間の両種族と上手く付き合い、国を発展させている。
人間は個々の能力は低いものの、その小さな体に秘める可能性はどの種族よりも高い。それゆえか欲に秀でてしまう者もあり、それが争いを招く事も少なくない。弱く、強く、愚かで、優しい種族。
この三種族が、互いに力を合わせて何かをしたという記録は今の今まで一度もない。王家に伝わる歴史書を読み解いてもそれらしい記述はひとつもなく、レオンは自分がやろうとしている事の難しさを改めて再確認するだけだった。
机に広げて置かれた、二枚の羊皮紙。それぞれに、リアファルとウルズの統治者を示す印が押されている。何度読み直しても書かれている内容が変わる事はなく、レオンは眉間に皺を寄せたまま苦い溜息をついた。
旧友であるユリシスがルナティルスに潜入してから、もうすぐひと月が経とうとしていた。残されたレオンがやるべき事は、ルナティルスの脅威に対抗する為の三国家の同盟である。
最初にリアファルとウルズのトップを城に招き、フィスラ遺跡で起こった惨事を説明し、ルナティルスの脅威に対抗すべく手を組むべきだと唱えた。難色を示したのは、やはりリアファルだった。自分で蒔いた種は自分で狩れと、我々を巻き込むなと、静かに拒絶した。ウルズは呻ってばかりで、答えらしいものは返ってこなかった。
それから幾度となく書簡で同盟を訴えては来たが、未だにどちらからも色よい返事は貰っていない。もうすぐ一ヶ月が経とうと言うのに、レオンは一歩も前へ進めていない。焦りばかりが先行し、深い迷路にでも迷い込んでしまったかのようだ。
「……情けないな」
文字を辿るわけでもなく、ただぼうっと眺めていただけの羊皮紙を丸め、レオンが机に肘を突いて項垂れた頭を抱え込んだ。閉じた瞼の暗闇に映った人影に、レオンの胸が不安に疼く。
焦る理由は、もうひとつあった。
ルナティルスへ潜入したユリシスから、一度も連絡がないのだ。
未だルナティルスへの道を探しているのか、或いはラカルの石の破壊を目論んでいるのか、どちらにしろ派手な行動は命取りだ。連絡ひとつ送る事も難しい状況にあるのかもしれないし、事が済んでから連絡を入れようと思っているのかもしれない。考えても仕方のない事ではあったが、なぜかレオンはこの焦りを無視する事が出来ないでいた。
数回目の溜息をついて、再び己の中の焦りへ落ちていこうとしたレオンを呼び戻したのは、少し慌しく叩かれた扉の音だった。
「入れ」
扉を開けて入ってきた騎士は、どことなく息を切らしているようにも見える。その様子に、レオンの胸がどくんと鳴った。
「どうした」
「たった今、ルナティルスの使者だと名乗る者たちが……」
その言葉に一瞬安堵の息を漏らしかけたレオンだったが、騎士の言葉の中に気になるものを見つけて怪訝そうに目を細めた。
「……者たち?」
ユリシスが連れて行ったのは、側近のルヴァルドだけだ。レオンの知る限り、彼にルナティルスの仲間は他にいないはず。だとすれば、城に現われた使者と言うのは一体……。
「どういう人物だ」
「あの、それが……」
一言分だけ言いよどんで、騎士が再び口を開いた。
「それが、女ひとりと、男のエルフの二人組みで……」
ルナティルスとはどう考えてもそぐわない組み合わせに一瞬呆けたレオンだったが、胸の不安がより一層深まっていくのだけははっきりと感じ取っていた。
物陰に身を潜め、獲物を狙う獣のように、低く恐ろしげに響いている。
雲ひとつない空のはずなのに、見上げたそこに月はおろか星の輝きすら見つける事は出来ない。この国では、空でさえ覆い隠す闇が充満していた。
闇夜に紛れ、森を駆ける影がひとつ。それを追うように零れる赤と、血の匂いを嗅ぎ分けて進む魔族の群れ。
灰色に死んだ森の中では、男が落とす鮮血は格好の目印になる。敵からある程度の距離をとった所で、男は木の上に身を隠し、手早く止血をした。
森を覆う灰色。地面も木々も、この森は同じ色に染まっている。何も知らぬ者は雪かと見紛う事もあるかもしれないが、実際はそんなに綺麗なものではない事を男は知っていた。
枝に降り積もった灰色を掬って、忌々しげに握り締める。手のひらの中で、それは溶けずに、さらさらと零れ落ちていく。
これは、骨だ。
魔族になりそこなった者の、ルナティルスに楯突いた者の、或いは道楽で殺害された者の、数多の骨が粉々に砕け散り、雪のように森を覆っている。
「……っ」
身を置くだけでもおぞましい場所に男は舌打ちし、束の間の休息に終わりを告げる。
急がなくてはならない。こんな所で、森を覆う骨の一部になる訳にはいかないのだ。
「……ユリシス様……っ」
焦燥する思いが唇を割って音を零し、ルヴァルドはきゅっと唇を噛み締めた。
風が呻り、また骨の雪が森を覆い始めた。
ラスレイア大陸には、大きく分けて4つの国家が存在している。
人間の治める国、ルウェイン。
獣人が治める国、ウルズ。
エルフの国、リアファル。
そして、十年前に反乱の起きた神魔の国、ルナティルス。
この四大国が出来た時から今まで、国同士の争いが起こった事はほとんどない。平和を愛する大陸と言えば聞こえはいいが、要は他国に関してあまり関心がないと言うのが本音である。
何より閉鎖的なのは、やはりエルフの国リアファル。彼らは自然と共に暮らし、常に争いを繰り返す人間と言う人種を多少なりとも蔑む傾向にある。その為、ルウェインとの交流はほとんどないと言ってもいい。
そんなエルフの国と唯一国交があるのが、獣人の国ウルズだ。彼らはエルフ同様に自然を愛し、そして人間と同じように争う事もある。裏表のない性格ゆえか、彼らはエルフと人間の両種族と上手く付き合い、国を発展させている。
人間は個々の能力は低いものの、その小さな体に秘める可能性はどの種族よりも高い。それゆえか欲に秀でてしまう者もあり、それが争いを招く事も少なくない。弱く、強く、愚かで、優しい種族。
この三種族が、互いに力を合わせて何かをしたという記録は今の今まで一度もない。王家に伝わる歴史書を読み解いてもそれらしい記述はひとつもなく、レオンは自分がやろうとしている事の難しさを改めて再確認するだけだった。
机に広げて置かれた、二枚の羊皮紙。それぞれに、リアファルとウルズの統治者を示す印が押されている。何度読み直しても書かれている内容が変わる事はなく、レオンは眉間に皺を寄せたまま苦い溜息をついた。
旧友であるユリシスがルナティルスに潜入してから、もうすぐひと月が経とうとしていた。残されたレオンがやるべき事は、ルナティルスの脅威に対抗する為の三国家の同盟である。
最初にリアファルとウルズのトップを城に招き、フィスラ遺跡で起こった惨事を説明し、ルナティルスの脅威に対抗すべく手を組むべきだと唱えた。難色を示したのは、やはりリアファルだった。自分で蒔いた種は自分で狩れと、我々を巻き込むなと、静かに拒絶した。ウルズは呻ってばかりで、答えらしいものは返ってこなかった。
それから幾度となく書簡で同盟を訴えては来たが、未だにどちらからも色よい返事は貰っていない。もうすぐ一ヶ月が経とうと言うのに、レオンは一歩も前へ進めていない。焦りばかりが先行し、深い迷路にでも迷い込んでしまったかのようだ。
「……情けないな」
文字を辿るわけでもなく、ただぼうっと眺めていただけの羊皮紙を丸め、レオンが机に肘を突いて項垂れた頭を抱え込んだ。閉じた瞼の暗闇に映った人影に、レオンの胸が不安に疼く。
焦る理由は、もうひとつあった。
ルナティルスへ潜入したユリシスから、一度も連絡がないのだ。
未だルナティルスへの道を探しているのか、或いはラカルの石の破壊を目論んでいるのか、どちらにしろ派手な行動は命取りだ。連絡ひとつ送る事も難しい状況にあるのかもしれないし、事が済んでから連絡を入れようと思っているのかもしれない。考えても仕方のない事ではあったが、なぜかレオンはこの焦りを無視する事が出来ないでいた。
数回目の溜息をついて、再び己の中の焦りへ落ちていこうとしたレオンを呼び戻したのは、少し慌しく叩かれた扉の音だった。
「入れ」
扉を開けて入ってきた騎士は、どことなく息を切らしているようにも見える。その様子に、レオンの胸がどくんと鳴った。
「どうした」
「たった今、ルナティルスの使者だと名乗る者たちが……」
その言葉に一瞬安堵の息を漏らしかけたレオンだったが、騎士の言葉の中に気になるものを見つけて怪訝そうに目を細めた。
「……者たち?」
ユリシスが連れて行ったのは、側近のルヴァルドだけだ。レオンの知る限り、彼にルナティルスの仲間は他にいないはず。だとすれば、城に現われた使者と言うのは一体……。
「どういう人物だ」
「あの、それが……」
一言分だけ言いよどんで、騎士が再び口を開いた。
「それが、女ひとりと、男のエルフの二人組みで……」
ルナティルスとはどう考えてもそぐわない組み合わせに一瞬呆けたレオンだったが、胸の不安がより一層深まっていくのだけははっきりと感じ取っていた。
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